〈第4話〉夏の訪れと、できない台本
「おれ実はブロッコリーのこと前から知ってたんや。家が近所でな」
「私も知ってました。確か成績めっちゃいいんですよね、パセリ先輩。数学いつも百点って聞きました。ケンヂ先輩と同じで医者目指してるんじゃなかったかな」
「おれは別に目指してねーよ。カリフラワーなんかと一緒にすんな」
こういうのも三者三様というのかな。それぞれに気に入ったニックネームで委員長のことを呼びながら、僕ら三人は歩いて帰った。というかよく考えたら呼び名どころか、本当の名前も聞けてないじゃないか。
「で、本名はなんていうんだ、あの人」
「知らんがな」
「なんでもいいんじゃないですかあ。タカなんとか、タカがついたと思いましたけど」
まあ、確かになんでもいいかもしれない。熊谷と清花によると、先輩のお父さんは有名な植物学者か何かで、世界中を飛び回っているから、あまり年希にはいないんじゃないかって話だった。
ニックネームについては、文字数が少なくて呼びやすいだろうという理由でパセリが定着しそうな予感はする。
「それにしてもなんであの人、寸劇委員長に、ならはったんやろうなあ」
「わたしもそれ思いました。ちょっと天然で面白いけど」
熊谷と清花はお互い、寸劇委員だということが分かってから、ちょくちょく話をするようになったみたいで、もうすっかり昔からの知り合いみたいだ。
そういえば、なんで二年生だけ、寸劇委員って二人なんだろう。僕はどうでもいいことを考えながら、ほんとにそろそろ台本を考えなきゃヤバイなと思った。
長瀬が(今日はもう患者さんは誰も来そうにないな)と思い始めた夕暮れ時、診療所の待合室のほうから「あらあら、高橋のおばちゃん、どうしたの。具合悪いのお?」という妻の声が聞こえてきた。
妻はこの診療所でただ一人の看護師でもあるのだ。
「具合悪くなったことなんてないわよ。今年の夏みかんがようやくおいしくなってきたからね。持ってきたの」
「ええ、わるいですねえ、毎年毎年。おばちゃんのところのやつ甘いから大好きなんですよお。うちの実家のマンゴーもおいしいけど、私は夏みかん派だわあ」
「ケンちゃんにも食べさせてあげてね。最近、ちょっと悩んでいる、っていうか煮詰まってるみたいだからさ」
「あ、もしかして陽月祭?」
二人がきゃっきゃきゃっきゃとクラスメートのようにおしゃべりを続けている。
いつまで聞いていても話が終わりそうもないので、長瀬は診察室のドアをきしませながら開け「おばちゃん、夏みかんくれるの。ありがとう!」と声をかけた。
「なんかあの子、柄にもなく悩んでるみたいよ。台本よ台本、きっと。あの子が台本書くのよ、今年の陽月祭。きっとお」
妻に、何をそんなにお前は興奮しているんだと言いたいのを長瀬はぐっとがまんした。
「まあ、好きなだけ悩んだらいいんだよ。自分の力でなんとかするだろ。アドバイス求めてきたら、いろいろ教えてやってもいいけどな」
あごひげをさすりながら言うと、高橋のおばちゃんがいつものほほえみをたたえて言った。
「先生も相当、悩んだもんね」
おばちゃんはまだ夏みかんのような明るい笑顔を浮かべている。