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人獣見聞録-猿の転生 V ・Side-B:悪魔のいる天獄  作者: 簑谷春泥
第2章 禁じられた遊び 
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第11話 P-HEADs

 わらわらと動き回る人混みの中を、標的の背中を追って歩いていく。交差点を往く五頭の横で、すれ違った若い女が音もなく、鞄から銃を抜き出す。一歩、振り返って五頭の頭に銃口を突きつけた彼女の心臓を、五頭の放った電子銃の弾丸が打ち抜く。四方に配置されたサラリーマン風の刺客が、一斉にジャケットの内側に手を伸ばす。スーツの膨らみがこちらを向いているのを確認し、五頭は素早く学ランの裾に顔を隠した。防弾性の戦意が蒸気弾の衝撃を受け止める。すかさず銃弾の雨を浴びせ返す。数発の電流の塊が命中し、スーツの男たちが倒れ込む。敵の死亡を確認し、速やかに五頭は群衆に紛れ立ち去った。

「上出来だ」

 舞台が明るく照り、倒れたホログラムの立像が薄れていく。五頭は所定の位置で立ち止まり、腕組みをした跡星の言葉を待った。

「二週間にしては大した上達具合だな。雑踏の中で正確に『的』だけを撃ち抜いた。中距離での射撃精度は申し分ない。加えて予告に無かった第二の刺客にも対応した……。警戒を緩めなかったのは正解だ」

「指導の賜物です」

 五頭は澄ました顔で答えた。言葉の割に喜色が浮かんでいない。跡星は腕を解いて聞いた。

「何か不満がありそうな表情だな」

「いえ、ただ試験には実践的な戦闘を課されるものかと」

 五頭は懐から取り出した眼鏡をかけて答えた。青い縁の四角いレンズがきらりと光る。跡星は満足げに口角を上げる。

「ふ……。心配せずとも、今のはウォーミングアップにすぎん。お前たちの相手にはもう少し高級なのを用意してある」

 第五演習場へ向かえ。言い残して跡星は部屋を先に出た。

 演習場には準備を終えた悪童隊の100人が集まっていた。馬飼が片手を挙げて合図する。

「遅かったな。お前も十人組み手か?」

「いや、街中での奇襲への対応だった。人によって準備試験の内容は違ったようだな」

 五頭が答える。小さなざわめきが辺りを取り囲む中、跡星が姿を現した。雑草色の髪を後ろに束ね、森に溶け込むような迷彩服でつかつかと歩いていく。一同はすぐさま口をつぐみ、姿勢を正した。

「全員肩は温まっているな。これより『贋作(パスティーシュ)』登用者選抜審査試験を執り行う」

 全員の顔に緊張が走る。跡星は彼らの表情を眺めた上で続けた。

「既に告知してある通り、これは治安維持局がいよいよ製造を開始する最初の『贋作(パスティーシュ)』の、被験者を選ぶ試験だ。施術の安全性が保障されているとはいえ、まともな頭の持ち主ならば、最初の実験体など御免こうむるもの。だが貴様らのような呆れるほどの命知らずのお陰で、志願者はあり余っている。ゆえに最も優秀な者を選抜することにした。既に適性検査と戦闘訓練の結果から候補者は絞り込んであるが、試験の公平性を保つためあえて伏せてある。全員にチャンスがあるという気持ちで臨め」

 一同は威勢よく返事をした。跡星は肯き、天幕の後ろに声をかけた。ぞろぞろと武装した五人ほどの男女が出てくる。逞しい鍛え抜かれた肉体と、幾度の視線を潜り抜けて来た者特有の、余裕のある表情をしている。

「あ」馬飼が彼らの体の一部に目を止めて小さく声を上げる。

跡星が声を張り上げる。

「彼らは自衛隊陸軍唯一の有人部隊『P-HEADs』のメンバーだ。今日の試験のために特別に助力をお願いした」

少年たちが小さくざわめく。国際戦争の殆どの武力が機械に移行した23世紀において、未だに戦力として認められている生身の人間の小隊だ。全員、肉体と一体化した固有の武器を所有し、幼少期より機械とのシンクロと独自の戦闘技術を磨き続けてきた生え抜きの戦闘人間たちだ。

「『高級な相手』」五頭が呟いた。「彼らが選抜試験の相手ということですか。教官」

「いや……、彼らは試験監督だ。彼らには戦闘のプロとして、貴様らの試験中の動きを評価し、採点してもらう。これほど贅沢なことはない、感謝するんだな」

「じゃあ、自分らは誰と闘うんすか」

 柤岡が挙手し尋ねる。

「決まっているだろう。言うまでもなく、この場で最も腕の立つ者たち……」跡星が少年たちの頭を見回す。

「そう、お前ら自身だ。これからお前らには、最後の一人になるまで争ってもらう。……バトルロワイヤルだ」


 開始までの少しの猶予が与えられ、兵士たちは数基の輸送ヘリに乗り込んだ。上空200メートルから降下し、島の山間部の好きな場所に着地する。戦闘の制限時間は1時間。戦闘可能なエリアが定められており、計5分を越えて領域外に止まることはできない。領域は15分ごとに縮まっていき、エリア外に取り残された者は脱落となる。

