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人獣見聞録-猿の転生 V ・Side-B:悪魔のいる天獄  作者: 簑谷春泥
第2章 禁じられた遊び 
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第19話 汀(みぎわ)

 山の中腹から火の手が上がる。

 P-HEADsの追及は粘り強く、執拗だった。人口の翼から矢のような羽根が放たれ、電子サーベルの爪が木々を裂いた。チタンらしき合金でできた馬のような四肢を下半身に纏った隊員が、野生動物並の機動力で五頭を追う。鏃に爆薬の付いたボーガンで五頭を狙い撃つ。眼前で矢を掴み五頭は放り投げる。

「凄い反射神経だな……」

 森を追いかけながら若王子曹長が呟く。「樹に火を付けるなよ!」

「だが既に体力も限々(ギリギリ)だ。焦らず確実に仕留めるぞ」別の隊員が回り込みながら返す。

 帯状の炎が放たれる。木に突き刺した刀を足場に五頭が宙を舞う。そのまま木の枝を飛び跳ねながら銃で応戦する。

火炎放射器(サラマンドラ)も躱すか……」伍長が放火器を下げながら悪態をついた。「さっきまでと動きが違うぞ! 何か種がある!」

「『眼』だ! 義眼を出してから反応が変わった! こっちの動きが筒抜けになってる」

 電子の長い爪を振り下ろしながら、若王子が五頭の頭上をとった。折れた刀で払う。凶爪が虚空を掻いた。

「便利な義眼だね。試験でもそれ使ってれば勝てたんじゃない? 馬飼に」

「まだ定着の途中でな。有事の際を除いて使用するなと、ドクター・ストップがかかってる」

 樹木から剣を引き抜いて五頭が答える。

 六本の爪が襲い掛かった。二刀流の斬撃が三倍の速さで往復する。だがさすがに旗色が悪い。周囲を取り囲んだ隊員たちの集中砲火が襲う。

「ッ……」

 炎の幕を抜けつつ五頭が転がる。若王子が爪を研ぐようにして擦り合わせた。

「大した動体視力と視野角だけど、捌けなきゃ意味ないんだよね。同士討ちで削った甲斐があった。ガス室のお仲間共々、地獄行きにしてあげるよ」

「ガス室……だと?」

五頭が体を起こす。

「言ってなかったかな? お仲間の悪童隊の待機所には、今頃神経ガスが散布されてる。うちの隊員に詳しいのが居てね。お前らも万全の状態なら効果薄だったろうが、同士討ちでたっぷり疲弊させた今ならちゃんと効く。死ぬまで行くかはわからないけど、まず確実に意識はない。手足の自由を奪ったところで一人ずつ、確実に殺していく寸法だ」

「ご丁寧に、ぺらぺらと饒舌に説明してくれるんだな」

 五頭は手を付いて立ち上がった。折れた刀をかざす。

「ふん、休憩する時間を稼げたかい?」

「いや……」

五頭は刀を鞘に納めて静かに告げた。

「相棒が来るまでの時間を稼いた」

 半馬の隊員が地面に叩きつけられる。空中から飛来した物体の突きつけた拳が、斬撃になって大地に爪痕を残す。機械の半身が断裂した。

「悪い! あいつら助け出すのに時間かかった」

 砂埃舞う密林の陰に、拳を固めて馬飼首が立ち上がった。一斉に銃口が向けられる。馬飼は拳を開いて突き出した。

「手を出す前に少し話を聞いてくれ。俺たちに戦う理由は無い。あんたたちのリーダーは偽者だ」

「……」

 敵方は動じた風を見せず、構えを維持したままだ。しかし内心思い当たるところはあったのか、互いに目で会話する気配があった。

「嘘をつくな!」若王子が叫ぶ。「幼稚な揺さぶりだ。寄生木班長は事前の血液検査もクリアしてた。第一、私たちが寄生木班長を見間違えるはずない……!」

「いや、騙されるはずだ。寄生木に近い人間ほどな」

 藪の中から声が聞こえる。一同の視線の先で、草叢から跡星が姿を現した。頭から血を流しており、負傷した様子で足を引きずっている。

「お前たちの班長に成りすましていたのは、エデンの諜報員で野一色(のいしき)靜馬(しずま)という男だ。『百面相冠者(ひゃくめんそうかじゃ)』の異名を持ち、変装と潜入を得意とする。それもただの変装ではなく、狂花帯の能力を利用した細胞レベルの変身だ。外見上の違いは皆無な分、細かな奴の特徴を知っている人間ほど信じ込んでしまうだろう」

