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人獣見聞録-猿の転生 V ・Side-B:悪魔のいる天獄  作者: 簑谷春泥
第1章 八月の光
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第1話 お偉方

 閃光弾が炸裂し、ビルの窓ガラスに眩い光が乱反射した。銃声が立て続けに響き、凝縮された蒸気の弾がオフィスの清潔な壁を穿った。

「回り込め! 第二波来るぞ!」

 眼帯を付けた紫髪の少年が、学ランに身を包んだ傍らの少年に向かって叫ぶ。乱れ飛ぶ銃弾の間を掻い潜ってデスクの下に滑り込んだスキンヘッドの少年が、銃声に耳を塞いで叫び返す。「囲まれてます! 五頭さん!」

「見たら分かる! 向こうも強化人間(オレンジ)どもだな……」

 五頭と呼ばれた少年はデスクの上に飛び乗った。床には10人ばかりの銃を持った敵兵たちが転がっている。これまた制服を着た学生たちだ。違うのは制服がそれぞればらばらの高校のものであること。五頭たちが来る前にフロアを占拠していた連中だった。

五頭はフロアの横に並んだひび割れたガラスから外を見渡した。敵の増援が黒いバンから次々と降りてくる。五頭たち数人が守護する一階の階段前に押し寄せた。先頭に立った蛍光緑の長髪が、丈の長い朱の学生服の袖から垂らした数本の鎖を鳴らして歩いてくる。

「誰かと思えば牛頭(ごず)馬頭(めず)の賢い(ほう)かァ! 馬飼(うまかい)の野郎は伏魔殿でお寝んねか?」

「お前が居るということは……、やはりエデンの仕業だったか。〈(あか)(まむし)〉」五頭は眼鏡を外しながら応じる。「政府要人を狙った立てこもりとは、ずいぶん派手な作戦に出たな」

「なに、ちょっとしたパフォーマンスだ。お前らが相手してくれて助かるよ。予想よりお早い到着だったけどな」

 階段を上ってきた女学生が五頭の後ろに詰め寄る。背後から耳打ちした。「全員地下に避難させたぞ。消防と警察への連絡も完了した」

「承知した。下でオペレーターの指示を」

 少女は肯いて駆け下りていく。朱蝮と呼ばれた学生がごきりと首を鳴らした。

「官僚のおっさん共は下か。まあンなこたどうでもいい。とっとと始めようぜ……」

 少年が駆けだした刹那、フロアの照明がさっと沈黙した。窓ガラスもいつの間にか夜間用の遮光機能に切り替わっている。フロア全体に闇の帳が下ろされた。敵軍の学生たちが動揺の声を上げる。

「真虫さん!」

「狼狽えんな! ……怪物(モンキー)のお出ましだ」

 廊下に犇めいた学生服の兵隊たちから、次々と叫び声が飛び出す。それは悲鳴に変わり、断末魔となって一つ一つ消えていく。白い影が学生服の間を縫って、烈風のように突き進んでいた。

「後ろから来るぞ! 一本道だ、全員入口に向かって掃射しろ!!」

「でも真虫さん、味方に当たっちまいますよ?」

「かまわねえ、撃たねえ奴は俺が殺す! 死ぬ気でかかれ、相手はあの12人の怒れる(トゥエルヴ・モンキーズ)だ!!」

 真虫の肩に分厚い衝撃が走った。二、三歩よろめいて真虫は階段の方を翻った。「慌てんなよ……、お前はちゃんと俺が相手してやるぜ、五頭」

「お前は少し慌てた方が良い。うちの頭は仕事が早いからな」

 暗闇に風を切る音と火花が迸る。蛇のようにうねる鎖を繰り出す真虫に、鉄製の靴底で鞭撃をいなす五頭の攻撃がにじり寄っていく。真虫の背後では混沌とした発砲音のファンファーレと色とりどりの光線が飛び交い、不規則に放たれる光が巧みに銃撃を躱す白髪の少年の姿を照らし出していた。

 鉄の鎖が五頭の頭を打ち払った。同時に五頭の拳が真虫の肉体の芯を捉える。うっと呻いて真虫が退がる。

「真虫さん、これ以上は……」

「分ぁってる! クソが……」舌打ちで真虫が答える。「退くぞ! テメエら」

 朱の学生服がひらめき、側面の窓に向かって突撃した。硝子が次々と割れて、散り散りに少年兵たちが逃げていく。

 学生服たちの背中を狙いながら、五頭は追いついてきた白髪の少年に尋ねた。

「追うか?」

「良い、どうせ下っ端だ」

不揃いに黄色く染まった毛先をかき上げて、少年は黄金色の腕時計を耳に寄せた。「こちら真白(ましら)(そそぎ)。エデンの兵を排除しました」


 


「お陰で助かったよ、真白くん」

 握手を求めてきた初老の紳士の手を取って、真白雪はぎこちなく笑みを返した。

「礼はいりません、呰部(あざべ)副総裁。僕たちは命令に従っただけです。賞賛の言葉は、優秀なオペレーターと司令に」

「才能に似合わず謙虚な若者だ。次からは私も()()()()()()()優秀な人材を護衛に付けることにしよう」

 副総理は皺の少ない頬を緩めて、雪の肩を叩いた。艶の深い栗色の髪の毛は異例の出世スピードを示すように若々しく波打ち、しゃんと伸びたスーツの背中には払い損ねた猫か何かの毛が引っ付いている。愛猫家で有名な人だ。生き残った二、三のSPが無表情に彼を先導する。だがサングラスの奥に覗いた好奇の瞳を雪は見逃さなかった。穿つような眼が訴えている。「この人間離れした力を持つ少年たちは何者なのか?」と。

