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第25章

 肌にまとわり付くねっとりと風が沙羅の頬を撫でた。季節はもう夏。といっても梅雨だが。暑さに弱い沙羅は机の上でぐったりと顔を伏せていた。

「沙羅。大丈夫?」

蒼浬の問いかけに唸るようにして答える。

「うー熱い…」

「だよね。うっとうしいぐらいに…早く夏になれば良いのに、なんで梅雨なんてあるんだろうね」

うんうんと納得するように首を縦に振る明冬。

「俺も同感。この暑さにだけは俺も無理」

明冬は制服のネクタイを緩め、下敷きで仰ぎ始める。

「次、体育だよ~? この熱気の中やれっての? それに100m走だし、日焼けするじゃない。最悪」

机に肘を突き蒼浬は顔をしかめる。

「え? 次、体育だっけ?」と体を起こし沙羅はダルそうに蒼浬を見た。

むすっとした顔で答えた蒼浬。

「うん。そうだよ」

感情の篭っていない声で告げられ、苦笑する。

「そんなに体育嫌い?」

「うん、大っ嫌い。英語の次にね」

蒼浬の言葉と共にぽつぽつと雨が降り出してきた。空を見上げると灰色に薄暗く染まっている。

「うわー。こりゃ駄目だね、体育なしだ!」

と、蒼浬が喜んでいた矢先に生徒指導の森田先生がドアを開けて教室へと入って来た。皆、何事かと友達と顔を見合わせたり、互いに何か言い在っている。

「次の体育は、体育館で行う。それと、男子はそのまま保健…以上、女子は着替えておくように」

大声で森田先生は言うとそのまま出て行ってしまった。

「なんだ~結局あるじゃん」

肩を下げ落ち込む蒼浬。

「まぁ外じゃないし良ったじゃん」

すかさず励ます明冬。

 二人の会話を肘を突きながら聞きながら、嫌そうに沙羅は雨雲を眺めていた。


 体育が終わり更衣室で着替えていたとき、蒼浬が胸もとに何かを見つけ聞いてきた。

「あれ? 沙羅、こんな所に刺青してたの?」

「え?」

まさかと思い見てみると一ヶ月前に見たものの形が大きく変わっていた。

「可愛いね、それなんか薔薇みたいで素敵だなぁ」

「……っ。」

この痣は可愛いってものじゃない。自分自身を締め付ける、吸血鬼ヴァンパイアに居所を示す刻印のようなもの。それが可愛いなんて。

「沙羅? どうしたの? 顔色悪いけど…大丈夫?」

蒼浬は覗き込み、心配そうな顔をする。

「…大丈夫」

そう呟くと彼女は安堵した表情になり、保健室にいく? と問いかけてきた。沙羅は蒼浬の誘いをやんわりと断り、変わりにありがとうと告げた。

 二人は更衣室を出て、そのまま廊下を歩いていると一人の男子と沙羅はすれ違った。高宮架斐だ。彼の姿を見て沙羅は身構えたが、本人は何もせず踵を返し人ごみの中へと消えていった。

「何なの…?」

架斐が居なくなった方向をずっと眺めていたが、蒼浬の声で我に返り沙羅は目を上げた。

「沙羅ってば! 聞いてる?」

「え? あ、うん…何?」

乾いた笑みを浮かべ蒼浬を見れば、頬を膨らましぶつぶつ文句を言っていた。

 教室に戻り、下敷きで仰いでいると明冬の悲痛な叫び声が聞こえ、沙羅と蒼浬は二人して耳を塞いだ。「何ー? うるさいよ、明冬!!」

「騒がないといれないんだよ! 小テストの点数、お前ら何点だった!?」

鬼のような顔をして肩を揺らす明冬に迷惑そうに沙羅は顔をしかめる。

「85点」

「私は86点だよー明冬は? 何点だったの?」と蒼浬。

「なんでそんなに良い点数なんだよっ、俺なんか…63点だぞ! ヤバイって! 母さんに殴られる」

明冬が殴られる所を想像して、噴出してしまい、怒られてしまう。叩かれた頭をさすり、沙羅は窓に付いている水滴を見た。

 今も雨は降り続けている。シトシトと。これだけ振り続ければ、もう太陽は出て来ないんじゃないかと思ってしまう。沙羅は今も尚、葉っぱや木を濡らし続ける雨に眉を寄せこう呟いた。

「ホント…嫌だなあ」

その一言は誰にも聞き取られず、静かに雨の音と混じっていった。


 学校の帰り道、道端に黒い傘を差した女の子が一人たたずんでいた。その子は誰かを待っているらしく、歩き去っていく人の顔を見つめては俯き、それを繰り返していた。そして、その子と目が合ってしまい沙羅はドキッとした。その女の子は樹の妹であったからだ。

