ラーメン屋から学校へ
ラーメン屋を出て学校に戻る。歩道を歩いていると前から救急車のサイレンが聞こえてきて、無意識に車道から離れる。
救急車が僕たち四人を通り過ぎる間際、サイレンが一番大きな音を立てるなかあえて声をかき消すようにバスケ男子がつぶやく。
「医者目指そうかと思ってる」
——バスケ男子はあまり勉強が得意じゃない
前を歩いていた軽音男子が勢いよく振り向く。意表を突かれて一瞬目を丸くしていたがすぐもとに戻り
「どこの医学部?」
と訊く。
「うーん……、いけたら○○大。……いけたらね」
「そうかー。知らんかったなー」
「そりゃ言ってなかったから」
「えー○○大の医学部かあ。すげえよなあ!」
軽音男子がころころと喉を鳴らして笑う。
「ふつうに行ってほしいわ!友達に医者の卵いたら自慢できるからな!」
佐々木がうなずく。
ゆっくりと歩いていたバスケ男子がははっと微笑み、ぼそりとこぼす。
「……でも成績よくないから先生に無理言われたわ」
「なんで?!……これから頑張るって話じゃないん!!」
「うんそうだよ。まだ二年もあるのに無理とか言うの早すぎるよ」
軽音男子と佐々木がとっさにフォローする。
僕はさっきから黙ったままだ。
遠ざかった救急車のサイレンが聞こえないほどに小さくなって届く。
「いま悪くてもこれからどれだけでも勉強できるやん」
軽音男子が立ち止まったバスケ男子を見据える。
バスケ男子は目のやり場をなくしたように地面に視線を落とす。
それを見て佐々木が背にそっと手を添える。
僕は歩道の端で立ちつくし、道路向かいの雑居ビルを見上げる。その手前にひかれた電線にツバメの集団が並んでとまっている。揃って並ぶ十数羽と少し距離を置いたところに、ぽつんと一羽だけ他より体色の薄いツバメがいた。
ザザザザザ、ゴゴゴゴゴ
せわしなく通り過ぎる車の音に、きょろきょろと顔を動かしつづける群集のツバメに対して、はなれた一羽はピクリとも動かずただ空に向いている。
塗装のはがれた旧式のビルが建ち並び、車と街の喧騒が至るところで反射して鳴り響く。
僕は何も励ます言葉を送れていない。
それどころか医者になりたいと聞いたとき、正直何の感情も湧き起らなかった。
軽音男子と佐々木は身振り手振りで説得している。
——あいつらは本気だ。本心から応援してる。
僕は同級生に、友達にすらも、期待することがこわいんだな。
あいつらが普段のしょうもない会話するのも、今みたいに腹を割って打ち明けてくれたやつを全力で受け止めて励ますのも、全部疑わず本気で信じて作ったんだ。あいつらの中でどんどん太く確かなものになっていく絆が無条件に固く意思を結びつけて——
僕は太くできなかったみたいだ。卒業したらなかったことになってしまうなんて思うくらい希薄にしか考えられなかった。絆というものが儚く消えてしまうのだと。そう思うと寂しくて、空虚で、喋ることに愛なんてこれっぽっちもないものだと思っていた。だからあいつらが羨ましかった。なんで空しくならないのかと。
いつからこんな差ができてしまったのだろう。僕が勝手に離れてしまったのだろうか。
ツバメの止まる細い電線が風に吹かれてぶわっと揺れる。
「だから先生なんて脅してるだけだって!!」
叫んだ声が響いて、群集のツバメが一斉に飛んでいく。
はなれた一羽のツバメは仲間が飛び去ったのを見て、遅れて飛び上がった。
向かいに建ち並ぶ剥げたビルだけが残った。
新しく建造されることのないこの街の大通りで、僕は残った古いビルをじっと眺めたままで——
「てらきっ」
軽音男子に呼ばれてはっと気が付いた。
「どしたん、ぼーっとして」
佐々木とバスケ男子はもうずっと前のほうを歩いている。三人のほうへ駆ける。
僕を不思議そうな眼で見つめる軽音男子に追いついて、何も話題は思いつかず、地平線に沈みゆく夕日を眺める。
軽音男子が夕日に向かって言う。
「あいつ受かるといいなー。ま、俺らもやけど」
赤く差し込む夕日が眩しかったが、僕は眼を閉じずに踏ん張り、答えた。
「うん、そうだね。頑張ろみんな」