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〈エピローグ〉

「親父、おれたちの漫才どげんやった。面白かったやろ」

 久しぶりに、父ちゃんにまともに話しかけてみた。心の中では、まだ「父ちゃん」と呼んでるんだけど、もう中学生だし、最近では「親父」って言うことにしてるんだ。


 陽月祭が終わった後、ふれあい牧場のレストランで、増谷先輩一家や、熊谷のおじさんたちとゴハンを食べて今、家に帰ってきたところだ。レストランでは席が少し離れていたこともあって、父ちゃんには特段話しかけなかった。なんかちょっと照れくさいんだよね。


 でも、漫才がうまくいったという興奮もあって、家に帰ってきてから話しかけてみたというわけ。だって、今回出場した五組の漫才の台本、全部僕が書いたんだよ。それがほとんどウケたんだから、父ちゃんとちょっと語り合いたくもなるよ。しかも一番、笑いの量が多かったのは、僕と増谷先輩のコンビだったんじゃないかな。(なぜか後半、ちょっとだけウケなくなって、優勝はできなかったけどね)ちなみに題材は、先輩の将来の夢が動物学者であることも踏まえながら、学校の図書室で借りた本を読んで練っていったんだ。


 父ちゃんは、僕に質問されたことが意外だったのか、少し驚いたような顔をしてから「まあ、まあまあだな」と答えた。なんだかうれしそうだった。

 それからちょっと考えるふうをして「実はおれが中学生のときも寸劇やったんだよ」と付け加えてきた。


 僕は「知ってるよ」とは言わずに、興味がないふりをして「ふうん」とだけ答えた。


 実は父ちゃんや母ちゃん、熊谷のおじさん、増谷先輩のお父さんたちが寸劇をやった年のビデオテープは部室に残っていて、古びたビデオつきテレビを引っ張り出してきてみんなで見たのはナイショだ。

 ちなみに部室というのは、お笑い研究会が使っている部屋のことだ。昔は演劇部というのがあったらしいんだけどね。今は、「わら研」と寸劇委員会が共用することになっている。と言っても、わら研イコールほとんど寸劇委員会なんだ。メンバー的には。


 話を戻すと、母ちゃんが父ちゃんにカンチョウしながら登場するシーンは衝撃的に面白かった。もちろんトイレに行くからと途中退場するヒーローにも爆笑した。だいたい自分の母親が父親にカンチョウする舞台を見る経験なんて、映像を通してだとしても、なかなかできないことだよね。画質はさすがに悪かったけど、若き日の父ちゃんの緊張感とか高揚感とかは十分伝わってきた。


 ひとつ、疑問だったのは、あれを撮影したのは誰なのか、ってことだったんだけど、それ は今日、ふれあい牧場のレストランで氷解した。


 五臓六腑レンジャーの映像を見たことを、こっそり高橋のおばちゃんに話したら「それ撮ったの私よ」と教えてくれたのだ。

 おばちゃんと父ちゃんが昔から仲が良かったのは知ってたし、だからこそ、僕もおばちゃんとよく話をするようになったんだけど、寸劇のビデオを撮ってもらうほどの仲だとは思わなかった。

 そういうふうに、おばちゃんに耳打ちしたら「あら」と驚いた顔をして、「まあ、もちろん長瀬先生も見たかったからだけど、息子も出てたからねえ」と向かいの席に座った増谷先輩のお父さんを見ながら言うので、こっちが驚いた。


 え?


 息子?


 増谷先輩のお父さんとは今日初めて会った。どうしても外せない調査があったとかで、遅れてきたみたいだけど、僕らの出番には間に合ったそうだ。客席のだいぶ後ろのほうから見てくれていたらしい。


 先輩にそっくりな頭としゃべり方で思わず吹き出しそうになる。

「あら?知らなかった?ドクターパセリは私が産んだのよ。五臓六腑レンジャーを生み出したパセリの親だから、あれね。なんでしょうね」

いたずらっぽく笑うおばちゃんに、僕は、

「ええええええ?」

 と言ったきり、二の句が継げない。


 そういえば購買部で話をするときは、主に僕の悩みとか相談ごとばっかりしてたから、実はおばちゃんのことをほとんど何も知らなかったんだ。

「え。じゃあ、ひょっとして増谷先輩は、おばちゃんの孫なの?おばちゃんは増谷先輩のおばあちゃんなの」

 僕はもう自分でも何を言ってのるかよく分からなくなった。

 途中から話に入ってきた先輩と、先輩のお父さんが同時に、

「そ、そ、そうだよ。ケンちゃん」

 と声をぴったり合わせたものだから、みんなで笑ってしまった。




「そういえばケンゾー、増谷さんが高橋のおばちゃんの子どもだって知らなかったんだ?」

 父ちゃんに聞かれ、意識が家のリビングに戻った。

「うん、知らんやった。だって、増谷先輩とおばちゃんの話になんてならんし」

「言われてみればそうかもなあ。父ちゃんも中学生のころは知らなかったし。だいたいケンゾーが漫才やるってことも、相方が増谷さんの息子さんだってことも今日知ったんだしな。意外とそんなもんかもな」

「でも親子でなんで名字がちがうんやろね」


 父ちゃんは、なんでだっけなあ、とつぶやきながら「まあ、いろいろ昔はあったみたいよ。今、幸せそうだから、いいんじゃない?」と答えた。

 いや、まあ、僕は別にいいんだけどね。ちょっと驚いた、っていうだけで。ほかにも微妙にいくつか疑問に思うことはあるけれど、まあ、それぞれにそれぞれの事情があるんだろうしってことで納得することにした。

 いい機会だと思って、僕はずっと疑問に思ってたことを聞いてみることにした。

「そういや父ちゃんさ。ずっと謎だったんだけど、聞いてよか?」

「なんや?」


 あ、「親父」って呼ぶはずだったのが間違えた。父ちゃんが普段は使わない九州弁になったことで、ちょっと身構えたのが分かる。でも、僕の質問はそんな深刻なものじゃないんだけどね。

「おれの名前が健三やん?父ちゃんが健二で、じいちゃんが健一やろ」

「なんだよ、あらたまって。いまさら」

「いや、普通これって、三人兄弟の名前のつけ方やない?長男、次男、三男の。健一、健二、健三が祖父、父、息子ってのはおかしいって」


 僕は聞きながら、思わず笑っちゃう。でもほんとにそうだよね。

 父ちゃんも「ふふふ」と吹き出す。


「そうだよなあ。おれもそうだとは思ったんだけど、健一から健二って名づけられたら、息子に健三ってつけるしかないだろ」

「いやいや、おかしいって。じゃあオレの息子は?」


 二人で腹を抱えた。


「じゃあ今度、じいちゃんに聞いてみような。来週でも浜に行ってみよう」


 診療所を父ちゃんが継いでから、じいちゃんは趣味でホエールウォッチングを始めたのだ。父ちゃんのひいじちゃんが昔、そういう仕事をしていたというのは聞いたことがある。

 風呂を済ませた母ちゃんが髪をバスタオルで拭きながら、リビングに戻ってきた。

「あらあ、なんか面白いことあったあ?二人のケンちゃんたち」


 僕と父ちゃんは目を合わせて、もう一度、笑った。

                                          (了)


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