宇宙船ノア
落選作です
見る価値も無い駄作ですが宜しくお願い致します。
誤字修正その内致します
でもAIで無い証なんてね
『宇宙船ノア』
2002年1月。
「ウギャ~。」
最新の科学遺伝子技術により、一人の男の子が誕生した。
「やったな!これぞ、人類初の快挙だ。」
「はい、セベリ医師、あなたの名は未来永劫語り継がれるでしょう。」
「ああ。シャカ・イエス・ムスタンの頭文字を取り、【シャイム】と名づけよう。」
イタリアのある地域での出来事だった。
蝦夷の子守歌が赤子の耳元で、囁くような小声で奏でていた。
「なにを ないているの
この はなしが ききたくて
ないて いるのなら
いって きかせて あげましょう
それはね
くものそらを
とおりぬけて
ほしのそらを
とおりぬけて
その むこうの
ほんとうのそらを
とおりぬけて
きれいな おがわが
ながれる けしきが
ずうっと ひろがって
かわを のぼれば
かたほうには
ぎんの カシワのはやし
ぎんの ヨモギのはら
ぎんの いしが あるのです
かたほうには
きんの ナラのはやし
きんの ヨモギのはら
きんの いしが あるのです
あたり いちめんが
ぴかぴかと ひかっていて
かわを さかのぼって
もっと ずうっと いくと
きんのいえ
おおきな いえが たっている
いえの かたほうには
あれた そらの えが かかれていて
いえの かたほうには
はれた そらの えが かかれていて
そのいえに
いのちを つくる かみさまが
60の ゆりかごを
かみざに つるし
60の ゆりかごを
しもざに つるし
かみざの ほうに ふりむいては
60の ゆりかごを
いっせいに ゆらす
しもざの ほうに ふりむいては
60の ゆりかごを
いっせいに ゆらす
そうすると
その あかちゃんたちが
なく こえが
この せかいに
せかいの うえに ふってきて
そこから うまれるのが
ねむり というもの なのです
あなたは それを ききたくて
ないて いるのだから
わたしが きかせて あげるのですよ
そう うたうんだっ。」
僕の耳に残像として残り、それは最後の時にも耳元を奏でた。
僕は、『3(さん)』と言う数字に支配されている様な気がする。
「ママ、ご飯。」
「え‼」
「安子、凄いよ‼まだ、一歳だぜ!」
「カムイのお導きね。」
いつも世也に蝦夷の子守歌を聴かせてくれた、石本昌子だ。
「秀一、世也はカムイが導いた子。必ず何か?事を成し遂げるは、大切に育てるのよ。」
「ああ、義母さん。」
「安子!責任重大よ。」
世也の定期健診に来ていた。
「石本さん、世也君は非常に素晴らしい。まだ、この段階では言い切れませんが、今の内からあらゆる物に触れさせて上げて下さい。」
「はあ~。」
安子は、面妖答えかただった。
「あなた、先生が世也には才能があるって!先生が。」
「そうか。」
「でも~、無理に詰め込み過ぎるのも。」
「まだ、一歳になったばかり、ゆっくり行けば良いさ。」
「そうね。」
世也はありとあらゆる物に興味を示した。
「ママ!なんで?一カ月は30日とかなの?」
「もう、また始まった。世也の何で?何で?病‼ママには解りませ~ん‼PⅭで調べて見たら?」
「うん。」
でも、検索には世也の知りたい情報は出てこなかった。
【何で?なんだろう?】
世也は何時までも、この問いと格闘し続ける事となる。
世也は3歳になっていた。日々の日課はPⅭとの押し問答であった。
「世也、地球のあらゆる物には『カムイ』が宿っている。全てに対し感謝し、大切に扱うのよ。」
昌子は蝦夷の教えを世也の脳裏に沁み込ませる様、常に諭していた。
「おばあちゃん、いつも聞いてるよ‼でもPCには最も色んな表現が出て来るよ!内容は似てるけど?」
「そうね。それぞれの立場、文化、生い立ちで感じ方は人それぞれね。ただ、対立はダメ‼総てを先ず吞み込みなさい。それから吟味するのよ‼」
「食べ物と同じだね。食べなきゃ分からないもんね。」
「ふ、そうね。チョット違うけど、似てるかね?」
昌子は世也になるべく広い視野を持てる様にあえて否定せず、本人の心の中で消化させていた。
「ハッピバスデェ~テュ~ユ~。」
「おめでとう、世也。」
4歳の誕生日だった。
『今日はイラク戦争から、ちょうど4年目です。イラク・バクダッドから中継です。』
お祝いの席の部屋の中に木霊した。
「僕は、誕生日を迎えるたびに、これを聞くのかな?」
「そうね。ごめんんね。」
安子の顔は、呵責の念で覆われそうだった。
「仕方ないよ。たまたま何だし。」
その言葉に安子は胸を少し撫で落とせたのであった。
「世也!今年は是非『アルジャーノンに花束を』をお読みなさい。」
「え?おばあちゃん?なんで?」
「読んでみれば、解るは。その内に。」
「さあ、母さんケーキ切って、食べよう。世也‼」
安子は台所から包丁を持ち出し銘々に切り分けた4.
「いっただきま~す。」
世也は口の周りに、白い生クリームで御髭を付けながら、頬張った。
「世也、ゆっくり食べなさい。言う事は大人びてるけど、そう言う所はまだまだね!」
「おばあちゃん?要らないの?なら頂戴。」
「はいはい。」
昌子は快く、自分の分を少しの残し、世也に分け与えた。
「ママは?」
「世也!食べ過ぎ!それぐらいになさい。」
世也は口の周りに付いた生クリームを、手で口へ運びながら、
「チェ!残念。」
と呟いた。
「世也。欲張ると、痛い目にあうぞ!社会とはそう言う物だ。」
秀一の言葉には実感がこもっていた。
「うん。」
世也の心に届いたかは?分からないが、その返事は素直だった。
数ヶ月後、世也は『アルジャーノンに花束を』を読んでいた。
【うん?自分と人は同じじゃ無いんだ‼人それぞれに、見合ったスピードがあるんだ‼】
世也は昌子の導きから、また一つ教訓をえた。
世也はこの頃から、ネットへの投稿をし始めていた。
安子は定期的に世也を病院へ連れて行っていた。
「お母さん。もし、宜しければ世也君のIQ検査をしてみませんか?」
主治医の提案だった。
「はあ?まあ、先生がそう仰るのなら。」
「いや?障害とか、そう言う疑いでは無く、チョット気になるので。」
「はあ~?私はチョット他の子と違う気がして、通院は続けてたのですが?」
「そう何ですね。たぶん、違う形で裏切られる結果が出るかも知れませんよ。」
「え?」
「悪いようにはしません。たぶん今の内から最善の道筋をつける事が彼にとって良い事かと?その為にも検査を!」
「はあ?」
安子の返事は曖昧だった。
数ヶ月後に結果が出た。
「石本さん、心して聞いて下さい。まだ幼いので断定はできませんが、非常に高い数値です。世也君のこれからはどうぞご慎重にお進め下さい。」
「え‼」
慌てる安子。
「国の逸材だ。くれぐれも大切に。」
安子は半信半疑だった。確かに喋るのも早く、物覚えもまあまあだとは感じていたが、そこまで言われるとは想像して居なかった。
「あなた、先生に伝えられました。」
「そんなにか?う~ん。良し‼私立のエスカレーター式の進学小学校へ入れよう。」
「でも、私はのびのび穏やかな子に育ってくれればそれで。」
「心は私達でも補える。勉学は無理だ。だからこその選択だ。」
「はい。解りました。」
安子は渋々了承した。
「おばあちゃん、『ヤルジャーノンに花束を』を読んだよ。4」
「そうか、どう感じた?」
「うん。化学って凄いね。」
「他には?何か感じなかったか?」
「賢いと、周りが見えなくなる?かな~。」
「そうか、そこは気が付いたようだね。他にも色んな解釈ができる。大切に持ち続け、たまに読み返しなさい。」
世也は昌子の顔を覗き込み、眼を合わせた。
「なぜ?」
「世也、あなたは聡明よ。だからこそ大事なのよ。」
世也はその言葉の奥底に眠るメッセージには、気が付かなかったが、昌子の言葉を飲み込んだ。
ネットでは、エリツインの死や能登半島地震、等のニュースが踊る中、いじめを呟く書き込みや自殺願望を語る若者の書き込みなどが多岐にわたり、無秩序に普及していた。
【この人達の?真意、心の本音は何なんだろう。】
世也は個々、各々の書き込みに返信し始めた。しかし、どれも前向きな返答は得られず、悶々と浮かんだ言葉の羅列を打ち込むだけだった。
【どうすれば?伝わる?】
世也は常に、自身の中で問うていた。
年が明け、世也はイラク戦争と重なる誕生日も過ぎ、いよいよ入学となった。
「お母さん、ちゃんと手は回しておきましたよ。」
医師からの言葉だった。
「はあ、でも~。」
「大丈夫です。世也君は、世界に通用するはずです。」
「せ!世界ですか?」
安子は喫驚していた。
「ええ、これだけ高い値が、この歳で出るなんて、この先が楽しみですよ。」
「そう何ですね。解りました。」
「これからも、定期的に通院は続けて頂きたい。研究資料にもなりますので。」
「分かりました。これからも、宜しくお願い致します。」
安子は診察室を後にした。
「いよいよ明日ね。カムイの教えも大事だけど、先ず人には心の扉を総て開きなさい、構えたり閉じれば相手もそうします。先ず受け入れてちゃんと向き合い意思疎通をする、これが感じんよ。世也は幼稚園でも皆と仲良しだったから、問題無いとは思うけどおばあちゃんの小言、心に刻むのよ。」
「うん、バーバの言葉は面白いから、ぜ~んぶ頭に残してある。僕園で話した事の無い子居ないよ。皆から色んなお話聞けるし!皆友達。」
「そう、これからは妬みや嫉妬等の感情も生まれてくる時期。よ~く考え行動するのよ。」
「うん!皆、会ったら直ぐに食べてみる。」
「そう?でも早食いは身体に悪いわよ。」
昌子は世也の頭を撫でながら愛でていた。
『以上。入学生退場。』
世也は一番前を歩いていた。
「いよいよね。」
「ああ。跡継ぎの出発だ。」
「?え跡継ぎ?まだ早いわよ。」
「いや、準備は早くても問題は無い。遅れる事は大問題だ!早め早めの手回しで立派に育て上げよう。」
「でも、心の充実の方が大事かと?」
「ああ、それは勿論の事。二人で上手く導こう。」
二人は語り合いながら、遠ざかる世也の背中を見送っていた。
「はい。私が君達の担任になった。瀬下達也だ。」
黒板に大きく名前を書きながら全員に視線を張り巡らせていた。
「石本世也君。」
「はい!」
世也は教室の左の一番前の席に居た。担任は名簿順に名前を呼び上げて行った。
「石本君、石本君ってあのブレゼントの御子息何だよね~?」
「うん?そうだけど?それが何か?」
「良いな~、お金持ちで!何でも手に入っちゃうでしょ?」
「うん?そんな事無いよ!パパケチだし。」
「そうなの?いが~い。へぇ~!私、小谷陽子!よろしくね。」
「ああ、宜しく。」
どうも世也はクラスで一番背が低かったらしい、名簿も並ぶ順番も一番前となった。
世也は小さな体に背負いきれ無い程の、荷物を抱え二人の元へ向かった。
「世也!」
安子は世也を見るなり、世也の元へ駆けてきた。
「持ってあげる。」
「大丈夫!」
「やせ我慢しないの!明日からは一人、今日ぐらいは甘えなさい。」
「そうだぞ。」
秀一がゆっくり近づいてきた。
「パパ!そう?じゃ。」
世也は少しだけ、荷物を手渡した。
「立ってる者は親でも使え!だ。」
そう言いながら秀一は手を差し伸べた。
三人は笑いながら談笑し、駐車場へ向かった。
この学校は小学生でも分業授業で科目ごとに教師が違って居た。
「はい。初めまして、国語の吉田光惠です。宜しくね。」
一同、
「宜しくお願い致しま~す。」
「早速、授業を始めます。」
「は~い。」
生徒達は答えながら教科書を開いた。
【あ~もう全部読んじゃったんだよな!】
世也は家で全教科の教科書を読み切っていた。
【どうしよう?暇かな~?】
世也の予想通り教科書に沿って授業は進められていた。世也は時より校庭や空に眼をやりながら、時間を費やしていた。
「はい!教科書は閉じて。」
授業時間の半ばぐらいたった。
「私は公立学校で教鞭をとっていました。だから、授業の途中に教科書以外の事もやります。嫌な人や聞きたくない人は教科書で自習をするなりして下さい。ここは進学校!本当はカリキュラム通りに進めないと怒られちゃうんだけど、皆さんと私の秘密にして下さい。」
ウインクをしながら頭を軽く下げた。生徒達は無言で他の生徒と目配せをしていた。
「は~い‼。」
世也だった。
「は~い。」
それに続き生徒達が代わる代わる口にした。
「では!私は教育者!でも偉くは有りません。ただ皆さんより早く生まれただけよ。その結果、蓄積した知識が皆さんより少し多いだけ、私はそれを皆さんにお裾分けします。それらは皆さんが自由に使い分け、自分の糧にして下さい。」
【?なんだ?この先生?】
「後、呼び方も皆さんで好きに考え呼んでね!」
「は~い。先生。」
「はい。皆さんは、家や色んな関係でここに集まって居ます。家柄や立場も様々だけど、公立校の子達とはかけ離れています。でも、彼らと違うのはそこだけ、人としてや人間として同じ息をして食べ、日々を送っているのです。特別意識を持たないで、たぶんあなた方は将来、上流階級と呼ばれるでしょう。でも、人は、何時かは同じように死に、一生を終えます。そこには、地位も名誉も関係なく同じ死です。諍う事無く一生を謳歌して下さい。」
生徒達はキョットンとしながら、周りを見渡していた。
授業終了のチャイムが響いた。
「じゃ、今日はお終い!次ね。」
「起立・礼・着席。」
光惠は黒板を消し教室を出ようとした。
「みっちゃん。」
光惠は不意を突かれながら振り向いた。
「なに?石本君。」
「世也で良いよ!だから、みっちゃんで良い?」
【この子?】
「ええ良いわよ!」
「ありがとう。後で相談したい事があります。」
「はい、時間を取るわね。」
「宜しくお願いします。」
世也は深々と頭を下げた。
「放課後、残ってて、必ず教室に来るから。」
「はい。」
光惠は世也の前を去った。
光惠は小走りで教室へ向かっていた。
【石本君居るかしら?だいぶ時間が】
世也は教室でスマホをいじっていた。
「ごめんね。待たせて。」
慌てて駆け寄る光惠に、
「大丈夫です。先生は忙しい身、お時間頂いてそれだけで感謝です。」
少し汗ばんだ額を拭いながら、
「それで?話とは?」
世也は背筋を伸ばし、
「実は、もう総ての教科書読んでしまって。」
「え?まだ入学式も終わったばかりよ?」
「はい、でも・・・・。」
「そうなの?う~ん?それで?」
「授業が退屈で、勿体なくて。」
光惠は世也の瞳を見つめた。
「そうよね、じゃあ私の授業中は内職して良いわよ。他の教科も大丈夫そうな教員にはそれと無く話を通して上げる。ただ中にはプライドの高い先生や、融通の利かない人も居るから、私が教えた教科だけ内職して良いわ。それ以外は装ってね。ごめんね、これぐらいしかできないけど。」
「みっちゃん、ありがとうございます。」
世也は頭を下げた。
「世也!なぜ?私に?」
「フィーリングと言うか?直感?かな?」
頭を掻きながら照れ笑いを少し浮かべ答えた。
「ふ~ん?動物的感?」
「そうかも?」
二人は同時に声を上げ笑った。
「宜しくお願い致します。みっちゃん。」
「はい、承りました。」
光惠は世也の肩を軽く触れた。
「じゃ、僕帰るね!」
「そうね、だいぶ遅くなっちゃって御免なさいね。」
「ううん!この後の時間の方が、今日、話せ無っかったら無駄になるし、大丈夫。家族は僕を信用してるから。」
「送らなくて平気?」
「みっちゃん!見られて変な噂立てられるのも嫌でしょ。」
「有り得ない!私と世也で?」
「だよね!でも用心に越した事は無いからさ。」
光惠は世也を覗き込んだ。
「無いない!」
「そう?でも、一人で、一人で帰ります。」
世也は光惠に礼を尽くし教室を後にした。
【え?嘘?世也に引かれてる?私?】
光惠は動揺しながら自問自答していた。
「ただいま~。」
「遅かったわね。」
出迎えたのは昌子だった。
「バーバ!面白い先生に出会えたよ。」
「そうかい。カムイのお導きだね。」
「また?カムイ?バーバ好きだね。」
昌子は世也を食卓の部屋へ誘導しながら、
「そうよ!全てに理がある。何らかのね?それが私にはカムイなの、強要はしないわ、あなたはあなたのカムイを見つけなさい。」
世也は強く頷いた。
「世也、お帰り。遅かったわね?」
「なんだか?もう良いお導きに出会えたそうよ。」
昌子はリビングの椅子に腰を掛けながら安子に伝えた。
「そうなの?クラスメイト?」
「いや!先生。」
「え?あなた?ませ過ぎよ!」
世也は昌子に眼を配りながら、
「違うよ!教科書を全部読んじゃったのを告っただけ。」
「え?今なんて。」
「うん?」
「全部って?何を?」
「ああ!教科書。」
「え~?まだ三日目よ?」
「入学式の夜全部。」
頭を搔きながら答えた。
「入学式の日に?」
「うん。最初はどんな物かと試し読みの積もりが、面白くてつい。」
「ついって。あのね~世也、授業でやる事無くなるじゃない?」
「だから、信用できそうな先生に打ち明けたの‼」
「そう。」
安子は呆れ顔で夕食をテーブルへ運んでいた。昌子はそれを見守りつつ世也に眼で合図を送っていた。
「あなた、世也もう全教科の教科書を読んでしまったって。」
「え?何?全部?」
「はい、つい面白くてと。」
「は~あ?あいつらしいな!解った。私からも学校の方へそれと無く伝えておく。主治医にも報告しときなさい。」
世也は部屋でネットウェーブに勤しんでいた。
〔吉田光惠 教師〕
世也は光惠をググっていた。
〔智雪小学校〕
【うん?事件?これかな?】
世也はクリックした。
〔2006年自殺〕
【え?】
画面には当時の内容が写し出されていた。世也は斜め読みでその内容を追った。
【そう何だ。】
世也は心の奥底にその情報を眠らせた。
世也の学校は『阮甫小学校』と言い日本一の政大の付属校であった。
「世也!」
「ん?何、みっちゃん。」
「あなたのお父様からも主治医からも校長宛に連絡が入ったみたいよ!」
「そうなの?」
「ええ。だから、全教科OKよ。」
世也の肩に手を置き伝えた。
「解りました。ありがとう、みっちゃん。」
世也は肩にある手に手を差し伸べお礼を伝えた。
「担任の先生からも話はあると思うけど。後、私の脱線話気が向いたら耳を傾けてね。」
少し肩に力がこもった。
「うん。楽しみにしてま~す。」
世也は肩から手を放し教室へ向かった。
「石本君。全教科の教科書を読んでしまったようだな。」
瀬下だった。担任はクラスメイトの揃ったホームルームで公開した。
「はあ。すみません。」
クラスメイトはざわついた。
「各教科の担当にも通知済みだ。好きにやりなさい。」
更に教室内はざわついた。
「ありがとうございます。」
世也は立ち上がりお辞儀をし、述べた。
ざわつきは収まらず、
「はい!静粛に。」
教室内は平穏を取り戻した。
「以上。」
瀬下は教室を後にした。
「石本君!」
「何?小谷さん。」
世也の周りには何十もの人の輪ができていた。
「ホント?全部って?」
「うん。」
世也は小さく呟いた。
「マジ!すげ~。どれぐらいで?」
人の輪から飛び出した問だった。
「入学式の夜。」
ざわめきが起こった。
「え?一日?って言うか夜のみよね?」
一番近くに居た、陽子だった。
「うん。」
世也は気まずそうに呟いた。
クラスメイトの輪は更にざわついた。
その時、教室のドアの開く音が響いた。
「何やっているの?席に着いて。」
国語の授業だった。
「石本君?何か?あったの?」
光惠は世也へ訊ねた。
「先生。瀬下先生が世也君は全教科の教科書読んじゃったって。」
「あら、そうなの?小谷さん。」
「はい。」
教室はまた少しざわついた。
「そうね~。親御さんから連絡があり、石本君は授業内容を総て読破しているそうなので、時間が勿体無いので自習をして貰う事になりました。でも、皆さんと変わりは有りません。同じ仲間です。それに石本君は皆さんに迷惑を掛ける事も無いので安心して授業を受けて下さい。」
クラスメイトの騒めきは収まらない、そして全員の視線は世也に注がれていた。
「はい、静かに。授業を始めます。」
教室は静まったが、皆の視線はまだ世也に向けられていた。それでも、生徒達は教科書を開き始めた。
【大丈夫かしら?】
光惠の脳裏に過去の忌まわしき事件が蠢いた。授業は時間の半分を過ぎたぐらいで、
「今日も、この辺からね。」
っと光惠が促した。生徒達は皆が教科書を閉じた。世也も例外なく、
「では、今日は!チョット前に起こった事件についてお話します。」
【もしや?】
世也は迷った。
「とある学校で、2005年に起きた宮城県地震で、ご両親が被災して入院し、そのお子さんが親戚の家へ預けられる事になったの。そして、当然転校ととなりその学校へ、転校当日の挨拶で宮城の訛りが出てしまって、その時クラス中に笑われたのね。それが切っ掛けとなり一言も喋らない子になってしまったわ。」
【みっちゃん、もう良いい。】
世也は悩んだ、叫び止めるべきか?
