〈第9話〉大阪の空気吸うだけで面白くなれる気がするのは気のせいだから気にするな
「ケンちゃん、今ごろきっと、たこ焼きでも食べて楽しんでるわねえ。それともお好み焼き定食頼んだら、ごはんも一緒に出てきてびっくりしてるかしら」
高橋のおばちゃんが目を細めて、楽しそうに言う。
今日は、おばちゃんを長瀬の自宅に招待したのだ。妻が食卓に次々と料理を運んでくる。
「狭いところでごめんなさいねえ」
「別に狭くはないわよ。広くもないけど」
「世間の人たちはきっと、医者ってのはもっといい暮らしをしてると思ってるんでしょうねえ」
妻とおばちゃんのやり取りを聞きながら、長瀬はリビングのテレビをつけた。好きなお笑い番組をやっているのだ。
「先生は昔からほんとにお笑いが好きだったわよねえ」
おばちゃんが懐かしそうに言う。
「ケンちゃんはお父さんに似たのね。大阪行くって言い出したのは、先生も中学生のころ、ヨシムラ新喜劇を観に行ったってことを知ったからじゃないの?」
「いやいや、違いますよ。おれが大阪行ったことなんて話したことないし。あ、おばちゃんが教えたんですか?それにしても、よく覚えてますね。そんな昔のこと」
長瀬は懐かしい気持ちになりながら、
「でも今回あいつは大阪で塾の夏期講習受けるために行ったんですからね。遊びに行かせたわけじゃない。まあ年希には塾なんてないし、申し込みだって自分でやるから金くれって言われたらダメだとは言えないでしょう」
と同意を求めた。
おばちゃんが一瞬「え?」って顔をしたような気がしたが、料理を食卓に並べ終えた妻が、「さあ、食べて食べて」と言うので、そのまま食事会が始まった。
「それにしても大阪はいいですよね。あそこにはやっぱ笑いの神様がいるんですよ。必死で笑いのこと考えてるやつのところには降りてきてくれるんだよなあ」
酒が進んで酔っ払った長瀬のろれつが少し怪しくなってくる。
妻とおばちゃんは、そんな長瀬の言葉を聞いているのかいないのか、二人でいたずらっぽく笑いながら顔を見合わせた。