第20章
沙羅は廊下を歩いていた。肩を落とし、トボトボと教室に向かう。
――結局、私は何も聞けなかった。ただ、ハンカチを渡しただけ。なにも聞けなかった、話せなかった。そんな自分に腹が立つ。そう思う反面、やはり怖気付いていた。好きな人に怖気づくなんてバカな話だ。好きなら、真っ直ぐに向き合えば良い。何かを確信したような瞳をして沙羅は背筋を伸ばし、一歩、また一歩と歩み始めた。
「ふあーあ」
大きいあくびが明冬の口からこぼれた。
「どうしたの? 寝不足?」
彼のあくびを聞き、沙羅はお弁当を開けながら問う。そんな沙羅に本当のことを言えるはずも無く明冬は、疲れだよとだけ告げる。そんな二人の会話を隣で聞いていた蒼浬はパンを頬張りながら、言う。
「…まぁ、そんな事はどうでもいいけど。それより、6限の数学!! 当たるんだけどっ! ヤバイよ~。沙羅見せてね?」
上目遣いに擦り寄ってくる蒼浬を見て、沙羅は苦笑する。
「…はいはい」
「やったー♪ ありがとー沙羅!」
屈託の無い向日葵のような笑顔。おもわず自分も頬が緩む。そんな彼女を見て、悩みが無いんだなあと思い羨ましくなる。手元にあるお弁当に目を落とし、玉子焼きを一切れ口に運ぶ。口の中に広がる優しい味。それを噛み締め、平らげる。全て食べ終わった頃には、昼休み終わりのチャイムが鳴っていた。
「…うわっ! 早くいかねぇとヤバイぞ!」
そう言って明冬は沙羅たちを急かし、歩き出す。
「ちょっ、早いって~~!」
嘆きながら蒼浬は明冬の元へと急ぐ。沙羅は二人を微笑ましく見つめていたが、予鈴が鳴った事を思い出し、慌てて二人を追いかけた。
急いで教室に戻ってきた頃には、皆ちゃんと次の授業の教科書を出している。先生はまだ来ていないみたいだ。なんとかセーフのようだ。安心し息を吐き出す。蒼浬や明冬の顔を見ると同じ事を考えていたようだ。そんな彼らに苦笑した。
沙羅は自分の席に座り、筆箱等を机に置く。何か、視線を感じ沙羅は隣の席の明冬を見る。見ると目が合った。
「? なに? 私の顔になんかついてる?」
不思議に思い首を傾げ問う。
「えっ? …いやっ…別に」
「――そう?」
バツが悪そうに目を逸らす明冬。――何なんだろう。本人は何でもないって言っていたのだから、深い意味は無いのだろう。特に気にする事も無く沙羅は頬杖を付いた。
退屈すぎる授業が終わり、ホームルーム。皆、帰る準備や部活動の用意やらで教室がざわついている。それを担任の教師が宥め、明日の予定を言っていく。
「え~~。月曜は……」
長々とした話が終わり放課後。
明日は学校が休み。何しようかなあと考えていると、前からトコトコと蒼浬が歩いてきて、顔を覗き込んだ。
「沙羅ぁー! 明日、暇? 暇だったら、遊びに行かない? ほら、最近バタバタしてたからさー」
沙羅は蒼浬の言葉に微笑む。
「…いいよ? 何処行く?」
沙羅も年頃の女の子。断る理由も無いのですぐ蒼浬に答えた。そして、二人は自分達の家の近く、分かれ道まで明日の予定や愚痴などを散々言い合い、それぞれ帰宅するため歩き出した。
◇ ◇ ◇
沙羅はお風呂から上がり、パジャマを着ようと手を伸ばし、それを掴んだ。鏡に映ったパジャマ姿の自分。その鏡を見、ボタンに手を掛けた。沙羅はいつもとは違う、自分に気が付いた。紅い色。左胸の上に赤い痣のようなもの。それが浮かび上がっていた。何かのインクが肌に付いたのかと思い、指で擦るが取れない。何処かにぶつけたのだろうと思い、沙羅は何事も無かったように脱衣所を出た。