「そうして月日が流れ、翌年の2006年。親御さんも回復し、帰郷の話しも出て、その子は帰れるはずだった。」
教室内は静まり話の行き先に集中していた。
【みっちゃん、ごめん。】
「でも、急にご両親の都合で延期に。それまでも彼女は一言も喋らなかったのね。ただ一人そのクラスメイトの男の子以外とは、その子は誰にでも分け隔てなく接する子で、その子が唯一心を開いた子だったの、2006年3月20日。」
【やはり。】
世也の心に封印した情報が間歇泉の如く根底から噴き出した。
「その子は命を絶った。後で調べた話によると、訛りを忌み嫌いイジメがあったそうで、家でも親戚と言う事もあり相談できずに、命を絶ってしまったそうよ。」
「先生?それが?何か?」
教室に少しだけ微笑が伝わった。
「そうね。あなたたちには起こらないだろうけど、異色を嫌い排除しようとするのは間違い!」
微笑が消え神妙な空気が漂った。
「皆迄言わなくても、あなたたちなら?辿り着いてない?答えに‼」
生徒達は各々の眼を見合った。
「そう!石本君を特別視しないでね。解る?意味は?」
【申し訳ない。】
世也は床を見つめていた。
「私達は別にそこまでは。」
「そうよね?賢いあなた方なら大丈夫よね?」
陽子はいきなり立ち、
「はい!ただ石本君の話しに興味を持っただけで、そう言う積もりは全くありません。」
光惠は世也に眼を少しだけやり、クラスメイト全体を見渡した。生徒達は光惠をじっと見つめ返して居た。
丁度、授業の終わりを告げるチャイムが教室に木霊した。
「大丈夫?では。」
「起立・礼・着席。」
世也は光惠を見つめていた。
光惠は振り返る事無く教室を去った。
【ごめんなさい。】
世也は何度も心の中で繰り返した。
時は過ぎ世也はたまたま具合が悪く、保健室で横になっていた。保健室のドアが空く音が響いた。
「あ!瀬下先生、如何されました?」
「今、生徒は?」
「あ!一人、でも寝ていると思います。」
「そう、実は忘年会の会費が、まだ集金しきって無いので、2年生の社会科見学のバス代から借りる事にした。幹事は貴女だよね?」
「はい。」
「いくら?の予算?」
「10万もあれば足りるかと?」
「解った。では。」
出て行く音がした。
【これって?良いのか?】
世也の脳裏に羅列した言葉が躍った。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「石本君?どう?」
世也はカーテンを手で少しだけ開けた保健師に、
「大丈夫です。教室に戻ります。」
少し意味深に答え保健室を出た。
「あの子、聞いてた?」
保健師は直ぐに瀬下に連絡した。
「大丈夫ですよ。寝てたでしょう?たぶん。」
瀬下はそう答え受話器を置いた。
世也は悩んだ。どうするべきか?
そんな時いつもの通院日がやって来た。
「世也?どう?最近は?」
「うん?何も。授業中も色んな参考書や論文も読めてるし何も。」
「そう?」
安子は何となく世也の見た目に違和感を感じていた。
「先生にチョット相談したい事があるから、母さんは先に。」
世也は安子が出て行くと
「先生、実は・・・・・。」
保健室の出来事を話した。
「そうか?私が確かめてみる。世也君はチョット待っててくれ。」
世也は主治医の眼を見て悟った。
【しくじったか?】
っと。
「もしもし、石本君の主治医の吾川俊です。」
「ああ、彼の入学の時の。」
「はい、単刀直入にお聞きしますが?保健室でお金の流用の話しをしませんでしたか?」
「は?何を?」
「石本君から告げられて。」
「ああ・・・・・。」
一時の沈黙の後、
「聞かれてましたか、でも終われば返しますし、ここは穏便にお計らいを願えませんでしょうか?」
「はあ?何を?」
「いや~、同じ公僕の身、頼みます。」
「はあ?」
「いや!では。」
「待って下さい。」
受話器には不通知音が虚しく響いた。
【何だ?こいつ。】
受話器を置いて間も無く、院長から俊は呼び出された。
「石本さんの件はくれぐれも、上からの御達しだ。解るよね?」
院長の眼力で押し通された。
「はい。」
院長室を出た。
【くそ!世也君に何と?】
世也は瀬下に呼び出されていた。
「石本君?君は何を聞いたのかね?」
「は?何も?」
「そうか?本当に?」
「はい。」
二人の間に緊張と沈黙が保たれた。世也はただじっと瀬下の眼を見ていた。
「そうか?じゃあ、教室へ戻りたまえ。」
「失礼します。」
世也は心と体全体から怒りのオーラを消せず、その部屋を離れた。
【こいつ?平気か?上へは手を回したし、大丈夫だろう。】
世也は周りを巻き込む事を恐れた。
「ごめん。世也君無理だった。」
俊は深く頭を垂れた。
「良いんです。所詮、社会とはそう言う物。今は持して我慢します。」
「済まない。」
「それより、先生の進退に傷は?」
【この子は?】
「大丈夫、平気だよ。」
「済みません、浅はかな行いで巻き込んでしまって。」
「いいや?ありがとう。」
【この子はどんな子に育つのか?】
「じゃ、また。よろしくお願いします。」
世也は診察室を出た。
「世也?何か遭ったの?前回と言い今日も私を外すなんて?」
「大丈夫、母さん。」
世也の表情を読み取りながら、
「そう?なら帰りましょう。」
二人は病院を後にした。陰から院長がその背中を追っていた。
帰宅すると、世也は部屋に籠った。
「世也良い?」
「うん、如何したの?バーバ?」
昌子はドアを開け入って来た。
「どうしたんだい?」
昌子はベッドに腰掛ける世也の前に座った。
「う~ん?」
口籠る世也、
「大丈夫、悪いようにはせんよ。」
「でも、済んだ事だから。」
少しキツイ口調で、
「世也‼」
世也は少し驚き身を微動した。
「ふぅ~。何か?合ったね?その感じだと?」
世也は目を伏せた。
「ほら!その目は死んで無い!何だい?その視線の先にある問題は?」
世也は昌子に眼を合わせた。昌子は目だけで頷いた。
「さあ。」
世也は重い口をもごもごさせながら、小鳥が囀るが如く言葉を漏らした。
「実は・・・・・・。」
世也は正直に話した。病院での出来事を抜かしては、
「そうなのかい?」
昌子は天井をきつく睨みつけながら吐いた。
「うん。」
世也は昌子を見ていた。昌子は無言のままだった。
「バーバ?」
世也は少し不安になりながらも出せた言葉だった。
昌子はゆっくりと世也へ視線を戻した。
「世也はどうしたい?どう思うんじゃ?」
世也ははっきりと、
「あの人にも生活があり、家族がある。そして、社会とはそんなものだと思う。」
ゆっくりと、そして堂々と伝えた。
昌子は眼で頷きながら重い口を開いた。
「世也?それで良いのかい?出来過ぎの、綺麗ごと過ぎやしないかい?世也の歳ではお利口さん過ぎるんじゃ無いかい?」
「でも、これ以上傷つきたくないし‼それ以上に周りを巻き込みたくないんだ‼」
世也は少し感情を高ぶらせ心を抑えきれずに吐いた。
「なかなか、子供らしいね。安心したよ。怒りを抑える術と、同時に心を解放する為の技も同時に備えてて。」
「え?」
「世也、バーバと彼方の心にこの事は留め様、でも忘れるんじゃ無いよ。これは屈するんじゃ無く譲歩だよ。世也には必ず立ち向かわなくてはならない時が来る。その時は引くんじゃ無いよ。堂々と主張しなさいね?気高き子よ。」
昌子は世也に歩み寄り頭を撫でた。
「バーバ・・・・。」
昌子はそのまま部屋を出た。
「さあ、食事だよ。」
その言葉と供に。
次の日、世也がいつも通り登校すると、昌子は直ぐに受話器を取った。
「はい、自由党です。ご用件は?」
「石本昌子と申します。幹事長か首相を?お願いいたします。」
「あ!はい。直ぐに、少々お待ち頂けますでしょうか?」
「はい。いくらでも待ちますよ。」
「あ!はい。申し訳ありません御待ち下さい。」
受話器から保留音が流れた。
「もしもし。」
「石本ですが?あなたは?」
「あ!申し訳ありません。幹事長は現在、席を外してまして~。」
「そう!用があるので、連絡をっと伝えなさい。」
「はい、早急に。ご連絡させて頂きます。」
「宜しく。では。」
昌子は受話器を置いた。
それから暫らくしたある日。一本の電話が石本家に掛かって来た。
「もしもし。」
出たのは安子だった。
「こちら外務省の者なのですが?」
「え?外務省?何か~?」
「単刀直入にお伝えしますが、そちらの御子息の世也さんが、アメリカの機関の下で教育を受けないかと打診がありまして。」
「はぁ~?何を仰って居るのか?」
困惑する安子の元に昌子がやって来た。
「どうしたんだい?」
昌子が尋ねると、安子は昌子に受話器を渡した。
「もしもし?申し訳ありません。もう一度ご説明を・・おね。」
言葉を遮る様に、
「はい、世也さんがアメリカの教育機関に抜擢されまして・・。」
「そうですか?理由は?」
「何でも?インターネットの監視で世也君の投稿から、性格などを導き出しての人選としか聞いておりませんので・・。」
「解りました。期日等は?ありますか?」
「いえ、そこ迄は、まだ打診の段階なので。」
「解りました。」
昌子は電話を切った。
「お母さん?どうしましょう?」
昌子は安子の肩を軽くポッンっと叩きながら、
「秀一さんと三人で相談しましょうよ。」
っとその場を立ち去った。
安子は動揺を隠せず、リビングの椅子に腰かけ、テーブルの小さな生け花をジーっと見つめ続けていた。
世也が寝ると早速三人が集まった。
「義母さん、どうすれば?」
「そうね。あの国は飛び級制度もあるし、世也の今後に大きな選択肢ね?」
「でも、世也はまだ、8歳!幼過ぎて・・。」
安子は目にハンカチを当てながら涙声を堪えていた。
「跡取りとしても、箔は付くが?」
「秀一!世也はその上を行くかも知れません?次男も産むことを視野に。」
「え?」
二人の声が重なった。
「この年齢での呼び出しですよ。もっと、深い理由が?」
「え?義母さん、それは?・・・。」
安子は言葉を発する事さえできない精神状態に追い込まれていた。
「そうね?下手をすると今生の別れかも知れないね~。」
「そんな‼」
安子は世也が起きない程度の声で叫んだ。
「義母さん、そこまでですか?」
「跡取りは、最悪、産まれなければ養子でも、世也の飛躍の為ならね?」
「しかし~。」
秀一は納得していなかった。
「世也の為には?どの道が?」
涙を溢れ出しながら訴えた。
「各々、考えましょう。世也の気持ちもあるしね?」
三人は頷き合い夜が更けて行った。
「おはよ~。」
いつも通り元気よく世也はリビングへ降りてきた。
「ママ目の回り腫れぼったいけど?何か?あった?」
慌てて
「何も、無いわよ。あの人と少し揉めただけ。」
「え?喧嘩?珍しいね?」
世也は食事を掻っ込み、学校へと向かった。
数週間後。電話のベルが鳴り響いた。
「もしもし。」
「この間ご連絡差し上げた、外務省です。世也さんはどうも?ネットの書き込みから、IQの数値が高いと判断されたらしく、現在アメリカの教育機関の政策で世界中からIQの高い子供を募っているらしく、そこに選ばれたそうです。」
この時には安子は、もう吹っ切れて居た。
「ご報告ありがとう御座います。」
「では、細かい事など解りましたら、またご連絡いたします。」
安子は受話器を降ろした。
【これも、天命かもね?】
安子は既に送り出す決心をしていた。
「石本君。」
世也に話し掛けたのは瀬下だった。
「何か?」
「いや~。何と言うかその~。」
歯切れの悪い瀬下にイラつきながら、
「大丈夫ですよ。」
っとだけ言い残し瀬下から離れた。世也は側に立つだけでも心に怒りの炎がメラつくのだった。
【大丈夫かな?】
瀬下は世也をいぶかっていた。
瀬下の元に一本の電話が掛かって来た。
「文科省の大臣だが?」
「え?あ!お世話になって居ります。と言うか?・・・・・・。」
言葉に詰まる瀬下に、
「石本さんの件、解るな?」
「あ・・・・はい。」
瀬下の顔から血の気が引いた。
「先方はご立腹だが、寛大にも事を露わげる積もりは無いと、仰られてる。助かったな!二度目は無い慎め。」
電話は一方的に切られた。
【助かったのか?何故?】
石本家では家族会議が世也の寝た後繰り返されていた。
「跡取りが~・・・。」
毎度この言葉で会議が妨げられていた。
「家よりも世也です‼」
安子も昌子も譲らなかった。
「いや?しかし~・・・・。」
秀一は拘っていた。明治から続く会社、しかも婿養子にまでなって守って来た歴史がある。
「会社は、誰にでも出来ます。これは、世也にしかできない事!」
「でも義母さん。」
「私が認めているんです。何か異論が?」
この頃になると昌子でさえも口調がキツクなっていた。
「はい。解りました。」
最終的には秀一が折れた。
「それと、私の所有する株を世也に生前贈与します。」
「え?それは?役員会の事や議決権の事もありますし。」
「世也をこの年齢で出すなら、将来への布石です。異論は認めません。根回しもできています。」
昌子は秀一に毅然な態度で言い放った。秀一は安子に眼を移したが、安子はその眼を振り切り、
「当然です。一人でアメリカへ行かせるなら‼」
二人の決意は固かった。
「正式な通達が着たら、世也を交えて話しましょう。」
昌子の言葉で終結した。
「世也君。世也君はお家の跡を継ぐの?」
「陽子?何で?いきなり?」
陽子と世也は、この頃になると名で呼び合う仲になっていた。
「うふ、私もさ~。色々とね?」
「は?意味解んね~!」
「世也にはまだ無理よね~。お子ちゃまだから。」
「あ?喧嘩売ってんの?」
世也は微笑みながら吹っ掛けた。
少し遠くから光惠が二人を眺めていた。
【当り前よね。お似合いの二人。】
光惠は背を返した。
【世也君に引かれるなんて、私ってなんて・・・。】
光惠は落胆しながら職員室へ向かった。
世也はこの頃になると、クラスの中心人物でまとめ役でもあった。
「世也!高学年になったら、生徒会に立候補しね~えか?」
鳩田勇だった。
「勇こそ立てよ!なんせ総理の子なんやから‼」
「お前には勝てない、人望も人気も総て持ち合わせたお前には。」
「あ?何だよ。それ?」
「俺は裏方でも良い。実力のある奴が立つべきだ。担ぎ手でも、担ぐ相手が立派なら良い。」
クラス中いや、学校中が世也を認めていた。もう少しで3年生になろうとしていた。
とうとうその日がやって来た。リビングに電話の音が響き渡った。
「むしもし。」
「あ!お世話になって居ります。外務省の者です。正式にオファーが出ました。ご検討をお願い致します。」
それだけを伝えられ通話は途切れた。
リビングに家族が集まっていた。そこに世也が降りてきた。
「如何したの?みんな揃って?」
昌子が手で世也に座る様促した。
「世也!実は~。」
安子は言葉に詰まった。
「世也!来年の夏ごろにアメリカへ、渡米する話がある。向こうで学んでみる気はあるか?」
昌子が続き、
「私は良い事だと思うわ?でも、世也の気持ちが一番大事だから。」
世也に三人の視線が交差した。永い間、沈黙が続いた。
「一晩、考える。」
世也の出した答えだった。
「世也、私達はどちらに転んでも、準備はしてあるは慌てないで、ゆっくり考えなさい。」
安子は昌子の言葉を聞きながら、眼が潤んでいた。
「じゃあ!夕食ね。」
眼を拭いながら安子は台所へ消えて行った。
【アメリカか~?どうしよう?】
世也は出された食事の味も感じず、何を食べているのかも解らず、箸を口に運びながら、熟考していた。
「ご馳走様。」
世也の眼は焦点を失い、妄想の中を彷徨っていた。
『バタン。』
世也はベッドに倒れた。そのまま微動だにせず、いつしか眠りにつくのであった。
「みっちゃん。僕、アメリカに行くかも?」
「え?」
光惠は驚きを隠せなかった。
「詳しくは解らないけど、誘いが着ているらしい?」
「そ・そうなの?」
「うん。何でだろ~?」
世也は光惠の眼を見つめた。
【何て言えば?】
光惠は言葉が見つからなかった。
「世也!やってみれば?」
光惠の答えだった。
「うん‼そうする。」
その言葉と同時に世也は気持ちに区切りを付けていた。
「そうよ!何事も当たって砕けろよ。」
軽く世也の頬に手を添え励ました。
「みっちゃん、ごめんね。ありがとう。智雪小学校の2006年の話し、振り返りたくない過去を語ってくれて。」
「え?知ってたの?」
「うん。ググって知ってた。」
「・・・・・・・。」
光惠は言葉を失った。頬へ伸びた手に世也は優しく触れ離した。
「みっちゃん!ありがとうございました。」
深々と頭を下げた。
光惠は突然振り返りその場を離れ、職員用トイレに駆け込んだ。
「う・う・う~。」
そこ迄は我慢できたが、個室に籠った瞬間、涙が堰を切ったかのように溢れ出し止まらなかった。それでも声だけは押し殺していた。
「世也?どうしたの?」
「ああ!陽子。何でもない。」
【みっちゃん?どうしたんだろう?】
世也は陽子に連れられて、教室へと向かった。
帰宅すると、昌子が玄関に迎えに出てきた。
「決まったかい?」
靴を脱ぎながら、
「うん‼」
世也はそのまま部屋へ向かった。
『こんこん。』
「世也良いかい?」
「うん、どうぞ。」
昌子はいつもより綺麗な着物を着ていた。
「気が付か無かった。どうしたの?」
「世也は既に心は決めたんだろ?だからよ。」
昌子は国からの最初の通知で悟っていたのだ。
「うん‼でも、チャンと家族が揃ってから、と思ってる。」
「そう、じゃ。世也‼たぶんアメリカに行ったら、今までの様には行かないわ。向こうでは『イエローモンキー』等と蔑む人も居る。勿論、他国の人種も多いから、一概には言えないけど、心を開ける人とそうでない人を見抜きなさい。そして、全てには裏があと思いなさい。」
「でも?心は開けと!」
「そうよ。でも、実力社会の国では、常に食うか?食われるか?よ。その中から真の心を託せ・委られる、人物を探しなさい。」
世也の眉間にしわが寄った。
「はい。」
【俺は?戦場に行くのか?】
「世也‼あなたに私の一部を託します。必ず必要な時が来ます。それまで、貯え準備なさい。道は自ら切り開く物、私達は遠くから見守る事しかできないから。」
【バーバは大袈裟だな~?】
「はい。」
世也は、心に抱いた疑念は伏せて答えた。
数日後、世也は株券を昌子に渡された。
「全ての手続きは、顧問弁護士にお願いしてあるわ!世也に振り込まれるお金は申告も済んだ金額だから、好きに使って平気よ。将来あなたの糧となるはずよ。」
昌子は世也を真剣に見つめて諭した。
「バーバ、たかがアメリカへ行って、学ぶのがそんなに?」
「世也!もしかすると、今生の別れかも知れない、だからこそここまで言うのよ。」
【マジか?】
