第三話 茶柱計福
第三話 茶柱計福
昼下がり、留半樹已は、リサイクルショップの店先に立って居た。しかし、“臨時休業”の貼り紙を目の当たりにして、溜め息を吐いた。何となく、勢いを殺がれた気分だからだ。
そして、反転した。次の瞬間、「わっ!」と、尻餅を突いた。まさか、人が居るとは、思いもしなかったからだ。
「モーフォッフォッ。大丈夫ですか?」と、茶色い背広姿の小柄な男が、右手を差し出して来た。
「ま、まあ…」と、留半樹已は、苦笑した。そして、あなたは?」と、両手で持つなり、立ち上がった。程無くして、放すと、軽く尻を払った。
茶色い背広の男が、左手で、右の胸ポケットから取り出すなり、「私は、こういう者です」と、名刺を差し出した。
留半樹已は、受け取るなり、視線を向けた。その刹那、息を呑んだ。藻彌至から聞いていた名前だからだ。そして、「あなたは、部辺宮さんのラジオを売った方ですね?」と、尋ねた。
「あなたが、あのラジオをご購入なされた方ですかな?」と、茶色い背広の男が、問い返した。
「ええ」と、留半樹已は、反射的に頷いた。そして、「丁度、僕も、話をしたくて堪らなかったのですよ」と、言葉を続けた。どのように入手したのか、知りたいからだ。
「確かに、あなたには、知る権利がございます。経緯を話して差し上げましょう」と、茶色い背広の男が、快諾した。そして、「ここでの立ち話も何ですから、涼しい場所で、どうでしょうか?」と、提案した。
「そうですね。あそこのお店で、どうですか?」と、留半樹已は、右手で、向かいの喫茶店を指した。咄嗟に、視界に入ったからだ。
茶色い背広の男も、振り返り、「“ブラボー”ですか。良いですね」と、賛同した。
間も無く、二人は、ブラボー内へ移動した。そして、奥の席へ座した。
「改めまして、私は、“茶柱計福”と申します。色々と理由在りな物を扱っていますびずぃねすまんをやっています」と、茶柱が、名乗った。
「そうですか」と、留半樹已は、聞き入れた。そして、「あのラジオは、状態が、年代物にしては良かったんだけど、どうして、茶柱さんが、持ち込まれたのでしょうか?」と、質問した。部辺宮との接点が、繋がらないからだ。
「モーフォッフォッ。確かに、私と部辺宮さんとは、面識は有りませんね」と、茶柱が、しれっと返答した。そして、「私は、当時の値段でしかお取り引きをしませんので、あのラジオを、部辺宮さんの使用人の方の親戚の方から、仕入れさせて頂いた次第なのですよ」と、説明した。
「なるほど。茶柱さんが、部辺宮さんから直に、手に入れた訳じゃなかったんですね」と、留半樹已は、理解を示した。そして、「でも、よく焼けずに、残って在りましたねぇ」と、感心した。焼けた後が無かったからだ。
「私も、そこのところは、詳しくはないのですが、城の裏側だったのが幸いして、燃えなくて済んだんでしょうね」と、茶柱も、推測を述べた。そして、「使用人の方は、部辺宮さんを助け出そうとしたのだけど、上半身だけが、ラジオの前に突っ伏して、絶命して居られたそうですよ」と、しんみりと語った。
「つまり、下半身は、爆風で…」と、留半樹已は、言葉を詰まらせた。そのような状態では、助からないのは、必至だからだ。
「恐らく…」と、茶柱も、沈痛な面持ちで、頷いた。
「部辺宮さんは、結局、何も知らないままなんだな…」と、留半樹已は、淡々と口にした。知れば知る程、恐怖が込み上げるからだ。
「そうですね。“原爆”の威力は、まさに、脅威以外の何物でも在りませんよねぇ」と、茶柱計福も、身震いをした。そして、「部辺宮さんのような被害者が、この未来、出て来ちゃあ駄目なんですよねぇ」と、真顔で、言葉を続けた。
「確かに…」と、留半樹已も、頷いた。同感だからだ。そして、「部辺宮さんの最期を聞いて、益々、“核兵器”の廃絶は、我ら、被爆国の使命ですね」と、口にした。あのような恐怖が、三度、在ってはならないからだ。
「その通りですねぇ。しかし、平和維持と称して、手放さないのが、現状ですねぇ。“核兵器”をひけらかして、牽制し合って、平和だなんて、滑稽でしかないですからねぇ。愚かしい事ですよ」と、茶柱計福が、溜め息を吐いた。
「そうですね。あのようなヤバい物を持っていても、部辺宮さんは、浮かばれませんからね」と、留半樹已も、同調した。部辺宮も、健在していたかも知れないからだ。
「まるで、部辺宮さんと直接話したような口振りですねぇ」と、茶柱が、指摘した。
