第12章
沙羅はトボトボと傘を差しながら道を歩いていた。時折、車が沙羅の脇を通り溜まった水が飛沫を上げ沙羅のローファーを濡らす。濡れた靴に眉を寄せ黙ったまま沙羅は黙々と家へと歩き続ける。
雨は一向にあがらない。少し小降りになってきたかと思うとまた激しく雨は降る。そんな身勝手な天気に私は苛立ちを覚えた。家に着くとさっきまで差していた傘をたたみ、傘についている水滴を落とす。びしょびしょになったローファーを持ち、リビングのドアを開け靴を持ったまま古くなった新聞をゴミ箱の隣に置いてある箱から取り出し広げる。
広げた新聞紙の上にローファーを置きストーブの前で乾かす。そういえば、昨日もこんなことしてたっけ……。ストーブを見てぼんやりと思い出す。ハンカチは久遠に渡せなかったけど。渡せなかったんじゃない。渡すのが怖かっただけ。また、襲われる、噛まれると思うから。はぁ……私って弱気だなぁ。ただ、ハンカチを返すだけなのに……。怖いものはしょうがないよね。
沙羅は何かを思い出したように立ち上がった。沙羅が向かったのは自室。部屋のドアを開けると机の上に柚鶴から借りた吸血鬼の本が無造作に置かれていた。沙羅はその本の背表紙を確認し手に取る。本の目次を開くと、吸血鬼について、吸血鬼の姿、吸血鬼伝説などいろいろな事が書かれている。私は最初に目に付いた吸血鬼についてというページを捲った。前にも呼んだことのあるページだが何かあるような気がして私は目を通した。
沙羅は読み終わると本を閉じた。いつのまにか私は掌を強く握り締めていた。手を緩めると微かに汗をかいている。掌を見つめていると、自分が制服を着たままだということを思い出し、楽なジャージとパーカーに着替えた。
制服をハンガーにかけていると、ポケットの中にあった携帯が音を出して震えだし沙羅はビクリと方を上げる。
「うわわっ……!」
何だろうと、携帯の画面を開くとそこには着信の文字が並んでいた。着信は母からだった。私は着信を押し、母へと電話を掛ける。
《はい? あ、沙羅?》
「うん。そうだけど……何かあったの? 電話入ってたから」
《あぁ! その事なんだけど。お母さん、残業入っちゃって……お父さんも遅くなるって言ったし、帰りは多分9時過ぎになると思うわ。悪いけど、晩御飯作って食べてくれる? うっかり言い忘れてたわ。それと……沙羅、今一人なの?》
「うん。一人だけど?」
沙羅は一人では何か問題があるのかと不思議になりながら詩織に尋ねる。
《……柚鶴は? 一緒にいるの?》
「まだ帰ってきてないけど……?」
《そう……。―――沙羅》
お母さんの声が急に真剣な声音に変わった。何かあるのだろうか?
《良い? ――よく聞くのよ?》
「う、うん」
まるで、小さい子供に絵本を聞かせるように詩織は沙羅に言った。
《……お母さんが帰ってくるまで家かえから出ないでね。絶対よ……》
命令口調で念を押すようにお母さんは私に言った。そこで携帯は切れた。
どういうこと? 私が吸血鬼に襲われそうになった事と関係があるのだろうか? それをお母さんは知っている? ――否。そんなはずはない。第一、知っているはずがない。吸血鬼が実在すると言ったら間違いなく、母は否定するだろう。でも、―――一体、何故?
沙羅は手元にある白い携帯から目を上げ、部屋の窓の外を見た。雨はまだ降っている―――沙羅の疑問を覆い隠すように、雨は振り続けている。