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【短編】異世界恋愛!

悪女なら、婚約破棄してくれますか

作者: ぽんぽこ狸





 ブライザー公爵邸の廊下をレジーナはプラチナブロンドの髪をなびかせて歩いていた。誰にも見つからないようにこっそりとランタンの光を小さくして歩みを進める。


 公爵夫妻が住んでいる二階の区画を抜けて三階へと続く階段を上る。隠されるように存在しているその階段は古ぼけていて少し埃っぽい。


 ……相変わらず掃除が行き届いていないのね!


 今度そのことを婚約者であるクリフフォードにせっついてやろうと思いながらも足を動かす。


 上った先には廊下はなくすぐに扉がある。この部屋の中は、屋根裏部屋に近いような三角の部屋で夏は暑くて冬は寒い、とても病人が住むのに適しているとは言えない場所だ。


 ノックを二つすると、声が返ってきた。


「またきたの? レジーナ」


 静かでクリフフォードよりも大人びた男性の声、レジーナはその正体を知っているし会ったこともある。今だって会いたいと思っているが、生憎、婚約者がいる身だ。


 彼と夜中に会っていたのがばれたら大問題になると彼もわかっていてレジーナも理解している。だから扉越しに元気な声を返した。


「フェリックス! 久しぶり、体調はどう?」

「……悪くないよ。それより久しぶりって大袈裟だな。二日ぶりだ」

「うん! 知ってる!」


 体調は悪くないなんて言いながらも、すぐに話を逸らすフェリックスにレジーナは少しだけ悲しくなった。


 けれどもそれを彼に悟られないように元気な声を出す。


 ここ二年ほどは会えていないけれど、彼はどんな風にやせ細ってしまっているだろうと考えると苦しい気持ちもあったけれど、それでも何も考えていないみたいな声を出してここに来た本題を話し出す。


「聞いて、フェリックス今日はとっておきの話があるの! きっと私の悪女っぷりをフェリックスも認めるはずよ!」

「ほんとかな」

「ホントホント!あのね━━━━


 それからレジーナは今日の夕食の事を思い出して話し始めた。本当に今日は上手くできたと思う。是非これを聞いて元気を出してほしい、そう思いながら扉に向かって語り掛けた。





 夕食の席、ブライザー公爵家の若夫婦で食卓を囲むはずだったのに、婚約者のクリフフォードの隣にはレジーナの実妹であるパトリシアが我が物顔で座っている。


 せめて三人で晩餐会をするのならば、レジーナ、クリフフォードが隣同士、向かいにパトリシアが正しい座り方だと思うのだが、そんなことは彼らの頭の中にはないらしい。


「……」


 レジーナはもくもくと食事を進めていた。


 文句を普通に言ってもいいのだけれど、すでにこちらに居を移していて結婚間近とはいえ、婚約者の立場だ、クリフフォードにあまりあたりを強くすることは出来ない。


 文句を言うのならばパトリシアの方へだ。


「クリフフォード様~。私このお野菜嫌いのなのよ~」

「そうかそうか、では俺が食べてやろうか?」

「ええ~? いいの?」

「パトリシアの残り物なら嬉しいぐらいだ」

「嬉しい~、じゃあ、はい、あ~ん」

「あーん」


 パクっとクリフフォードが口の中にパトリシアの差し出したブロッコリーが入り「美味いな」と彼はにかっと笑みを浮かべた。それにレジーナはなんとも思わないし、いつもこうなのだ。


 レジーナの妹のパトリシアは、レジーナが彼女に実家の爵位継承権を譲ったのが気に入らない。だからこうしてレジーナの物をよく奪っていく。


 しかしそれは大体どうでもいいものばかりなので、面倒くさい事をよくやるとレジーナは思っていた。


「あ、そうだ。パトリシアはこれが好きだろ?」

「え、大好き~」

「じゃあ、俺からも、あーん」

「あ~ん」


 今度は甘く味付けされたニンジンをクリフフォードがパトリシアの口に運ぶ。口をあけながらパトリシアは流し目でレジーナを見て、その瞳は優越感に浸っていた。


 ……自分で食べればいいのに。


 そんな風に思うが、これは見せつけているのだろうと思うので口にしない。しかし貴族ならば、シェフに食べられないものを伝えておいてすべて完食できるようにするのがマナーだし、食べさせ合うなど見苦しい。


