第21章
ベッドの端に足を抱え、だんだんと黄昏ていく空を見上げていた。沙羅以外、誰も居ない部屋の中、時計の秒針の音がカチカチと時を刻んでいる。何をする事も無く、ただずっと窓の外を見つめている。
動いていく雲。青い空を覆い隠すように雲は流れていく。
「はぁ……」
ため息を一つ吐いた。
「逢いたいなぁ…。久遠に…」
自分で言って、恥ずかしくなる。耳まで真っ赤になった顔を沙羅は自分の膝に埋める。逢いたいといっても、樹の電話番号やメールを教えてもらっていないので逢う事はできない。そして、また沙羅は息を吐く。その繰り返しだ。沙羅がどうしようかと悩んでいると、下から声が上がる。
「沙羅ーあ!! ちょっと来てー!」
母の声だ。何事だと思いリビングに行くと洗濯物をたたんでいるお母さんの姿があった。
「どうしたの?」
「ちょっとね……この洗濯物たたんでいるうちに夕方になっちゃって。今、手が離せないし。それで、お願いだけど今日の夕飯のおかず買って来てくれない?」
コテンと首を傾げ言う母はなんだか可愛らしい。
「いいけど、何でもいいの?」
「ええ、じゃあ悪いけどお願いね?」
沙羅は詩織に言われ家を出た。家を出てみれば、夕陽が沈んでいた。その夕陽を眺めながら沙羅はスーパーへと急ぐ。
スーパーに着くと、そこは人で溢れていた。そういえば、今日は特売日だな。と思いながらカートの上にカゴを乗せ走らせる。
から揚げに、ポテトサラダ、の材料をカゴに入れる。他に切れたものを探していく。
「え~と、牛乳とドレッシング、コーヒーの粉、しょうゆ、こしょう、卵……小麦粉か」
お母さんから渡されたメモ帳を見て、沢山買うものがあるな~と感心していると、チョコレートやクッキー、ポテチなど色々なお菓子を腕に抱えた女の子が目に留まった。前が見えていないのか足元はふらついている。危ないと思ったら案の定、その子は転んだ。
「…! きゃっ!」
沙羅は直ぐ少女の元へと急ぎ、少女を立たせた。
「大丈夫!? …痛くない?」
と沙羅は問うが少女は目に涙を浮かべている。
「湊都?」
と少女を呼ぶ声がし沙羅は声のほうへと振り向く。
「樹お兄様っ!!」
少女は男の名前を言い駆けて行く。その男を見ると沙羅は目を丸くした。
「…久遠?」
沙羅が樹を呼んでも気が付いていない。湊都から目を上げ樹は沙羅を見つめた。
「! あ……」
二人の視線は一瞬絡まるが、お互い気まずいのか同時に目を逸らした。
「……ごめんね? 私、もう行くから」
沙羅は立ち上がり樹を見ないように樹に背を向け歩き出す。そんな二人のやりとりを不思議に思ったのか、湊都は樹を不安をそうに見上げる。
「…樹お兄様?」
「…なんでもない」
悲痛な顔をして沙羅を見ている兄。この二人の間になにかあったのだろうと湊都は思う。
寂しく遠ざかっていく沙羅の後姿を見て、湊都は樹の手を離し沙羅を追いかけた。樹は突然の湊都の行動に驚き、手を掴もうとするが遅かった。自分の妹はすでに沙羅の元へと駆け出していた。
「…待って! お姉ちゃんっ」
沙羅を呼び止めようと声を張り上げるが周りに居る買い物客のせいで声は掻き消されてしまう。湊都は人を掻き分けるようにして前に進む。そしてやっとのことで沙羅に追いついた湊都。沙羅の服を掴もうと手を伸ばしたがその手は沙羅の服を掴むことなく、空を掠めた。
「湊都っ! 何をやっているんだ! すぐ帰るぞ。こんなところでうろうろ歩き回るんじゃない」
自分の腕を見ると強い力で握られていて、どんなにもがいても離される事はなかった。
「お兄様っ!」
「…屋敷に戻るぞ」
兄の有無を言わさない態度に湊都は押し黙った。樹に連れられ屋敷に戻ってきた湊都は早速、さっき会った女、沙羅のことを兄から聞きだしていた。
「お兄様! さっきの人は? 誰なの?」
腕を組み、何も言わない樹。それでも湊都は折れずに問いかける。
「…知っている方なんでしょ? 何かあったんじゃないの?」
「……」
「それに、あの人凄く、いい香りがしたわ……思わず噛みたく」
噛みたくなったと言おうとしたが樹の怒鳴り声にかき消された。
「言うな! あの子に牙を向けたりしたら、俺が許さないからな…」
冷たく言い放った樹に湊都は背筋を凍らせた。