「今のおっさんで最後だ。周囲の監視カメラにも敵影なしだってよ」

 青髪の少年が近づいてきて、雪に報告した。「後は警察に任せて大丈夫だな?」

「僕らも一応、警察だけどね。怪我人は?」

「SPが何人かやられたみたいだけど、幸い軽傷だ。政治家のお偉方は全員無事。お前の予知のお陰だな」

「いや、(まみえ)先輩が場所と正確な時間帯を特定してくれたのが大きいよ……。……袈裟丸!」

 時計を介してオペレーターに呼びかける。「は、はい、お兄ちゃん」急に名前を呼ばれて慌てた妹の声が耳に帰ってくる。

「見先輩にお礼言っといて。……あと、お前も良いオペレーションだった」

「! っ、はい」

 弾んだ声で応える義妹の返事を耳にして、雪は頭を掻いた。どうもこそばゆい反応だ。たまに褒めるとこれだからやり辛い。

「じゃ、真白雪と『悪童隊(アンファン・テリブル)』四名、これより帰隊します」

「了解しました。車呼ぶ?」

「いーよ、電車で帰る」

 雪は隊服の腕章を捻った。衣服に付着した土埃や血痕が分解されていく。「悪童隊、撤収!」

 号令に四人が応じた。


「こうして並んでると、部活帰りみたいだよなあ」

 地下鉄の揺れに身を預けながら、馬飼が呟く。硝煙と汗で汚れた顔を学ランに包んだ姿は、たしかにかえって学生らしく写った。

「高校生らしいこと、全然してないっすけどね」吊革につかまったスキンヘッドの柤岡一年が答える。「登校しても訓練漬けじゃないすか。特別カリキュラムで。二学期は異例のクラス替えで俺たちだけ別の校舎に移されるって噂ですよ」

「別校舎って言っても、今の校舎の隣だけどな」

 馬飼が答える。「そんで、その噂は本当だ。俺たち悪童隊百名は一般生徒たちから別れて生活することになる。その方が何かと都合良いからな。一般生徒は俺たちが治安維持局なこと、知らねえし」

「警察学校だと思え」五頭が文庫本から顔を上げて言った。「もとよりやくざな道しか残されていない不良の集まりだったんだ。親たちにも見放されている。こんな肉体改造手術を受けるというのに、補償金目当てでろくに引き留めもしない奴ばかりだからな。自立できる食い扶持ができただけ有難いだろ」

「そうっすけどねえ……。でも俺は親の反対押し切って来てますし」

 噛み切れない肉を咀嚼するように、スキンヘッドが答える。雪が座席から渋い顔で口を挟んだ。

「誘っておいてなんだけど、あんたたちの将来を性急に決めさせてしまったのは、すまないな」

「いや、いや。雪くんには感謝してるんだぜ。俺たちの大半は国の教育プログラムに適合できなかった、出来の悪い連中だ。見くんみたいな天才がごろごろしてる世の中で、まともな人生を歩めるはずもなかった。それが今や、人類を守る陰のヒーローだぜ?」

「そうだよ。気にすんなよな、雪。要するにこいつは学生らしく、羽根を伸ばしたいだけなんだ」

 隣から三年の(のち)(はら)が代弁した。短髪と丈の長いスカートが特徴的な女学生だった。「ったく腑抜けすぎだろ。あたしが停学喰らってる間に、裏番は出来るわかよわい女の子に手ぇ出すわ、終いには警察の犬になって、わけわからん改造手術まで受けてる始末。これじゃお前らに頭を譲った甲斐がないわね」

「そういう姉御だって後追いで加入したじゃねえか。ぞろぞろ九州の手下まで引き連れて、そのわけのわからねえ手術まで受けて」

 馬飼が反論する。後原は牛頭馬頭の先代の頭だった。雪が入学した時分には、停学と休学で数か月学校を離れていたが、その間にいつの間にか九州の不良女学生たちを束ねた一大勢力を築き上げ、悪童隊に加勢するために戻ってきたのであった。末恐ろしい女だと雪は密かに舌を巻いていた。

「あんたら野郎共だけじゃ頼りないだろ? あたしが居たら、『蠅の王』なんて得体の知れないガキに実権なんてとらせなかったしな。なあ裏番ちゃん?」

 後原が身をかがめ雪の髪をわしわしと撫でる。雪は曖昧に笑って救けを求めるように五頭の方を見た。俺に頼るなという風に五頭が文庫本を開く。

「に、しても放っといても来週から夏休みだよな。柤岡ぁ、浮かれる時間なんざいくらでもあるぜ」

 馬飼は浮ついた声で言って、後輩の脇をつついた。柤岡がスキンヘッドを拭きながら相槌を打つ。その様子を見ていた後原が、ふと思いついたように指を鳴らした。

「よし、せっかくの夏休みだ。作戦成功祝いと称して、南の島にでも行こーか」


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