 その気持ちに従うようにレジーナは不機嫌な顔をして、不機嫌な声になるように意識してトーンを落とした。


「見苦しいからよそでやってよ。パトリシア」


 心底、嫌悪しているそんな声が出て、レジーナは心の中でヨシッとガッツポーズを決めた。


「あら、お姉さまったら嫉妬~? こわ~い」

「虐めはよくないぞ、レジーナ」


 レジーナが少し文句を言っただけで二人はそろってレジーナに否定的な言葉を吐く。しかしそれに負けじとレジーナも性格が悪そうな顔をして、パトリシアに言う。


「それに、いくら同じ王都に屋敷があるからと言って貴方、ウォルドロン伯爵家には連絡を入れたの? 嫁入り前の娘が行方不明なんて問題になったら大変よ!」


 語尾を強く言って如何にも怒っている風にそんなことを言った。それに、パトリシアは勝ち誇ったように笑みを浮かべて、クリフフォードにしなだれかかりながらレジーナに返す。


「そんな心配いりませ~ん。ちゃんと手紙を書いて従者に持たせているわよ。お姉さまったら相変わらず怒りっぽくて怖いわ~」

「そうだ、レジーナ。そんなことでは、妻に迎える俺に嫌われてしまうぞ」


 合いの手のように口をはさんでくるクリフフォードが少し邪魔くさかったけれど、レジーナは、自分のお付きの使用人を振り返って、ある一通の手紙を受け取って、彼女たちの前に見せた。


「あら、その手紙ってこれの事? この屋敷の従者が勝手にどこか行こうとしていると不審に思って止めたら、こんなものを持っていたのよね? なにかしら?」

「っ、なんで、お姉さまが持ってるのよ」

「だから、屋敷の従者が勝手に動いてたら止めるでしょう? 今度から、自分の従者を使う事ね。パトリシアはただのクリフフォードの婚約者の私の、妹っていう”他人”なのだから」


 強気に笑みを見せた、その笑みは鏡の前で必死に練習した性格が悪そうな笑みだ。

 

 それに、パトリシアはすぐに頭に血が上ってカッと赤くなってそれからどんっとテーブルを叩いた。


 今にも、レジーナに言い返そうとしているところにさらに続ける。


「早く帰った方がいいわよ! 本格的に父と母が探し始めたら貴方の体裁に関わるもの!」

「そ、それはっ」


 本当は、手紙はきちんと出されているし、レジーナが持ってるものは完全に偽物だった。


 流石に夜遊びの癖があるだとか、家出癖があるだとか噂が立ってしまえば将来、婿を取る時にも困るのは目に見えている。


 レジーナはパトリシアの人生を潰したいわけではない。はったりで充分だった。


 しかし、はったりだと気がつかないパトリシアはここで姉と言い争う事と、早く帰って事態を収めることのどちらが大事か考えて「今度会ったらただじゃ済まさないんだから!」と怒り気味に夕食の席を立つ。


 それに、笑みを浮かべたまま手を振って、彼女を見送る。するといつの間にか、席を立って目の前に来ていたクリフフォードがおもむろにレジーナの頬を叩いた。


 パシンと音が響いて、レジーナは一瞬呆然としたけれども、パトリシアとしょっちゅう取っ組み合いの喧嘩をしていたので慣れている、負けじと彼の胸ぐらをつかんで、叩き返した。