 跡星は馬飼に確認をとる。「奴は仕留めたんだな」馬飼が唇を引き締めて肯く。跡星は息をついて切り株の上に座り込み、煙草に火を付けた。

「……奴は言動までは模倣することはできない。無論寄生木に関しては相当調べ上げた上で潜入していたはずだから、簡単なボロは出さなかったろう。しかし……、ここ数ヶ月の奴の行動に違和感を感じなかったか?」

「……言われてみれば」隊員の一人が思い返すように呟く。「最近の三佐は忘れっぽくなったと感じていました。以前顔を出していた飲み屋の場所を忘れたり、社外秘の資料を探すのに手間取っていたりした。今思えば、あれも入れ替わりの……」

「待てよ、この任務は三ヶ月前から計画されてたんだぞ。潜入がそれほど前から始まってたなら、隊長は……」

「殺されてるだろうな」

 跡星が肯く。「それほど長く拘束しておく理由はない。必要な情報を吐かせた上で始末されているだろう」

「嘘だ!!」若王子が掻き消すように声を張った。「隊長がテロリストなんかに屈するわけない。全部お前たちの作り話だ!!」

 若王子が電子の爪を突き立て、跡星に切りかかる。跡星はゆっくりと煙草を一喫みすると、灰色の煙を吐き出した。

 馬飼の拳が、跡星と両の爪の間に割って入る。研ぎ澄まされた剣の一撃に拳は引き裂かれるどころか、衝撃を斬撃に変換し六本の爪を切り崩した。

 ブレードの破片が花びらのように散る。馬飼が矛を収め、顔を歪めた若王子の肩を叩いた。「……あんたの上官は立派な人だったんだろ。ならこんな理不尽な任務に、あんたたちを連れ出すはずがない。そうじゃねえのか」

 馬飼の手の下で、少女が嗚咽を漏らした。それを合図としたかのように、部隊の面々は顔を見合わせ、武器を下ろした。

馬飼の後を追ってきた悪童隊の一同が、状況を察しかねて立ち尽くす。五頭はもう終わったという風に一同に手を振り、負傷した後原を助け起こした。



 夜の浜辺に打ち寄せる白波が、星屑のように泡立つ。(おし)(はら)見はサンダルで海岸を歩きながら、潮騒に耳を澄ませた。美しい響きだった。風の無い静かな晩だった。昼間までの騒動が嘘のような穏やかな凪で、彼の騒ぎ立つ心を落ち着かせた。

ふと海辺の片隅に、見知った背中を見つける。葎はまだ真昼の温かさの残る砂浜に膝を抱え、寄せる波に素足を浸していた。独りを求めているようでもあり、同時にまた淋しそうにも見える後姿だった。少し迷った末に、見は砂の道に踏み出した。

「葎先生」

 かけた声に、亜麻色の艶めいた髪が揺れる。「……あら。見君」

少し疲れた顔。しかしこちらを認識すると、すぐに微笑を作って立ち上がる。「あなたも夜のお散歩?」

「ええ……。でもなんとなく今日は、葎先生に逢える気がして」

「ふふ、ロマンチックなのね」

 砂浜に点々と足跡が続く。葎が前を歩き、その斜め後ろを見が追いかける。すぐに波が寄せて、葎の跡をさらって行く。見のサンダルの跡だけがその残像を追いかけていた。

 後ろ手に持った靴を、ぶらぶらと手の中で揺らす。そんなちょっとした仕草さえ、このロケーションの中では画になった。今更ながらどきりとして見は目を逸らした。

「皆の様子はどう?」

 葎が振り返って聞いた。見は少し真面目な顔に戻って肯く。

「メディカルチェックに異常はありません。馬飼君と五頭君の予後もそれぞれ安定しています。跡星教官が中等傷でしたが、葎先生が迅速に処置してくださったおかげで回復しています。明日の船で全員帰れますよ。陸軍部隊の引き渡しも終わったし」

