第一話 年代物のラジオ
第一話 年代物のラジオ
掘り出し物を見付けるのが趣味の留半樹已は、リサイクルショップをうろついて居た。そして、ラジカセの並んだ棚に通り掛かった。そこで、形状が、戦前の物と判る一台の古びたラジオを目の当たりにした。その瞬間、値札へ視線を向けた。小遣いで買えるかどうか、気になったからだ。そして、“応相談”と記載されているのを視認した。
そこへ、「留半様、何か気になる物でも?」と、長頭の男性店主が、にこやかに、問い掛けた。
「ああ、藻彌至さん。このラジオが、気になって…」と、留半樹已は、右手で、指指しながら、言った。興味がそそられるからだ。
「お目が高いですねぇ〜」と、藻彌至が、目を細めた。
「ひょっとして、かなりの値が付いているのかい?」と、留半樹已は、尋ねた。これくらいの年代物だと、かなりの値が張ると考えられるからだ。
「う〜ん…」と、藻彌至が、腕組みをして、表情を曇らせた。
「何だか、訳在りのようですね」と、留半樹已は、察した。そして、「聞かせて頂けませんか?」と、問うた。興味がそそられるからだ。
「訳在りと言うか、何と言うか…」と、藻彌至が、あやふやに返答した。
「だから、“応相談”なのですか…」と、留半樹已は、納得した。藻彌至の態度からして、かなりの訳在り商品だと見受けられるからだ。そして、「出来れば、お聞かせ出来ますか?」と、要請した。話を聞くだけならば、“ただ”だからだ。
「分かりました。お話ししましょう」と、藻彌至が、承知した。そして、「このラジオを持ち込んで来たのは、茶色い背広姿の“茶柱計福”と名乗るビジネスマンでした。奴が語るには、由緒正しい旧家から貰い受けたそうで、状態も良いので、骨董品として、高値で買い取ってと良いとも思っていたのですよ」と、語った。
「持って来た奴は、胡散臭いけど、由緒正しい旧家というのは、気になるなあ〜」と、留半樹已は、口にした。出所を無性に知りたくなったからだ。
「確か、“部辺宮”とか言ってましたかねぇ」と、藻彌至が、眉間に皺をよせながら、回答した。
「部辺宮家は、戦後のゴタゴタで、没落した旧家じゃないかな?」と、留半樹已は、訝しがった。自分の知る限りでは、戦前・戦中の歴史で、頻繁に出て来る名前だからだ。そして、「しかし、そのビジネスマンが、そう言っても、額面通りには聞き入れて無いんでしょ?」と、尋ねた。
「ええ。私も、すんなりとは信用していませんでしたよ」と、藻彌至も、頷いた。そして、「ある物を持ち出されたので、買い取ったのですよ」と、藻彌至が、仄めかした。
「ある物?」と、留半樹已は、眉をひそめた。そして、「証明書みたいな物ですか?」と、質問した。真偽は別として、書き物ほど説得力の有る物は無いからだ。
「ちょっと、待ってて下さいね」と、藻彌至が、踵を返した。
その間に、留半樹已は、年代物のラジオを注視した。状態を観察した上で、購入しても良いからだ。
間も無く、藻彌至が、戻って来るなり、「お待たせしました」と、告げた。
留半樹已は、左を向いた。
その直後、「これが、証明書と申しますか、覚え書きです」と、藻彌至が、トレーディングカードを保護するビニール袋に包んだ“ザラ紙”を差し出した。
留半樹已は、それを凝視した。しかし、草書で書かれているので、読み取れなかった。そして、「これじゃあ、“部辺宮”の者の字かどうか、判らないな…」と、感想を述べた。本物か、偽物かを判別するのは不可能だからだ。
「で、留半様。どうしますか?」と、藻彌至が、委ねた。
「なるほどね」と、留半樹已は、理解を示した。“応相談”なのは、本人に委ねるという意味なのだと納得したからだ。そして、「これだけ古い物だし、歴史的な価値も鑑みて、かなりの値が付いていると予測するべきだからだ。
「百円で良いですよ」と、藻彌至が、即答した。
その瞬間、「へ?」と、留半樹已は、拍子抜けした。そして、「う、嘘だろ?」と、信じられない面持ちで、目をしばたたかせた。安く見積もっても、数千円から数万円までかと思っていたからだ。
「ははは。まあ、歴史的付加価値を付ければ、安く見積もっても、八万円からになりますかねぇ。けれど、没落した旧家の物ですし、真偽の調べようも無いので、当時の価格で、売らせて頂く事にしました」と、藻彌至が、理由を説明した。
「なるほど。当時の値段で、買えるのは良いな」と、留半樹已は、頷いた。本物だとすれば、お買い得だからだ。そして、右手を黄色上着のポケットへ突っ込むなり、百円硬貨を取り出した。これは、買うべきだと決断したからだ。程無くして、「じゃあ、これで…」と、差し出した。
「毎度〜」と、藻彌至が、拝むように受け取った。そして、「年代物ですけど、中身はまだまだ現役ですよ」と、補足した。
「へぇ〜。聴けるんだぁ〜」と、留半樹已は、感心した。もう、調度品くらいにしかならないかと思っていたからだ。
「意外と言うお表情ですね」と、藻彌至が、どや顔で、見透かすように言った。
「ええ」と、留半樹已は、頷いた。まさに、その通りだからだ。
「但し、一日一時間ですよ。それ以上使うと、とんでもない事になりますのでね」と、藻彌至が、意味深長に、忠告した。
「わ、分かった」と、留半樹已は、聞き入れた。年代物なので、一時間を超えると、部品に負荷を掛けない為の助言かと解釈したからだ。
「じゃあ、包装しますので、お待ち下さい」と、藻彌至が、ラジオを持ち上げるなり、踵を返した。
留半樹已は、口許を綻ばせながら、待つのだった。