「このっ」


 それに驚いたクリフフォードは目をむいてレジーナに掴みかかろうとする。しかしひらりと沸かして、ヒールで屋敷の中を駆け抜ける。


「あははっ」


 子供みたいな喧嘩にレジーナは馬鹿みたいだと思って笑った。追いかけてくる彼が案外早かったのでヒールを脱いで廊下を走った。






━━━━ってな感じだったの! どう?悪女って感じがするでしょ!」


 自慢げに話し終わってレジーナはフェリックスにそう聞いた。毎日、様々な策を打っているが今日は特別うまくいった手ごたえがあったのだ。


 だからとても自慢げにそう話をした。


「……そうだね。君の目標達成ももうすぐかもしれない」


 少し悲しそうにフェリックスはそういった。


 けれどもレジーナにとっては念願の事で、その目標が達成されるのが何よりの楽しみなのだ。それなのにそんな風にしんみり言われるのはどうにもしっくりこない。


「うん! でも私は、婚約破棄なんてしなくても本当はフェリックスを連れて今すぐにでもここを出たいよ!」

「……」

「フェリックスはたしかに体が弱くて爵位を継げないかもしれないけど、それはたくさんの貴族がいる王都に住んでて、病気の元の魔力に沢山さらされているからだもの!」


 言葉が返ってこなくてもレジーナは言い募った。


 こうして何度でも確認しておかなければ、あっという間に彼は自分を悲観して誰にも助けを求めないような人間だと知っている。


 だからこそ何度でも口にした。


 フェリックスはこのブライザー公爵家の長男だ。


 間違いなく爵位継承権を持っている。けれども、昔から魔力に敏感なたちであり、その他人の魔力の余波で体調を崩すような繊細な体をしている。


 そんな病弱体質は公爵にふさわしくないからと、弟のクリフフォードが家を継ぐことになり、家の恥さらしとしてこの場所でひっそりと暮らしている。


「平民が多い土地の屋敷に住めば改善するはずだって、お医者様も言っているんだし……今日にでもここをでて、私と行こうよ。私、これでも医療の知識も多少は持ってるのだから誰にも頼らずにどこか遠くに行くことだって……」


 いつだって、レジーナは夢を見ている。フェリックスが苦しまずにすむ自然豊かな土地に行ってそこで穏やかに暮らしたいそれがレジーナの本当の夢だった。


「駄目だ。レジーナ。立場も家族も捨てて、私が死んだらどうする。私以外に君が生きる理由がなくなってしまうようなことは受け入れられない」

 

 そんな夢を語って、彼を説得しようとしたがフェリックスは悲しい事を言ってレジーナを止めた。固い意志の宿った言葉にレジーナは言い淀んで、そっと扉に手を添えた。


 触れてみても冷たいただの扉で彼のぬくもりや、病状がわかるわけではない。


 ただ寂しいばかりだった。


「……」

「……ところで、さっきの話に戻るけど、君、クリフフォードに叩かれたの?」


 …………あ。


 確かに叩かれた。その部分は言わないようにしなければならないと思っていたはずなのに熱中して語っていたせいか、すっかり話してしまった。


「え、や。か~るくっていうか」

「本当に、クリフフォードは酷いな。君がすごく心配になるよ。魔法を使うからそこから動かないでね」


 言いながら、彼も扉に手を当てているのかがたっと扉が動いた。それに驚いて、レジーナは階段を二、三歩降りて、慌てて言う。


「いらない! それは自分の為に使ってよ! 魔力だって無限じゃないんだから!」


 言いながら階段を降りていく、フェリックスが何か言っていたけれどもすぐに聞こえなくなる。


 彼の言っている魔法とは彼の持っている水の魔術だ。水の魔術は清らかな流れで傷を癒すことが出来る。


 そして、フェリックスは魔力に敏感な体質な分、魔力量も多く大怪我の治癒もできる。


 そんな素晴らしい彼は、自分の力を発揮できる場所にいるべきだと思うし、なによりフェリックスを心配させたくはなかった。


 失敗したと思いながらも「おやすみなさい!」と聞こえているかどうかわからない挨拶をしてレジーナはぱたぱたと階段を下りて行った。






 レジーナが毎日悪女になって婚約破棄を達成しようと奮闘しながら過ごしていたとある日。その日は、たまの休日であり、珍しくクリフフォードからピクニックに行こうと誘われて、レジーナは前日から準備に励んでいた。


 ピクニックのお昼御飯用にサンドイッチを仕込み、明日のピクニックはレジーナとクリフフォードの二人きりで楽しみたいからという理由で二人が使える使用人全員に暇を出した。


