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〈第3話〉ブロッコリー先輩(仮)登場

 年希中学校の古びた校舎の三階片隅に、その部屋はある。

 ドアの横にかけられた木の板には、ほとんど消えかかった「演劇部」という文字がかろうじて見える。部室として使われていたのは、はるか昔の話で、今は毎年六月ごろから十月までの間だけ、「寸劇委員」が打ち合わせに使っているのだ。

「長瀬と熊谷は放課後、寸劇のやつ行けよ」

 シバオががなり立てると「熊谷と長瀬やっちゅうねん。もうええねん、このくだり」と熊谷がうんざりした様子でぼやいた。

 やっと三年生の寸劇委員、つまり委員長が決まったらしい。いったいどんな人だろう。第一回打ち合わせが開かれるということで、僕の胸はまた急速に早鐘モードになってきた。

 終礼が済むと、二年の教室から階段を一つ上のフロアまでのぼり、熊谷と一緒にドアを開けた。

 狭くて薄暗い部屋には、木の机が一つと椅子が六脚あるだけだった。そのうちの一つに清花がうつむき加減に座っている。

 そして、もう一つに、背筋を真っ直ぐ伸ばした男が鎮座していた。

 色白でぽっちゃり、体は大きいが、気は弱そうにも見える。背中は伸びてるけど、おなかも出ている。

 そして一番の特徴はその頭だった。

 極端なクセっ毛がこんもりとした様子は、どう見ても巨大なパセリだ。

 田舎の小さな学校だから、僕は当然、この人を見かけたことがあるはずなのだが、なんとなく印象が薄い。名前も聞いたことがある気がするが思い出せない。自分から名乗って相手の名前を聞き出す作戦しかないな、と思った瞬間、熊谷がとんでもない口火を切った。

「ジブン、ブロッコリーやん」

 うつむき加減のままの清花の肩が揺れる。笑っているんだろう。

「なんや、どんなやつが寸劇委員長か思ったらブロッコリーかい」

 突然何を言われ出したのかと、びっくりした様子のこのぽっちゃり三年生は目をむいて抗議した。

「ちょ、ちょっと。ぼ、ぼ、僕はい、いちおう君たちの先輩なんだよ。さんづけで呼ぶとか敬語を使うとか・・・・・してくれないと困るよ」

「なんや。図体はでかいのに、細かいこと言いよってからに。しゃあないな、長瀬、ちゃんと敬語使えよ、ブロッコリー先輩に」

 僕が「おまえな・・・」と言ったきり二の句が継げないでいると、清花が肩の揺れをさらに大きくさせながら顔を上げた。

「ちょっと、熊谷先輩こそ失礼ですよ。ブロッコリー先輩に。それにわたしはどっちかというとパセリだと思うんですけどお」

 清花はそう言い終わるか言い終わらないうちに「ぶはっ」と息を吐き出して笑った。

 この三年生ならバカにしてもオッケーだと早くも判断して、完全に調子に乗っているんだろう。

 当のブロッコリー先輩は口をあんぐりと開けて「えええええぇ?」と言うのがやっとだ。

「熊谷も清花も調子に乗りすぎだぞ。たかだか一年や二年早く生まれてきただけとはいえ、先輩であることに変わりはないんだ。たとえ何一つ、自分より優れたところがなさそうに見えるとはいえ、年上って理由だけで敬うべきだ」

 僕の力説に、熊谷が苦笑して返す。

「ジブンが一番ひどいこと言うてるやん。ブロッコリー泣くで、そんなん言うたら」

「い、い、い、いいかげんにしないか!ブロッコリー先輩だろう。先輩をつけろよ、せ、せ、先輩を。もしくはブロッコリーさん、だろ」

 ブロッコリーさんのかなり的外れな怒り方が清花にはツボだったようだ。再び「ぶはっ」と息を吐きながら、

「先輩、でも私はやっぱりパセリ先輩、もしくはパセリさんにしようと思います」

 と言った。バカにされていることに気づいているのか気づいていないのか、本人は少し落ち着きを取り戻した様子だ。

「ま、まあ、僕としては先輩か、さんを付けてくれるなら、パセリでもブロッコリーでも構わないけど」

 よく分からないまま、一瞬にして打ち解けたということか、みんなが好き勝手にしゃべり始めた。 

 一応先輩だし、怖い人だったらどうしようなんて考えていたのがアホらしくなった。

「ともかく『亀の甲より年の功』『長幼の序』って言葉もあるんだから、このモジャモジャ頭の先輩を敬おうぜ」

「だからジブンが一番失礼やって。なんや長幼の序、って」

「年上の人を大切にしようっていうことわざだよ。あとは、『親の小言となすの花、万に一つもムダはない』って言葉もあるぞ。うん?これは別に年上関係ないな」

「ケンヂ先輩、それお父さん、お母さんの言うことは聞きましょうって意味じゃないですかあ」

「き、君はよくいろんな言葉を知ってるねえ」

 モジャモジャさんが妙に感心してくれるので少しくすぐったい気持ちになる。

 そこからも他愛のない会話がしばらく続いたが、肝心の寸劇については話し合いが始まる様子はない。今日は顔合わせだけってことなのかな。ともかく、この感じだったら主導権を握っていけそうな気がする。脚本も僕が勝手に書いちゃって大丈夫だろう。

「それじゃあ次回、第二回打ち合わせではパセリかブロッコリーか、どちらで先輩を呼ぶかを議論することにしましょう。カリフラワーなど新規のネーミングを考えついた人も、今度の話し合いのときにご提案ください。今日はこれまで」

 僕が勝手にまとめようとして言い放った言葉に、熊谷からはこの日一番の「なんでやねん」が飛び出した。

 僕もこれぐらいの人数の前ならば気楽におしゃべりしたり、冗談を言ったりするのはわけないんだ。

 この日、ブロッコリー先輩(仮)がリーダーシップを発揮することはなかった。決定事項は何一つないまま、第一回会合はお開きとなった。ほんとに結局、パセリかブロッコリーか、カリフラワーかさえ、決まらなかった。

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