 五頭たちは空輸のヘリの中で、ビブスを頭からかぶった。武器は初期装備の他に試験官や上空から投下される補給物資を使用することが認められる。当然、相手の装備を奪うことも自由である。参加者は試験用の特殊ビブスを着用することになっており、これによって試験官が位置を捕捉できるようになっている。メッシュはさらに衝撃を感知することができ、着用者の被ダメージ量を数値化して本部に通知する。一定のダメージ率を上回った瞬間に、高電圧の電流が走る細工が施されており、これは常人離れした耐久力を持つ彼らの戦闘時間を短縮させるための措置であった。

脱落条件は気絶(ダウン)状態もしくは戦闘不能と試験官に判断された場合のみ。自己申告による離脱は認められない。

「……なお、今回の試験で重視しているのは心理的駆け引きではなく、単騎での実践的な戦闘力だ。よって他兵士との談合による協力は減点の対象とする。戦闘の状況から偶発的に共闘関係が生じる場合は例外。以上。質問あるか?」

「減点、というのは?」

 五頭が試験官を介して跡星に尋ねる。機内無線から跡星の声が応じる。

「ああ、そうだった。重要な点を伝えていなかったな。試験は最後の一人の確定を持って終了となるが、目的である贋作施術の被験体は、戦闘時の行動や戦績を鑑みて総合的に判断される。無論最後まで生き残った者はかなりのアドバンテージを得ることができるが、より多くの敵を倒すなど実力をアピールできれば、中盤で脱落した人間にもチャンスはある、ということだ。ちなみに今回の試験結果は、次回以降の贋作施術を行う際にも選考資料となる。そのつもりで励め」

 機内が猛々しい熱気で盛り上がった。少年たちは勇ましく己の抱負を語り合った。武功を上げようとする姿は、近代戦の兵隊というよりも戦国の侍たちに近いと言えた。

「五頭」

 配布された武器の選定をしていたところで、後原の声がかかった。五頭は首だけ動かして彼女の方を見た。

「お前とやり合うのは久しぶりだな。悪いけど本気で獲りに行かせてもらうぜ。腑抜けてるようなら頭の座返してもらうから、覚悟しときな」

「……互いに勝ち残ればな」

 いつも以上に愛想のない五頭の返事に、後原は眉を上げた。

「いやに張り詰めてんな。気負うのも良いけど、楽しむ余裕くらい持ったらどうだ? この面子で本気の殴り合いするなんて、そうそうできるもんでもないだろ」

 五頭は不満そうに彼女を見返した。「なによ?」後原が怪訝そうに聞き返す。

「分からないのか。俺や馬飼は拳の強さで成り上がってきて、今の立場を手に入れた。もしここで俺たち以外の誰かが贋作の力を手に入れたら……、グループ内のパワーバランスが崩れる」

「内輪揉めになるって言いたいのか?」後原は眉を顰め、それからあっけらかんとした態度で言い放った。「なんだよお前、ずっとそんなことでずっと悩んでたのか」

「そんなこと?」

 銃弾を数える手を止めて、五頭が尋ね返した。

「そんなことだろうがよ。呆れた奴だなぁ。そりゃ本気で獲りに行くとは言ったけど、誰もあんたを頭から引きずり降ろすなんて言ってないでしょーが。お前、ここに居る連中がまだ、腕っぷしだけで牛頭馬頭の神輿を担いでるって、本気でそう思ってんのか?」

「それは……」

「やれやれだなぁ。本気で頭ぁ、返してもらおうか。考えてもみな、あいつらは得体の知れねえ強化改造手術なんてのこのこ受けに来て、命懸けの兵隊になったんだ。それも全部、お前らのことを信じて付いてきてくれたからだろうが。お前が連中の信頼を信じなくて、どうすんのよ」

 後原はがつんと食らったような顔の五頭の肩に拳を当てた。「お前は難しく考えすぎなんだよ。この私が頭、預けたんだ。堂々と、目の前の闘いに集中してりゃいい」

 降下のサイレンが鳴り始め、馬飼はぽっかりと空いた空の穴を見下ろした。

「——全隊員に告ぐ。これより降下を許可する。繰り返す。これより降下を許可する」

跡星の無線が艦内に響く。数基の移送ヘリが口を開き、血気盛んな少年たちが一斉に空へと飛び出した。


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