プロローグ Side‐Black:第二の男
凍りついた透明なカプセルの中に、その男は眠っている。棺のような函に身を横たえ、霜の降りた睫毛がぴたりと閉じた瞼から伸びて、外界の光を拒んでいる。暗夜の闇のように真っ黒な前髪は、その寝顔を隠すことを既に諦め、かつてと同じ長さのまま大人しく主の目覚めを待っている。
不意に函の内側の四方から蒸気が噴出し、棺を満たす。温かな水蒸気が緩やかにカプセルの内部温度を上昇させていく。
一人の女が、部屋の中に入ってきた。桃色と緑の髪が給仕服の肩まで伸びている。やや緊張した面持ちでカプセルをなぞり、その横に付けられた、強化ガラスに護られた掌大のボタンに手を伸ばした。指紋認証でガラスの覆いを開き、核のスイッチすら連想させるそのボタンをそっと、しかし迷いなく彼女は押した。
蒸気が部屋に漏れ出す。カプセルの蓋が開き、青年がゆっくりと瞼を開いた。
喉の調子を確かめるように低く唸る。
「……。今……、何年だ?」
「2248年。5年ぶりの覚醒だね、闇彦くん」
「……5年か。思ったより早かったが……、試運転としては充分か」
青年は血の巡りを確かめるように、顔の前に掲げた手を、幾度か握り、開いてみせた。「上出来だ。冷凍睡眠……、実用化できそうだな」
それから光の無い漆のような黒眼を彼女に向ける。「で、見つかったのか」
「極東で世界規模の高エネルギー反応を観測したのが三か月前。パターン解析の結果、一号の狂花帯反応と99パーセント一致……。『Q』の護衛のもと、治安維持局に匿われていることは確認できたよ」
「Q……、真白雪の、クローンの方か。オリジナルはたしか、五号だったか?」
「そうだね。でも、今さら気にすることじゃないよ。何番だろうと、闇彦くんに敵う奴なんていないでしょ。12人の怒れる男・第二号の君にはさ」
青年は手渡された銀縁の眼鏡をそっと鼻の上に乗せた。
「はッ、それもそうだな」
それから改造人間第二号……、御黒闇彦はゆっくりと身を起こした。
「始めようか」