第24話 燃えよ剣
「どっちも見た顔だな……。左衛門三郎のおっさんはともかく、お前」
御黒は蛇のような瞳孔をウルフに向ける。
「お前はエデン製薬に囚われてた奴だな。五年前、残間愛や煙草森と一緒に……。ってことは『12人』の被験体か。せっかく解放してやったのに、むざむざエデンの首輪を付けなおされてるとはな。拾った命を無駄にするか」
「お生憎様。アタシは自分の意志でエデンに戻ったんだ。ここで死ぬつもりもない」
ウルフが雷を纏い、臨戦態勢に入る。捌光も刀の柄を握り、いつでも居合を放てる姿勢に移る。御黒が退屈そうに鼻を鳴らす。
「そうか。まあお前らを解き放ったのは昼神を探すついでだ。俺に牙を剥くなら容赦はしない」
いくつかの強化兵の屍が起き上がり、生気の無い表情で歩き出す。首は落下の衝撃で直角に曲がり、頭部は焼け落ち、覚束ない足どりで遠巻きに取り囲む。御黒が眼鏡を上げる。
「ゾンビどもが……。ふん、死体操作の贋作者でもいたか? ここらの兵隊は骸のままだが……、……!」
突然御黒の足元に転がった釈迦仏尼の肉塊が発光し、肉体の背面が巨大な本のように開かれる。凄まじい吸引力でもって周囲の物体を有無を言わせず引き込んでいく。「これは、死後に発動するタイプの器官能力……!」
奥歯を打ち鳴らす音。ウルフの姿が消える。目にも止まらぬ速度で後ろをとると、最大出力の紫電を放射した。同時に放たれている八号の斬撃。強化兵たちも吸引力に乗じた氷塊や粒子砲弾の雨で援護射撃を加える。
凄まじい爆発が起こり、辺りが蒸気と煙に覆われる。ビルの陰に隠れ死体を遠隔操作していた涅淄は、固唾を呑んで煤煙の中を見つめた。
雨乞烏合の力を継承した沼垂涅淄は、自身の体内で特定のウィルスの変異株を生成する能力を持っていた。中南米で発見されエデン製薬が保管していた或る弱毒性のウィルスを、彼は度重なる体内実験の末望み通りの形に変異させることに成功した。そのウィルスは高い潜伏能力と引き換えに感染力が極めて低く、免疫力が著しく低下した個体にしか効力を発揮しない。すなわち瀕死の重篤者か、死後間もない肉体である。心筋の活動を停止させ脳の働きの一部を肩代わりする特性を持ち、生命活動を停止してなお歩き続ける、動く屍を実現したそのウィルスは、ネクロウィルスと名付けられた。
「回避の暇は無かった……」
涅淄は息をつめて呟く。「いくら二号でも、手傷くらいは……」
巨大な氷の槍がその胸を貫く。ネクロの体がビルごと真っ二つにされる。反応の遅れた強化兵たちの身体が氷河の剣でバラバラになり、マグマのように溶けていく。
「……まだ分かってねえようだな、力の差が」
雑兵を全滅させ、黒煙の中から、霜を踏みしめて、御黒が歩き出る。
「この程度の奇襲、策の内にも入らねえ。どうせなら骨のある奴を連れてこい。海土路兄弟はどうした」
「三号と四号は本部の守護……。万が一この襲撃の計画が発覚していた場合……、無防備な本陣を貴君から守る存在が必要だった」
八号が斬撃で割いた氷塊の間から答える。
「ふん……。まあ妥当だな。お前らが居ては、あいつらも自由に戦えないだろうし」
御黒は片手に焔を浮かべる。「さて、お前らには昼神の情報を訊きたいんだがな。素直に教えれば五体満足で帰れるが、どうする?」
「愚問」捌光が刀を納刀し、再び居合の構えに入った。「我が主を裏切る道はない。ここで斬る……!」
真剣が空気を両断した。巨大な斬撃の波動が宙を横ぎり、前方のビル群に一文字の、傷跡を刻んだ。寸断されたビルの上部が斜めに入った裂け目を境に音を立てて滑ってゆき、豪快にずれ落ちた。
地面が揺れる。それでも御黒の体には傷一つ入っていない。彼とその後ろの建物だけが斬撃を免れている。
「攻撃が……、通らない。これが音に聞く『絶対融解領域』……。さながら成層圏のように熱した大気を身に纏い……、あらゆる物理攻撃を蒸発させる……。熱の防御層」
「よく調べてあるようだな」御黒の視線が、八号の躰を捉える。唐突に上昇した体温が、彼の身体を発火させた。「太陽に触れられる人間はいねえ。あらゆる攻撃は俺の前では無力だ」
侍の燃える肉体が仰向けに倒れる。その上を桃色の雷が走る。
音を立てて電流が弾ける。やはり御黒の体には届かない。
「こっちも生きてたか。お前を捕えるのは骨が折れそうだな」
追い立てるように、空中にいくつもの氷塊が出現する。そのいずれもウルフの瞬足を捉えることはできない。彼の眼がウルフを認識した傍から、ウルフの体は次の場所へ移っている。