「そう。……雪君たちの方は?」

「先ほど通達が。移送車を破壊して行方をくらましたと……。染の専用PCの履歴から、雪くんの移送ルートが調べられていたことが分かっています。それに研究室から雪くんの血液サンプルや医療用キットを持ち出した痕跡が……。彼女なりに、輸血や治療が必要と判断したんでしょう、雪くんも負傷を押して出ていますから。……本部は、染が雪くんの逃走を幇助したものと見ています」

「辛い立場ね、紫も。一ちゃんに続いて染ちゃんと、雪君まで……。せめて一ちゃんの捜索だけでも再開できれば良いんだけど」

 口をつぐむ。交わす言葉もなく、潮騒だけが無言のあわいを埋めていた。

 葎の横顔に月影が落ちて、翳りを作っていた。見は波の前に立ったまま後ろ手に両手を組むと、躊躇いがちに口を開いた。

「……その、さっきのことですが」

「さっきの?」

「今夜は葎先生に逢えるかも、って。先生はロマンチックだって言ってましたけど、そういうわけではないんです。ただ、葎先生は落ち込んだ時、水辺に向かうと……、いつか言っておられたのを思い出して。今日もそうなんじゃないかと」

 葎は見の顔を見上げたまま、長い睫毛をゆっくりと動かした。

「私、落ち込んで見えた?」

「! は、いえ……、杞憂かもしれませんが」

「そう……。よく見てるのね」

葎は再び、視線を足元に戻した。

「葎先生のことはよく見ていますから、日頃……」

いつものおどけた調子も尻すぼみに終わる。

白い素足を薄い波が撫でて消えていき、小さな泡沫だけが真珠のように足首に絡まった。

「……初めて人を撃ったわ、今日」

 それは意外なほど微かな声だった。波のしじまに掻き消されそうなほどの小ささで、不意に胸の内に仕舞っていた言葉が零れ落ちたような。

「実験医として……、患者や被験者の死には、何度も立ち会ってきたわ。でも誰かを直接自分の手にかけるということが……、……『殺し』が、こんなにも重いものだとは……。分かっていたつもりだけど、私は、こんな十字架を雪君たちに背負わせてきたのね」

 虚空に手を伸ばし、微かに震える自身の掌を見る。小さく手を閉ざし、葎は目を伏せた。「……先生なんて呼ばれる資格、無いわね」

「…………葎先生」

 葎が手を下ろそうとする。その微かな振動を引き受けるように、見はそっと彼女の手を掴み、己の心臓に押し当てた。葎が顔を上げる。「えっと、見君……?」

 戸惑ったように彼の顔を見つめる。しかし少年の目はいたって真剣で、いつも触れるたびに熱を帯びるその体温も、今日ばかりは真摯に平熱を伝えていて、彼女は口をつぐんだ。

「先生、感じますか、僕の胸の音」

 見は胸に手を添えたまま、祈るように目を閉じた。

「先生があの場で引き金を引いてくれたから、僕の心臓はこうしてまだ脈打ってる。この鼓動は、先生が守ってくれたものだ。だから」

 少年の美しい瞳が開く。「十字架だなんて思わないでください。もしそれが罪だというなら、僕も一緒に引き受ける。僕に出来るのは、それくらいだけど」

「……見君」葎は掌に感じる拍動を受けながら、口を閉ざした。それから参ったという風に顔を俯け、手を離して後ろを向き、歩き出した。

 先生? 見が後を追って、おそるおそる声をかける。月明かりが、重なった二人の足跡を照らし出していた。

白衣が揺れる。葎が振り向き、波打ち際に小さな笑みを見せた。「本当に困った子ね、あなたは」



 余目の先導で進んだ長い廊下の先には、深紅の壁に覆われた、広大な空間が広がっていた。スポットライトの光で目が眩む。雪は目を慣らしてその空間を観察した。奇妙な構造で上方に橋が渡されていて柱が不規則に並んでいる。

その中央に、三人の男女が並んでいる。うち二人は顔を知っている男。残間愛と、刀を持ったスーツの男。8号の左衛門三郎だ。

「……あの二人がいるってことは……」

 雪が余目に確認する。余目が肯く。

「彼らはエデンの要する『12人』のメンバーです。これより二週間……、あなたには彼らと戦ってもらいます」


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