世也はそこまで深く考えて居なかった。学ぶ場所が、ただアメリカと言うだけで、日本で暮らすのとさほど変わらないと思っていた。
「バーバ‼解った。肝に銘じて覚悟して行くね。」
世也は初めて事の重大さを痛感した。
「世也!伝わったみたいね?私の教えを軸に羽ばたきなさい、まだ日本と言う小さな庭で学んだ、井の中の蛙よ。世界は広い!そこで目一杯、戦い・勝ち抜き・飛躍しなさい。こんなに早くこの時が訪れるとは思って居なかったけど、あなたの宿命・運命よ。どんな?道が用意されているか?解らないけど、後戻りはしないで前だけを見てお進みなさい。きっとカムイのお導きがあるはずよ。」
世也は黙って大きく頷いた。
世也は登校最終日を迎えていた。
「では、皆さん今日で石本君はお別れです。彼は、アメリカへ渡米します。当分の間は会えないので、お話したい方は今の内にしておいて下さい。」
瀬下は内心厄介払いができて、安心していた。
「では、今日は終わりです。」
「起立・礼・着席。」
一斉にクラスの生徒が世也の周りに集まった。
瀬下はそれを横目に教室を出た。
「瀬下先生!」
瀬下が振り返るとそこには昌子がいた。
「色々と世也がお世話になりました。これ、先生へのお礼の手紙です。」
紙袋を差し出しながら丁寧に伝えた。
「いや~。私なんぞに、申し訳ない。有難く頂きます。」
瀬下は袋を受け取り去って行った。
【世也は掛かりそうね?先にするか?】
昌子は教室を覗くと、そこから離れた。
瀬下は職員室で早速袋の中身を確かめた。中身は豪華な装飾のあしらわれた短冊だった。
瀬下はそこに書かれた短歌を見て、腰を抜かすように席に傾れ落ちた。
『学び舎の 春一番が 吹き荒れて 孫を護りし 枯れ枝の柵』
昌子からの警告だった。
「世也!二人っきりで話たい。」
「陽子?何で?」
俊がすかさず、
「バカ!鈍感野郎。気が付け?アホ。」
「何が~~。」
「ふん。知らない‼」
陽子は背を向け去ってしまった。背中からは怒りお滲ませている様にも見えた。
「お前!女心を解っちゃいねえな?」
「あゝ?」
世也は俊の顔を慰しげに覗き込んだ。
「そう言う所も、愛される部分だな。」
「全然。意味解らね~。」
その後も生徒の輪は続いていた。
成田には世也の家族が集まって居た。
「いよいよだね。足りない物は送るから、これにね‼」
昌子はスマホを誇らしげに翳しながら言った。
「え?義母さん?いつの間に?使えるんですか?」
「当り前じゃない‼PCも世也に教わっといたわよ。」
「母さん、私にも教えて下さい。」
安子は慌てて口を開いた。
「世也君‼」
光惠だった。
「え?みっちゃん?授業は?」
「えへ!休んだ。」
「不味くね~?それって?」
「良いの。」
二人は驚いていたが、昌子が、
「チョット二人だけにしてあげましょう。」
っと、秀一と安子に目配せをした。
三人は二人から少しだけ離れた。
「はいこれ。」
クラスメートのサイン入り色紙だった。
「寄せ書き?」
「ええ。皆でね。」
「世也、私のアドレス。何かあったらね。」
光惠は可愛らしい小さなメモ用紙を渡した。
「うん。」
世也は少し無口になって居た。
「門出よ!辛気臭いのは抜き。」
世也の肩をポンッと叩き、満面の笑顔で世也を励ました。
「うん。」
それでも世也はメモを見つめ口籠っていた。
「じゃあね。」
光惠はその言葉と供に世也の額に接吻をした。
「え?おいおい。まずいだろう?」
秀一は二人に同意を得ようとした。
「・・・・・・・」
昌子と安子は無言で首を振った。
光惠はそのまま世也の前から離れ始めた。
「みっちゃん‼ありがとう。短い間だったけど、本当にありがとうございました。」
光惠は世也に背を向けながら深々と無言で頭を下げ、そのまま歩き始めた。眼には涙が溢れ出て、止まらなかった。それを悟られまいと、後ろ髪を引かれる思いを断ち切り、世也から離れたのである。
「みっちゃん!ありがとう‼」
世也の声は空港の隅から隅まで届くぐらい大きかった。
光惠の心は更にかき乱され、歩く事も儘ならない程動揺していた。世也の視線から外れると、一番近いトイレに駆け込み号泣した。
「世也?ませませやな!」
近づいてきた、秀一だった。安子は直ぐに秀一の横腹を突く、
「うん?」
秀一は安子を見た。
眼で諫められた。秀一はハンカチで汗を拭い小さく、
「解った。」
っと囁いた。
「世也!そろそろね。行きなさい!新たなる空の下へ‼」
昌子は世也の両肩を掴み、搭乗ゲートの方向へ、世也の向きを変えた。
安子は堪らず哀哭はせず、小さな涙の雫をホロリとながした。
世也は昌子に背を返されたまま、
「じゃ‼」
強い意志と別れを込め吐き出し、歩を進め始めた。
「うう。」
安子は秀一の肩に凭れた。昌子は二人に並び替え、世也を見送った。
空港の展望デッキには、光惠の姿があった。眼は晴れ上がり、涙は溢れ止まらず、周りからは訝しげな視線に晒されながらも、世也の乗り込む飛行機を探し、心の底から愛を懇情の思いで、見えない世也へ精一杯送っていた。
世也の乗ると思しき飛行機がターミナルから離れ、離陸すると、光惠はその場に崩れ去り、天を仰ぎ号泣した。
世也は、飛行機の小窓から日本に別れを告げていた。
「僕?一人?」
「はい。」
アテンダントだった。
【もしかして?この子が?】
世也は搭乗する飛行機の情報を外務省に伝えていた。
「あの~?失礼ですけど、お名前は?」
「石本です。」
世也の答え方は武士を連想させた。
「半日近いフライトですが、何かありましたら、気軽にお伝えください。」
軽い会釈をして離れて行った。
「可愛い小さな紳士よ!」
ギャレーの中で皆に伝えた。
「え?」
「例のあの子よ!」
「え?そうなの?」
「ええ。かなりのイケメンよ。」
「そう。一目見とこ~と。」
畿内に居たCAは代わる代わる、世也に気付かれないよう、観察に来た。
世也は空を窓から眺めていた。これから起こり得る事を妄想しながら。
飛行機は、アメリカ大陸の上空へ入ってきた。
世也は、
【これが、アメリカ!それもまだ一部。デッカイ‼ここが僕の戦場
?】
広大な果ての無い台地に凌駕されながら、窓から臨む景色に夢を馳せた。
「石本様、宜しければ連絡先を交換して頂けませんか?」
「え?僕と?」
「はい!私は彼方に興味釘付けです。」
「はあ?今逢ったばかりでは?」
「感じたんです。直感で貴方とは繋がって居たいと。一期一会、たった一度のすれ違い!普段はそれで終わるけど、貴方にはそれ以上の何か?」
「はぁ~?」
「空港に着いたら、我が社の窓口のそばのロビーで待ってて。」
「ああ、はい。」
「私は、ホーラ・春樹。お願いね。」
「あ!世也。宜しくです。」
ギャレーでは、
「ホーラ!逆なん?逆ジャーヴィス?」
「ばかね~?彼は名家の御子息、あしながおじさんなんて烏滸がましい。」
「え?じゃあ、玉の輿狙い?」
「あのねぇ~‼彼に興味を持っただけよ!」
「えぇ~怪しい~。」
ホーラは純真に世也の佇まいや所作から、何かを感じ取り直感、本能で無意識の内に、言葉を漏らしていたのだ。
飛行機は『ダレス空港』に着いた。世也を送り出すホーラは眼で合図を送り、近づく世也に、
「絶対‼待っててね!」
っと周りに気取られないような音量で囁いた。しかし、語気はかなりの強さで世也を威圧していた。
世也はコックリと小さく頷きホーラの前を通り抜けた。
【すげ~圧‼】
世也は到着ロビーに出た。
「ヘイ、セイヤ。」
迎えに来ていたアメリカの担当者である。
「ナイストゥ~ミチュ~。」
世也は既に英語をマスターしていた。
「では。」
手で世也を招きながら先へと促した。
「あ!すいません。疲れたので少し座りたいです。」
「OK!」
近くの席を指さした。
「いえ!チョット。」
世也はホーラの航空会社の手続き窓口の前を探しながら、
「すいません。気に入った場所に腰を掛けたくて、なんせ‼初のアメリカですから。」
「OK。」
担当者は訝しがる気配もなく、答える。
「ここで少し。」
世也は見つけ出した。ホーラとの再会の場所を、
「待った?」
ホーラが急ぎ駆け寄る。
「NO!」
ホーラの進路を塞ぐ様、ジョニーが割って入った。
「ソリー、バット!」
ホーラはジョニーに話し掛けながら、世也に近づこうとした。
「ダメです。彼はVIP扱い、一般の方は。」
「え?」
ホーラはそれでも何とか連絡先を渡そうと試みる。
しかし、ジョニーは譲らなかった。
世也は立ち上がり二人のそばへすり寄った。
ホーラの手の届く距離まで、ホーラは素早くメモを世也に渡した。
「NO!」
ジョニーは世也からメモを取り上げた。
「同じ日本人、なぜ?あなたに奪う権利は無いわ!」
ホーラはキツく言い放った。
「NO!ダメです!」
ジョニーは踵を返し世也を急かし連れ去った。
呆然と見つめるホーラに、世也は振り返り、ウインクをした。
ホーラは、それを確認すると、反対方向へ歩み始めた。
「YOU、は特別な招聘者。もう民間人とは違います。行動にも気を配って下さい。」
ジョニーは黒塗りの送迎車に世也を導きながら、説明した。
「はい。」
【もう?戦いは始まっているのかも。】
世也はポケットに手を入れ握りこぶしを開いた。
ポケットの中には二枚目の小さなメモが放たれた。
空港から施設へ車は移動していた。
「ヘイ!セイヤ。君は世界中から集められた40人の中の一人だ。これから学び将来は世界の為に働いて欲しい?」
「はい。」
世也は
【自国の利益を最優先にする国で?嘘臭せ~な。】
世也は既に臨戦態勢であった。
一時間弱で施設に辿り着いた。そこは高い壁に覆われた刑務所を連想させる建物だった。
「世也!到着だ。」
厳重な警備の門を潜ると、広い敷地に色々な建物が点在していた。
【ここが?】
世也は固唾を飲み込んだ。
寄宿舎らしき建物の前に車は横づけされた。
「さあ。」
ジョニーは世也を案内した。
【げ!出入り口にも厳重な監視カメラか?】
顔は逸らさず、視線だけで辺りを観察した。
「ヘイ!世也。君は興味深いね?だいたいの子はキョロキョロと物珍しそうに辺りを見渡すんだけど。」
「いえ!緊張してて、動けないだけです。」
世也は悟られまいと心を伏せた。
「OK。君の部屋へ案内するよ。」
ジョニーは中央から二手に分かれた、建物の右側へ世也を案内した。
「あっちは、女子専用。」
階段はセンターにあり、途中まで登ると左右に分かれていた。
二階の一番奥が世也の部屋だった。
「まだ、全ての生徒が到着した訳では無いから、始業式迄、まあここの暮らしに馴染めるようゆっくりしな。」
世也へ鍵を私ながらジョニーが伝達事項として伝えている。
「荷物は業者が運んで来たらここに届けるよ。」
「ありがとうございます。」
世也は部屋を見渡しながら答えた。
「じゃ、食堂は一階だ。その時また呼びに来る。」
ジョニーはドアを閉めた。
【え?鍵だけ?チェーンは無いんだ!】
世也は備え付けのベッドに腰を掛け、メモを取り出した。
そこにはホーラの電話番号・メールアドレス・SNS・ハンドルネームが書連ねられていた。
【う~ん?】
世也はあえて、まだスマホに入力しなかった。そしてハンドルネームの『ハーフの渡り鳥』だけを脳に焼き付けた。
キャリアバックから、荷物を取り出し備え付けの棚などへ片づけた。そしてPCとスマホを机に並べた。
【う~ん?】
世也は悩んでいた。先ず最優先で遣るべき事を頭の中で模索しながら。
世也は徐にスマホに手を伸ばし、電源を入れた。
既にラインには、家族からの書き込みがそれぞれ着ていた。
〔安子 無事に着いた?。秀一 気バレや!。昌子 一つ一つに理を持ちなさい!。〕
【ふぅ!皆らしいや。】
ただの、日本語の羅列だが、世也は心が安らいだ。
ふと、部屋の外へ出ようとドアノブを開けようとしたが、
【え?マジ?】
開かなかった。
【ここまで。】
世也は昌子の諭が、かなり意味のあるもので、重要だったんだと気がついた。
『コンコン。』
部屋のドアが叩かれた。世也は鍵を開けた。
「やあ!食事の時間だ。」
ジョニーだった。
「はい。ありがとう。」
世也は何も持たずに部屋を出た。
「まだ、君を入れて3人しか居ないが、仲良くやってくれ。皆選び抜かれた仲間だ。」
「はい。」
世也は余計な言葉を発しなかった。
建物は左右対称で一階は右に食堂、左が風呂などだった。
食堂に行くと既に二人が座って食べている。
「ここは、バイキング形式の食堂だ。好きな物を取って、好きなだけ食べて良い。」
ジョニーはオープンキッチンの前のカウンターへ世也を案内するように手を差し伸べた。
世也はトレーを取り、カウンターを手前から順に横歩きで進んだ。
「じゃあ!皆で仲良く‼」
食堂中響き渡る大声で言葉を残し、ジョニーは出て行った。
世也は多国籍な料理から気の向いた物をチョイスしていた。
「ヘイ!YOUはチャイニーズ?か?」
「NO!ジャパニーズ。」
「ふ~!カモーン。」
二人の内の一人に促された。
広い食堂の中でぎゅうぎゅうに詰め寄る様に三人は席を並べた。
「僕は!ムハマンド・アブドゥッラ・アラ・アジーズ。コールネームはアジーズで良い。」
食事を摂りながら無言で頷いた。
「私は、ハリー・スミス。ハリーで良い。」
世也は手を止め、
「石本世也!セイヤで。」
「OK世也!僕はサウジだ。彼はイギリス。」
ハリーが頭を下げた。
「サウジアラビアか?だからロングネームなんだね?」
「おお!そうさ。だいたいの人は一回で覚えられない。」
ウインクで伝えてきた。
「ムハマンド・アブドゥッラ・アラ・アジーズ!」
「オウ!セイヤ、ナイス。ジャパニーズは賢いな。」
「へぇ?何言ってんだよ!私だって一度で覚えたぞ。」
「オウ!ソーリー。」
「二人はいつ?」
「昨日さ、二人とも、対して変わらん。」
アジーズが答えた。
三人は無言で眼だけで何かを訴え合った。
【果たして?】
世也は脳をフル回転させ思考を巡らせた。
食事も終わり各々がそれぞれの部屋へ別れた。
世也はベッドに寝そべり、天井を見つめ脳に集中していた。
【アジーズにハリーか?3人か?これもカムイのお導き?か?】
世也はそのまま眠りについてしまった。
「どうだった?ダメだ‼三人供電源を切って、でも持たずに部屋を出てる。まだ誰も通信記録に痕跡を残しても居ない。」
「ハンス、この三人意外と?もしかするかもよ?」
「サンドラは、まだ担当の子供達が着て無いから好い気なもんだ。」
ジョニーが、
「イエローモンキーは意外と厄介かも知れん?」
その後ろに仰け反りふんぞり返っている人物が、
「まだ三人だ!全員揃ってからだ。一人ずつ丁寧に見張れ!」
エドガだった。
世也君から連絡無いな~。
二人 光惠とホーラの心の呟きがリンクしていた。
〔小さき紳士 元気です。また。〕
【え?気が付いてた?私達のやり取りに?】
ホーラのツイッターへの書き込みだった。
【え?なぜ?直接じゃ無く、ここへ?】
何か異様な気はしたが、ホーラは悟れなかった。
『小さき紳士』アカウント検索をしてみた。
「あ!あった!」
世也のツイッターだと思われるアカウントをフォローした。
〔ハーフの鳥 良かった。繋がれて。〕
世也は部屋で色紙を眺めていた。
『この鈍感男!大っ嫌い 小谷陽子』
色紙の寄せ書きの中から陽子を見つけた。
【?うぅん?】
世也はやはり鈍感だった。同世代の子には、
【みっちゃんが無い?】
世也は机の上に色紙を伏せて置いた。
【ん?】
色紙の裏には色紙一杯に光惠の文字がしたためられていた。
『世也、貴方は太陽の様な温かい人。そして照らす明かりも全てに平等で分け隔てが無い。私の過去を知っても、それを伏せ優しく見守ってくれていた。賢く、敏感で感受性が強く、それでもそれらをひけらかさず、謙虚で柔軟な心、私はそこに魅了されていた。かけ離れた年齢で自分の心を疑い、身を逸らせていた。
でも、いつもあなたを眼で追っている私が居た。
小谷さんには勝てないし、そもそも教師と生徒、成就するはずも無いし、6年後にはお別れと、肝に銘じていた。
でもこんな終焉を迎えるとは思っても居なかった。
たぶん、この文の羅列を読む頃は空の彷徨。
でも、光惠の心は常に世也!彼方に寄り添い続けます。
愛しき君よ、お身体を大切に羽ばたけ、私の思い人。』
【みっちゃん・・・・・】
世也は何とも言えない郷愁にかられた。
ここ数日、アジーズを観察していた世也は、
【サウジアラビアだから、イスラム何だ‼】
っと強く感じた。
彼は施設内にある礼拝所でスマホの合図で祈りを捧げている。食事も見ていると、ハラールフードを選んで、護って居る様だ。
「世也!君は豚を平気で食べるが?汚く感じないのか?」
「ああ!俺はね!それに無神論者に近いし?」
「君には神を信じる気が無いのか?」
「う~ん?厳密には、祖母にカムイの教えは、されたけど強制もされてないし?」
「?お前の親は?何も言わないのか?」
「ああ。それに、一つに偏ると見えなくなる物もあるし。」
「変わってるな?」
「私は!プロテスタントだ。イギリスだしな。」
「ハリーはイギリス?だったの?じゃあ皆!国王の居る国なんだ。」
この三人はそんな繋がりがあった。
「カムイ?って何の宗派だ?」
「ああ、日本の北の古い民族の伝承さ!」
「アラーやイエスじゃ無いのか。」
アジーズは困惑していた。
「まあ、しいて言えば自然信仰かな?」
「そんな宗教が存在するのか?日本は?」
今度はハリーだった。
「いや~祖母が気にしてただけで、それ程メジャーじゃ無いし、日本は、神仰から仏教の流れだしね。」
「私達は生まれた時から、信仰は当たり前と。」
「そう言う家庭もあるが、家はね?違っただけ。」
二人はキョットんとしながら、顔を見合わせていた。
「日本は、宗教に縛られる率は低いからさ。」
世也は続けた。
「良くない!アラーの教えをお前に教えてやる。」
世也は、ほくそ笑みながら首を振り、
「いや?君達が何を信じるも、自由だ!布教の精神も解る。でも、相手に無理強いしたり、多宗派を認めないのは頂けない!各々の心の支えなら、それらは大切だろうし!心を支える芯があれば強いのも事実。っと思ってるよ。」
ウインクをした。
「いや!アラーの教えは絶対だ‼」
「否!イエスだって!」
世也は両手で二人を制した。
「俺は、近寄らない、拝まない、崇拝しない等の行為の無い者、逆に言えば、寄る者や信仰者には恵みを与える伝承に、聊か疑問があるしね。それに、それが元で対立も生まれがちだし、アジーズ・ハリー。これだけは言っとく!他宗を責めたり追い込めたりはしないでね。」
二人はお互いを見、世の事を訝しげに睨んだ。
「だよね!でも、ここはたぶんこれから、他民族・他宗教の集まりになるはずだ!お互いを尊重し合い、敬愛する許容も大事だと思うよ?」
世也はその言葉を残し二人の前からさった。