瞬きすら待たない。複数の場所からほとんど同時に放たれた閃光が、御黒の視界を覆う。
「効かねえって言ってるだろ。人の話を聞くのは苦手か?」
「通らなくてかまわねぇ! お前の耳と視界と奪えればな!」
ウルフが叫ぶ。光を裂くように、御黒の目の前を一本の刀が駆け抜ける。
「!」
左衛門三郎捌光が刀を振り降ろす。咄嗟に御黒が体を躱した。その黒髪の先が、はらりと宙を滑る。「捉えた」
「……へえ」
御黒が吹雪に舞った自身の髪の毛を眺める。「闇彦くん、今のは……」インカムから喪苅の慌てた声が飛び込む。
「慌てんな、髪を切っただけだ。お前もいつもやってるだろ」
手を鋏の形にして、ちょきちょきと空を切る。走り出しながらウルフが叫ぶ。
「捌光、やっぱ効くみてえだな! このまま畳みかける!!」
「無論」
雷光と斬撃が次々と繰り出される。氷河とビルの群れが続々と倒壊していく。無数の斬撃を御黒は僅かな体捌きで回避し、インカムに片手を添えた。
「喪苅……。八号と十号のデータを送れ」
眼鏡の片方のレンズに、資料が投射される。その間も斬撃は続いている。しかし御黒は紙一重で刃を躱し氷撃を繰り出す。
「……なるほど、やはり斬撃ではなく、振動か。おそらく細胞と刀身をミクロレベルで共振させて『壁抜け』を可能にしてるな。俺の融解領域を抜けたのもその透過能力のせいか。刀もやつの血や細胞から生成されていると見て間違いないな」
「……信じがたし……、目を離しながら某の剣撃を……」
「ははッ、矜持を損ねたか? 気に病むことはねえ、俺は少しばかり育ちが特殊でな……。他人より『野生の勘』が優れてるんだ、ずば抜けてな」
剣先が虚空を掬う。御黒の足蹴が侍の胴を撃った。
「かっ……!」
後ろに撥ね退きながら八号が腹を押さえる。焼けただれた腹部から血の蒸気が上っていた。
「野性とでも言うべきかな……。一のように鋭い奴も時々はいるが、俺ほどじゃない。俺の暗殺に成功した奴はいなかったろ? 俺に不意打ちは通用しねえのさ」
「狂花帯だけじゃねえってのかよ……。熱の防御を越えても、これじゃ……」
ウルフが氷の上にブレーキをかける。御黒が冷酷な眼で彼女を射すくめる。「お前はちょこまかと目障りだな……。目眩まししか芸がないなら、そろそろ消えろ」
山脈程巨大な氷塊が、凍土の上に付き出た。神速をもってしても逃げきれない広範囲の氷撃に、ウルフの肉体が閉じ込められる。
「雑魚にこの戦場は相応しくない……。さて、生け捕りは一人で十分として……、あんたはどれくらい踊っていられる?」
紫の焔を片手に宿す。捌光が刀を握る。
……突然、御黒が何かに勘付いたように表情を変えた。炎を掻き消してインカムに叫ぶ。
「……喪苅! いますぐ俺の生体データをスキャンしろ‼」
「……⁉」
喪苅の反応と同時に斬撃が御黒を襲う。御黒は舌打ちして身をかがめ刀の下をくぐった。地面に手を当て。永久凍土に大量の熱を伝播させる。
「‼」
捌光の体が宙に浮く。足元の数十メートルに及ぶ凍土が一瞬のうちに蒸発し、天然の落とし穴を創り出していた。
「透過できようが、地面がなけりゃ……だろ。……っ‼」
御黒が膝を付き口元を押さえる。喪苅の慌てた声がインカムを通して伝わる。
「御黒くん! 数種類の未確認のウイルスが御黒くんの中で増殖しつつある……! 多分八号の刀か飛沫から……。多分、感染性の細菌兵器だ!」
「狼狽えんな喪苅。原因が特定できれば十分……。ウイルスは熱で殺せる」
体温を急上昇させて細菌を死滅させる。御黒が息をついて再び立ち上がる。
「強化人間に通じるレベルの細菌兵器……。いくら製薬会社とはいえ、そんなもん、そうほいほい造れるはずもねえよな。これは狂花帯の力……。九号の雨乞烏合……、参加していたか。熱感知の範囲外、上空ってところかな」
「『虫愛づる姫君』……、雨乞烏合の細菌能力なら、遠距離からでも充分攻撃できるからね。上空に探査ビーコンを飛ばしとく。ステルスだろうけど範囲は絞りこめるはず」
「『12人の怒れる男』が三人か……、エデンも殺りに来てるな」
御黒の口角が微かに動く。
どうと衝撃が走り、その背後で氷山が弾け飛んだ。空が輝く程の電流を放ちながら、ウルフギャング=エジソンが躍り出る。「御黒ォ‼」
暗く淀んだ目に微かな精気を浮かべて、御黒闇彦は笑みを浮かべた。
「お前ら悪くないな。少しは遊べそうじゃねえか」




