第8章
沙羅はベッドの上で転がっていた。転がるたびにシーツが皺になっていく。沙羅はうさぎのぬいぐるみを抱きしめ、樹のことを考えていた。
「あ゛――…もう!! なんで、思い出してんのよ私! あれは……何かの間違いだったのよ! うう……ただでさえ、面識ないのに……」
思い出すと顔が火照ってくる。―――彼の唇と私の唇が……。想像したものを消すかのようにぬいぐるみを振り回す沙羅。そこへ、沙羅の部屋にノックの音が響いた。
「姉ちゃん? いる―――? ご飯だって!」
聞こえてきた声は弟の柚鶴のもの。
「……わかった。すぐ行く」
一度、ドアの方を見て沙羅は腕に抱えていたうさぎを無造作にベッドに置きドアを開けた。
リビングに行くと、お味噌汁の良い匂いが漂っていた。食卓には人数分のお皿が並べんでおり、そのお皿の上にはコンガリ焼きやがったハンバーグが乗っていた。
「わーい! ハンバーグだ!!」
柚鶴が声のトーンを上げて喜んでいる。柚鶴の大好物だもんね、ハンバーグは。そんな柚鶴を見て沙羅は微笑んだ。
「ふぅー。」
沙羅は今、お風呂に浸かっていた。肌に心地よいお風呂の温度でおもわず声が出てしまう。なんか、のぼせてきた……。もう上がろう。お風呂から上がり、パジャマに着替えていると、遠くの方から救急車のサイレンが聞こえてきた。
「……どうしたんだろう?」
そういえば、家に帰っている途中も救急車を見たような。事件なのかなぁと思いながら脱衣所を出る。
髪をタオルで拭きながらリビングに向かった。リビングには柚鶴と父、茂瑠が、仲良く二人でソファーに座ってテレビを見ていた。二人の目はテレビに釘付けになっている。何がそんなに面白いの? 沙羅は視線をテレビに向けると、死体が写っていた。思っても居なかったものに沙羅は目を見開く。
「――――18人目の被害者、〇〇さん16歳が殺害されました。……首筋には二つの獣のような噛み痕が残っており―――――現在、犯人は見つかっておりません……尚、犯人は女子高生ばかりを狙ったものと……」
ニュースキャスターの女の人が説明しているのを聞き、沙羅は眉を潜めポツリと言う。
「”吸血鬼”(ヴァンパイア)?」
沙羅の小さな呟きを茂瑠と詩織は聞き、二人は顔を強張らせた。沙羅は無意識に口に出していたので気付いていなかったようだが…。
「怖いなぁ……。家の近くじゃないか―――それに女子高生ばかりだ……沙羅、十分に気をつけなさい。それから、帰ってくるときは誰かと一緒に帰宅しなさい。お隣の明冬くんにでも言っとくか……?」
「……大丈夫。私、そんな軟じゃないの知ってるでしょ?」
安心させるようにお父さんに言ったのだが、まだ心配らしい。
「―――そういう問題じゃないんだ沙羅。お前は……」
「あなたっ!!」
茂瑠は沙羅に何か言いかけたが沙羅の母、詩織の声で途切れてしまった。
「何?」
「い、いや……なんでもない。すまんな」
そう言ったお父さんの顔はどこか悲しげで寂しそうだった。その表情は何かを抑えているようで……。
「……お父さん? どうしたの?」
私がそう言うと、お父さんは苦い顔をしてリビングを出ていた。不思議に思った沙羅は母に問う。
「…お父さん、なんか変じゃない?」
「別に普通よ……最近、忙しくなってきてるから疲れが溜まってるんじゃない?」
そんな普通に言うお母さんが、なぜか怖かった。何かを隠しているようで……。教えられない事なの? なんともいえない感情がわき上がって来る。柚鶴はまだ、テレビに夢中。そんな柚鶴を横目に見ながら、沙羅は立ち上がり、寝るねと言って階段を上がった。