「ハリー?どう思う?」
「あ~、・・・・・・」
二人は見つめ合い、言葉を探したが、見つけられなかった。
二人は同時に天井を見つめた。
「神よ!」
二人の口から零れた言葉はリンクしシンクロていた。だが、お互い気が付いては居なかった。言語の違いでと、心がここに無かった為、二人の耳には音として認識されなかったからだ。
世也は部屋に戻り、
【ヤバいかな?言い過ぎたか?もし?盗聴されてたら?】
世也は昌子の言葉を思い出していた。
『出る杭は打たれる。能ある鷹は爪隠す。』
【やっぱ!やばいよな~。】
『後悔先に立たず。』
この言葉が世也の頭に木霊した。
一方、アジーズは、
【ジャップは良く解らんな?危険分子か?少し距離を取るか?】
っと自室で悩み。
ハリーもまた、同じような問いを自問自答していた。
三人が揃ってから、一ヶ月後。全生徒が終結した。総勢40名。
「明日から授業に入る!まあ始業式だな。」
ジョニーの声が食堂全体に響いた。
あの日以来三人は人が増えるたびに、距離を取る様になっていた。
生徒達は思い思いの食事を済ませ、食堂は疎らになった。
数名の中には三人も含まれていた。
世也はアジーズとハリーに視線を流した。
すると、アジーズが徐に立ち上がり、世也に向かって来た。それに連れるように、ハリーもまた。
アジーズは無言で世也の横すり抜け様に肩に軽く触れ自室に向かった。ハリーもまた同じ様に食堂を後にした。
三人は距離を取り始めてから、一度も会話すらしておらず、まあ実質的には、世也は毎日同じ場所で食べていたので、二人が離れたのだが、アジーズとハリーも、また、二人の異様な距離感があった。
世也は部屋で、また、昌子の諭に気を巡らせていた。
【あの、40人から、信頼できる、心を許せる者か?】
世也は出国後、初めて光惠にメールした。
〔みっちゃん!ご無沙汰、明日から始業式です。〕
世也は色紙のメッセージで光惠の心は読み取ったが、ここと日本、それに年齢、色々加味して、そこには触れなかった。
光惠からの返信は無かった。
教室は寄宿舎から少し離れた所にあった。生徒達は皆で歩いてそこに向かう。
相変わらず三人の距離は離れていた。
「おはよう!」
隣を歩く女の子だった。
「モーニング。」
有色系の肌の色だった。
「私、ルセネア!トンガからよ。」
「え?トンガ?確か国王が?」
「ええ!良くご存知ね。」
「世也、日本人。」
「そう?世也。で?トンガの事はどうして?」
「昔、国王制をググった事があって、それで。」
「へ~?なぜ?」
「日本も国王、日本では天皇陛下と言うけど、そうだから。」
「え?日本も国王制なの?」
「ああ。」
そんな会話をしていると、程なく学校へ着いた。
「ここが、学び舎だ。」
引率していたジョニーだった。
生徒達は、ジョニーに続き校舎の中へ続々と入って行った。
そこは一見、研究施設の様だった。
「じゃあ、自由に好きな席に着いて‼」
ジョニーの促しに、生徒が飛散した。
世也は跡が閊えると思い、窓際の列の真ん中に腰を落とした。
またしても、アジーズとハリーとはまるで磁石が反発しているかのように綺麗に分かれ、廊下側の列の前にハリーが一番後ろにアジーズが着席した。
教室内はざわつく事も無く静かだった。
「君達は我が米国が調べ上げた、エリートだ!これから配るテストをやって見てくれ。」
ジョニーは言いながら、テスト用紙を4列ある列の先頭に5枚づつ配り始めていた
テスト用紙を前から前から私際に、
「タフィーン。」
後ろに世也がテストを渡すと、
「ルセネア。」
っと単的に自分の名前だけ伝えられた。
「では、始め!」
ジョニーの掛け声でテストは始まった。
【ん?これ?普通のテストじゃ無い。知能テストだ。】
世也はてっきり、それ相応の学年のテストを想像していた。でも、それは外れていた。皆が必死に書き綴っていた。
「以上!回収!」
教室を見渡すと、ジョニーが一人一人から、テスト用紙を集めていた。ジョニーは集めながら、
「君達には、1年で3年分‼5年で大学以上のカリキュラムをこなしてもらう‼」
教室内がざわつくかと思って居たら、以外に静けさを保っていた。
「今日は顔合わせだ!コールネームは統一して、ファーストネームで呼び合ってくれ、ただしイリオ・ユーダはフルネームで!彼以外は帰りに髪の毛を一本提出してもらう。以上!込み合うので、時間差で出てくれ、時間つぶしに、自己紹介でもしてくれ。」
一番後ろの窓際の男の子が説明中に立ち上がった。ジョニーの後に続き、
「イリオ・ユーダ!だ。」
そう言うと彼は教室を出て行った。
「誰でも良い、一人ずつ前の出口へ。」
一番出口に近い、ハリーが立ち上がった。
「俺、世也!」
前へ伝えた。
「解ってるわ!ここへ来る時の会話を聞いてたし。」
前の席の女の子が言った。
「私はタフィーン。」
「私は、話して興味があったから、彼方の後ろにしたの。」
ルセネアだった。
右隣の男の子が、
「僕はビシャル。」
っと世也に手を伸ばした。世也はそれに、即応し握手を交わした。
「宜しく。」
ハリーは既に退出し、姿を消していた。右斜め前の女の子が世也の方を振り向き、
「世也、宜しく。ラウラ、スパニッシュよ。」
それに続き、右斜め後ろの女の子が、
「ソフィア。よろしく。」
と代わる代わる挨拶を交わした。
生徒もだいぶ減り、世也の周りだけになっていた。
「そこ!良いぞ。誰からだ?」
ジョニーの催促だった。
「はーい。」
ラウラだった。
彼女が出口に向かうと、隣のビシャルが、
「僕、ドルポの出なんだ。」
っと周りに呟いた。
「え?秘境じゃない。」
彼の後ろのソフィアだった。
「私は、デンマーク。」
っと言葉を続けて。
その簡に、世也の前と後ろの、ビシャルとルセネアは退出していた。
「じゃ、お先。」
隣のビシャルが立ち上がった。その後その後ろのソフィアも出て行った。
「最後世也か?」
ジョニーは世也に手招きをしながら呼んだ。
世也は立ち上がり、出口へ向かう。
ジョニーは横に来た世也の頭から、徐に一本髪の毛を引き抜き、名前の入ったビニール袋に入れた。
「良いぞ、お疲れさん。」
世也は学校を後にした。
食堂では世也の周りに教室と同じメンバーが集っていた。
「世也!彼方の国は2600年近い系譜よね?」
「う~ん?チョット違うかも、調査で判明している現状では、1500年位と言われてもいるしね。皇紀は2600年以上だけどね。ルセネアの国は19世紀でしょ?」
「ええ!何だか?王政の人が多くない?」
「う~ん?まだ皆の出身国全部把握して無いから?良く解らないけど?」
「彼方の周りの席は殆どがそうよ。」
ルセネアは帰り道で既に周りに探りを入れていた。世也を独り占めする為に。反対の席に着いた、タフィーンが、
「私は、タイだしね。」
「タイは9世紀位だよね?記録上辿れてるのは、名前はそれ以上前からとも記述されているけど。」
「ええ、そう言われているわね。」
教室では前の席の子だった。
「ラウラはスペインだもんね。」
世也は前に陣取る子に問いかけた。
「ええ!」
その右隣にはソフィアが居る。
「ソフィアはデンマーク!本当だ。」
ルセネアを見ると頷いている。
「僕は~、山のまた山の奥。そんなのとは無縁だけど。」
ビシャルだった。
「いや~。ドルポなんて、普通の人じゃ行けない地だよ。誇るべきだよ。」
世也はラウラの左に居るビシャルを褒めた。
「年齢的には、それ程差は無いけど、どんな選考基準だったんだろうね?」
ソフィアの素朴な疑問だった。
「うん。じゃ、俺はこの辺で、ご馳走様でした。」
「じゃあね。」
皆が世也を見送ってくれた。
世也は部屋に戻り、入ると何となく違和感を感じた。何かが特別動いた形跡を発見した訳では無いが、ただ漠然と感じた感覚だった。
【まあ良いか?】
世也はインターネットで色々調べたい衝動に、滅茶苦茶かられていた。
【まだ我慢だ。】
世也は妄想と空想で戦っていた。
【今日のテストはIQ系か?恐らく次は偏差値あたりか?髪の毛って事は・・・・・】
世也は先を詠んで居た。ここへ来る前は毎日、グーグルでまるでネットウェーブで遊ぶかのように情報の大海原で溺れるほど検索していた。
歴史から儒教・哲学・化学あらゆる知識を、脳に注ぎ込んで居た。
【バーバ、俺‼かなりヤバい所へ、来たのかも?】
世也は動物的本能と今まで培った知識から、この答えに辿り着いていた。
次の日、世也は部屋を出る時にチョットした細工をした。周りから見ても、普通に退室しているように見えるよう注意を払って。
教室に皆がそろうと、
「今日は、こっちだ!」
ジョニーは、またテストを配り始めた。
手元にテストが回され、
「じゃあ、始めてくれ。」
世也はテストを捲った。
【やはり!】
世也の予感は当たっていた。世也は前日と同様にテストをこなした。
「じゃあ集める。」
また、一人一人からテストを集め歩いていた。
世也は盗み見る様にジョニーを見ていた。
「では、昨日のテスト結果だ。」
黒板に順位と数字が順番に書き出されていった。40人分書き終わると、
「これが結果だ。」
一番最初には、イリオ・ユーダ・155と書き出されていた。世也は最下位の40番目130だった。
【あいつは見掛け倒しだったのか?】
アジーズは世也を見つめていた。
「まあ、初日の緊張もあっただろうし、あくまで目安だ。」
では、授業に入る。
授業内容は、一般的な授業より地政学や心理学など特殊な内容も含まれた授業だった。
「では、今日はこれまで。」
時間は17時を回っていた。
「世也はデータがリンクしていないが?どちらが本物だ?」
ジョニーはエドガの前に揃った二人に問いかけた。
「確かに、事前データでは、あのユーダと並ぶかそれ以上と出て居たが?」
「ハンス‼イオリ・ユーダだ‼名前を短縮するな‼」
寮での男子生徒の監視役のハンスだった。エドガの叱責の言葉の口調は厳しかった。
「すいません、つい。」
「最初から言ってあるはずだ!気を付けたまえ。」「
ハンスはぺこりと頭を下げた。
「私達を試している?」
女子生徒の監視役のサンドラだ。
「怪しい動きも、部屋の中も通信記録も異常はない?」
ハンスが吐き捨てるよう言い放った。
「いや?他の生徒は、家や友達等に連絡しているが、彼だけは全然入れてない。ツイッターへの投稿一回と元教師に一回だけだ?事前データを侮るな。」
目の前のPCのデータを見つめながら、エドガが3人に指示を出した。
世也は部屋に入る時に確認した。ベッドに横たわり、
【やはり!】
世也は短いセロハンテープを丸めて机の上に投げた。世也は目立たない場所にテープを貼って居た。寄宿時にそれが剥がれて居たのだ。
【監視されている。】
世也は直感と本能だけで悟っていた。
【カムイのお導きか?】
世也の脳裏には、今後厳しい修羅の道が浮かんでいた。
それから数週間が過ぎて行った。授業はハイペースで進んでいた。その中には洗脳に導く心理操作の言葉巧みな罠も含まれていた。
【やはり、アメリカ!呑まれない様に気を配らねば。】
世也は常に気持ちを張って居た。
メールの着信音が鳴った。開くと光惠だった。
〔世也?どう?1カ月半経つけど?順調?〕
世也は簡潔な問いかけに心が安らいだ。
〔大丈夫だよ、みっちゃん。負けない生き抜く。〕
光惠は直ぐに世也のメールを確認した。
【え?生き抜く?なにこれ?そんなに?】
光惠もまた世也の短い文に思いを馳せた。
光惠は自室の窓を開け月を眺めながら、
【世也、無事で、無理しないで。】
っと心の中でエールを送った。かけ離れた同じ月の下で藻掻く世也を思い。
世也もまた、同じ時に月を眺めていた。
【下手に動き、悟られて皆にも被害が出ては。】
っと月に誓いながら・・・・・・。
4人は何時も通り、集まって居た。
「世也がメールを、『大丈夫だよ、みっちゃん。負けない生き抜く。』っと返している。」
エドガは3人にメモ書きを渡した。
「相手は?」
「元教師だよ。ジョニー。」
エドガは3人を流し見た。
「生き抜くとは、また、異質な表現を。」
「うむ、まあ教師なら手は回せる。注意して監視してくれ、ハンス。」
エドガは落ち着いて指示を伝えた。
昌子もまた月を眺め世也に思いを馳せていた。
【便りの無いのは良い便り。まだ、1カ月半。これ位で不安がっちゃダメよね?世也。】
光惠や世也と同じ時間だった。
まるで月が3人の思いを紡いでるようであった。
数日後の週末、クラスで買い物に行ける事になった。
世也はドアのテストに使ったセロハンテープを食堂のゴミ箱へ捨てていた。それを目ざとくアジーズとハリーは見逃さなかった。
買い物は大きなマーケットで何でも揃っていた。世也は気を配りながら、ライターを探していた。やっと見つけ出し、かごの奥へ忍ばせた。そこを離れようとすると、二人が現れた。アジーズとハリーだった。二人はイリオ・ユーダに続き2・3位のテスト結果を出していた。
アジーズは何も言わず、同じ商品を取り、世也の肩をポンッと叩いた。それに続きハリーも、世也は小声で、
「付いて来て!」
っと二人に囁いた。
3人は会計を済ますとトイレへ向かった。
個室に3人で入り、世也は身振り手振りだけで、靴下にライターを入れ、靴底と足の裏の間に入れた。
ぎゅうぎゅう詰めの個室で二人も同じ事をした。
3人は時間差でそこを後にした。
「全員居るな?」
バスの中を見渡し、ジョニーは運転手に合図した。
3人はバラバラに分かれて座っていた。
イオリ・ユーダだけは、3人に眼を配っていた。
寄宿舎に着くと、買い物袋のチェックが一人一人行われ、部屋へ向かった。3人は目だけで合図を送った。
【無事に通れたか。】
世也はいつも通り、最後に降りた。
部屋に入るとライターの隠し場所を当たった。しかし、思いつかず、常に持ち歩く事にした。
4人の席に、イオリ・ユーダが混じっていた。
「世也・アジーズ・ハリーは何か悟った様です。」
「世也も?最下位だぞあいつは?」
「いえ。世也が一番先に動いた。間違いありません。」
「やはり、データ通りか!」
「エドガさん、どうしましょう?」
「ハンス、慌てるな、泳がせ。」
イリオ・ユーダは話の途中で退席した。
「さすがだな、イリオ・ユーダは。」
エドガは3人に呟いた。
数日後、世也の後ろをアジーズが通り抜けた。世也の手には小さな手紙が託されていた。
部屋に帰り開いて見ると、
〖僕達偉い所へ集められたのかも?〗
っと簡潔に記してあった。世也は読み終わると直ぐにライターで燃やし捨てた。
〖手紙は燃やす事。悟られるな!〗
っと書き記し、枕の下に入れ寝た。
次の日、世也は食堂でアジーズの後ろを通った。そしていつもの席で、教室でも屯している仲間と談笑していた。
アジーズは食事が終わると一階のトイレにこもった。
〖手紙は燃やす事。悟られるな!〗
読み終わるとアジーズは世也の指示通り、燃やし捨てトイレへ流した。
教室へ世也が入ると、既にアジーズは座っていた。世也に気付き振り向いて、世也をきつく睨んだ。世也は小さく頷き何事も無かったように過ぎ去っていた。帰り際、今度はハリーが世也の傍らを通り過ぎた。悟られぬよう慎重に世也に手紙を託した。
世也は部屋でハリーの手紙を開いた。
〖アジーズから、聞いた。大変だけど頑張ろう。〗
世也は燃やし捨てた。
【これで、三人か?】
世也は『桃源の誓い』を思い浮かべていた。
【禿は絶対紛れている‼慎重に行かなきゃ。】
それから、3人は間隔を適時に開けながら連絡を取り合った。
4人の席にまたイリオ・ユーダが居た。
「あの3人は、たまに近づく時があります。たぶん連絡を取り合って居ます。」
イリオ・ユーダは言い終わると部屋を出た。
「やはり、有能ですね?」
「ああ、あれだけの予算を継ぎ込んだのだからな
!」
エドガは3人に告げた。
「3人の部屋を当たれ。ハンス。」
エドガは打って出た。
「了解しました。」
「サンドラ、女子は?不穏な動きは?」
「ありません。今の所は。ただ、女子の中では世也は注目の的で・・・。」
「女の方が賢く強い注意しろ。」
「はい。」
ジョニーは事の成り行きを見守っていた。
世也は直感で
【そろそろだな?】
っと感じていた。二人には既に伝えていた。
3人は世也が最初に取った行動を毎日繰り返していた。
数日後、世也の部屋のセロハンテープが剥がれていた。
次の日、朝食を取りながら談笑している中、世也は二人を見た。
二人は目だけで合図をした。
【やはり。】
世也は確信した。禿、内部通報者が潜んで居る事を。
それから、1ヶ月連絡を絶った。時折眼を合わせるだけで。
そんな折、授業中に前の席にいるタフィーンが振り向き小声で、
「私達って見張られてる?」
っと世也に伝えてきた。世也はそれに沈黙し首を振る事だけで答えた。
そして作文を書きあげた。
タフィーンを軽く突き作文を見せた。そして、タフィーンがそれを見ると指で斜めに文字を追った。
【そうだきをつけろさとられるまだときじゃない】
斜めの文字にはそう記されていた。
タフィーンは軽く頷き前を見た。
【ん?】
ジョニーは二人の動作に違和感を感じた。
そのまま世也の下へ歩みより、作文を取り上げた。
「預かる。」
世也は素直に応じた。
【世也?大丈夫か?】
一番後ろの席のアジーズだ。
反対側の後ろのイリオ・ユーダはほくそ笑んで居た。
【バカ、尻尾を出しやがって。】
世也はアジーズを見、何もせず前を向いた。
その時イリオ・ユーダの笑みに気が付いた。
4人でいつもの如く集まって居た。
「これを。」
ジョニーはエドガに世也の作文を手渡して居た。
「何だ?暗号か?どう読んでも作文にしか読み取れん。」
「はい、でも世也の前のタフィーンは確かに頷いて居ました。
しかし、いくらやっても解らないのでこうして。」
ジョニーは悔しさを滲ませて居た。
「有能な人材を集めたのだから、想定済みだ。大丈夫、計画に抜かりはない。」
エドガは自信に満ちた表情で伝達した。
3人は少し疑問を抱きながらもエドガの指示に従った
世也は夕食時にイオリ・ユーダが居ない事を確認してアジーズとハリーに手紙を託した。
〖イオリには注意を彼の前では行動を慎め。〗
っと記して。
二人は部屋で読み、また処分した。
それから数ヶ月は何もなく過ぎ、クリスマスを迎えていた。
クリスマスの前には買い出しもあった。世也は目ぼしいプレゼントを見繕い揃えていた。
イブの夜、食堂ではささやかなパーティーが催された。
アジーズの隣にあの時以来久しぶりに座った。
「はい、プレゼント。」
「おい!僕はイスラムだ!」
「そう言うな、時代は変わる。気持ちだ!受け取れよ。」
「渋々、アジーズは世也からプレゼントを受け取った。」
その後世也はハリー・タフィーン・ラウラ・ビシャル・ルセネア・ソフィアにも手渡した。
