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第27章


 階段を駆け上がり、後ろを見やる。どうやら架斐は追って来なかったらしい。ホッとしてため息を吐く。今日は一気に事が起こりすぎだ。二度有ることは三度あるというし、まだ何か起きるのだろうか? そんな不安を心の奥に押し込め、教室のドアを開く。中を見渡せば、いつもと変わらない光景。それに、安心し、椅子を引く。

「はよー! 沙羅」と明冬が元気よく言う。

「おはよう。元気だね、明冬は」

「おうっ。もう少しで夏休みだからなっ…! 何しようかなぁ」

明冬が言っている通り、夏休みがやって来る。それも、あと一週間で。だから、クラスの中、騒ぎあっているのだろう。

「夏休み、3人でどこか出かける?」

思いつきそんな事を言うと、以外な声が上がった。

「ごめん、沙羅! あたし、部活の合宿あるんだーぁ! 遊びに行きたいけど…行けないやっ!」手を合わせ申し訳なさそうに言う蒼浬、そして、明冬。

「俺も悪ぃ…ちょっと、婆ちゃん家行くんで忙しいし、従兄弟とか遊びに来るし…補習も…。本当にごめんっ! 埋め合わせはいつかするっ!!」

「そっか…ごめん。あーぁ、夏何しようかなー」

そう言った沙羅に二人はうっと唸る。

「いいよ、いいよ。そんな顔しなくたって…二人には予定が入ってるんでしょ? 思いっきり遊んできなよ。ね?」気にしてない様子の沙羅に蒼浬は抱きつく。

「沙羅ぁぁあぁあ! あんたはなんて、いい子なのっ! いい子過ぎでしょ!!」

ギュウギュウと腕の力を強める蒼浬に、呻く沙羅。

「蒼浬…ちょ…っ…くるし…」

腕を叩くが反応無い。窒息寸前な沙羅に明冬が止めにかかる。

「おい…おまっ…ちょ、沙羅が死ぬってっ!! 蒼浬っ…」焦る明冬。凄い力で沙羅を締める蒼浬。それはまさに地獄絵図。

 やっと離してもらい、沙羅はぜいぜいと息を吸う。

「はぁっ…はぁっ、ほんとに…しぬかとっ、思った…」

「ごめ~ん、沙羅。…いい夏の思い出になったでしょ?」

危うく、一生の終わりを迎える所だったと思う沙羅。

「どこがだよ! 夏休み始まる前に、死なせてどうするっ!」

「いいじゃんっ! 減るもんじゃないし…ねー沙羅っ」

無邪気に見つめてくる蒼浬に苦笑する。

 まだ一日は始まったばかり。


「……カッコイイよねー! 久遠クン」

「うん。今、フリーなんでしょ? あたし、狙っちゃおっかなーっ」

「えー…? 無理じゃない?」

休み時間のトイレで数人の女子が言い合う。

「いつも、こればっかだよね…」蒼浬が声を潜ませ告げる。

「…うん。カッコいいもんね、樹は」ぽろっと漏らした言葉に蒼浬は叫ぶ。

「そりゃあね…って沙羅!?」

「えっ?」

「今、久遠くんのこ、こと…よ、呼び捨てに…」

大声で言われ、沙羅は蒼浬の口を塞ぐ。

「ちょっ…声大きいっ!」

トイレに沙羅の声が響き、話していた女子が沙羅を見る。その事に気付き、暴れる蒼浬を引っ張り、トイレを出た。

「ちょっと、どういう事なの? 沙羅!」

やはり、そうなるか。と悪態を吐きながら、呼び捨てで呼んで言いと言われた事、告白された事を答えた。

「はぁぁあぁあぁっ!? 告白…!? あの久遠くんからっ…?! ど、ど、どういう事? それ…」

「だからっ、声大きいって!」

慌て、またもや蒼浬の口を塞ぐ。

「もごっ…、ふぐっ!」

辺りを見、誰もいないのを確認し手を放す。

「ぷはっ…! 苦しかった…」

「ご、ごめん。大丈夫?」

「大丈夫! それより――沙羅はどうなの?」

ズイっと顔を近づけられ、沙羅は冷や汗をかく。

「え…っと、その…あの、……好きだよ樹の事」その言葉を聞いて安心する蒼浬。そして、優しく沙羅を抱きしめた。それは朝の時とは違ったもの。苦しくは無く、暖かかった。

「よかったね、沙羅。好きな人が出来て…あたし、本当は不安だったんだ。最近、落ち込んで悩んでいたみたいだったし。何かあったのかなって思ってたの。それに、久遠くんの事じゃなくって、沙羅が悩んでるのもっと別の事でしょ?」

「うん…」

そこまで言われるなんて思ってもいなかった。なんでもお見通しなんだなと沙羅は思う。

「それって、あたしには、話せないこと?」

「うん。ごめんね、蒼浬…。いつか、話すから」

「うん、それまで気長に待ってる」そんな蒼浬の言葉に泣きそうになった。

「ありがとう、蒼浬」

今は話せないけどいつか話そうと沙羅は心に決めた。


 どこからか蝶が来て、校内を飛びまわっていた。

「あ、黒い蝶」

「えっ? どこ…」

「ほら、そこっ…」

蝶を指し、友達に告げる。

 真っ青な空に不似合いな黒い蝶。黒い燐粉りんぷんを撒き散らしながら、ふわふわと羽を動かす。疲れることをしらない昆虫。

「何しに来た、栢夜かや

蝶を見つけ、樹は捕まえようと手を伸ばす。伸びてきた手をひらりとかわし、栢夜と呼ばれた蝶は飛び続ける。忌々しげにそれを見つめ、樹は自分の婚約者の顔を思い出す。婚約を破棄したというのに、柏夜は追ってくる。それが嫌で堪らない。樹の心を掴んで離さないのは一人の少女。脳裏に彼女を思い浮かべる。

