第17章
「……明冬?」
沙羅は不安そうに明冬を見上げ問いかける。
沙羅の純粋無垢な瞳を見て明冬は戸惑い、目を逸らす。そして、抱きしめていた腕をゆっくりと解き、沙羅を離した。
「…ごめん……俺…」
何かに堪えるように、抑えるように明冬は言葉を紡ぐ。
「…お前が無理してる、姿なんて見たくない……沙羅にはずっと、笑っていて欲しいんだ。だから、無理なんかすんなっ……。何か、悩みがあるなら俺に言え。な?」
私の顔を覗き込んでくる明冬に、言葉にズキリと胸が痛む。悩みが無いわけではない。吸血鬼の事や、お父さん達が何かを隠している事。でも、その事を明冬に言う訳にはいかない。―――だって明冬は、吸血鬼なんて居ないと思っている。そんな何も知らない人を、巻き込んでは駄目。自分の意志で勝手に決めてはいけない。
「……何も、ないよ? ほんとだってば! ほら、そんな顔しないっ! 私は大丈夫!」
「……っ…分かった……。でも、何かあったら必ず、俺に言え。絶対隠すなよな?」
ほんの一瞬、明冬は顔を歪めたが何も無かったように、沙羅に笑みを見せた。
「うん…じゃあ、明日ね」
沙羅が別れを告げると明冬は背を向け、じゃあなと言って玄関を出て行った。閉まってしまった玄関のドアを見て、沙羅はポツリと呟いた。
「…ごめん。明冬……嘘なんか、吐いてっ……ごめんっ…明冬っ」
気持ちとは逆の言葉。直ぐに後悔の念が押し寄せてくる。沙羅はずるずると座り込み、嗚咽を漏らした。その涙は不安と罪悪感の塊だった。
◇ ◇ ◇
「うわー…真っ暗。こんなに遅くまで、沙羅の家にいたのか……」
明冬は光、煌く星を見てため息を漏らす。その星を見て、ふと彼女が浮かぶ。さっきまでこの手に抱きしめていた彼女。あの時微かに香った薔薇姫の――誘惑する様な薔薇の香り。人間の俺さえも、狂うような匂いだった。それは沙羅を薔薇姫だと証明付けるもの。その事実に明冬は唇を噛んだ。――そう。明冬もまた、薔薇姫を知る一人だった。
「……絶対に、守ってみせる」
強く、強く心に願う。
真っ直ぐな沙羅への思いがふつふつと湧き上がってくる。沙羅を守りたいと思う気持ち。血が騒ぐような、吸血鬼を狩った時のような感情…。
『血』それは俺たちの中に流れているもの。吸血鬼にとっては生きる源だ。―――俺はあいつ等を狩る側の者。吸血鬼を狩る者。それは古から受け継がれた存在。奴ら(ヴァンパイア)がいるからこそ、俺たちは在る。まるで対のような、正反対の人間と化け物。
口角を上げ、笑みを漏らす。
「……なんで人はそれぞれ、重い物を抱えて生まれてくるんだろうな……?」
歩いていた足を止め、顔を上げる。明冬が見上げた空には輝く満月と黒い雲が浮かんでいた。