そして最後にイオリ・ユーダの前に立ち、優しく、
「これを。」
っとプレゼントを手渡した。
【うん?なぜ?】
イオリ・ユーダは困惑した。
【どうして俺まで?】
世也は一頻りプレゼントを渡し終わると、いつもの席に戻った。
その途端世也の周りに女子の輪が集まった。
それぞれが世也にプレゼントを託し、談笑に花を咲かせた。
宴も終わり、各々が散り散りに部屋へ向かう中、世也にイオリ・ユーダが近づいてきた。アジーズは咄嗟に歩を止めた。
世也はアジーズに掌だけを返し、静止した。
「なぜ?俺にまで?」
「同じクラスメート、仲間じゃないか?」
「いや。」
イオリ・ユーダはプレゼントを世也へ着き返そうとした。
「君は何処の出身何だ?宗教的に問題が?」
イリオ・ユーダは咄嗟に手を引っ込めた。
「いや。ありがとう。」
イリオ・ユーダは慌ててその場を立ち去った。
イリオ・ユーダの姿が消えると、アジーズが駆け寄った。
「なぜ?」
「大丈夫、考えがある。」
世也はアジーズの肩を2回叩き食堂を後にした。
アジーズ不安げに世也を見送った。
世也はすべて同じ『アルジャーノンに花束を』を送っていた。そして、イリオ・ユーダ以外には、メッセージとライターをプレゼントに忍ばせていた。
冬休みに入った、だが、誰も国へ帰る様子は無かった。
この期間の外出は意外とゆるい監視だった。
【夏は帰るかな?】
そんな事を考えながら、世也はワシントンDCのホワイトハウスに来ていた。粉雪のぱらつく中探索をしていた。ここ迄は40分くらいか?スマホで写真を撮って、観光者その者で、街に溶け込んでいた。日本から越冬用の荷物のチョイスは適格だった。
【流石。母さん?バーバかな?父さんでは?有り得ないな?】
世也はホワイトハウス周辺の
『OldEbbⅰttGrⅰll』
と言う操業1856年からの老舗にしてみた。
『これ?』
内心ドキドキだった。でもすんなり、席へ案内された。
【スゲーカード。】
世也達は外出用カードを個々に配られていた。
【これが、アメリカか?】
安子は、世也に送る冬物に悩んでいた。
「母さん?どうしましょう?」
二人はPCやスマホを駆使し、何とか見繕い箱に詰め込んで居た。そこへ、秀一が帰宅し、それらを確認した。
「ダメダメ!薄すぎる。ワシントンDCは氷点下にもなる。仙台辺りをイメージして詰め直しした方が良い。」
「流石、あなた。そうします。」
安子は総てを出し、直し入れ始めた。
「秀一さん、このロングコートはどう?」
昌子の出したコートはかなり大人びていた。
「あいつには、まだ?早くないでしょうか?」
「ええ?でも連絡も無いし、もしかしたら?心はこれ位になっているかも?」
三人は皆、同じ事を心に秘めていた。世也は監視が家族の手に迄、伸びる可能性を考慮してあえて、連絡を絶っていた。
箱の中身は調った。コートと箱の中にGPSを紛れ込ませていた。
世也は、早速そのコートを着こんでいた。
『あぶない刑事』
で二人が着ているような、トレンチコートだ。内側には取り外しの利く保温素材が着いていた。
「お客様、コートを。」
世也はコートを預けた。
世也は特等席へ通された。
【カードの力か~?】
自分の後ろから一人の客が入って来たのに気が付いていた。ボーイに、
「彼もこちらへ。」
っと伝えた。
気まずそうに、その子は席へ案内された。
「いつから?」
「最初からさ!」
世也の前に着席したのは、イオリ・ユーダだった。
「お前の歳でそのコート、目立ち過ぎだろう?」
「つけ易くてよかったろ?祖母の贈り物さ!気に入っている。」
イオリ・ユーダは無言で座っている。
「皆も、先生も君の事は、フルネームだ!二人の時はファーストネ―ムで良いかな?」
「ああ、でも俺の正式なファーストネームは解らないんだ。」
「そうなのか?」
「ああ、記憶に残る時期には、もうあの施設に居たから。」
「じゃあ、二人の時は、ユーダで。」
世也は手を伸ばした。
イオリ・ユーダはぎこちなくそれに反応した。
「ここはどうやって?」
「ググった。」
「え?いつも電源を切っているんじゃ無いのか?」
イオリ・ユーダは口をわざと大袈裟に抑えた。
微笑しながら、
「ああ、カキらしいぜ!ここ、歴代の大統領も来てたとか?」
「そうなのか?」
【吊れたか?】
イオリ・ユーダは、最高の脳で考えを巡らせていた。
「折角の、歴代大統領の来た店、気を抜けよ。」
世也はリラックスムードでイオリ・ユーダに語り出した。
「こんな席だ。これも何かの縁!二人で狙うか?」
イオリ・ユーダは世也の言葉の意図が読み取れなかった。
「トップ!一番。世界の頂点だよ?」
「え?・・・・・・・大統領の椅子か?」
世也は軽く微笑み頷いた。
【こいつ?】
世也の直球過ぎる戦い方に気圧されまいと必死に世也の思考を追いかけた。
「大統領だけに、大棟梁?」
「うん?」
「だよな?日本のダジャレだ。」
「何だ?それは?」
世也は英語で上手く説明した。
「お待たせいたしました。」
「ユーダ、生ガキは初めてか?」
「ああ、余り施設から出た記憶が無い。」
「さあ!」
世也は美味そうにカキを一口で貝から、口へ流し込んだ。手で親指を立てイオリ・ユーダに合図した。
イオリ・ユーダもカキを一つ取り口へ運んだ。恐る恐る。
「美味い‼」
「だろ~、日本の震災のあった地域じゃ、名物だ。」
「ああ、あの・・・・東日本大震災か?」
「ああ、沢山犠牲者が出た。ユーダ?良―く考えろ?誰と組むか?」
この時の世也の眼はイオリ・ユーダの脳裏に生涯残り続けた。
「・・・・・・・」
イオリ・ユーダは言葉を発する事も出来なかった。
「この前も聞いたが?出身地は?」
「知らないんだ。ただ、2002年1月生まれとしか?」
「そうか?ユーダは?まだ、来るか?俺は初めの到着地、ダレスに行くが?」
「いや?ここで帰る。」
「そうか?二人旅も楽しいぞ?」
【このまま居たら、俺が食われる‼】
「いや、世也だけで行ってきな。」
「お!初めて俺の名を口にしたな?」
席を立ちイオリ・ユーダを促し、二人並んでイオリ・ユーダの肩に世也は手を回しながら会計に向かった。世也が会計をしようとするとイオリ・ユーダが世也を制し、
「これで。」
ブラックカードだった。
「施設持ちだ、気にするな。」
世也はイオリ・ユーダの顔を見って、
「ありがとう、サンキュー。」
っと言い店を出た。
「使ったのは初めてに近い。」
イオリ・ユーダは世也に照れ笑いをしながら伝えた。
「だよな?マーケットでブラックって言うのもな?」
「ああ、あそこじゃ、現金だ。」
世也はイオリ・ユーダの肩を叩き、彼から離れた。
イオリ・ユーダは遠ざかる世也を見送くった後、そこを離れた。
世也はワシントンDCから電車で、ダレス空港へ向かった。
【1時間ちぃいか?】
昌子はPCに安子と食い入るように見入っていた。
「一つは、政府の言う通りの場所ね。もう一つのコートの方はたぶん?」
「ええ!お母さん。これって?ダレス空港に向かってません?」
「そう?帰って来るのかしら?」
「どうですかね?」
世也はダレス空港に着いた。
あの場所で一人ポツンと座っていた。
【尾行は無さそうだな?】
世也は冬休みを満喫する人々をボーっと眺めていた。
【皆、生業があり、生活があり、時間に流され生きて行くんだな~。】
ボーっとそんな事を考えていると、
「小さき紳士さん。」
突然後ろから声を掛けられた。振り向くと、
「不用心過ぎるわよ。」
ホーラだった。
「ダメもとで来てみた。」
「ませたコートね?」
「祖母の見立て。」
照れながら世也は隣に座る様、手で合図した。
「そんなに時間は無いわ。聞いてれば、休暇入れたのに?」
「うん、ごめんね。中々デンジャラスな所で。」
「そうみたいね?小さき紳士!聞いてたの?」
「うん、聞こえてた。代わる代わる観にも来るし。」
「も~う!」
ホーラは頬を少し染めた。
「で?何か?方法は?」
世也はホーラの眼を見つめた。
「君なら、もう、考えているでしょ?」
「流石だね。僕、PCを始めた頃から、『北の民の子』って、ハンドルネームでブログをやってたんだ。そこに毎日呟く!それが無事・生存の証!それを、この人達に伝えて、お願い‼」
世也は住所の一覧のメモをホーラに渡した。ホーラはそれを見つめ胸のポッケにすぐさま隠した。
「証って?それ程?」
世也は口元を少し緩め、
「分かんない?でも、ここから始まってる!」
「そうね。あの時も・・・・」
「うん!」
世也は指でピースサインを送った。
「これ!」
世也はもう一枚メモを渡した。
「じゃ!」
「え?もう?まだ私は・・・・・」
「渡り鳥は、湖には留まらない!でも常にいつでも羽ばたける。」
世也はホーラの前に跪き、手を取りそこへ軽く唇で触れた。
「もう紳士ね?小さくない!」
世也は親指を立て、頷き無言でホーラから離れた。
ホーラはその場から急ぎ立ち去った。そして職員用トイレでメモを確認した。
〖全て日本の郵便局から送って、石本昌子・〒・・・・・・ここへ全てそうすれば祖母が後は手配をするだろうから。〗
ホーラはもう一枚も開いた。
〖ごめんね。一期一会でこんな事に巻き込んで、でも今の僕には渡り鳥が必要なんだ‼手伝って。この手紙は燃やして下さい。〗
【どんな?場所なの?彼の居る所って?】
ホーラは世也からの初のラブレターを断腸の思いで燃やしトイレで流し捨てた。
昌子の下に一通の封書が届いた。差出人はホーラ春樹と書いてある。
【誰かしら?】
昌子は部屋で開封した。中には二通、手紙が入って居た。
〖初めまして、世也君の渡米時に同乗した、キャビンアテンダントです。彼に再び出会い、託されたお手紙を同封いたします。ご配慮の程宜しくお願い致します。】
昌子は慌ててもう一枚を開いた。世也の字では無かった。
〖バーバ、俺のブログで生死を確認して、ハンドルネームは『北の民の子』だから、吉田先生と父と母にも、見る時は、足のつかないよう、インターネットカフェとかで見る様に、よろしく。〗
【短い文。私を顎で使う気?】
苦笑いしながら、手紙の裏を見た。
〖PS・ご焼却処分を。〗
昌子はこれを証券等を入れている、厳重な金庫の奥底へ眠らせた。
「さて。」
昌子は部屋を出た。
世也はそれから毎晩、ブログに書き込みをし始めた。殆どが短歌や俳句、川柳等の短い語句だった。
〔年明けて 雪に埋もれし 心にも 年輪重ね
強となし〕
【気持ち込め過ぎかな?志にしたいけど、それじゃ、バレバレだし。】
世也は窓の外の月に気持ちを託した。
いつもの4人が同じように集まって居た。
「エドガ様、イリオ・ユーダのカード記録から?おかしな点が?」
「なんだ?ジョニー?」
「はい、ホワイトハウス周辺の店でランチを?」
明細をエドガへ渡した。
「うん、この日は確か?世也を尾行させた日だな?」
「はい、金額が?」
「うん?二人分か?これだと?」
「はい、その後イリオ・ユーダからの報告も減っていますし?」
「世也に計られたか?」
監視役の二人は眼を見合った。
「核心は有りませんが?」
「その後の二人の距離は?」
「いえ、変わりはありません。なあ?」
ジョニーは二人にも振った。
「はい。」
「ええ。」
二人はエドガに答えた。
「それと、その日、世也はダレス空港で入国時のCAと会ってます。FBI・CIAからも報告が、それとその日からブログへの投稿も始めています。」
「う~ん。監視・チェックを厳しくしろ!」
「は!でも、世也は最下位!買被り過ぎでは?」
「まだ、始まったばかり、慎重に事は運ばねば、一同!気を張れ。」
エドガは世也の腹の内を詠んで居た。
食堂では世也の周りにクリスマスプレゼントを貰った者たちが集まって居た。
「『アルジャーノンに花束を』内容や彼方の意図は、何となく伝わったわ。」
皆が頷いた。その中にはあの!イリオ・ユーダも居た。
「俺も、これを読むまでは、皆、当たり前にできる事だと思ってた。でも小学校に入ると、自分が少数派で解らない、できないが当たり前で、でもここはそれが常識、皆出来てしまう!だからこそ知って欲しかった。違う世界を。」
「僕、ドルポなんて、ネパールの山のまた山の奥!越冬で街に出た時、見聞きして、その覚えの早さで、見染められ寺院で街に残り、あらゆる物から、情報を貪った。そして、色んな人と繋がりたくて、PCでネットに書き続けてた。」
「ビシャル?待て?」
世也は皆を見渡し、
「皆も?もしかして?」
皆が頷き、確認し合った、イリオ・ユーダを除いては。
「そこだ!そこからの地続き何だ‼」
皆も驚き、各々を見ながら、確認し合った。
【世也がビリ?有り得ない!】
イリオ・ユーダこの時思った。
授業では精神論まで学び始めた。
「人の眼は、口以上に正直だ!視線の先を詠み、考えろ!必ず心に影がある時人の眼はそれを誤魔化す。」
この教えの最中、ジョニーと世也の眼が重なった。ジョニーも世也も視線をずらさなかった。ジョニーはそのまま講釈を垂れている。眼を動かさずに。
【引くか?やるか?】
世也は前者を選択した。
【まだ、時じゃ無い!】
スーッと視線を教科書へ落とした。
他にも各宗教、国の成り立ち、それぞれの国の干渉の歴史、DNAからゲノムまであらゆる分野を網羅した。
「世也?お前は確か無神論者だったよな?」
「ああ、それがどうした?アージズ?」
「いや、俺の国ではそれは有り得ない。」
「ああ、知っている。俺は、他人の信じる事を否定する気は無い、ただ、自分が片寄れば何所かに偏見が産まれ、正しい判断ができなくなる。君の様に三大宗教以外の小さなお導きにも、変わらぬ金利があり、それを信じる者にはそれが絶対だ!アージズ、お前だって己の支え、信仰を否定された人間と仲良くできるか?ただ、俺の中には祖母の教えは刻まれている。大雑把な自然愛だけどな?」
「神では無いのか?」
「それを神に例えれば神になり、自然と思うならそれは自然だ!それと、楕円の調味料入れを真上から見れば、丸○円だが、真横や斜めからでは、影絵にすると解る様、様々な形に見える。経典・コーランでさえ、読む人の心・心境・立場・教養で認知の仕方は様々さ!そこに争いが起こり、分派する。世の常だ。」
「世也?僕は物心がついた時からのイスラムだ。それは変えられない。ただ・・・・」
「アージズ!自分の基礎、根は大事だ!大木も値が張れなければおのずと倒れる。譲るべきものと、譲れざるものは!持つべきさ。」
「世也?何故君は?そこに辿り着いた?」
「さあな?ただ!日々生きてたら、こうなってた。」
世也はアージズの胸を軽く二回突いた。
「う~ん?」
アージズは悩みながらも、世也の譬えが間違えでは無いのは彼の智能力を持ってすれば容易だった。だからこそ悩んだ。人は正論に直面すると受け入れられない生物だから。
「難しい話は、これ位で!アージズ?気になる女子は居るか?」
世也は、にやつきながらアージズをからかった。
「お前は?」
「俺は?どうも?同世代にはモテないらしい?」
「世也!お前って鈍感なんだな?」
「え?ここに来る前も、言われた。」
「だろうな!」
「世也は異性に興味が無いのか?」
「そんな事は無いが、ただ~?」
「ただ?」
「幼稚に感じるんだ!年上にも好かれるし?」
「マザコン?か?」
「ふぅん―違うよ。俺祖母よりだったし。」
「え?熟女派か?」
「性的には、普通だよ。」
「そうなのか?僕もだが?」
二人は声を上げ笑い出した。しかし、それらも全て監視下の中での会話だった。
世也は初の夏休みを迎えようとしていた。
「世也?帰国しないって?」
ハリ―だ。
「ああ!」
「なぜ?」
「う~ん。ただ何となく?」
「そうなのか?」
夏休みになると、皆帰郷して残ったのはイリオ・ユーダと世也だけだった。
二人は並んで食事を摂っていた。他の眼も無く、広い食堂で離れて座るのも何となく、気が引けて。それにイリオ・ユーダはあの日以来、世也に好奇心を抱いて居た。
「世也、君の国日本はアメリカに負けた国?なのに何故?ここに?」
「ユーダ。確かにな!でも俺が負けた訳でも無いし、歴史上の通過点!過去でしか無い!そんなのに左右される程愚かでは無いよ。」
「そう言う物か?」
「ユーダ?君は?何を思ってる?」
「上への不信感かな?」
「だろうな?過去を教えず、君を蹂躙し利用している。」
「ああ、君なら気付いていると思ってた。
「ふぅ!で?」
「俺はもっと知りたい!宇宙・地球・自然全てを!」
イリオ・ユーダの顔は真剣だった。」
「ん?調べれば?良いだろう?君の方がゆるいだろ?」
「いや!」
そう言い、徐に世也にスマホを渡した。世也はイリオ・ユーダのスマホを開いた。
【何だ?これ?日本の小学生以上のセキュリティが掛けられてる。】
世也はそこに打ち込んだ。
〖ここの監視か?〗
そしてそのままイリオ・ユーダへ渡した。
〖ああ〗
イリオ・ユーダ世也のメッセージを読み終えるとそれを消し、返事を打ち込んだ。
〖これ以外のツールは?〗
〖無い。PCも支給されてない。〗
〖では?知識は?〗
〖授業以外で、予習が、そこで。〗
監視モニターの前の4人は、
「二人は何をやってるんだ?」
「すいません、エドガ様。無理です。通信せず画面の受け渡しで、会話を進めて居ます。」
「懐柔されるぞ!」
「しかし、最下位の世也!御心配には。」
「甘い!ジョニー‼イオリ・ユーダを傀儡し、我等を探るぞ!」
「そんな知能彼には・・・・」
「そうです!ジョニーの言う通り、低レベルのバカです。」
「ハンス!貴様らに何が解る?現に帰省しなかったのは、奴のみだ!」
「しかし、動けませぬ。ここで動けば、彼に全ての情報を渡すことに。」
「彼?‼奴は敵だ!生ぬるいぞ!ハンス。」
「・・・・・・・・・」
そこには沈黙の重い空気が流れ皆がモニターに釘付けとなった。
モニターにはスマホをやり取りする二人が映っていた。
〖一番、何が知りたい?〗
〖自分のルーツ‼〗
〖上に聞けば良いだろう?〗
〖彼らは聞きはするが答えはし無い!絶対に。〗
〖そんなに知りたいか?それが破滅の道でも?〗
〖ああ、世也だって、同じだろ?同じ立場なら?〗
〖ああ、解った。時をくれ!必ず辿り着くから。〗
〖え?ホント?こんな俺に?〗
〖一飯の恩義がある!何ってな!〗
〖一飯?〗
〖飯の事だ!一宿一飯の恩義。俺の国の言葉だ。〗
イリオ・ユーダは4人に呼び出された。
「食堂で何を?」
エドガの問いに、
「世也は俺に協力を求めて着ました。なので、それに乗り入り込み情報を得ようと思います。」
エドガはキツくイリオ・ユーダを睨み、観察していた。
「うむ。大丈夫そうだな?上手くやれ。」
「はい。では。」
イリオ・ユーダは退席した。
「エドガ様。イリオ・ユーダは?」
「ジョニー・ハンス。二人から眼を離すな!」