「…沙羅」

切なげに沙羅の名前を呼び、天眞てんまの所へと向かった。


 ひらりと一匹の黒い蝶が、白く細長い女の指にとまった。蝶は羽を羽ばたかせ、その女の周りを舞う。蝶が女に何かを語りかけているようだ。燐粉を散らせながら、また女の手にとまる。

「そう…。女の名前は沙羅というの…樹をそそのかしたのは、…ふふっ、退屈しのぎにはなりそうね。でも、樹一つ間違ってるわ。この子はあたしじゃない。それも分からないなんて…」手にとまっている蝶をもう片手の方で、ぱちりと叩き、蝶を持ち上げる。そして、それを握り潰す。逃げる暇も無く、蝶は栢夜によって粉々になる。

「ねぇ、色羽いろははどんな殺し方が好いと思う?」粉々になり灰と化した蝶の欠片を息で吹き、寝そべっているベッドに散らす。

「栢夜様のお好きに…」

「ふふっ。いつも、同じ言葉…。まぁ、そこがいいんだけど」

色羽と呼ばれた男は栢夜を見る。そして灰になった、元吸血鬼もとヴァンパイアの、蝶の欠片を手に乗せ呟く。

「私達は、儚いですね。栢夜様…」

「あら、どぉして? あたし達、吸血鬼ヴァンパイアは綺麗で不老不死なのよ? 死ねない身体なのに、どうしてそんな事を言うの?」

心外だというように栢夜は首を傾げ、ころころとベッドを転がる。

「死んだら、灰になるんですよ? 人間は、形が残るのに…可笑しいでしょう。草花も木も、虫も動物も水だって残るんです。それなのに…私達は」

「簡単じゃない…それは、あたし達が特別だからよ。神にそむき、罰を与えられた者だから。だから、人の形をして、人間の血を吸うの。素敵じゃない…」

くすくすと笑う栢夜はベッドから降り、色羽に近づく。

「――吸血鬼ヴァンパイアに生まれてしまった事を悔いているの?」

「いいえ。そんな事を考えただけです」

「くすっ…色羽らしい」

色羽の頬に触れ、首筋を撫でる。

「っ…柏夜様?」

「血を、頂戴…? 色羽の血が欲しい…の」

細い腕を色羽の首に巻きつけ、紅く瞳を光らせる。それは血を求めている証拠。血を飲むときだけ、栢夜の瞳は自分に向けられる。この時間が酷くも、待ち遠しい。細い栢夜の体を抱きしめ、彼女のウェーブがかった銀色の髪に指を絡ませる。

 ブツリと音を立て栢夜の小さい牙が首に埋まる。血を啜る音が、部屋に響く。

「…っぅ…」

声を漏らせば、首筋から顔を上げ、栢夜が見上げてくる。そんな栢夜が愛しく思う。口元には血が付いていて、それを親指で拭き、指に付いたそれを舐め取る。柏夜を覗き込み見れば、その眼は虚ろ。次第に意識がはっきりしてきたのか、栢夜は”色羽”と囁くように呼んだ。

「はい…? なんでしょう、栢夜様」

「噛んで。あたしを…」

「な、なにを…」言われた言葉に驚く。今まで血を吸われた事はあっても、栢夜の血を吸うという事はなかった。それに、血を吸えなどと言われたのは今回が初めてだ。栢夜に何があったと言うのか、それだとすると、色羽じゃなく別の誰かを想って言っているのだ。

「飲みたいでしょ? 血を吸ってばっかじゃ、あたしだって嫌だもの…だから、色羽」

請うように言われ、色羽は迷う。血を吸いたいけれど。しかし己は誰かの、否、相手はもう誰か分かっている。久遠樹の代わりなのだ。自分は。色羽はもし自分が婚約者なら、栢夜にこんな悲しい思いはさせないと思っていた。けれど、それはあくまで色羽の想い。

「ですが…栢夜様、貴女には」

黙ったまま、栢夜は首筋に爪を突き立てる。そこから、真っ赤な血が溢れ、甘い匂いが色羽の鼻を掠める。好きな女性のものなら尚更、啜りたくなる。その匂いに誘われ、色羽は栢夜を抱き寄せる。

「…っはぁ、はぁ」

荒く息を吐き、欲望と戦う。駄目だ、血を吸っては。取り返しの付かない事になる。そう言い聞かせるが収まってくれない。

「良いのよ? 飲んで…」

その時、カチリッと音を立て色羽の何かが崩れた。そして、栢夜の血を貪る様にその首に顔を埋める。甘い栢夜の血が喉を潤していく。もっと欲しいと吸血鬼ヴァンパイアの自分が叫ぶ。

「…あっ、…ぃつき…」最後の一滴をゆっくりと飲み込み、栢夜の顔を見つめる。

切なくも甘い栢夜の声。けっして自分はそんな声音では呼ばれない。久遠樹だからこそ、追い求める栢夜。やはり、彼女は樹を求めていたのだ。自分では無く、吸血鬼界ヴァンパイアかいの王、久遠樹に。なんとも苦しい現実だろうか。

 血を吸いすぎて気を失った栢夜を見て嘆くように呟く。

「貴女は、とても美しく残酷ですね…。私にこんな思いをさせ、夢を見ている」

儚さとは美しさ、酷さ苦しさという意味を含め栢夜に言ったのだった。

「私が儚いと思ったのは命ではありません。貴女の事を言ったのです…」

ゆるりと瞼、頬、額を撫で、抱き寄せる。

「何故、樹様なのですか…。私では駄目なのですか?」

小さな呟きは風によって消え去り、カーテンが色羽を嘲笑うように揺れていた。

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