玉ねぎ
今晩のメニューは、特製ミートソース。
合挽ミンチと玉ねぎ、コーンをトマトソースで煮込んだ、私ご自慢の、レシピ。
本来、ミートソースというのは、具よりもソース…、スープっぽい部分が多いのだが、私のレシピの場合、「ちょ、そぼろかよ!こんなんバラバラのハンバーグやんけ!」レベルで汁がない。
ごろんごろんと具材のあふれるミートソースをフェットチーネでうまいことくるみこんでいただく、とっておきのメニューなのですよ。
家族には大好評だけど他人には不評の、好き嫌いが別れる一品でございましてね。
ひき肉一キロに玉ねぎ五個、冷凍コーン一袋にトマト缶2つ、とても四人家族と思えない量をこしらえるのだけど、一晩で全部なくなる代物でしてね。
「ちょっと、玉ねぎ切るの手伝ってよ!そしたら早く食べられる!」
「ええ~、絶対やだ!テーブルふいとくわ!」
「お父さん食べるの手伝うわ!お菓子つまんどくからゆっくり作っていいよ!」
「じゃがいもやる。」
フードプロセッサーだと細かくなりすぎちゃうので、私はもっぱら包丁派なのだけど、じみに玉ねぎ五個をみじん切るのが面倒なんだよね…。
誰も手伝ってくれないなら仕方あるまい、地道に玉ねぎの皮をむき、粗みじんにしていくしかないんだけどさあ。
トン、トン、トン、ざっく、ざっく、タッタッタッタッタッタッ……。
ああだこうだ言いながらも、わりと無心になれるので、嫌いな作業では、ない。手際よく玉ねぎを刻み、ドデカイボウルに投入していく……。
「目!目が!」
隣で茹でたジャガイモをつぶしていた息子が、悶絶し始めた。
「ああー、やっとくから、君はリビングでお待ちなさい。」
「…はい。」
大きな目から、大粒の涙をぼろんぼろんとこぼしながら、キッチンを出ていく、息子。
玉ねぎを刻み続ける私はというと、涙ひとつこぼれない。
……なんでか、昔から玉ねぎを切っても、涙がでないんだよね。
わりと手早くサクサク料理するタイプなので、硫化アリルが外界に解き放たれた瞬間に調理液だの油だのにまみれて威力が届かないんだろうと思っていたんだけど、刻んだ玉ねぎの山を目の前にしても全然平気な事に気がついたのは、いつだったかな。
「アイスー、アイスー、……うわ!ここら辺、めっちゃ目に来る!ニゲロー!」
「あたし牛乳飲も…、ちょっとなにこれ!ここ来ると涙が!」
ちょっと通りかかっただけの、晩ごはん前にアイスを食べる不届き者及び買い置きの牛乳を飲み干す無礼者の目にさえ攻撃を仕掛ける、好戦的な、玉ねぎ。その攻撃が効かないとは…、もしや、私は、玉ねぎを制するチートでも持っているんじゃあるまいか。
己の力を少々誇りつつ、手際よく調理を進める。
……よーし、あとは20分ほど煮込めば完成だ。
今日はワイン飲みたいから、先にお風呂に入っておこうかな。
「ごめーん、お風呂入ってくるわ!もう玉ねぎ大丈夫だから、フェットチーネゆでといて~!」
「はい。」
ぬるい湯に浸かりつつ、玉ねぎの事をぼんやりと思う。
玉ねぎを切ると、涙が出ることを知ったのは…、アニメだったような気がする。なんで泣いてるんだろうと思ったんだよね。
たしか、中学校の調理実習の時にはもう、涙は出ていなかったんだよ。みんなが目が痛いってごねるなか、一人でひたすらみじん切ってた覚えがある。あの時作ったハンバーグは、表面が焦げて中身が生で……。
──お母さん!フェットチーネの余分どこ!
──そうめんならある。
──それでいいよ、はよ茹でて!
ちょ!!!!
人がゆだっているうちに、また全部食べ尽くされてるパターン!?
私はあわてて己の湯切りをし───!
ギ リ セ ー フ !
炒め鍋に残る特製ミートソースを確保した私は、一分で茹で上がるマカロニを用意し、チーズをかけてグラタン皿に盛り、オーブンに投入することに成功した。
焼けるまで、ブロッコリーとポテトの玉子サラダをつまみながらワインを開けよう…そうだ、アンチョビがちょっと残ってたな、たべちゃお!!
「なんか余ってたそうめん使ってあげたよ!わりと合うね、うま、うま!」
「お父さんあたしのつゆで食べる分取らないでよ!」
「ブロッコリーなくなった。」
いもとキュウリしか残っていないサラダにアンチョビをのせ、ワインを一口…、まあまあだな。
ピー、ピー!
おお、ミートソースドリアっぽいものが完成だ。
「ねーねー、私ワイン飲むのに忙しいから誰かドリア持ってきてー!」
「やだよ!あっち行くと涙出るもん!」
「あっちはみじん切りにされた玉ねぎののろいでイッパイだ!ムリムリ!」
「とってきてあげる。」
明日のメニューは、息子大歓喜のキノコすき焼きにしよう。
「あんな猛毒の中でよく平気だね、お母さんよっぽど鈍感なんじゃないの!」
「むしろお母さんの毒に玉ねぎの方が負けてる可能性ありそうじゃない?」
「なんだあんたら失礼ですよ!あたしゃ選ばれし玉ねぎを従える玉ねぎの王たる存在なんだよ!あんな攻撃に耐えられないあんたらの方が弱すぎるんだわ!」
ワインをかっくらいながら、持論を展開!
「美味しそうにできていた。」
おわっふ!優しい息子の給仕キタ━(゜∀゜)━!
「ねえ!今調べたら玉ねぎ切って涙でない人ってドライアイらしいよ!抵抗力が足りないから反応できないんだって!」
「ちょ!お母さん衰えてるじゃん!ヤバい!俺若い~♪」
「ちょっと食べたいな…。」
息子にドリアを半分分けつつ、スマホを検索……。
なになに、ダークスポット?通常目の表面をおおっている涙の膜に穴が開いているため、硫化アリルの刺激に反応ができず結果平然としていられるとな!?
穴のあく原因は…、パソコンの見すぎ、スマホの見すぎ、エアコンの下にいすぎ、本の読みすぎ、まばたきしなさすぎ、加齢によるもの……。
いや、私は、毎日パソコン作業してるし!子供の頃から読書も落書きも好きで、集中すると目を閉じない癖があって!決して、衰えなどでは!
思わずスマホに熱中してしまった私はですね。
いつの間にやら、ドリアの皿を旦那に奪われておりましてですね。
いつも通り、晩ごはんを満足行くまで食べることができませんでした、そういうお話ですよ……(。>д<)