「はい。」
二人は声を揃えた。
「サンドラ!女子にこの波及が及ばぬよう注意して監視しろ。」
「はい。」
「私は軍に、早くあれを開発する様働きかける。」
四人の中で世也は敵として認識されてしまったのだった。
世也は夏休み中イリオ・ユーダと食事時間を共有した。その間、授業で遣らない、儒教思想・ナチズム・ファシズム等思想や軍略である孫子や宮本武蔵・塚原卜伝に至るまで、自分の知識をイリオ・ユーダに分け与えた。
〖戦わずして勝つ!〗
〖敵を知り己を知れば百選危うからず!もあるが、俺は、百戦百勝は善の善なるものにあらざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり。の方が好きだがな!〗
〖でも、それは理想論。現実には無理じゃ?〗
〖ユーダ!言論の自由と言葉の拡散は今後の最大の武器だ!日の当たる道にしか太陽は照らさん!王道こそ、覇道なり!〗
スマホを渡しながら世也は口元を緩めた。
「世也!」
イリオ・ユーダの言葉に、世也は慌てて口に指を立て、征した。
「あ!」
イリオ・ユーダは頭を下げた。
それを一人で見ていたエドガは、
【不味いな!】
心で呟いた。
夏休みが終わりを告げる頃、皆が帰宿し始めた。
イリオ・ユーダとの距離は普段に戻った。
その夜ブログへの書き込みに、
〔京の寺 燃えゆく天を 探せども 天守見えざる 丘を探せど〕
これを読み昌子は、
【織田か?世也は天を目指す決意を?まさか?】
っと世也の身を案じずには居られなかった。
光惠もまた、
【世也、ダメ!自ら先頭に立つなんて。】
二人とも、思いを月へ馳せていた。
また世也も同じ月に誓いを・・・・・。
新学期が始まった。ここでの授業に正規の順序は該当せず、基礎は積み重ねるが、他はどんどん新しい情報の上書きだった。
ジョニーは
「では、テストをする。二種類の!」
最初の物は授業の内容でラストは偏差値や知能テストだった。
【一歩、出るか?】
数日後、全ての結果が書き示された。順位は世也以外は変わらなかった。
「世也!最下位から中間か?どうした?」
「先生!夏休み頑張ったので。」
ジョニーは訝しがったが追及はできなかった。クラスメートの眼があるからだった。
ジョニーは、
「エドガ様、世也が・・・・。」
「ああ、データは上がってる。」
PCのブラウザを見つめていた。
「本人は夏休みに勉強したと。」
「ふぅ!戯言よ。彼の国に『能ある鷹は爪を隠す』っという言葉が」あるそうだ。厄介な者を引き込んだかもな?しかしこれを蹂躙できれば事はなったも同然。ジャップ・イエローモンキーを上手く洗脳しろ!その為のお前たちだ。」
それからの授業には、映像も使われる様になった。世也は重要な情報とそうでない物を分け、聞き流したり、画面を見ないようにしていた。
隠れた文のやり取りも密かに続いていた。
〖急に画像を使いだすなんて怪しい?サブリミナルの可能性もある!要注意。〗
世也から個々へ順次に伝わった。
【8人か?最低でも12人位は欲しいな。】
食堂で、イリオ・ユーダが世也の脇に来てスマホをテーブルに置いた。
〖サブリミナルが行われてる。〗
世也はイリオ・ユーダに眼を合わせ視線だけを下げた。イリオ・ユーダはスマホを取り立ち去った。
【やはり。】
世也は醜い心理戦に突入して行くのであった。
イリオ・ユーダは悩んでの決断だった。もし世也が傀儡・洗脳されれば、自分のルーツへの旅は途切れる。しかし、バレれれば自分
の身が危うくなる。一種の賭けだった。成否は世也に委ねられて居た。
食堂で食事が終わってもボーっと焦点の合わない眼で座り続ける、アディが居た。そこへ世也が近づき声を掛けた。
「確か?アディだったよね?」
世也の問い掛けも耳に届いて居ない様子だった。世也は思いっ切り両手を彼の前で合わせた。
『パチン。』
食堂に残っていた生徒は驚き、世也を見た。アディはまだボーっとしていた。仕方なくアディの肩を揺さぶった。
「ああ!何?」
その様子を見ていた生徒は不審に思ったが眼を離した。
「大丈夫?君はアディで良いんだよね?」
「ああ、私は、アディだ!君は世也だよね?」
「うん。どうしたんだい?意識飛んでたでしょう?」
アディは驚き、
「え?」
「食事後、ズーッと座ってた。」
「大した時間じゃ無いだろう?」
「いや?周りを見ろよ。」
食堂にはそれ程人は残って居なかった。
「ええ‼」
アディは世也に同意を求める様に視線を移した。
世也は首を振り、
「かなりね!」
「この所、部屋でも気が付くと、ただ天井を見つめ鬼の様な時間だけが過ぎて居る事があって・・・・」
世也はスマホを取り出し電源を入れた。
「君は電源を切るのか?」
アディの言葉に、世也は口に人指差しを縦にし、
「し~‼」
っと短い音で諭した。
〖気を付けろ!催眠効果かも?サブリミナルで!〗
っと打ち込んだ。アディは更に世也を見つめた。世也は軽く俯きアディを立たせ2階に向かった。その道中、小声で、
「ここは動物園だ!」
っと伝えた。
時は過ぎ二回目のクリスマスが迫っていた。世也は毎日の日課のブログへの書き込みに、
〔渡り鳥 来る湖に プレゼント〕
【渡り鳥?誰かを呼んでる?あの人?】
昌子であった。
毎日ネットカフェやら、図書館やら行く訳にも行かず、週に1~2回だが常にこのブログを確認していた。秀一や安子も確認していたので、家族ではほぼ毎日チェックはできていた。
光惠はそうはいかなかった。でもチェックはしていた。
【渡り鳥?誰?空を行きかう人か?え?】
クリスマスに世也の姿はダレス空港にあった。
同じ席に座り行き交う人々を眺めた。
「ごめん!待った?」
ホーラだった。
「解ったんだ。」
「そうね~?どうかしら?」
ホーラはかなり力の入ったいで立ちだった。
「力んでない?」
「え?『おませな紳士』?か?そのコートに合わせただけよ。」
「確かに、少しは大きくなったかな?」
「ええ!中身はね‼」
ホーラはほぼ毎日、ブログをチェックしていた。その文面から世也の成長を感じ取っていた。
「時間は?」
「休暇を取ったわ。」
「じゃあ、ワシントンDCまで行こう。」
「エスコートよろしくね。」
ホーラは世也の肘に手を回し、並んで歩いた。周囲の好奇の的となっていた。
「良いの?」
「ええ!七夕みたいな物よ!年に一度、なら満喫しなきゃね?」
「え?いや~?織姫と彦星は恋仲じゃん!」
「そうよ!『おませな紳士』!私は本気よ!」
世也は驚きホーラを伺った。ホーラは肘に回した手で肘を強く掴み意思表示を世也に伝えた。
【おませって・・ませ過ぎだよ。】
世也は困惑して、ホーラを受け止めきれ無かった。
「ここ!」
二人はMartin‘s Tavemの前に立っていた。
「ここって!嬉しィ~。」
「え?ただググって良いかなって?」
「そう!でも嬉しィ。」
二人は店の中へ入って居った。
「いらしゃい。」
「気さくに出迎えてくれた。」
世也はあのカードを提示した。
「まあ!ちょっとお待ちを。」
店主は個室に案内してくれた。
コートを脱ぎ席に着くと、
「世也、ありがとう!最高のチョイスよ。」
満面の笑みでホーラは世也をべた褒めした。
「なぜ?」
世也は思い当たらず聞いた。
「ここは、あの!ケネディがプロポーズしたお店よ。」
頬を赤らめ教えてくれた。
「そんなつもりじゃ!」
世也は少し身じろぎをした。
「解ってるわ!偶然って!でも、それも彼方が引き寄せた、運!お導きよ。」
世也は恥ずかしさでいっぱいだった。ホーラはカクテルを頼み、世也のソフトドリンクにグラスで口づけした。
「世也の未来に!」
『カ~ンッ!』
二人は他愛のない話で盛り上がった。時間はあっという間にすぎ店を出る時間が迫って来た。
「これ!頼みたい。」
世也は手紙を三通差し出した。一つは家族宛、一つには吉田様・最後の封筒には渡り鳥へっと記してあった。
「はい。預かります。」
ホーラは飲んでは居たが正常に意識は機能していた。
「世也、彼方の住居を確認したい。」
ホーラは突然、突拍子も無い言葉を吐き出した。
「危なすぎる!」
世也は咄嗟に拒んだ。
「ダメ!絶対に見に行く!」
ホーラの意志は固そうだった。
「じゃあ、俺がゲートに入るのを遠くから見送るなら良いよ。」
世也は本心は連れて行きたく無かった。しかし、ホーラの気迫に諍え無かった。
「立派な紳士、ありがとう。」
店のお代はホーラが持った。世也が出そうとするとホーラが怒ったので世也は潔く身を引いた。
二人は寄宿舎の施設までまだほど遠い位置で距離を開けた。
【たくましき紳士】
世也の背中を追いながらホーラは心で祷った。
世也が一度、歩を止め数秒の後、角を曲がった。ホーラは急ぎそこ迄行った。角に差し掛かり身を隠すように覗くと、厳重な警備の中へ世也の姿が消えようとしていた。
「え?」
ホーラの身体からアルコールは総て抜け出てしまった。
「これ程・・・・・」
ホーラは直ぐに踵を返し、自分の予約したホテルへ向かった。
世也は自室に戻り、ホーラの身を案じた。
【無事に、ごめん。】
ホーラはホテルに着いて居た。
カバンから三通の封書を出し、眺めていた。世也はホーラ宛以外には住所をしたためていた。
【訪ねよう。】
ホーラは気持ちを固めていた。
「今回も同じCAでした。ただ、食事した店が・・・」
「何だ?ハンス!」
「この店でして・・・・・」
ハンスは領収証を見せた。
「え?ここ?」
サンドラだった。
「奴は個室に通されまして、この店で派手には動けずに。」
「だな!この店じゃな。」
「はい。まだ全てが公になっているわけでも無いので、あそこは何処の眼があるか?解りませんので。」
ハンスは言葉切れ悪く弁解をした。
「仕方ない。奴は知っててここに?・・・・」
「ジャップに、しかも子供に解るはずはありません。」
「ジョニー、授業も細心の注意を払え!」
「はい。」
「侮れぬな?何かが?奴に味方してる。」
苦虫を嚙み潰したような顔で吐いた。
日本は元旦を迎えて居た。
「世也の居ない、正月も二度目だな!」
「はい。あなた。」
昌子は神棚に手を合わせていた。
『ピンポン』
来客の調べだ。
「はい。」
「申し訳ありません。世也君の手紙を預かった者です。」
「え?直ぐに開けます。」
安子は慌てて出迎えに出た。
「どうぞ。」
安子は丁寧に持て成した。
「元旦に申し訳ございません。ただ、手紙を投函する気になれなかったので、非礼をお詫びします。これを。」
世也からの手紙をテーブルの上へ差し出した。
「で?渡り鳥さんとお見受けしますが、貴女はあの時の?」
昌子の詠みに感服しながら、
「はい。ご察しの通りです。彼の渡米時に同乗していました。一目惚れで・・・・」
「え?あの後に?あいつ・・・」
安子が、
「貴男とは違いますよ!あの子は、誰の懐でも直ぐに飛び込める。」
「いえ。私が染まりました。」
「はあ?失礼ですが?ご年齢は?」
「あなた‼だから貴男は私しか居ないのよ?解りますか?」
安子の厳しい指摘にたじろぐ秀一、
「で?自分を晒して迄ここに来た理由は?」
「はい。大奥様、世也はかなり厳しい環境下に晒されています。・・・・・・」
ホーラは自分の見た全てを客観的に伝えた。
「やはり・・・・。」
昌子の口がくぐもった、夫婦は互いを見つめ言葉を無くしている。
「私の妄想と空想では、世也は見えない大きな何かに挑み、諍おうと志に誓っていると、それはここの敷居を跨ぐ事を捨て、辞さない覚悟かと?・・・・」
ホーラは昌子の眼を瞬き一つせず見つめ一気に語った。
「・・・・え~?」
「あ!ホーラ春樹です。」
「そう、ホーラさん、貴女の身の危険は私が手を尽くします。世也との連絡係ありがとう。でも、他人のお嬢さんをこれ以上巻き込む訳にはいかないわ!手をお引きになって。」
昌子の言葉に首を振り、
「いえ!私は既にこちらの家族同然。世也を護る支える一人になりたい。」
「え?世也は君を手籠めに?」
「あなた!」
「秀一さん!」
二人の声が重なり鋭く秀一を襲った。
「そんなお子さんでは?・・ご存知でしょう?」
「あ!あァ~。」
秀一の声は尻切れトンボだった。
「初めは『小さき紳士』とブログを見る内に『おませな紳士』に、三度目の別れ際には『たくましき紳士』に成り、今では私の中では『気高き紳士』に育ってしまった。私は引けません。」
昌子を一途に見つめ訴えた。
「あの子は、人の心に入るのが上手ね。」
昌子は説得を諦めた。
「ホーラ!連絡先や所属会社、その他諸々、教えて頂だい。秀一!全勢力でこの方をお守りなさい!」
「ええ!必ず!」
先ほど迄のお茶目な秀一は何処かへ消し飛んでいた。
「たぶん、吉田さんにも手紙を預かって無い?」
昌子は機転を利かせて聞いた。
「ええ、でも、これも私の手で!」
昌子はホーラの眼を見て察知し、
「苦しいわよ、たぶん?お互いに。」
「覚悟はできています。」
ホーラはきっぱり言いきった。
「じゃあ。」
昌子は席を立ちそこから離れた。
「ホーラさん、世也は本当にそんな所に?」
安子はホーラを信じて居ない訳では無かった。でも、一部の望みにかけ問いただした。
「はい。それが現実です。」
ホーラもまた、安子の淡い期待を承知で答えた。
昌子が戻り、ホーラにメモを受け渡した。
「今、連絡して来たわ。光惠さんは早くあなたに会いたいそうよ。」
【やはり、女性?】
ホーラの心はざわついた。でも、覚悟は決めていた。
「では、失礼致します。元旦に申し訳ございませんでした。」
「いいえ。吉報よ!便りなきは良い便り!よりは安心できたわ。こちらこそありがとう。新しき家族ね。」
昌子は微笑みでホーラを迎えた。
「では、急ぎたいので失礼いたします。」
「ええ、気を付けてね。」
三人に礼を尽くしホーラは光惠の下へ向かった。
【吉田?いや!光惠さんって?】
向かう道筋で妄想に耽っていた。
『カランコロン』
ドアに付いた鐘の音が鳴る。
「春樹様ですね。こちらへ。」
奥にある隠れ家的な個室に案内されている。
「石本様からここでとのご指名で。」
古めかしい厚いドアの前へ通された。
「既にお待ちです。」
ホーラは呼吸を整え踏み込んだ。
『コンコン。』
「どうぞ。」
中に入ると、光惠が律して立っていた。光惠が手で自分の前の席へホーラを導いた。
【この人が?吉田さん?】
ホーラが席に着くと同じく着席し、
「貴女が『渡り鳥』さん?」
光惠もまた、昌子と同様、聡明だった。
「はい・・・・・・何から?・・・・」
ホーラは言葉に詰まった。
「彼は元気?」
光惠の世也の近況を問う最初の語りであった。
「ええ。」
ホーラの言葉は短かった。
「あなた幾つ?」
全然、意識の無い詰問に、
「え?25!1988年生まれ。」
「そう私も3月20日!」
「え?全く同じです。」
このリンクで二人は既に打ち解けた。
「光惠さんは彼の何所に?」
「何も?気が付いたら、世也を眼で追っていて、知らない内に魅了されてた。光惠で良いわ。」
「私も、彼の渡米にたまたま一緒になって、興味本位で連絡先を交換したらいつの間にか世也から目が離せ無くなって。」
「あの子の謎の力よね?そうか~。私が身体中の水分を眼からだしきった時に出会ったのね!貴女に。」
「ええ。そうそう、何か?解らないけど?あの魅力は?光惠はいつから?」
「小学校入学時!」」
「え?本当の『小さき紳士』ね?どんなだった?世也?」
「利発で頭の回転の速い子。教科書を初日に全部読破していたの。」
「そうなの?ただ者では無かったのね。」
「直ぐに、私を『みっちゃん』って。度胸も人一倍据わっていて。」
「いや!私まだ、呼ばれた事無い!悔し~。でも掌に口づけはされたわ!」
「ホーラは逢える。私は・・・。だからその分だけの『みっちゃん』よ!私も最後の日ご両親の前で、頬に・・。」
「え?ご両親の前で?勇気ある?」
「仕方なかったのよ。今生の別れかもって察してたから。」
「お互い苦しい恋ね。」
「ええ。」
二人は思って居た。たぶん世也の未来に自分達が隣に並ぶ小糸が無い事を。
二人の世也への物語は尽きることが無かった。
「・・・・・・・・・なの。」
ホーラは最後に石本家に伝えた全文を光惠にも伝えた。
「ありがとう。もし叶ったら、世也の写メ送って。」
二人はあらゆる連絡先を交換した。
「良い年になるは、元旦に世也の近況が聞けるなんて。」
二人は笑顔で店を後にした。
2014年を迎えた。
【俺を入れて9人、イリオ・ユーダを入れて10人最低でも12人は欲しい。どうすれば?】
日本を離れ、3年目を迎えていた。
「除夜の鐘ってどんな?音だったっけ?」
ふと口から洩れた。
月の注ぐ淡い光が何かを導き出す道の様に世也に降り注いでいた。
世也は足らない、ライターを仕入れていた。その間に合った買い出しで、去年危うかったアディは少し落ち着いていた。
「アディ、これを」
「え?何?中に説明は書いてある。」
二人は連れションをしていた。
「落ち着いたな!ああ御蔭で、世也は無神論者何だって?私の国では無理だ‼」
「どこだったっけ?」
「インドネシアだ!私はジャワ人だからケジャウェンだけどな!」
「そうなのか?私の中はだいぶ、カムイ・アイヌの教えに、染められては居るが?」
「カムイ?アイヌ?」
「ああ!君と同じ土着信仰に近いかな?」
「日本にもそんなのが?なぜ?ケジャウェンを知っている?」
「自国に居る時は、毎日がネットの中さ!それで・・。」
「ならば!自然信仰を名乗れば良い!」
「いや?教えは心に宿しては居るが?一つに傾けば他には受け入れられない、それに俺は主教・神にすがる気も無い!」
「強いな。私なんて毎晩手を合わせ、問いかけて心を和ませなきゃ寝られない。」
「良いんじゃないか?それで落ち着くなら、ようは考え方、自分を保つ糧ならば、大切にすれば良い。ただ他宗を容認して欲しい。でないと、対立を生む。」
「大丈夫!母国は他宗教だから、過激派でなければ歩み寄れる。」
「頼もしい、もう出ない!行くか?」
「ああ!長居し過ぎたか?」
世也は微笑みで返事をした。
【これで8人、後3人は・・過半数にはいかないが、武田二十四将・徳川十六将、40人クラスでは、3の倍数12位が良い所。】
世也は屈する気は無かった。でも、心の中に劉備玄徳が巣食って居た。
「トイレでアディと長居していたが?」
「はい、でも会話は至って?自国の話しで・・・。」
「ハンス、世也が落ちれば、ここは牛耳れる!慎重にそして粘り強く行け!卒業までには調略・洗脳できるようにな!」
「はい、エドガ様。」
【世也め!奴の頭が我が前に平伏す時が楽しみじゃ。】
醜くく眉尻を下げ、口角をジョーカーの如く上げほくそ笑んで居た。
世也は教室の真ん中の列に狙いを定めていた。
