第2章
「…携帯マナーモードにしとけばよかった」
そんなことをぶつぶつ呟いていると、いつの間にか家に着いていた。家に入って靴を脱ぎ、中に入る。入って直ぐ、私は自分の部屋へ直行した。
部屋の扉を開くとなんら代わりの無い、いつもの風景が目に飛び込んでくる。持っていた鞄を机の上に置き、私はベッドへと倒れ込んだ。
今日はいろいろな事が在ったなあ……。あれこれと考えていると、次第に瞼が重くなってきた。疲れたし、もう眠ろうと瞳を閉じた瞬間。
電話の音が鳴り響いた。リビングにある電話だ。その音で私は飛び起きた。
「……電話? お母さん、いないのかな?」
ふと思った疑問に首を振ってそれを否定する。『今日遅くなるから』と言ったお母さんの言葉を思い出した。そうだ。忘れていた……今日、誰も居ないんだった。家に居るのは私一人。
電話は尚も鳴り続けている。出るしかないか。めんどくさいなあと思いながらも、しぶしぶ私はリビングへと向かった。
まだ音を鳴り響かせている電話の受話器をとり、相手に話し掛ける。
「もしもし……水無月ですが」
「………」
「どちらさまでしょうか?」
「………」
電話の相手はずっと無言のまま、しかも何も喋らない。不思議に思い再度、訊ねる。
「あの…どちらさまでしょうか?」
私がそう問うと、いきなりブッツといって電話が切れた。
「え、ちょっ…」
自分の体から血の気が引くのを感じる。いたずら電話? 首を傾げ受話器を戻すと、何か背中に違和感を覚えた。違和感と言うよりも、何かの気配。後ろに人が立っているようなそんな感覚。感覚に近いような威圧感。背中に集中する相手の視線。私は恐る恐る、ブリキの人形のように首を動かし見た。ゾクリと肌が粟立った。後ろじゃない窓から見てるんだ。勢いよく振り返るとそこに視線の主はいなく、外の木だけが何かの存在を示すように大きく揺れ動いていた。
ほっと一息し、私は窓の鍵をはずす。がらがらと音を立て窓は開く。外を見ても、誰もいない。猫の影だって見当たらない。一体なんだったというのか。しかし、何かが私を見つめていたのは事実。ブルリと体を震わせ、窓を閉める。辺りが暗くなっている事に気がつき、カーテンも閉める。カーテンを閉めたところで、ドタドタと騒がしい足音がした。この足音は柚鶴だろう。
「ただいま~! あ、お姉ちゃん、帰ってたんだ」
「うん。お帰り柚鶴」
私はそう言ってリビングの中央のソファーに座る。
「お母さんってまだ帰ってきてないの?」
そう言って、柚鶴はランドセルから教科書を出す。
「なんで、こんな所で開けるのっ? お母さんに怒られるでしょ」
じろりと柚鶴を見やる。
「いいじゃん、別に。あ、それよりさー。姉ちゃんに手紙って男の人が、これ渡してきたよ」
白いよれよれの封筒を、ズボンのポケットから出し見せてくる。
「ぐしゃぐしゃになっちゃったね、ごめん」
「誰からもらったの? これ…」
「さぁーね、顔フードで隠れてわかんなかったけど。――封筒のとこに書いてない?」
封筒の後ろを見てみると、何も書いていない。唯一書いてあるのは私の名前だけ。
「なぁーんにも、しろぺっぺのまんま」
ぴりぴりと封筒を開けると、四つ折にされた紙が一枚入っていた。それを取り出し、開く。
「な、なにこれ…」
そこには、こう綴られていた。
《やっと、会えた》
私は短く悲鳴を上げ、紙を手から離す。
「ゆ、柚鶴…! あ、れ見て」
弟に床に落ちた紙を指すと、柚鶴は身を屈め紙を手に取る。
「気持ち悪っ! なんだよ、これ」
白い顔をしながら柚鶴は私を見る。
「私も、わからない……いったい、なんなの?」
「お母さん達が来るまで、待ってよう」
「う、うん…」
不安を抱きながら、二人で身を寄せ合って両親を待った。