 しかし、当日玄関ホールにいたのは、たくさん歩けるようにいつもよりラフな格好をしたクリフフォードとパトリシアだった。


 彼女は勝ち誇ったような顔をしていて、おめかししてサンドイッチのバスケットを持ったレジーナを鼻で笑った。


「あらあらあら~、お姉さま随分、楽しみにしていたのね~? でも残念、お姉さまはお留守番よ?」

「……そもそも本気で俺がお前を誘うわけないだろ」


 二人は、そういいながら手を絡ませて恋人のようにつなぐ。それからいつも強気な彼女をぎゃふんと言わせてやったぞと勝利に浸る。


「お前にわざわざ言ったのは、手作りサンドイッチの味をパトリシアに覚えてもらうためだ」

「そうよ~。私、お弁当も作れる立派なお嫁さんになりたいの。なんせお姉さまみたいに嫁入り修行受けさせてもらってないもの~」

「これはもらっていくぞ」

 

 言いながら、レジーナのバスケットをクリフフォードは奪い取って彼はレジーナを突き飛ばした。


 そのまま、力なくしりもちをつくレジーナを置いて二人は外で待っている馬車に乗り込み、ガタガタと音を鳴らして馬車は去っていく。


 それをただ茫然とレジーナは見つめた。


 一応、屋敷の敷地の外まで出るのを律儀に呆然とした演技のまま見送って、馬車が見えなくなってから、誰も使用人がいない屋敷のエントランスホールで声を出さずに喉を鳴らす。


「っ、っ、っ~。ぶはっ」


 ついに吹き出して、床に手をつき天井を見上げて笑みをこぼす。


「あ~ははははっ、あっは、おかしい! あははっ、はあっ、ははは!うふふ!お弁当を作らせるためだって!! 何よそれ、決め台詞のつもり!? かっこ悪すぎる!」


 それから思っていたことを口に出して、肩を揺らす。


「結局持って行ったし、相変わらず頭の回らない人! 私がただでサンドイッチを作ってると思ったの? あ~可笑しいっ、うふふ」


 ひとしきり笑って、独り言を言って、あのバスケットの中身を思い出す。


 レジーナは誘われた時に、大方嘘だろうとすぐに見抜いた。


 しかし、ほんの少しでも、クリフフォードの気が変わってレジーナと向き合おうとしていくれている可能性があるのならば、レジーナだって彼を害するつもりなどなかった。


 だから、細工をした。


「さて、あたりを引いたら痛い目見るわよ、クリフフォード」


 そう悪い笑みで口にする。今のは最高に悪女っぽい。これで婚約破棄まっしぐらかもしれない。


 あのピクニックには、サンドイッチの内容を教えてくれる使用人はついていっていない。そして、あのサンドイッチの中には少量のチーズが入っているものとそうでないものがある。


 実はクリフフォードにはいくつか食べられないものがあるのだ。


 それはアレルギーなどではなく、食べると腹痛を引き起こしてしまうもので、それはもっぱら乳製品だった。


 それはいつも当たり前のようにシェフが除外して食事を作っていて、彼は気を付けてものを食べるという事を知らない。


 二つに分けたサンドイッチは、赤色のリボンと青色のリボンをつけてあり、青い方がチーズ入りだ。何も知らない人間が見れば、どちらをどちらが食べるのか、一目瞭然だろう。


 それを疑わないで、クリフフォードが食べれば……。


「帰ってくるのが楽しみだわ!」

 

 悪びれもなくレジーナはそう思った。


 だって当たり前だろう、あの二人は悪意を持ってレジーナをだました、それならリボンの色という少しの悪意で彼らを貶める権利がレジーナにもある。


 自分たちが貶めた相手が自分を貶めないと信じるなんて傲慢だ。


 それにレジーナは早く婚約破棄をされなければならない、今日が決め手になることを祈りながら、午前中を機嫌よく過ごすのだった。






 クリフフォードは午後一番に帰ってきた。


 彼が帰って来ても彼の面倒を見てくれる使用人はおらず、彼はとても急いで自室に向かっていった。


 パトリシアもいないしその慌てようにレジーナはこれは、と思ったが、流石に彼を煽りに行くのは可哀想だったので止めて、自室で静かにしていた。


 すると、彼が帰ってきてから一時間ほど経った頃に乱暴に自室の扉が開かれた。


 そこには顔色の悪いクリフフォードがおり、忌々し気にレジーナの事をにらんでいる。


「……」


 そのあからさまな態度にもレジーナは何も反応せずに睨まれたので睨み返した。すると彼が口を開く。


「お前、あのサンドイッチに何か仕込んだだろう?!」

「……」

「この陰湿女! いつになったらお前は、俺に従順になるんだ?! 母様や、自分の母親を見習え!」


 言いながらよろよろと歩みを進め、クリフフォードはレジーナへと向かってくる。


 情けない姿に悪女然とした笑みを浮かべて、この人は本当に間抜けだと思った。


 ……何を仕込まれたのかも気がつかないし、私が従順になるときは、いつなのかだって?


