〈第7話〉おれ腎臓
「大阪に遊びにいかへんか。お笑いの劇場とかあんねんけど」
一も二もなく飛びつきたくなるような提案を熊谷がしてきたのは、夏休みが始まって一週間がたったときだった。
「まあ、でも行かへんか。おれもここの牧場手伝わなあかんから、親を説得せんといかれへんし」
年希島西岸にある「碧の洞窟」から、山道を車で十五分も走ると、「くまがいふれあい牧場」が見えてくる。
熊谷のおじいさんだか誰だかが、代々受け継いできた牧場を、観光用のスポットにつくりかえて大成功したという話を聞いたことがある。
たぶん熊谷の親父さんは若いころに大阪に行って、サラリーマンとかをやってたけど結局、年希に戻ってきて家業を継いだ、ってパターンなんじゃないかな。うちの父ちゃんが若いころは福岡の大学病院で働いていたけど、結局、ここの診療所を継いだ、みたいにね。
ふれあい(僕たち地元の人間はそう呼んでいる)のソフトクリームを食べながら、マンゴーをトッピングすればよかったなあ、でも、こづかいは無限にあるわけでもないしなあ、と考えがめぐる。
「ここのマンゴーってソフトクリームにトッピングしなきゃ食べられないの?マンゴーだけ注文することってできないの」
お土産物売り場近くにつくられている、軽食コーナーに置いてある椅子に座って、僕は熊谷に質問した。
「いや、ジブン話聞いてた?大阪行かへんか、って聞いてるんやけど」
なんとなく即答するのもヒマだと思われそうでイヤだし、僕はもう行くと決めていたので、マンゴーの話題を挟んでみただけだ。実際のところヒマだし、何より、生のお笑いが見られそうなチャンスを逃すわけにはいかない。
「行くよ。行く行く。それは行くやろうもん」
「ほんま?ほしたらわしも親に言わんとなあ。小峰とブロッコリーにも声かけてみよか」
熊谷が僕の顔をのぞきこむようにして言った。
「え?いや別にあの二人はいいだろ。なんの四人組だよ」
と僕が返事をすると、「いや、寸劇委員の四人やろ」とシンプルなツッコミが返ってきた。
「それからなあ。オレの親父のいとこのおじさん、大阪で放送作家やってんねん。家に泊めてもらえるし、たぶんいろいろアドバイスもらえんで」
熊谷の親父さんのいとこのおじさんがそんな仕事をしていたとは知らなかった。そんな仕事、と言っても放送作家がどんなことをやるのかはよく知らないけれど。そもそも、親父さんのいとこのおじさん、ってのも、よく分からないし。
「ほんでジブン、台本どうなってんねん」
さっきからなんとか避けてきた話題を、とうとう熊谷のほうから切り出してきた。
「ああ、だいたいできたよ」
実はまだ一行も書いてないとは言えない。昨日も夜中まで机の前でノートを広げ、うんうんうなってシャーペンを握っていたのだけど、何も進まなかった。
学校の図書室で借りてきた本『五臓六腑』に載っていた腎臓のイラストをノートに書き写し、「おれ腎臓」というセリフの吹き出しをつけただけだ。
その後は結局、ベッドに移って漫画を読み始め、いつの間にか寝てしまった。
僕は適当に、次会うときに台本見せるよ、などとゴニョゴニョ言ってごまかした。
「ほんならともかく大阪な。出発は一週間後。フェリーに乗って。小峰とロッコリと四人旅、や。ええな?」
僕は熊谷が言うのをなんとなく聞きながら、五臓六腑が活躍する話、ってなんだよ、ってあらためて考えていた。