「あ…」と、留半樹已は、はっとなった。確かに、幽霊である部辺宮とラジオを通じて会話をして居た事に、気付かされたからだ。そして、昨日の事を語った。
しばらくして、「なるほど。じゃあ、ラジオは、部辺宮さんの物で間違い無いでしょうね」と、茶柱が、理解を示した。
次の瞬間、「信じてくれるんですか!」と、留半樹已は、席を立った。戯れ言として、一笑されると思っていたからだ。
「まあまあ。席に着いて下さい」と、茶柱が、落ち着き払って、促した。
「はい…」と、留半樹已は、苦笑しながら、腰を下ろした。まさか、信じてくれるとは、思いもしてなかったからだ。そして、「心霊系だから、変人扱いでもされるかと思ったよ」と、安堵した。心霊系の話は、信じて貰えないのが、当たり前だからだ。
「そうですね。私も、半信半疑でしたが、あなたの話で、ラジオが、本物だとはっきりして、安心しましたよ」と、茶柱が、安堵した。そして、「あなたの話には、得をする部分が在りません。嘘ならば、文句の一つや二つくらいは、盛って、金品を要求する筈ですからねぇ」と、茶柱が、見解を述べた。
「確かに、そうですね」と、留半樹已も、頷いた。そして、「俺は、特に、転売する気も無いし、ラジオについては、良い買い物をしたと思っていますよ。部辺宮さんとのおまけ付きだけどね」と、考えを述べた。金額の割には、貴重な体験が、出来たからだ。
「モーフォッフォッ。留半樹已さんが、ご満足して頂いて、私としても、安心しました。それに、ラジオの証明までして頂いて、ありがとうございます」と、茶柱が、目を細めながら、礼を告げた。そして、「あれは、かえって、余計だったかも知れませんねぇ」と、口にした。
「あれとは?」と、留半樹已は、眉をひそめた。妙に、引っ掛かったからだ。
「領収書ですよ」と、茶柱が、回答した。そして、「出所が、怪しかったので、相手に突き戻せる為、保険にしていたのですよ」と、理由を説明した。
「あの紙切れは、そういう事か…」と、留半樹已は、納得した。部辺宮縁の者の証明書かと思ったからだ。そして、「きっちりして居られるんですね」と、感心した。相手に、確りと、領収書を書かせるからだ。
「モーフォッフォッ。びずぃねすとは、信用第一ですからねぇ」と、茶柱が、どや顔で、告げた。
「確かに…」と、留半樹已も、理解を示した。安価な物でも、ちゃんとしておくべきだからだ。そして、「どうして、百円で?」と、質問した。現在の価格でも、それなりに、取り引き出来る筈だからだ。
「そうですねぇ。出所も怪しかったし、ラジオとして、機能しているのかも疑わしかったので、当時の価格のままにしたのですよ」と、茶柱が、語った。
「なるほどね」と、留半樹已は、納得した。自分も、鑑定眼は無いので、同じ事をするだろうと容易に、想像が付くからだ。
「留半樹已さん、あなたが、リサイクルショップへ来ていたのは、返品のお話か、何かでしょうか?」と、茶柱が、尋ねた。
「いや、先刻の話を藻彌至さんに聞いて貰おうと、足を運んだだけですよ」と、留半樹已は、返答した。藻彌至も、怪しんでいたからだ。
「モーフォッフォッ。そうでしたか。でも、私も、あなたに、偶然とはいえ、会うことが出来て良かったですねぇ」と、茶柱が、笑みを浮かべた。そして、「忠告は、聞いてませんでしたか?」と、問うた。
「ん?」と、留半樹已は、咄嗟に、眉間に皺を寄せた。少しして、「ひょっとして、一日一時間の事ですか?」と、冴えない表情で、小首を傾いだ。それくらいしか、思い当たらないからだ。
「そうです」と、茶柱が、頷いた。そして、「まさか、一時間以上使われたのではないでしょうね?」と、真顔になった。
「は、はい…」と、留半樹已は、神妙な態度で、返事をした。時間は、確認していないが、恐らく、一時間は、超過していると考えられるからだ。そして、「部品が、熱で駄目になるとか…?」と、尋ねた。思い当たるとすれば、そこいら辺くらいだからだ。
「それも有りますけど、月末になれば判りますかねぇ」と、茶柱が、奥歯に物の挟まった言い方をした。
「月末?」と、留半樹已は、眉をひそめた。一時間超過と月末の関連性が、さっぱりだからだ。
そこへ、店主が、来るなり、「お客さん。そろそろご注文をお願いして貰えないかねぇ」と、告げた。
「モーフォッフォッ。これは、失礼。私は、アイスコーヒーを」と、茶柱が、返答した。
「じゃあ、僕も」と、留半樹已は、注文するのだった。