 馬鹿にするのも大概にしてほしい、少なくとも一人の人間として当たり前の尊重してくれるまでは、尽くすようなこともない。


「自分の分をわきまえ、男に頼り生活を支えてもらい、その分自分も男に尽くすそういう生き方がなぜできない!!」

「……ふっ」


 所詮、彼の本音はそこなのだ。レジーナは知っている。


 本気で彼がパトリシアを好きだというのは、完全に嘘だという事ではないが、知識が乏しく自分で生活なんて到底できないような、そんな可愛い奥方であってほしいという気持ちでレジーナに当てつけをしているのだと知っている。


 ……自覚があるかどうかは分からないけど。


 でも、そんなことは出来ない。そんなことをしてしまったら、フェリックスに課せられた理不尽を取り除いてやることが出来ないのだ。


「昔はあれほどつつましやかだったのに!! 今のお前はどこの誰でも娶りたいと思えないほど憎たらしくて醜い悪女だ!!」

 

 ……どっちが……。昔はフェリックスにあんなに面倒を見てもらっていたのに、爵位継承権の話をされて、自分の立場の為に彼のこと見捨てた貴方の方がよっぽど醜い。


 心の中だけで言い返した。どうせ途中で口をはさんでもこちらの話を聞かないので、最後にまとめて言えばいいと思って考えたことを覚えておく。


「今、俺に捨てられたらお前はどうなるかわかってるのか! 結婚間近のこの時期に捨てられたらどんな目で見られるか!」


 ……貴方に捨てられたら私は、伯爵になるのよ。何言って……ま、まさかこの流れは!


 考えを打ち切って彼の言葉の続きを促す。


「お前が態度を改めるかもしれないからと、長い目で見ていてやったが、こんなことばかりでは、俺はお前を見捨てるしかないんだぞ!!」

「あら、見捨てるなんて、一体どうやって?」


 ……来るかもしれない。私の念願がいま! 今日!


 レジーナは興奮する気持ちを抑えられずに口をはさんだ。余裕なレジーナの言葉にクリフフォードはさらに興奮して言う。


「考えつきもしないようだな!! だが俺は父様にも母様にもお前の態度の悪さを報告しているんだぞ!!」

「……それは!」


 ……それは、最高に素晴らしい事だわ! さあ、さあ!言っちゃってここよ今よ!決め台詞よ!


 ぐっと拳を握りこんで自然と頬が緩むのを感じながらレジーナはクリフフォードの言葉を待ち望んだ。


 レジーナが動揺していると思い込んだクリフフォードは勝ちを確信して口を開く。


「こんなお前とは……レジーナとは婚約破棄だ!!!!」

「きたーーーー!!!」


 ……やった! やった! ついにやった!


 思わず叫んで立ち上がってガッツポーズを決めていた。それから顔の青いクリフフォードに向かってかつかつと歩いていく。


 彼は「はぁ?」とものすごく間の抜けた声を返してきて、それをおかしく思いながらもレジーナはいう。


「その婚約破棄、受けるわ!! 言質取ったわよ!!」

「……は、何言って……」

「ああっ、ここから忙しくなるわ! これでやっと彼にも会える!」

「おい、どういう事だ。そんな強がり言っても」


 嬉しくて考えをすべて口に出しつつ、身を翻し早速実家への帰省の準備を進めようとするレジーナに今更、焦りだしたクリフフォードはレジーナの手を掴んだ。


 しかし、一瞬だって彼に触れられたくないレジーナは、クリフフォードの手を思い切り振りはらった。


 バシンと音が鳴って、まったくそんな風にされるとは思っていなかった彼は驚いて傷ついたような顔をして自分の手を抑えた。


「触らないで」

「……」


 驚いて声も出ない様子の彼をレジーナは何の感情もこもっていない目で見つめた。


 彼には、レジーナは再三言ってきた。


 子供のような主張の通し方はやめろとか、恩は返せとか、理想を押し付けるなとかたくさんの事を言って来た。

 

