第3章
ため息を一つ吐き出し家をでると、明冬が待っていた。
「おっす。昨日、聞いたけどさ…本当に悲惨だよな、沙羅」
「…言わないで。私も怖いんだから」
「まあ、な。あんな手紙来たら誰だってな」
「…行こう。もう、その話はおしまいっ!」
明冬の腕を掴み、歩き出す。嫌な事は忘れるのが一番いい。
手を引っ張る沙羅を一瞥し、ふと考える。昔から沙羅は嫌な話があるとすぐ違う話題に切り替えるくせがあった。例えば怪談話等。まだ直っていないのかと思うと、おもわず笑みが零れた。
私が急かした所為もあって、二人はいつもより早く学校に着いた。
「おーいつもより早っ! 沙羅のおかげだな」
頭をくしゃりと撫でてやると、顔を真っ赤にして怒鳴られた。怒るのをわかっていてそれを明冬はやる。
「…子供じゃないし」
「まだ、子供だろ。沙羅は」
「明冬は? 私と同じなら明冬だって子供でしょ」
一枚上手の私に言われ、ぐっと押し黙る。黙った明冬を見て、笑いをかみ殺す。
ドアを開くと親友の蒼浬が私に抱きついてきた。
「おはよ~んっ……沙羅!」
「おはよ。あんたは、朝から元気だね」
私が呆れて言うと、蒼浬は柔らかい笑みを浮かべて首を縦に振る。
「あったりまえだよ~~。だって、朝から……あの久遠くんに会ったんだよ!?」
「はいはい、またクオンクン?」
久遠くんって、くとんの字が多い。
「そうそう!」
元気よく首を振る蒼浬に首が折れないのかと、少し心配になる。
久遠というのは学校で有名な男子。なんでも女子の人気を取るのは一位、二位だとか。
「成績優秀、運動神経抜群、女子の憧れってか? 完璧君だもんな。世の中にそういう奴がいるなんてなー」くわーっと欠伸をして机に伏せる明冬。
「ね、沙羅。取り巻きの話聞いた?」
「あ、知ってる。怪我させた子が居るとかで…なんか凄い事になったってやつ?」
「そうそう。沙羅も気をつけなよ?」
何故、そんなことを私にいうのか。
「なんで? 私、その人と喋ったことも無いのに」
記憶を探ってみても、そんな喧嘩をふっかけられるようなことはしていない。
「沙羅を…その取り巻きがいがんでるって。聞いたの」
「なんかの間違いでしょ、それ」
顔を真っ赤にし否定する。
「なんかね。久遠くんの口から水無月って出て、その事…取り巻きの一人が聞いたらしくって…ほら、水無月って苗字、此処に沙羅しかいないでしょ? だから」
蒼浬の言わんとした事がわかり、続ける。
「だから、私を目の敵したって訳?」
「うん、そう」
だったら昨日の手紙も取り巻きが? 不気味な嫌がらせをするもんだ。はぁとため息を吐き、幸せそうに寝ている明冬を見る。
「いいよね…明冬は。なんにも知らないで」
呑気にいびきをかかいている明冬に、沙羅はまた息を吐き出した。
蒼浬、私、明冬で屋上に昼食を食べに来ていた。
「はぁーっ! 気持良い。やっぱ昼飯は此処で食うのが一番だな」
パンをほお張りながら、喋る明冬。
「きったないって、あーもうっ! こぼすなバカ」
箸にウィンナーを突き刺しながら注意する蒼浬。そんな注意もどうかと思う。
「あははっ…」
空を仰げば、爽快の天気。明冬がそう言うのもわかる。
二人の格闘を見ながら、せっせとご飯を口に詰め込む。パクパクとお弁当箱を空にしていく。綺麗に食べ終わったそれを包んであったものに包み、最後にお茶を飲む。なんか婆くさいけど。
「いい天気。眠たくなるー…」
昼の陽があたり、目を閉じようとする私に蒼浬は声を掛ける。
「沙羅ぁー。行くよ」
頭上から声が聞こえ、顔を上げた。すぐ横においてあった弁当箱を持ち、行ってしまう二人を慌てて追う。
「ま、待ってー!」
追いつき、蒼浬の制服を掴む。
「相変わらず、とろいな。沙羅」
明冬を睨み頬を膨らます。
「眠たかったんだもん、しょうがないでしょ。…次なんだっけ? 数学とかだったらやだなー」
「現国。だーりぃな、おれ、サボろーかな」
「単位取れなくなっても良いなら、そうすれば?」
「…たまに蒼浬って怖い事いうよな」
カツカツと階段を降りる3人の足音が響く。降りる音と重なるように誰かの足を音が上ってくる。先生ではないだろう。現に制服を着ている。男子だ。
「ふあ~あ」
その男子が欠伸をする。人が居るのに気にもせず、大きな欠伸。すれ違った時に少し笑ってしまった。気付いているだろうか。ちょっと不安になる。その男子は屋上の扉の向こうへと消えてしまい、表情はわからなかった。
「沙羅? どうしたの?」
「ううん、なんでもないっ」
そう言って後ろを気にしながら、友人の元へと歩き出した。