〈第32話〉スベってもスベっても諦めずにボケ続ければ、最後はなんとかウケるもの?
とうとうこの日がやってきた。僕は朝六時に学校に着いてしまった。
陽月祭は一般の人たちが入れるようになるのが十時。寸劇の開演は十時半だ。
どう考えても早すぎるが、今日のみんなの集合時間は七時半に決めた。
演劇部の元部室で一人、台本をあらためて読み返してみる。雲がほとんどない、とてつもなく綺麗な青空がまぶしい。話の流れも、みんなのセリフも、ナレーションの一言一句も全て頭に入っているから、今さら台本を読む必要なんてないのだけれど、何かしていないと落ち着かない。
昨日の夜、熊谷のおじさんがウチに電話をかけてきてくれ「明日やな、寸劇、頑張ってな」と応援してくれたのはうれしかった。関西でとても人気のある番組に芸人として呼ばれ、その収録があるから今日はこちらには来られないのだと言っていた。
「ともかく、スベってもスベっても諦めずにボケ続ければ、最後はなんとかウケるもんや」
電話を切る前に、おじさんはそう言った。
「いや、なんて不吉なこと言うんですか。だいたい僕は舞台には出ないんで。もしそうなったら裏でうまくいくよう祈るのみですけどね。果報は寝て待て、です。ちょっと違うか」
ベッドの上で布団にもぐりこんでから、おじさんの言葉を振り返ってみてふと気になり、そういえばあの八ミリビデオって最後のほうまではちゃんと見なかったなということに今さらながら思い当たった。
もしかして、あんなにウケてなかった様子の、おじさんたちの寸劇も、最後は大きな笑いを取って終わっていたのかな。ブロッコリー先輩が「さ、さすが、おじさんだ」とか言っていたような、言ってなかったような。
昨晩の考えをなぞり直しながら、紙に書いておいたチェック表を見てみる。といっても、段ボールなんかで作った大きめの衣装や小道具なんかは昨日のうちに特設ステージ裏に運び込んでいる。布で仕切って、お客さんたちから見えないようにしているスペースで、役者陣にメイクをしてもらえば、準備オッケーだ。今日はホームルームもなく、各委員はそれぞれの役割を朝から果たしていくのだ。
雨が降ったらいけないと思い、三好と木崎が描いてくれた背景の絵だけは、みんなが来た後、美術室から運び出す予定になっている。やぐらの下には入りきれないぐらいの大きな絵なのだからしょうがない。
思えば寸劇委員に立候補してから今日までの半年間、長かったような短かったような。いろいろあったような、そうでもなかったような不思議な気持ちだ。
物思いにふけっていたら、あっという間に一時間半がたった。ぴったり七時半になったときに、部屋のドアを勢いよく開けて、熊谷と清花、ブロッコリー先輩が駆け込んできた。
なんだかとてもあわてた様子で、尋常じゃない雰囲気だ。
そして次の瞬間、これまでの朝の時間が、嵐の前の静けさにすぎなかったということを、僕はイヤというほど思い知らされることになった。
「長瀬、大変や。ジブンが舞台、出なあかんわ!」
熊谷のよく通る声はしっかりと耳に届いたが、何を言っているのか、とっさには理解できなかった。