しかし、あまり接点が無く、常に仲間に食堂では囲まれて、うまい方法が見つけ出せずにいた。
世也は授業にあまり出てこない、ロシアやそこのプーチン・近代中国・ウィグル自治区等を知りたくなり悩んでいた。
「世也!これ。」
ビシャルだった。
「なにこれ?」
「たぶん、世也の興味のある事柄だよ。」
「プリンター?」
「ああ、部屋で読みな!」
世也はその夜、眼を輝かせビシャルの資料にへばり付いて居た。
〖僕はネパールのドルポだからこの辺は怪しまれない、終わったらいつも通りにね。〗
世也は中国の現状から入った。
【これから?独裁か?プーチン・・・詠めない男かも?ウィグルか~。】
世也は月明かりに暗闇の中曝されていた。
【残り3年、米国が洗脳迄して、俺達にさせたい事とは?このメンバー?CIA?諜報員?スパイ?・・・禿か!でも、日本には必要ないだろう?GHQで上手い事やって、占領継続国家と化してるし、中国やロシアが居ない。俺の導き出しに近いなら?】
悲壮感漂う顔を月が浮かび上がらせていた。
世也は夏休みを待った。
〔三本矢 鳥の帰省や 茸雲〕
〔光惠?これって広島の事。〕
〔たぶん、そうね。8月6日に来て欲しい。って事かも?〕
〔やっぱり!世也最近益々難解な表現になって来てて。〕
〔良いな!逢えるのね!写メ無理じゃなきゃ、お願いします。〕
〔必ず。他には?〕
〔いいえ、何も。〕
ダレス空港のいつもの席にはホーラが座っていた。
そこにはるか遠くからでも解る、異様な出で立ちの世也がやって来た。真っ赤な浴衣に背中には白い龍の刺繍が施されていた。
「何それ?」
「へへ!探すの大変だった。」
照れ笑いながら、世也は近づいた。座ろうとすると、
「待って、ポーズ!」
世也は取り合えずポーズはした。
『パシャ』
ホーラは2~3枚撮り溜めた。
「如何したの?」
世也はホーラの隣に腰かけた。
「うん?彼方の熱烈なファンのリクエスト。」
「ファン?もしかして?逢ったの?」
「ええ!『気高き紳士』を護る輪よ。」
「もう・・・送てって言ったのに。」
「逢いたかったし、知りたかった。それより・・・・それ?」
「え?これ?前田慶次や伊達政宗・織田信長かな?」
「傾奇者?」
「え?知ってるの?」
「伊達や織田はね。」
「俺は、やっぱり。『隆慶一郎・原哲夫』だね!」
「だからって・・・・目立ちすぎ!」
「てぇへ。」
「今日は?」
「取り合えず、ここのレストランググって来た。」
「どこ?」
『Texas Roadhouse TX-Bedford』
「ああ!あそこね。」
「ただ、平気?目立つし・・・俺と一緒に行っても?」
「ふぅふ!そんな格好で来て、今更。」
ホーラはいつもの笑顔だった。
「行きましょう。」
ホーラは世也の手を取った。
「ねえ、彼女は『みっちゃん』で私は?」
「え?・・・・・」
たじろぐ世也に、頬に顔を近づけ、
「ここ?」
「え?」
「光惠さんの?温もり後!」
「あ!反対。」
「じゃあ。こっちは私ね。」
ホーラは世也の頬に唇をそっと触れた。」
「皆見てる。」
「世也!その恰好できる人の言い分じゃ無いわね‼」
ホーラは優しく世也をエスコートした。
「ここよ!」
店の前に着いた。
「いらっしゃいませ。」
「なるべく静かな席へ。」
ホーラは店員にそう言い、チップを渡した。
「世也!彼方の家族も周りの人も皆良い人ね。」
世也は、眼を見開きホーラを覗き込んだ。
【どこまで?逢ったんだ?】
暫らくすると、一番奥の席へ通された。
「大奥様も、素敵な人。」
「バーバか?元気だった?体壊して無さそう?」
「ええ!体はね?」
「え?体は?どこか?・・・・」
「心配事よ!原因は!『君!世也よ!』解る?」
『』の中はかなり協調され、力ずよく言い放たれていた。
「ごめん。」
小さくボソッと音にならない呟きだった。
「もう、私に言ってもね。お婆様に伝えるのよ、絶対に。私達だって愛する君の無謀な行いに冷や冷やよ!」
世也は気まずそうにスマホを出した。
〖ホーラへ、残りの期間内に渡り鳥・伝書鳩をしてくれる人を募って欲しい。口が堅く実直な人で。後、あそこを出られたら、スマホ・iPad miniを俺と繋がりの無い名義で手配して欲しい。
今、仲間は8人集めてある。卒業までにもう少し集めるつもり、後はいつも通り手紙をお願いします。〗
ホーラは全て読むと頷いた。
世也は保存記事からそれを消去した。
「ねえ!さっきの!」
「え?」
「呼んで!」
「え~・・・・・・。」
「え!じゃ無い!考えて決めて!早くぅ~。」
世也は悩んだ。
【ホーラ・ホー?ホーちゃん?無いだろ~?】
ホーラは期待の眼差しで待って居る。
「スプリーは?」
ホーラの顔色が変わった。
「何それ!」
「いや、春からスプリングで・・・。」
「苗字からだし、否!名前で考えて‼」
【え~?ホーラ、ほーちゃん?まずくね?】
「ほーちゃん。」
ホーラの顔に紅が宿った。
「こんなんで良いの?」
「ええ!最高!」
【女心は・・・・・】
「世也、クラスに女の子は?」
「居るよ!でも仲間は今の所、4人。」
「可愛い?」
「う~ん?てか対象外?それぞれ国籍も宗教も違うから、付き合うのは、大変そうだし。」
【まだ、私達は安泰ね。】
「え~?でも若いわよ。」
「確かにおばさん達よりはね!」
世也は皮肉たっぷりに微笑みながら言った。
「もう!」
ホーラは足をけり上げたが届かなかった。
「べ~、ざまあ!」
「も~ォ!」
「ふくれっ面も可愛いよ。ほーちゃん。」
自然に出た呼名にホーラの心は踊った。
そんなじゃれ合いも終わりの時間が迫っていた。
〖他に何かない?〗
ホーラのスマホ画面だった。
世也は首を振った。
「始まりは、あそこを出てからだと思う。」
世也の眼差しは厳しかった。だからこそ、その道の険しさも苦しさも容易に想像がついた。
【譬え茨の道でも行くわよね。世也は『気高き紳士』だから・・】
ホーラの顔がくぐもった。
「ほーちゃん!笑顔‼」
世也はダレス空港を後にした。その姿の選色は実は国旗だった。そこにも世也の志が示されていたのだった。
世也は夏休み中、小説を書いていた。保存メールで書き溜めていた。退屈しのぎの遊びだった。
定例の4人が集まって居た。そこにイリオ・ユーダも呼び出された。
「エドガ様。奴に変な動きは見当たりませんが?殆どの生徒がサブリミナル効果の期待は薄いようです。しかなる上は食事や飲み水等も?」
「まあ待て、ジョニー、まだ3年残っている。最終手段はまだだ。」
「イリオ・ユーダ、世也とは最近は?」
「いえ?何も。」
「そうか?」
エドガはイリオ・ユーダを睨み、
「お前は賢い、間違っても、誤った選択は、し無いだろうが。」
「当り前です。ここで育った。私は!」
「そうだな!帰って良いぞ。」
イリオ・ユーダは退出した。
「どう思う?」
エドガの問いに誰も答えを出せなかった。
歩き寄宿舎へ向かうイリオ・ユーダは、
【出自は知りたい・・・・・でも?】
考えを巡らせていた。
夏休みも終わり、新学期が始まった。
「恒例のテストだ。」
ジョニーはいつも通り配り始めた。
【もう一歩前かな?】
世也はテストに挑んだ。
「テスト結果だ。」
黒板に名前が並ぶ。
「世也、10位。また上がったな。」
その結果につられ、イフィオラ・エヴァ・アナの視線が世也に注がれた。彼らは廊下側から2列目、3列目だったので、世也とはあまり接点が無かったし、最下位だった相手を無視もしていた。
その日の夕食時、世也がいつも通りに同じ席へ向かうと、3人が世也の席を囲むように座っていた。いつものメンバーは先を越され離れた席に着いて居た。
「やあ!」
世也はそのど真ん中のいつもの席に着いた。
「世也?君って何者なんだ?」
その中で一番年長のエヴァだった。
「何者とは?」
世也は普通に食事を摂りながら返事をした。
3人は世也から眼を離さず感覚で口に食事を運んでいた。
「普通、知能テストはこんなに上がらないだろう?」
「緊張でもしてたのかな?」
アルゼンチン出身のアナが、
「手抜き?」
「いや?夏休み帰省しないで、勉強していたしさ。」
それに続き、イフィオラが、
「そんなんで、最下位が10位に?有り得ない。」
言いながら天を仰いだ。
「まあ、いいじゃないか?」
3人は何か眼で合図を送り合っている。
エヴァがスマホを出し、
〖俺達って見張られてる?〗
世也に見せた。笑顔のまま、軽く頷く。
〖この中に間者も居る?〗
「ああ!」
世也は声を出し答えた。
3人は周りに注意を払った。
「大丈夫、皆仲間だ!」
世也は厨房に気を配り伝えた。
食堂には現在仲間になっている8人の姿しかなかった。
「どっちに着く?」
世也はストレートに3人に問いただした。
3人は無言で世也を指さした。
世也は頷き周りに眼でサインを送った。
皆が頷きこの交渉は成立した。
【これで12!後はイリオ・ユーダか?】
世也は後の連絡方法等は居た者に託し、自室へ向かった。
ホーラは石本家へ手紙を届け、光惠の下へ向かった。
同じ店で落ち合った。
「待った?」
ホーラは光惠の前へ座った。
「はいこれ。」
光惠の手に3枚の写真が手渡された。
「え?写メ送って貰ったのに、ここ迄?」
「贖罪のつもりよ。私だけ逢ったのだから。」
「それは、仕方ないわよ。」
「でもね。同じ共犯者だから。」
「共犯?」
「ええ‼若人の心を乱す、大人としてね。」
「確かに、犯罪かも?」
そんな会話でも二人の顔は笑顔が絶えなかった。
「ごめん、我慢できずに世也に迫った。」
「え?何を?」
「…実は~、呼名!付けさせた。無理やりに。」
「え~、ズルい~。私だけのはずなのに~?」
「ごめんね。我慢できなくて、光惠だけなのに。」
「もう!なんて、仕方ないし。感謝してる。世也に逢うのは、下手したら命懸けだもんね。」
「許してくれるの?」
「許すも何も、共犯者だし。」
光惠は笑って、ホーラに頭を下げた。
「・・・・・・世也は卒業後に動くかも?」
光惠に全て告げた。
【もしかしたら、逢えるのかしら?】
光惠の心にクモの糸の様な一筋の儚い光明が見えた。
世也は、3度目のクリスマスを迎えようとしていた。
食堂で、たまたま一人で居ると、イリオ・ユーダが寄って来た。
〖サブリミナルの効果が無いから、食事や飲み水に細工をするかも?〗
〖ありがとう。あの約束は必ず守る。案ずるな!〗
世也は、イリオ・ユーダのスマホに打ち込んだ後、彼の眼を見た。イリオ・ユーダは頷いた。
即座に席を立ち部屋へ向かった。イリオ・ユーダは世也を見送り、去った世也の方角を呆然と見つめていた。
世也はベッドに仰向けに横たわり、
【ゲスめ!そこ迄・・・・・】
世也は覚悟を決めた。
クリスマスイブ、世也はメンバーにプレゼントを贈った。
『日本の言葉百選』
っと言う本だった。
そこに同封されていたメッセージには、
〖火中の栗を拾いに行く。一旦は恭順を示す。心は売らないが、皆を危険に晒す訳には行かない。卒業まではそうしよう。明日の朝、皆の意志を伝えてくれ。連絡はこれからも密に。〗
【・・・・・・世也がここのリーダー?】
アージズは、納得はして無いが肌で感じ取っていた。ハリーもまた同じだった。二人は実質、ナンバー2ナンバー3のテスト結果だったからだ。
【イリオ・ユーダには、従えない。】
二人の共通する悟りだった。
一番先に世也が朝食を摂りに降りてきた。
【良し!】
世也はいつもの席でゆっくりと食事を摂っていた。
メンバーが一人一人と降りてきた。
サウジアラビアのアージズ(10歳)男
イギリスのハリー(10歳)男
デンマークのソフィア(14歳)女
スペインのラウラ(9歳)女
トンガのルセネア(8歳)女
タイのタフィーン(12歳)女
ネパールのビシャル(11歳)男
インドネシアのアディ(10歳)男
マダガスカルのエヴァ(14歳)男
アルゼンチンのアナ(10歳)男
ナイジェリアのイフィオラ(9歳)男
全員が世也に頷きその前を通り過ぎた。
日本の石本世也(11歳)男
『気高き紳士・淑女』達、2014年クリスマスイブの次の日の結束だった。
教室にクラスメートが揃うとジョニーが着て授業が始まった。
【んん?何か?妙な気配が?】
ジョニーは感覚で察知した。確証は無いが。
【40人中12人か?過半数以下、でもこれ以上は目立つ!仕方ない。】
世也は授業を受けながら仲間集めにピリオドを打った。
それからは皆が従順に事を進めた。
授業の内容には暗号や諜報活動方法なども含まれ始めた。
「良いじゃないか?」
エドガはご満悦だった。
「ええ!エドガ様。」
「この調子で絶対服従に持っていけ。ジョニー。」
「はい。お任せを。」
世也達は上手く教師たちを誤魔化せていた。
〖諜報に暗号。僕達をスパイにでもする気か?〗
アージズのメモだった。
世也は考え続けていた。これによるアメリカの国利は?自問自答を繰り返しながら日々は過ぎて行った。
卒業前の最後の年の夏休み後のいつものテストが配られた。
【試すか?自分の実力を?】
世也は目の前のテストに全神経を尖らせ挑んだ。
黒板に順位が書き出された。
1位 世也。2位イリオ・ユーダ。3位アージズ。4位ハリー。・・・っと続いた。
【世也が1位?】
上位3人の脳裏に浮かんだ言葉だった。
「何?イリオ・ユーダが2位?」
「はい・・・・。」
「1位は?」
「エドガ様の御察し通り奴です。」
「ジョニー?何とかならんのか?」
「無理です。全て自動採点でオンラインで流れてしまって居ます。」
エドガの顔は激高して真っ赤だった。
「やはり、最初のデータが正しかったのか?」
「ええ、イリオ・ユーダが首席卒にならないと計画が・・。」
「仕方ない、次の手を考える。欺かれたな。」
アージズもハリーも、もう迷いは無かった。
〖卒業後は、たぶんCIAか外務省の配属だろう?やり取りは何らかのツールを与えられるはずだ。自分に付いては出身国の話しで譬え、個別の時は相手の出身国で譬える。全員の時はここ、ワシントンDCで発信してくれ。これからが本当の戦いだと思う。〗
世也は皆に託した。
2017年卒業が間近になっていた。
「これから読み上げる者は隣の教室へ。世也・イリオ・ユーダ・アージズ・ハリー・・・・」
世也は隣に移り待って居た。次々に移って来る。
「では、良―く、聞くように!」
前には、ハンスとサンドラが立っていた。
「君達には特別な任務に就いてもらう、先ずは表向きは外交官助手として、所属はCIAだ!個々の自国及び他国の情報収集を主にやってもらう。まあスパイだな!お前らは若い舐められるだからこそだ!世界最高のIQと教育を受けたお前らなら適任者だ。そして、最終的には、この12人で月へ行ってもらう事となる。守秘義務を厳守しろ!破れば死だ!イリオ・ユーダには、別動隊として、個々連絡係をしてもらう。裏切りには命で償ってもらう!以上だ。」
世也は教室を見渡した。12人は全て『気高き』仲間だった。
【月?それで髪の毛か?】
卒業式。成績上位者から、呼び出された。
「首席、世也!前へ!」
この時苗字は捨てられた。コードネーム、名前だけになった。
卒業式と言っても家族も招待されず、マジックミラー越しに政府高官や経済界の重鎮が観覧し、ホワイトハウスにも中継されていた。
【こいつらが!人類初の宇宙移民か?】
トランプ大統領だった。
2017年夏の出来事だった。
世也達12人には外務省のパスとCIAの秘密裏のパスが渡された。
「報告は、SNSだ。その時々でサイトやツールは変える。報告は習った暗号や隠語でしてもらう。助手としての報告は正規ルートで、最初の連絡用スマホだ!以上。各々国で少しの休暇後、赴任地へ飛んでもらう。」
皆、スマホを手渡された。
皆、ダレス空港へ向かった。
「じゃあ!」
12人それぞれの心に抱く物は違って居たであろうが、『気高き仲間』の結束は変わって無かった。
皆それぞれの搭乗口へ散った。
「お疲れ!」
「え?」
ホーラだった。
「お迎えよ。」
「何も呟いてない?なぜ?」
「優秀な彼方を護るチームよ。」
【バーバ?】
世也はホーラの接客で帰路についた。
空港には家族と光惠が待ち構えていた。
「世也!」
光惠は世也を見つけるなり、駆け寄り抱き着いた。
「こっちはホーラの場所ね!」
そう言い世也の頬にキツく唇を押し付けた。
3人は笑顔で近づいて着た。
「お帰りなさい。無事に。」
昌子のお出迎えだった。
「なぜ?」
「ちょっとな?米経済界のパイプでな!守秘義務は教えてもらえなかったが、帰国の日時は大丈夫だった。」
「世也、大きくなって、お帰り。
安子の眼に涙がギリギリ留まっていた。
「すいません。あの時と同じ様なふしだらを。」
「良いのよ。5年の反動、それ位で済んでいるんだもの上出来よ。」
昌子は光惠に優しく言った。
世也は皆で車に乗り込んだ。そこにホーラも合流した。
世也を挟み左右に光惠とホーラが座った。
「世也!何が食べたい?」
秀一だった。
「寿司かな?」
「そうだよな!やっぱり!そう思って予約しといた。」
秀一は店に進路を向けた。
店は子供の頃から通う店だった。
「お帰り、世也君。今日は最高級の魚を仕入れた。楽しんでな。」
板さんの心意気だった。
「ありがとうございます。」
世也の隣にはべったり二人が吸い付いていた。
「こんなお寿司食べた事無い!」
光惠だった。流石に食事中は二人は離れた。しかし両サイドは譲らなかった。
「3人には今夜は最高級のスイートへ泊って貰うよ。」
「え?」
二人の顔に花が咲いた。
「良いんですか?」
「ああ!次があるかも解らん。なら、今をめーいっぱい楽しみなさい。私達には明日がある。」
「秀一さんにしては上出来ね。」
昌子は二人に最高の時間をプレゼントした。
【14だけどな?しかし・・・・・】
秀一は心の中で3人を不憫に思った。
二人は石本家の家族の様だった。昌子は時折、光惠をあの店に呼び語らっていた。
二人のピッチは速かった。
「大丈夫?」
お互いに声を掛けた。
「ふふぅ。」
あらかた食べつくし、
「じゃあ、送るよ。」
秀一は二人に声を掛けた。
二人は世也に凭れ掛りギリギリ歩いた。
「やっちゃったかしら?」
二人は同じ言葉を口にした。
「世也!お前の名前で取ってある。荷物は部屋へ入れておく、二人に最高の思い出を作ってやれ!」
3人を降ろし車は走り去った。
「あなた。珍しい心遣いね?」
「ああ。だって・・・いつ最後になるか?・・・・」
車内に沈黙の無力さが漂っていた。
「石本世也です。」
「は?はァ?」
受付の男は、
【14のガキが二人?ませ過ぎだよな。】
悪意のある心の呟きだった。
「お待たせ致しました。」
世也は鍵を受け取った。
【この名前ともおさらばか?】
世也は二人をエスコートして部屋へ向かった。
【ませガキ!最高級特別室かよ?】
