第12話 バトル・ロワイヤル
「今日は皆さんに、ちょっと殺し合いをしてもらいます」
左肩を揺らしながら、モニターを前にして寄生木が言った。山頂付近、裾野を見下ろす切り立った岩棚に設けられた仮設の野外モニターに、冷たい風が流れる。寄生木の頭に乗った隊帽が、むなしくずれ落ちた。
椅子に座ったまま開始の合図を待っていた跡星が、じっとりとした目で彼を見返す。「……何のまねですか、寄生木三佐。P-HEADsの指揮官ともあろうお方が」
「何の真似かと聞かれたら、ビートたけしの真似だけど……」
寄生木と呼ばれた四十絡みの男は、陽気に言い放って帽子を拾い上げた。
「……『バトル・ロワイヤル』ですか。二百年も前の映画を持ち出さないでください。何のこっちゃ分からないでしょう」
跡星が苦々し気に言う。どうもこの人は苦手だった。
「はは、しかし現にこうして伝わった」寄生木は警帽をかぶり直し、パイプ椅子を軋ませた。「跡星教官もなかなか好き者ですな」
「たまたま観たことがあったですよ。軍人の娯楽なんてものは野蛮ですからね、駐屯地の上映会なんてバイオレンス映画ばかりだった」
跡星は煙草に火をつけ、風に揺れる小さな灯をぼんやりと見つめた。燃える民衆の家々、焼夷弾とサイレンのうねる様な響き。それらの漠然とした記憶の断片が炎の揺らぎにちらつく。焼け付く人の肌、香り立つような硝煙の匂い……。
そうだ、俺は血を見たくて、戦場に……。
びくりと手が痙攣し、跡星は煙草を取り落とした。小さく舌打ちして靴の裏で火をもみ消す跡星を、寄生木がじっと観察した。
風を孕んだ落下傘が海月のように広がり、ふわりと岩肌の上に着地する。馬飼は素早く背嚢を脱ぎ捨てると、自動拳銃を片手に走り出した。木立の間の茂みががさがさと揺れ、隊の少年兵が飛び出す。
「いきなりか……」
銃声が交錯し、電子の玉がはじけ飛ぶ。弾は共に狙いを逸れ、滑らかな岩石と木の端にそれぞれの弾痕を刻んだ。
「射撃は下手くそだなァ! 馬飼!」
「はっ、お互い様だろ!」
銃をホルダーに収め距離を詰め、近接戦に持ち込む。二手、三手と相手の掌打を捌き、ガードの空いた胴体に強打を轟かせた。
同輩の体がバウンドし、そのまま電撃の餌食になる。まともに喰らえば、馬飼の拳は一撃でビブスの許容量を上回るものだった。
背後の銃声に素早く反応する。腕を掠めた矢が地面に突き刺さる。「うおっ」赤く発光した矢の先を見て馬飼は走り出す。背後で景気の良い爆発が起こった。
「次から次へとだな……! 順番が待てねえのか?」
「待つわけねえだろ!」
矢とは別の方角から別の男が飛び出し、半身ほどもあるガトリング砲を抱えて撃ち出した。弓使いを拳銃の乱射で仕留めつつ、左手で盾を展開して火砲を受け止める。
「おめえとは一度闘ってみたかったんでなァ、馬飼! 三年の威厳見せてやんよ!」
盾を前に突撃しながら馬飼は楽し気に笑った。
「そうこなくっちゃなァ! 全員まとめて相手にしてやる」
叫びと銃声が森中に谺する。やまびこの音に耳を澄ませ、五頭は馬飼たちとかなり離れた山の中腹で腰を下ろした。既にいくつもの少年の身体が山道に転がっている。
「さすがは五頭先輩っすね。開始早々こんなに倒してるとは」
木の枝を竹槍で払いながら柤岡が歩いてくる。
「乱戦になっていた所を後ろから付いただけだ。お前のように正面から向かうほど馬鹿正直じゃない」
それから呆れたような顔で相手の得物を指さす。「何だその武器は?」
「これしか残ってなかったんすよ、へへ。実はこいつ、こう見えてハイテク武器だったんですわ」
柤岡が竹槍を構える。穂先がすべらかな鉄の曲線を描いている。先端から高熱の光線が迸った。「!」五頭はすかさず背中の二本の刀を抜き払い、十字に重ねて受け止めた。
火花が噴き出で、衝撃が五頭の身体を背後の岩壁に押し付ける。
「っ……! 暗器だったか……。見かけで判断するべきではないな。次からは気を付けるべきだな。……」
頭上から梢を揺らして二人の少年が飛び降りてくる。鋭いナイフの刃が木の葉を裂いてきらめく。挟撃……! 五頭は刀の角度をずらしてレーザーの反射を少年兵にぶつけた。もう一人の少年の切っ先を躱して着地の足を払う。翻ってレーザーを潜り抜けると足蹴で少年の体を宙に浮かべ、二刀の斬撃を叩きつけた。
地面に皹を入れて叩き落とされた少年は電撃に痙攣した。刀の二撃は防刃の隊服と強化された肉体を切り裂きはしなかったが、鉄塊の衝撃をビブスに伝えていた。
「偶然にしては手筈が整いすぎてるな……。談合か。罰則にはあたらないが、減点を食らうことを忘れたか?」
「だからこそのチーミングですよ。初日の五頭さんの頭脳プレイに憧れましてね、俺たち全員、裏の裏をかくことにしたんですよ」
林の中から一斉に少年たちが飛び出してくる。総勢三十人前後の一年組だ。口々に名乗りを上げ少年たちが飛び掛かってくる。
「ふん、規則無用が不良の本道か……。馬鹿も一周回れば侮れんな」
五頭は素早く二本の刀を地面に突き刺し、腰元から抜き去った二丁拳銃を後輩に向けた。