第15章
樹は沙羅と架斐が一緒にいるのを見て眉を潜める。
「その子から離れろ。高宮」
架斐は樹に不敵な笑みを浮かべ樹を見上げる。
「”嫌だ”と言ったら?」
「……」
その言葉に樹は架斐を睨み付けた。
「あーあ、王子様のご登場ってわけね。わかったよ。俺は退散させてもらうよ。……でも、」
最後に小さく何かを樹に呟き架斐は保健室を出て行った。沙羅はその二人のやり取りを怯えた目で見つめていた。
樹は沙羅が何もされて居ないのを見て、安堵した。まだこちらを不安げに見ている。沙羅が樹を見上げたその時、樹は気づく。沙羅の全開にされている首元のボタン。それを見て悔しげに樹は唇を噛んだ。もう少し遅かったら……目の前の少女は間違いなく壊れていただろう。もっと早く来ればよかったと後悔する。
「俺は……何にもしないから――」
樹は沙羅に近づこうとするが、沙羅は肩を震わせ後退るだけ。そんな沙羅を見て樹は悲しくなる。でも、そうしたのは自分だ。悔やんでも意味が無い。
沙羅は赤くなった手首を見つめた。これはずっと架斐に掴まれていた証拠。いまも思い出すだけでも身震いがする。どうして自分が何度も吸血鬼に襲われなければいけないのか。目の前に居る樹に沙羅は疑問や薔薇姫の事を聞きたいが口がなかなか開けられない。架斐にあんな行為をされたのだから無理も無い。それに、自分を悲しげに見下ろしている人――樹も、さっき自分を襲おうとした吸血鬼。架斐と同じなのだ。でも、違う事は知ってる。樹は何度も助けてくれたのだ。沙羅は恐る恐る樹を見上げた。見上げた時に映った樹の瞳の色。紅い……。赤。架斐にされた事がフラッシュバックする。
「……やだっ! こないでっ…化け物っ…!!」
そして沙羅は自分を守るかのように自分を強く抱きしめる。沙羅は慌てて口を塞ぐが遅かった。発せられた言葉はもう取り消せず、二人の間に沈黙が流れる。樹は沙羅に言われた事とその姿に掌を握り締めた。
「…ごめん。もう……君の前に現れないから」
悲しげに顔を歪め、樹は沙羅に背を向け出て行った。
シーツから目を上げ樹が出て行ったドアを見つめた。じわじわと涙が溢れ出してくる。あんな酷い事を言いたかったんじゃない。気がついたら私は口を開いて叫んでいたんだ。
「違うのにっ……!」
もうそこにはいない人に叫ぶ沙羅。樹を追いかけたいのに足が動かない。体はまだ震えたまま動こうとしない。駆けつけて謝りたいのに…。吸血鬼だからなんだというの? 私が人間だから何? そんなのは関係ない!
そう。関係ない。この気持ちも悲しさも全部…。久遠にあんな顔させたくない。いつも私に見せてくれたくったくのない笑顔が見たい。そう思って気がつく。私は久遠が好きなんだ。
沙羅はベッドを飛び降り、樹を探しに走り出した。