肝試し〜最終話〜
ルイード皇子とカイザが出発して、2人取り残された私とエリック。
2人になった途端、『しーーん』という言葉が浮かんでくるほど静かになった。
あれ……? ここ、こんなに静かで怖い雰囲気だったっけ?
無口で無表情のエリックに、この場を盛り上げて! なんて無理な話なのはわかってる。
それでもこの無言の空間……怖い。
しかも、皇子達が見えなくなってしばらく経った頃に、並木道の奥から「うわあああ」というルイード皇子の叫び声が聞こえてきた。
初めて聞いた皇子の叫び声に、思わずビクッと肩を震わせてしまう。
「エリックお兄様……い、今、ルイード様の声が聞こえませんでしたか?」
「……聞こえた気がするな。カイザの『逃げろ』という声もな」
「え……それは聞こえませんでした」
隣に立つエリックを見上げると、組んでいた腕を外して左腕をスッと差し出してきた。
「怖いならつかまってていいぞ」
「あ……ありがとうございます」
お言葉に甘えて、その腕につかまらせてもらう。
この小説に転生したばかりの頃と比べて、だいぶエリックのことは『兄』という感覚にはなっているが、やはりこんな場面にはいまだに照れてしまう。
うう……カイザ相手なら、もう緊張とかしないんだけど……エリックはまだ無理!!
元々小説読んでる時には、エリックの事をカッコいいヒーローとして見てたわけだし、2人きりでくっついてたらさすがに緊張しちゃうよ……!
「そろそろ出発するか」
「は、はい」
薄暗い通りは少し怖いが、エリックの腕につかまっているため安心感がある。
早歩きする事なく普通に歩いている事で、エリックが私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれてるのだと気づいた。
氷のような冷たい表情なのに、さりげない気遣い……このギャップが、エリックの魅力なのよね。
素敵な兄を誇らしく感じていると、ふいにエリックが質問をしてきた。
「リディア。お前は誰とペアになりたかったとかあるのか?」
思ってもいなかった質問内容に、少し驚いた。
クジ引きの時にも特に何も言っていなかったのに、突然どうしたんだろう?
「え? いえ、特に考えていませんでした……」
「…………」
正直な気持ちをそのまま答えると、エリックが少し冷たい視線を向けてきた。
カッコいいけどゾッとするような流し目に、背中に寒気が走る。
な、なに!? 私、なにか悪いこと言った!?
あっ。もしかして、ここはエリックお兄様だと答えた方が良かったのかな!?
エリックはあきらかに不機嫌なオーラを出しながら、ため息をついた。
「はぁ……。お前は、もし俺じゃなくてイクスやルイード様と組んでいたらどうなっていたか、わかっているのか?」
「え? どうなっていたかって……」
よくわからないエリックの質問を聞き返そうとした時、遠くから「ぎゃあああーー」という男の悲鳴のような声が小さく聞こえてきた。
突然の叫び声に驚いて、私まで悲鳴をあげてしまう。
「きゃーーーーー!!!」
なになになに!?!?
今、誰か襲われたような声が……!
まさか本当に女の幽霊が……!?
しばらくその場で立ち止まって声を潜めていたが、もう声は聞こえない。
気のせい……? そう思っていると、頭の上からエリックの声がした。
「リディア。大丈夫か」
「え……あっ!」
見上げると、エリックの薄いグリーンの瞳と間近で目が合った。どうやら私は無意識にエリックに抱きついてしまっていたらしい。
力いっぱい抱きついていたせいか、エリックは困ったような顔で私を見ている。
「ご、ごめんなさい。私、思いっきり……。痛かったですよね?」
慌てて離れると、エリックはさらに眉間にシワを寄せた。
「お前が力を込めたところで痛いわけがないだろう」
「でも……なにか怒ってますよね……?」
「怒っている」
ハッキリ怒っていると言われて、ビクッと怯えてしまう。
エリックは、恐々と見つめる私の頭に大きな手をポンとのせて、その整った顔を近づけてきた。
な、なにを言われるんだろう……!?
うるさかった!?