 しかしその言葉を真剣に考えようともしない姿勢に幻滅を通り越して何の感情もわかない。


 きっとここで彼に何か教訓めいたことを言って自分の人生を見直させるそれが彼にとってもプラスになることだ。


 だからこそ、レジーナは悪役らしくにんまり笑って、彼が正当に挫折をして、自分の人生をやり直す機会にするのではなく、ただ悪い女にだまされたのだ、自分は悪くないと思えるようにしてやる。


「馬鹿ね。私は元から貴方が大っ嫌いなの! パトリシアにでも慰めてもらえばいいわ。さよなら」


 そういって部屋の外へと追い出した。帰省の準備に忙しくするレジーナに打たれ弱い彼は強引に部屋の中に入ってくる勇気はわかなかったようで、後はレジーナの思惑通りに進んだのだった。






「レジーナのサンドイッチはやっぱり美味しいな」


 にっこりと笑みを浮かべて、幸薄そうなその横顔がほころぶのをレジーナはじっと眺めていた。


 風になびく藍色の髪は美しく光を受けてきらめき、長らく太陽を浴びていなかったせいで真っ白な不健康そうな肌は白磁のように美しい。


「チーズのソースがよく効いてる」


 そういえば、そのソースは確か、婚約破棄の決め手となったピクニック事件の時にも使ったものだ。


 あれはたしか半年ほど前の事だ。それほど時間がたっていないのに、なんだか遠い昔のように感じる。


 あれから、レジーナは、実家に帰ってパトリシアとクリフフォードのめくるめく恋愛について語った。


 どんな風に愛し合い、どんな風にちちくりあっていたのかそれはもう詳細に語った。


 実際にあった事なのでその事を父も母も疑わず、最後に泣きながら、婚約を彼女に譲りたいといえばどちらも反対しなかった。


 そして、では結婚間近で婚約破棄されたレジーナの結婚相手はどうするのかという話になり、フェリックスの事も打ち明け、彼にも了承を得ているといえばすんなりと通った。


 幸い、実家の領地は割と田舎で、空気もきれいで魔力を持ってる人間も少ない。


 しばらく療養しながら暮らして、それから、できそうであれば社交界にフェリックスも顔を出せばいい。


 そういう風に事態は収束した。なので今日は実家の領地であるウォルドロン伯爵家邸から出て、彼の健康の為にピクニックへと繰り出した。


 誰もいない小高い丘の上で二人でサンドイッチを食べるだけなのだが、元気そうなフェリックスを見てるだけでレジーナは心底、満たされてしまうような心地になる。


「レジーナ、見て。山向こうの木が色づいてきてるよ。もうすぐ秋が来るね」


 言いながらフェリックスは歳のわりに随分幼く笑って、レジーナに体を寄せる。


 そんな彼とレジーナは何故だか距離を取った。すでに結婚もしているし夫婦としては当たり前の距離感のはずなのだが、いつもこうなのだ。


「……ごめん。驚かせちゃった?」

「う、ううん! 違うの! ごめんなさい、私こそ」


 しどろもどろになって顔を赤くするレジーナに、フェリックスは笑みを浮かべて「無理しなくていいから」と優しく言う。


 その言葉にレジーナは、彼のこういう優しい所に惚れたのだとふと思ってしまってさらに顔が熱くなる。


 クリフフォード相手にならいくらでも悪態をついて悪女のように振る舞えるのに、この優しい人の前では乙女のようになってしまう自分が恥ずかしくて仕方がない。


「……でも、今日は少しだけ我慢して」


 そういってフェリックスはレジーナの手を取った。それからぎゅっと握ったままレジーナを覗き込む。


「真っ赤だ」

「言わないで!」

「ふふっ、うん」


 笑いながらの返答が返ってきて、レジーナはさらに何か言ってやりたかった。


 しかし、触れている手のぬくもりが妙に暖かくて、触れ合った肌の感触が堪らなくて黙り込んだ。


 今は確かに幸せで夢に見たことを現実に叶えている。


 ……でも! でもでも! ドキドキしすぎて心臓壊れる!


 そんな贅沢すぎる悩みに苛まれて日々を過ごすのだった。







最後まで読んでいただきありがとうございました。評価をぽちっとしてもらえると参考になります。

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