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パネル絵制作

本番一週間前の日曜、今日がふんだんに準備できる最後の日となる。

パネル絵や大道具を完成までいかなくとも大方仕上げてしまいたいと、午前中から黙々と作業が進められている。


普段ダンス練習をしているグラウンド前のスペースで主に男子が、竹で骨格を成した大道具に——あれが崖を表していることを最近になって知った——布を貼り付ける作業をしており、ピロティ―では男女数人で巨大パネルにペンキで色を塗っている。

僕は最初に関わったのがパネル絵制作だったから、その流れで今日まで色塗りに参加している。


やはり休日であるから全員が来るということはなく、クラスの三分の一ほどの人数で作業している。僕としてはそれだけいれば十分だと思っているし、おそらく今日来ているみんなも無駄に人が多いよりは、責任感のあるメンツで効率よく進められればいいと思っているんじゃないだろうか。


ピロティの右側に室内練習場があり、今も野球部員がそこで筋トレをしている。左側には弓道場があってその和式の屋内には、直線と直角により規則正しく構成された厳かな空間が広がる。


それら二つの建物の間に巨大なパネルが置かれ、いま黙々と色が塗られている。

木製のパネルに直に描いていくわけではなく、大きな白い紙を四枚貼り付けて、その上にまず線画を描きそしてペンキで色を付ける。

お試し版で描いた絵の評判が良かったので、そのままそれを採用して本番に使うことになった。

いまは全体の半分くらいまで色が塗られている。


僕はパネルの左下隅っこに座って、草原の細かな草に色を付ける作業をする。左に加藤と侘実がしゃがんで並び、同じく草原の色塗りをしている。


この絵のメインパーツであるシンバとムファサは若干右側に寄って描かれており、僕らが手を加えている部分には広めにスペースがとられている。

これを少し物足りないとみるか、ライオンに迫力を持たせるための対比とみるかでその人のセンスがわかるだろう。僕は背景によってシンバとムファサを引き立たせる必要な余白だとみていて、実際にこの意図で描かれた——と勝手に想像している——構図は上手くいっていると思う。


初めは何とも思わなくとも自分の手で描いていくうちに、だんだん絵に愛着が生まれてくるもので、まだ半分ほど白地が残っているこの段階でも、すでに僕はこの絵を気に入っている。


隣で手を動かす侘実と加藤の会話が耳に入ってくる。


「ダンスまだ揃い切らないの心配だね」

「うん。男子の人もやる気だしてくれればいいけど……」

「男子はああいうの興味ないからねー。難しいよ」


侘実がきっぱり言う。隣に僕がいることを忘れているのか……

黙って聞いていたら加藤がおそるおそる話しかけてきた。


「寺木君は毎日来てたよね……」


びっくりして僕はペンキはけを放り出しそうになった。


「ああ……そうだね」


侘実が加藤の奥から覗くようにして声をかけてくる。


「男子でちゃんと毎日来てた人あんまりいなかったよね?」

「んー、確かに佐々木以外はそんなにだね」


侘実のまっすぐな視線がこそばゆい。


「そういえばだけど佐々木君、最近しんどそうじゃない?」

「そう!それ!私も思ってた!」


侘実の問いかけに、加藤が興奮して同意する。

いまいちピンと来なくて僕は返答に困る。

侘実が続ける。


「今週の朝練も佐々木君元気なかったよ。寺木君なにか知らない?」

「男子の苦情聞いてた時も沈んでたよね……」


あ、加藤の一言で思い出した。確かにあの時は佐々木らしくなかった。


「あー、うん。んー、確かにおとなしかった場面はあった」

「いつも笑ってるイメージあるのに、最近は笑い声聞かないのよね」


侘実の言葉に、ペンキを塗りながら加藤も頷く。

それから二人は何も言わなくなり、加藤がはけをペンキ缶に入れようとしたら中身がなくなっていた。

ぱさぱさに毛が乾いたはけを地面に置き、奥の花壇のところに備えてあるインク缶を取ってきて、もう一度塗り作業を続ける。


僕も絵に向き直って色塗りを再開する。


穏やかな風が吹き、パネルに貼り付けられた薄い紙がさわさわと波うつ。




僕のはけと加藤のはけがぶつかり、声が重なった。


「あっ」

「あ……ごめん」


加藤の小さな手の甲には、緑や黄色の様々なインクが色鮮やかに付いていた。

そしてなぜか、手首に結ばれたオレンジと黄色が成す縞模様のミサンガが、僕の記憶に強く印象として残った。


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