抱きつかれて迷惑だった!?
ドキドキしながらエリックからの言葉を待っていると、キッと鋭い目をしたエリックが口を開いた。
「お前はもう少し自己防衛をしろ」
「…………え?」
ん? 自己防衛??
予想してなかった言葉に、一瞬ポカンとしてしまう。
エリックは真面目な顔を崩さないまま、話を続けている。
「腕を出したらすぐにそれをつかみ、暗闇を可愛らしく怖がり、悲鳴をあげながら抱きつくとは、自己防衛ができてなさすぎる!!」
えっ? えええええ!?
「男に腕を差し出されても、簡単につかむな!」
えええ!?
自分からつかんでいいって言いましたよね!?
あれ、つかんじゃいけなかったの!?
「暗闇を女らしく怖がるな!」
えええ!?
無理ですけど!? 怖いものは怖いですけど!?
女らしく怖がるなって何!? 女らしくない怖がり方ってどんなのよ!?
「悲鳴をあげながら抱きつくな!」
えええ!?
無意識の行動にダメ出しされましても!!!
なんなの。いきなりどうしたのこの人……。
怒涛のエリックからのダメ出しに、頭がついていかない私はうまく返事ができずにいる。
そんな放心状態の私を見ても、まだエリックの話は止まらない。
「こんな事をイクスやルイード様にしたら、抱き抱えられてどこかに連れて行かれるぞ」
人攫いか!?
いや。2人の信頼ゼロだな!!
さすがにそんな事しないでしょ……。
「わかったか?」
「…………はい」
ツッコミたいことはあるけど、ここは大人しく返事をしておいた方が良さそうね……。
エリックって、こんなにシスコンキャラだったっけ?
私が素直に返事をすると、エリックは満足そうな顔をして私の頭から手を離した。
「じゃあ行くか……」
「エリック様!!」
歩き出そうとした時、イクスがこちらに向かって走ってくるのが見えた。
左腕を痛めているのか、右手で支えながら苦しそうな顔をしている。
「どうした?」
「イクス、怪我したの?」
「いえ……これは、カイザ様に締め上げられて……」
「カイザに?」
エリックが聞き返すと同時に、さっきよりも大きな声で男の悲痛な叫び声が聞こえた。
「……今の声って、もしかして……J?」
「はい。あの、俺とJが隠れて驚かせてしまったので、カイザ様が怒って……その……」
気まずそうに説明するイクスの様子で、向こうで何が起きているのかが想像できた。
もちろんそれはエリックも同じようだ。
「……なるほど。カイザが暴れているんだな」
「はい。ルイード様も止めてくれなくて……エリック様、お願いします」
「はぁ……行くぞ」
エリックはチラッと私を見ると、私の手を取って少し早歩きで進み出した。
私の手を引いてくれているんだけど……これって、さっき注意された『簡単に腕をつかむな』ってやつと同じ事だよね?
ここで一度拒否しておかないと、あとでまた怒られるのかしら?
「エリックお兄様……その、手を離していただいて大丈夫です」
「…………」
そう言うと、エリックは驚いたような顔でこちらを振り向いた。
だがすぐに私の考えがわかったのか、「あぁ……!」とボソッと呟いた後に堂々とした態度でキッパリ言い放ってきた。
「さっきの話をしっかり覚えていたのは偉いな。だが、俺だけは別だ。俺以外の男にはダメだという話だ」
「…………」
エリックって……やっぱり過保護……。
そして堂々と俺だけは特別だなんて言える男主人公メンタルすごいわ……。
こんなに過保護で、もし私に好きな人ができたらどうするんだろう?
私は嬉しいような呆れるような……複雑な気持ちでエリックの背中を見ながら歩いた。
最終話まで読んでくださり、ありがとうございました。
視点変えたりしたので5話になってしまいました。
次は短編として番外編を更新できたらいいなって思っています。
不定期ではありますが、また番外編を書きたくなったらここに投稿する予定ですので、よろしくお願いいたします。
ブクマ、評価つけてくださった方
本当に感謝しております。ありがとうございます!
菜々