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〈第6話〉たたかう肝臓

 台本が一行もできていないとは言ったけど、実は考えていることはある。

 早起きして僕は、朝八時には家を出た。空き地を横切り、「ミケオ」が鳴くのをながめ、図書室に着いた。

 カギというかドアごと開けっ放しになっていたので、勝手に入った僕は、あるコーナーに向かってまっすぐ歩いた。

 考えていること、ってのはこうだ。

 つまり寸劇の題材を選ぶときに、全く知らない未知の世界のことや興味のないテーマにはしないほうがいいと思うんだよね。

 逆に言えば、自分がよく知っている話だとか、関心のあることを選ぶといいんじゃないかな。

 そして僕が図書室に入って真っ先に向かったのは「医療・医学」と書かれた本棚の一角だった。医者を目指す僕なら、まずここからヒントが見つけられるかもしれない。

 本棚の前に立って、さあこれから選ぼうと、深呼吸をした瞬間、肛門に激痛が走った。

「ふおおおおお」

「また油断しましたね、ケンヂ先輩」

 振り返るまでもなかったが、振り返ると、ニヤリとした清花の小憎たらしい顔が見えた。

「おまえ、まじでやめろ、本当に」

「定期的に直腸に刺激を与えるのは健康にもいいらしいですよ」

「そんなわけないだろ。よしんばそうだとしても、おまえに与えてもらわなくていいんだよ」

 僕は痔だから、もうカンチョウするのはやめろ、って言葉がのどまで出かかったけれど、やっぱり言えない。

 かっこわるくて恥ずかしい。笑われるのはイヤだ。

 お前にカンチョウされるとお腹が痛くなって下痢になるんだ、ってのも、とても言えない。

「ケンヂ先輩、やっぱ医者目指してるんじゃないですかあ。真っ先にここに来て」

「ちげーよ。寸劇の台本のヒントを探しにきたんだよ。お前みたいにのんきじゃないんだよ。いろいろ考えてんだ」

「確かにずっと考えてるふうでしたもんねえ」

「お前、いつから見てたんだ」

「ミケランジェロがみゃあって鳴いたところから」

「ミケ・・・ミケオじゃないのかよ」

 僕はこれ以上、この後輩を相手にしていられないと思い、本棚から「医者のすすめ」という本を取った。パラパラめくって戻す。

 次は「医療現場で働く僕が伝えたい30のこと」という本。ピンと来ない。うーむ。それから何冊か手に取ったけれど、興味を持てそうなものがない。僕ってほんとに医者を目指してるんだっけ、と不安になってきたそのとき、ふとカラフルな背表紙の本が目にとまった。

 本棚の一番下の段から取り出すと、表紙には色彩豊かなイラストが書かれていて、中のページをめくると図解や絵がふんだんに使われていることも分かった。

 なにより僕はその本のタイトルが気に入った。

『五臓六腑』

 それだけだ。

 いやいや、普通せめて、「五臓六腑『の役目』」とか『働き』とかつけるでしょ。

 タイトル「五臓六腑」だけって・・・・

 背中ごしに、清花も「ごぞう、ろっぷ?なんですか、それ」とすっとんきょうな声を上げている。

 人間の体の内蔵とか胃とか腸とかを全部ひっくるめて五臓六腑って呼ぶんだよ、って説明しても、清花は分かったような分からないような顔をしていた。

「だから今年の寸劇は、五臓六腑が活躍する話にするんだよ」

「え?なんです?五臓六腑が活躍する話?」

 僕は口からでまかせをしゃべりながら、本のページをめくった。すると「毒性の高いアルコール成分アセトアルデヒトを分解する肝臓」という絵付きの解説が目に飛び込んできた。

「悪の成分アセトアルデヒトとたたかう肝臓!」

 僕が決めぜりふのように言うと、清花は「は?」という顔でこちらを見た。

「だから主人公は肝臓なんだよ」

 引っ込みがつかなくなった僕は、

「まあ、あとは心臓とかな、心臓は何とたたかうんだっけ」

 と思わず質問してしまった。

 清花はだんだん引き込まれてきたようで、

「うん、先輩、でも、なんか面白そうな気はしますね。少なくともオリジナリティーがすごい」

 とようやく笑顔を見せた。

 僕は「五臓六腑」の貸し出しカードに名前を記入して、司書ボックスに差し込むと、そのまま、崖の上の原っぱを目指した。ゆっくり読んで、台本に取り入れられそうなネタを探すんだ。でも、僕のお腹は早くもぐるぐる不穏な空気をかもしだし始めていた。やっぱりカンチョウと胃腸に関係はありそうだ。

 清花はめずらしく遠慮したのか、原っぱまではついてこなかった。


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