3人は最上階の部屋へ向かいエレベーターに乗り込んだ。
「あの人には『おませな紳士』ね。私達には『気高き紳士』でも。」
ホーラの呟きに、光惠は頷いた。
部屋に入ると大きく開かれた窓から町の夜景が一望できた。
二人は窓辺に駆け寄った。
「世也、着て!」
二人に迎えられた。
「3人でこの景色に浸れるなんて・・・」
光惠もホーラも潤んでいた。
部屋には大きなベッドがあった。
「3人で川の字で寝られるわね。」
嬉しそうにホーラが囁いた。
窓に向けてソファーが置かれていた。3人は腰を下ろした。しかし広い部屋、大きなソファーに庶民的な寄り添い方で座っていた。
光惠もホーラも世也にべったりだった。
何も語らず夜景だけを眺め、時間がゆっくり漂った。
「世也?死ぬ気?」
ホーラだった。囁き優しく問うていた。
「解らない。最善は尽くす。結果は時が示すだろうよ。」
光惠は世也の腕に顔を埋め、
「いや!」
「私も!」
二人の言葉に返す事ができず夜景を眺めた。
光惠が急に顔を上げ世也を見つめた。
「非常識なのも、道徳的にも間違っているのは解ってる。でもあなたの・世也の子・遺伝子を紡ぎたい。」
「え?」
ホーラは光惠の言葉に酔いが吹っ飛んだ。
「世也、今じゃなくて良い。大人になり残せたら冷凍精子を残して欲しい。世也の血、遺伝子を紡ぎたい。」
ホーラは光惠を凝視していたが、
「私も!世也お願い!」
二人の眼差しは世也の目の前へ集まって居た。
「生きてたらね。」
最高に頑張った答えだった。
二人は視線を混じらわさせ、世也の腕に顔を同時に埋めた。
世也は視線を少し上げ夜景を眺めた。しかし焦点はあって居なかった。
時が過ぎるのは早かった。3人はホーラ・光惠・世也の順でシャワーを済ませた。
3人はベッドに並んだ。そして朝を迎えた。誰一人寝る事も無く。
二人は世也を置き先にホテルを離れた。ホテルでの会話は少なかった。2人は悔やみながらも家路についた。
秀一の車が迎えに着いた。世也は一人チェックアウトし車に乗り込んだ。
迎えは秀一のみだった。
「2人は?送ったのに。」
助手席に座った世也は、
「父さん!相談が?」
「お前が俺に?珍しいな?昌子義母じゃ無く?」
「うん!男として聞きたい。」
「何だ、じゃあ?聞くよ。」
「うん。2人に子供を強請られた!」
「はあ?」
でも秀一は言葉を飲み込んだ。
「冷凍精子を残して欲しいと・・・」
秀一は車を停めた。
「流石に運転しながらは、無理な話題だ!」
「ごめん。」
「14か?夢精は?」
「まだ!」
「そうか。」
「2人は生きていて。もし可能ならと・・・」
重い空気が車内を制した。
「俺の遺伝子・血を紡ぎたいと・・・」
秀一は泳ぐ目を世也に向けた。
「お前はどうしたい?」
「解らない。母子家庭何て大変だろうし、まして、俺 まだ14だし。」
沈黙が支配した。それを破り、
「お前の一存で良い。決めろ。尻は拭いてやる。もし、世也に何かあっても、私が責任を持つ、それに家はでかい会社がある。2人ぐらい何とか私のポケットマネーで賄える。自由に決めなさい。世也、お前の人生だ!切り開くも逃げるも自己判断だ。」
世也は驚いた、こんな答えが返って来るとは。
「男と男の契り、約束だ。それに誰にも言わん!安心しろ、これでもお前の父親だ!」
秀一は車を走らせた。
家に着き、
「世也ご飯は?」
安子だった。」
「ごめん!少し休む。」
世也は部屋へ消えた。
世也は爆睡していた。こんなに深い安堵した眠りにつくのは個々を出て以来だった。
光惠もホーラもまた、深い眠りの中、世也との戯れの夢の中に居た。
「世也!夕食よ~!」
下の階から安子の声が響いた。
【5年ぶりねこの響き。】
世也はもぞもぞしていた。これもまた懐かしかった。
「さって。」
世也は徐にベッドを出て降りて行った。
「さあ!」
食卓には並びきれない程の料理でごった返していた。
「すげ~。」
世也の好物ばかりが並んでいた。昌子も出てきた。寝惚けては居たが、好物に振り起された。
「頂きまーす。」
世也は先ず、ゼンマイの煮つけに手を伸ばした。
「飢えてるのね。この手の味に。」
「うん。出ないよ。こんなの?たぶん存在自体も知らないんじゃない?」
世也は夢中で頬張った。
【14よね。】
安子は胸を撫で下ろした。
久々に4人で食卓を囲む事ができた。
和んだ空気が流れた。
数日後、旧友にも会う事ができた。
「世也、久し振り。」
陽子だった。
「あの時、世也に振られて寂しかった~。」
「え?俺、振ってねーし。」
「ホント、女心が解らない奴よね~。」
勇に同意を求めた。
「だな?」
勇は上から目線で世也に言った。世也は首にお揃いのペンダントを見つけた。
「2人って?」
「バレた?そうよ!」
陽子と勇は世也の前で腕を組んだ。
「へ~!おめでとう?で良いのかな?」
世也は皮肉気味に言った。
「ああ、たぶん今の所はな?」
「もう!勇!何、その言い草は?」
勇は照れ隠しに頭を掻いた。
世也は2人と別れ、小学校の門の前へやって来た。
【ここからか?遠い昔の気がする。】
世也は校舎を見渡した。
世也の下へ連絡が入った。
「赴任先はインドだ!チケット等は手配してある。領事館で貰って、3日後に発ってくれ。」
「解りました。」
【いよいよか?】
家族にも伝え、2人にも伝えた。
「父さん、チョット。」
世也は秀一を自分の部屋へ呼んだ。
「いつぶりだ?2人でこの部屋に居るのは?」
「覚えてない。」
世也はベッドに腰を掛け、秀一は世也の勉強机の椅子を出し世也の前へ座った。
「精通して、もし日本に寄れる事があったら、吾川先生に保存して貰う。俺に何かあったら、2人に伝えて、宜しくお願いします。」
世也は深々と頭を下げた。
「解った。」
秀一はそれだけで部屋から出て行った。
空港のロビーに4人は居た。
「とうとう現れなかったな?」
「ええ。」
夫婦の間ではこれだけで全て伝わっていた。
「バーバありがとうこれ!」
世也はスマホを翳した。
「いいえ、お安い御用よ。」
ホーラから昌子に伝わり、手配してくれて居たのだった。
世也は辺りを見渡した。探した人影は見当たらなかった。
「じゃ!」
世也は搭乗口へ向かった。
初の渡米時、光惠の涙を吸い取った、展望デッキに2人の姿があった。
「良いの?」
光惠は聞いた。
「ええ!抜け駆けはしたく無いし。」
ホーラは指さした。
「たぶんあれよ!」
まだ、搭乗手続き中であろう飛行機が見えた。
「・・・・・・・。」
無言で2人は見入っていた。ホーラは時計を見た。
「後5分!」
2人は視線を交わした。その途端2人の眼に愛おしい人を送り出すのを待てずに潤い始め、次第に零れ落ちそうになっていた。
「う、う~。」
言葉にならない我慢の嗚咽が2人から小さく漏れた。
飛行機が離れて行く。2人は涙で見えなくなりつつも飛行機を見つめ、追い続けた。飛行機が飛び立つと2人は抱き合い号泣した。
世也は日本を旅立った。
「初めまして、『小さき紳士』さん、違うわね、『気高き紳士』ね。」
ホーラが手配した。『渡り鳥』の一人だった。
「宜しくです。」
「ええ、いつでも使って、彼女方々に手を回し集めたから、大丈夫よ。」
周りには外人しかいなかったので日本語で小声で伝えてくれた。
世也はインドの地へ辿り着いた。ニューデリーの大使館から迎えが着ていた。
「こちらへ。」
世也はそのまま大使館へ連れてかれた。
【諜報の仕事は内通者作りか!】
世也はこれから発展するであろうインドで、アメリカ寄りの人物、人脈形成が主な任務だった。
日々街を歩き人を見た。
3年の月日が流れた。世也は領事とインド財界に太いパイプを築き上げた。そして、裏ではインドを牛耳る裏社会と米政府、CIAを繋げていた。
その間にも『気高き仲間』や昌子の手配の足の付かないツールで情報集めをしていた。その中に訝しい情報が重複していた。
『軍事衛星による民間人監視システム』だった。
【まじか?】
世也はあらゆる手を回し調べた。
「エドガ様、軍がやっと回してくれたシステムで12人の監視は完璧です。思考も手に取る様に解ります。」
「ジョニー怠るなよ。」
世也達が卒業の2年後2019年の出来事だった。
世也は確信に近づいた、
【やるか?】
17歳の決断だった。
世也は陸路でネパールへ向かった。
離反する前に、
〔エベレストの登山口 紳士が向かう〕
っと書き込んで居た。
ビシャルと連絡を取っていた。
「世也!逢えて良かった。」
「ビシャル!ここから吉隆鎮経由で中国へ抜けたい。たぶん既に追われて居るし、あれで読み取られているも居るかも知れない?ごめん。危険な目に合わせるかも?でもやるしかない。」
「大丈夫。手配する。でもなぜ?チャイナに?」
「衛星なら衛星さ!生きて逢えたらまた。」
世也はその言葉を残し、消えた。
ビシャルの手配で何とか中国には入れた。中国国内で何とか政府関係者と会う事に成功した。
「奴は中国へ逃げました。」
「中国、何を狙って?読み取れないのか?」
「太陽フレアで不安定でして・・・。」
「ジョニー、引き続き追ってくれ。」
「はい。エドガ様。」
「イリオ・ユーダ、ネパールへ飛べ。」
イリオ・ユーダはネパールでビシャルと会った。
「世也がこれを君にと!」
〖ユーダ、お前の親玉は世界を牛耳ろうとしている。その序に出自も探っとくよ。〗
【世也?】
世也は中国高官と話すことが出来、ロシアへの道を渡す事を条件に交渉をしていた。
世也は何と!王毅外交部長と会う事になった。
「私はアメリカの秘密を流すことが出来る。その代わりロシアへ行き政府要人とコンタクトを取りたい。それと引き換えに情報提供をする。」
「君を信用するに値する対価が無ければ無理だ。」
王毅外交部長の両隣には銃を持った兵が立っていた。
「私は丸腰です。そしてアメリカで特殊な教育を受けた日本人だ。これ以上は確約が無ければ喋れない。」
銃口が世也に向けられた。王毅外交部長は手で兵を制した。
「上と相談する。待ってくれ。」
中国政府の答えは、OKだった。中国側は、
『嘘でも聞いた方がまし、嘘でも国益に何ら影響が無いとの判断らしい。』
「アメリカは軍事衛星で世界中の人々を監視下に置こうとしている。」
「そんな情報は既に承知だ。」
王毅外交部長は立とうとした。
「アメリカは既に月への移住計画に着手し、その為の人選、洗脳教育を終わらせている。」
「ふ!ある訳がない?」
「私がその一人だ!」
世也はCIAのパスを見せた。
「なぜ?ロシアに?亡命か?」
「いえ!軍事衛星から逃げる為です。今、衛星で対抗出来うる国はあそこぐらいだ。」
王毅外交部長は考え込んだ。
「信じてやろう。手を回す。数日待て。」
世也の下へ連絡が来た。
『ロシアと取引できた。こちらの手配でロシア入りしろ。』
【第一関門突破か。】
世也はロシアに居た。ラブロフ外務大臣に話が通っていた。
「アメリカの軍事衛星の追跡から外せるよう計らってもらいたい。」
「王毅外交部長からの直の話し、情報も貰った。やらせよう。」
世也はエドガからの追跡をかわす事に成功した。
「奴の痕跡が消えました。」
「何?」
「最後はロシアです。」
「ふ!殺されたか!まあ良い!」
エドガはまだ世也を見誤っていた。
2021年世也はイタリアに居た。
【ここか?】
「すいません。セベリ医師にお会いしたい。」
「彼方は?CIAの者です。」
世也はそう言いパスを提示した。
「お待ちを。」
「あいにく、セベリはアメリカで研究をしに、渡米しています。2003年に。」
「じゃあ当時、一緒に研究していた方はご在籍ですか?」
「はい、イリオ医師なら!」
「ではその方に。」
「お待ちを。」
世也が待って居ると部屋へ案内された。
そこには色んな写真が飾られていた。
「何の御用で?」
「2002年に、セベリ医師と一緒にご研究を?」
「ええ、まあ。」
「当時クローンの子が生まれたとか?」
「ああ、そんな記事も出ましたね?」
「その子は?」
「短命でした。それが何か?」
世也は1枚の写真に眼をやった。
「ああ!この子です。『シャイム』シャカ・イエス・ムスタンの最初の文字を取り、名付けました。」
写真には医師が赤ん坊を抱いた姿が映っていた。
「この方は?」
「ああ!彼方の訊ねた『セベリ医師』ですよ。」
世也は頭の奥にインプットした。
「ありがとうございました。」
世也はそこを後にした。
「ジョニー!世也が消えた。それに2019年にデニソワ人の発表も出た。もう一度、彼らのDNAとゲノム解析をしてくれ。」
「はい。エドガ様。」
世也はホーラに連絡した。
〔2003年イタリアからアメリカへ渡米した。セベリ医師を探せないか?赤ちゃんと一緒に渡米しているかも知れない?〕
世也はインドへ戻った。2025年だった。
「どこへ行っていたんだ?」
「インド経済界とのやり取りで、世界中を回って居ました。連絡できなくてすみません。」
領事は特段問い詰めなかった。世也の功績はそれ程デカかった。
「エドガ様これを。」
鑑定の結果だった。
サウジアラビアのアージズ男 ネアンデルタール人
イギリスのハリー男 近親交配
デンマークのソフィア女 デニソワ人
スペインのラウラ女 ネアンデルタール人
トンガのルセネア女 メラネシア人・デニソワ人
タイのタフィーン女 ホモ・サピエンス
ネパールのビシャル男 ホモ・サピエンス
インドネシアのアディ男 ホモ・サピエンス
マダガスカルのエヴァ男 ホモ・サピエンス
アルゼンチンのアナ男 ホモ・サピエンス
ナイジェリアのイフィオラ男 ホモ・サピエンス
日本の石本世也男 ホモ・サピエンス
「?世也は要らないだろう?」
「いえ、インドへ戻ったとの知らせが。」
「何?生きていたと?」
「はい、エドガ様。」
世也の下へホーラからメールが届いた。
〔世也お久、問い合わせの件。当時チャーター便で渡米した〕痕跡が見つかったわ。アメリカもイタリアも干渉せず、一番口が堅そうな日本に依頼があったみたい。機長と副操縦士、数名のCAでのフライトだったみたい、セベリ医師とイリオと言う赤ちゃんよ。それしか解らなかったけど。〕
〔十分、ありがとう〕
世也は確信した。
2030年12人は呼び戻された。
「イリオ・ユーダよ、世也が演説をする。もし奴が裏切り者だと確信したら、奴の頬に口付けしろ、それが狙撃の合図だ。しくじるな!」
エドガからの命令だった。
世也達はホワイトハウスで大統領と謁見した。
「君達は人類初の渡航者だ。頑張ってくれたまえ。世也、君には皆のリーダーになって貰いたい。そして旅発つ前に演説をして欲しい。頼むぞ!」
12人は固い握手を大統領と交わした。
世也達は宇宙服に着替え準備していた。そこへエドガが現れた。「諸君。栄光を。」
【?こいつ?セベリ医師だ!】
世也の脳裏からあの写真が出てきた。
【全てが繋がった。】
世也達は全世界から注目されライブ映像が流れていた。
世也が壇上に立った。
「全世界の皆さん。我々は皆さんの代表として、今日、これから旅立ちます。でもこの一歩は限られた一部の人類にのみ開かれた扉です。月へは選ばれた者のみ渡れるのです。地球は疲弊しています。沈みゆく船とかしています。私達は神では無い!伝承者でも無い、ただ、人類の滅亡を阻止すべく託された!生贄です。試さなければ解らない実験何です。でも、誰かがやらねばならない、地球人よ!己の胸に住む神に問うて下さい。如何にすれば生き残れ地球を維持できるか?」
イリオ・ユーダが世也に向かって歩き出した。
ホワイトハウスには中国とロシアのホットラインが繋がれていた。
「彼は危なすぎる!危険分子だ。中国は彼を始末するなら、アメリカに譲歩する用意がある。」
「我々ロシアもだ!」
「生みの親の米国に判断は委ねる。」
世也は続けていた。
「真実を見抜いて下さい。」
【なにを ないているの
この はなしが ききたくて
ないて いるのなら
いって きかせて あげましょう
それはね
くものそらを
とおりぬけて
ほしのそらを
とおりぬけて
その むこうの
ほんとうのそらを
とおりぬけて
きれいな おがわが
ながれる けしきが
ずうっと ひろがって
かわを のぼれば
かたほうには
ぎんの カシワのはやし
ぎんの ヨモギのはら
ぎんの いしが あるのです
かたほうには
きんの ナラのはやし
きんの ヨモギのはら
きんの いしが あるのです
あたり いちめんが
ぴかぴかと ひかっていて
かわを さかのぼって
もっと ずうっと いくと
きんのいえ
おおきな いえが たっている
いえの かたほうには
あれた そらの えが かかれていて
いえの かたほうには
はれた そらの えが かかれていて
そのいえに
いのちを つくる かみさまが
60の ゆりかごを
かみざに つるし
60の ゆりかごを
しもざに つるし
かみざの ほうに ふりむいては
60の ゆりかごを
いっせいに ゆらす
しもざの ほうに ふりむいては
60の ゆりかごを
いっせいに ゆらす
そうすると
その あかちゃんたちが
なく こえが
この せかいに
せかいの うえに ふってきて
そこから うまれるのが
ねむり というもの なのです
あなたは それを ききたくて
ないて いるのだから
わたしが きかせて あげるのですよ
そう うたうんだっ。】
世也の耳元でメロディーが奏でられた。
イリオ・ユーダが近づく、
狙撃犯の右耳には大統領から、左耳からはエドガから伝令が入って居た。
「誰が為にある地球か?誰が為にある正義か?生きる物全ては平等です。真実を見抜いて下さい。」
イリオ・ユーダが世也の頬に口づけをした。
「ユーダ、お前はクローンだ!」
『ダァ!~ン』
世也の右肩を撃ちぬいた。
「世也~‼」
テレビの前の光惠とホーラは絶叫した。
世也は立ち上がりイリオ・ユーダを見た。
イリオ・ユーダはあの時の眼を思い出した。
世也は眉間に指をさし、銃弾の来た方へ向かい睨んだ。
イリオ・ユーダは世也に駆け寄った。
狙撃者のインカムには両方から指示が重複し命令されていた。
スコープから見た世也は狙撃者に迫り大きくなる様に見えた。
世也はドンドン迫ってくる!
狙撃者は目をつぶり引き鉄を引いた。
次の瞬間 世也の眉間に穴が空き吹き飛んだ。
「あ~。」
2人の悲鳴だった。光惠とホーラは脱力した。
世也の代わりにイリオ・ユーダが宇宙船に乗り込む事となった。
打ち上げられた。
リーダーの名は
『イリオ・ユーダ・シャイム』
人類初のクローンだった。
エドガはエドワルドっと化した。
狙撃者は一歩も動けず捕まった。
大統領のインカムは隠蔽された。
2人の下へUSBが届いた。光惠とホーラと子供へのメッセージだった。
あなたは?何を感じましたか?
乱文に最後までお付き合い頂きありがとうございました。