「あ! あの時のお姉ちゃんっ!」

目が合うと直ぐにニコリと笑い、傍に駆け寄ってきた。

「えっと…湊都みなとちゃんだったよね?」

「うん! あ、えっと…久遠湊都9歳です。この前はちゃんと挨拶できなくてごめんなさい」

申し訳なさそうに誤る湊都に沙羅は関心する。

「私は水無月沙羅、よろしくね。それより…湊都ちゃんはどうして此処に? いつき…――お兄ちゃんを待っているの?」

「ううん。お姉ちゃんを待っていたの」

「わ、私を……? どうして?」

「だって――」

湊都の声をさえぎるようにその声は聞こえた。

「――ああ、じゃあなっ!」

彼だとわかり心臓が波打ったような気がした。振り向こうとした瞬間、沙羅は何かに腕を強く掴まれバランスを崩した。掴まれた腕を見ると小さな湊都の手がそこにあった。

「…湊都ちゃん?」

沙羅の問いに湊都はハッとなり、おずおずと手を離した。腕にはくっきりと赤く痣になっていた。少し血も滲んでいる。

「ごめんなさい、あたしこんなことするつもりじゃ…」

湊都は持っていたカバンから絆創膏を取り出し、沙羅の腕に張ろうとしたが、何かに魅入られたかのように動かなくなった。湊都の眼に映った赤い雫。そこから薫る甘美な香り。湊都は沙羅の腕から目を逸らす事は出来なくなっていた。

「…どうしたの? 湊都ちゃ…っ!?」

顔を上げるなり、いきなり飛びついてきた湊都に驚き沙羅は傘を放す。傘を放してしまえば体は冷たいアスファルトへ叩きつけられた。その衝撃で咳き込んでしまう。

「ごほっ、こほ……っ!」

息を正そうとしていると首を締め付けられ、息が吸えなくなる。湊都の腕を放そうと、もがくが一向に放してくれない。

「はぁっ…はぁっ…血、」

これは正気の沙汰ではない。

「…湊都ちゃんっ! 目を、覚まして、貴方は…はっ!…こんな、事する、子じゃ、ない…っ」

呼びかけても、返事を返してくれない。ただ、湊都は血を求める獣と化したのだ。沙羅の声が聞こえず、血、血と叫ぶ。その姿はまさに異形な化け物。何かに取り付かれたように激しく牙をむき出す。狂犬とでもいうべきか。子供だからか自身を押さえ込めないらしい。血ということだけに体が動いている。

「…だれかっ! たすけて…」

押さえることに力尽きたか、沙羅は抵抗を弱め、意識を飛ばそうとしていた。が、間一髪といったところで沙羅は誰かに助けられた。目が霞みよく見えない。

「…だれ?」

か細い声で訊ねた。その声は聞こえていなかったらしく、相手は無言だった。けれど、抱きかかえられた時の温もりが暖かくて、心地良くて、疲れからかそのまま沙羅は寝てしまった。

「余りに、無防備だ…沙羅」

優しく頬を撫でてやると沙羅はくすぐったそうに身を寄せた。

「湊都…正気に戻ったか?」

しばらく沙羅を見ていたが樹は湊都に視線を移した。

「――はい。申し訳ありません…樹お兄様」

許しを請うように告げるが樹の瞳は冷たいまま。

「…もう、二度と俺とお祖父様の許可なしで屋敷を出るな」

カチカチと音を成しているのはきっと湊都だろう。

「…ごめんなさいっ! もうしないっ! お願い、だから――」

「わかった、だから泣くな……久遠の家の者が恥ずかしい。俺は怒らないから…」

沙羅を抱いているからか、樹は普段よりも穏やかで優しかった。湊都は心からお礼を、言った。

 樹は沙羅を家まで送り、寝ている沙羅を起こさないようにベッドへとそっと降ろし、布団をかけてやった。ずっと寝顔を見つめていたいと思ったが、沙羅にばれてしまうと思い立ち去ろうとした、けれど「…樹」という彼女の声を聞き立ち止まった。

――起きたか? と恐る恐る振り向いてみるとどうやら、夢を見ているようだ。規則正しい寝息を立てている。

「…寝言か。でも、嬉しいよ、沙羅」

寝言に安心し樹は笑みを浮かべ、指で沙羅の前髪を払い、そっと額にキスを一つ落とす。

「……おやすみ、沙羅」

ゆっくりとした動作で窓に近づき樹は黒い蝶となり羽を羽ばたかせ夜の闇へと還っていった。

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