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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異界からの足音

作者: 蒼生 そら

 私には義理の姉と母がいる。父の愛人とその子どもだ。母が死に、後釜になったかたちだ。私より二つ上の姉がいる時点で随分前から父は浮気をしていたようだ。

ありがちではあるが、義姉と義母は私のことが気に入らず服で見えない所をねらって叩いたり蹴ったりしてくる。父は、気づいているだろうが基本的に私のことは見えないフリをしている。まるで透明人間にでもなった気分だ。


 朝、起きて食事の支度と掃除洗濯をし、学校へ行き、放課後はスーパーで買い物をして晩御飯の支度をする。風呂掃除や片付け全てを終わらせて晩御飯の残り物を食べてから勉強をする。世間体を気にする彼等は、私の成績がふるわないと「恥だ!」と罵り暴力をふるう。そう言う時だけ父はこちらをみらずに独り言のように「恥さらしと、役立たずはここに必要ない」とつぶやく。


 最初は何故後からきたくせに、などと怒りの気持ちを持っていた。いつからだろうか、感情を持つから苦しくなるんだと気づきフィルターをかけて傍観するように世界をみるようになったのは。毎日は単調で彩りもなく、ただ命令されるがまま行動し、学び、暴力をふるわれる。


 表情も感情もないガリガリの暗い女が学校で話しかけられるわけもなく、家でも学校でもほとんど声を出すことなく生活していた。


 それは気づけばひっそりとこちらを見ていた。黒いモヤの中に目が二つ。何か悪さをするわけでもなく、ただ悲しそうな目でひたすら見つめてくる。その頃から家の中で不可解なことがおこりはじめていた。


 ある日は朝起きてくると食器棚が開いてあちこちに皿やグラスが散乱していた。私が呆然としていると義母が起きてきて絶叫をあげていた。その声を聞きつけ父や義姉もやってきて顔を青ざめていた。その日は食事もせず無言で全員が仕事や学校へでかけていった。私も静かに学校へ登校した。


 またある日は、いきなり義母に向かって神棚が落ちてきた。義母は不幸にも驚いて足を滑らせ、ガラス棚の方へ倒れてしまい顔や身体をガラスで切り大怪我をしてしまった。救急車で運ばれしばらく入院する事になった。とても綺麗な顔立ちをしていたのに、こめかみから口元にかけて縫うほどの怪我になってしまったようだ。義姉は私のせいだと暴言を吐いていた。そういえば、近頃神棚のお手入れを怠っていた。


 そしてその後もラップ音や物の落下が頻繁に続いている。


 その日は義姉の顔色が悪く、俯き加減に学校へ向かっていた。なにやらぶつぶつと呟いているがよく聞こえない。以前は自分に自信があり強気に目を輝やかせていたのに、ラップ音がはじまり出した頃から次第に元気がなくなり怯えたように周りを見渡すようになった。


 ふと義姉が後ろを振り向き、珍しく私と目が合った。義姉は「こっちを見てんじゃないわよ!!!」と血走った目で睨みつけて走り去ろうとした。そう、走り去ろうとしたのだが3歩ほど進んだ先で車に轢かれてしまった。横断歩道の前で信号待ちをしていた義姉が突如走り出してきたため運転手も避けようがなかったようだ。すぐに周りの通行人が救急車を呼び応急処置もしてくれたが義姉は意識不明の重体である。顔を痛々しく包帯でまいた義母は私のせいだと泣き喚いていた。父は無言でそんな義母の背中をさすっていた。


 家には父と私の二人だけになった。相変わらず父は私のことを空気のように扱かう。私はなんのために生きているのだろうか。


 今日も黒いもやは悲しい顔でこちらを見つめている。


 その日は珍しく父がお土産を買って帰宅した。それは以前、まだ母が元気だった頃に買ってきてくれた私が大好きだったケーキや、家族でよく言っていたお店のお弁当、そして花。


 「あさみ、今まで悪かった。だから許してくれ」


 そう言って泣きながら謝罪をしている。仏壇にむかって。そこには久しく飾られていなかった母の遺影。そして、鬱々とした表情の私の写真。



 


 黒いもやが、私に寄り添っていた。




 あぁ、私は死んだんだった。




 夏の暑い日に、義姉とその友だちや彼氏たちにバカにされ、叩かれ、脅迫され、橋から落とされたんだった。水面に叩きつけられ胸を強く打ち、身動きが取れないまま沈んでいった。息苦しさを感じながらも「あぁ、これで楽になれる」と頭は冷静で、そっと目をとじたのだった。


 全て思い出し目を開くと、そこには父が首を掻きむしり体液を漏らし、恐怖の顔で息絶えていた。


 

 

 「あさみ、ごめんね...」



 黒いもやがはれ、そこには生前のままの母がいた。母の瞳にうつるのは痩せてガリガリで暗い目をした鬼だった。


 死んだ瞬間心の奥の方からがカチリと音がした。そして、体の中からヘドロのような悪意の塊が吹き出して身体を覆い尽くした。感情をなくしていたと思っていたが、悪意は心の奥底にずっとつもり続け、無意識のうちに押し込め鍵をしていたのだろう。そして、死んだことで抑止する力がなくなりそのまま取り込まれ鬼へと変貌したのだろう。


 大好きだった母とは一緒の場所へはいけない。すでに私は人間のことわりから外れてしまった。


 頭を静かにさげ、母から離れる。もうこの家へは帰ってこない。自然と足は死に損なった義母と義姉の方へむかっている。気づけば私の口角はあがっていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 夏のホラー2021から来ました。 この結末は予想外でした。いい意味で裏切られた感じです。 恨みや憎しみ、抑えられた感情が鬼を生み出し、それを悲しげに見守る母の姿。可能であればこの二人には幸せ…
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