〈第2話〉寸劇委員になった僕が見た悪夢
▽寸劇委員になった僕が見た悪夢
「ジブン、めちゃくちゃやな。ヒンシュクやで、ヒンシュク」
学校からの帰り道、熊谷に呼び止められた。
関西弁では、「おまえ」のことを「ジブン」っていうことは、テレビのお笑い番組を見ていれば分かる。もっとも、この田舎の島で見られる番組というのはかなり限られてはいるけれど。
それから、こいつがよく教室で言っているヒンシュクって言葉の意味もなんとなく分かる。
構わずに歩く僕に向かって、熊谷が続ける。
「なんで、おれが絵画委員をどうするかについて聞いてんのに、『おれが寸劇委員やる』ってなんねん」
僕が何も答えないので、さらに熊谷が続ける。
「まあでも、おれも寸劇委員は長瀬と熊谷にしよ、って思ってたけどな。ちゃうわ。熊谷と長瀬な」
ひとりノリツッコミをスルーしてから、僕は振り返る。
「なんで?なんで、おれを寸劇委員にしようと思ってたんだよ」
「いや、まあ、別に」
こちらがうれしくなるような褒め言葉、たとえば「だってジブン、おもろいやん」とか「センスあるやん」みたいな言葉が返ってくるかなと思ったのに、期待外れだ。
「そやけどジブン、自信あんのか。大勢の人間をいっぺんに笑わせるっちゅうのは大変なことなんやで。こうして二人だけでおしゃべりする、ちゅうのとは訳がちゃうで」
しゃべり続ける熊谷を見ながら、やっぱりこいつは、大勢の人間をいっぺんに笑わせた経験があるのかもしれないと思った。でもここで気弱なところを見せるわけにはいかない。
せっかく〝清水の舞台に飛び上がる〟つもりで立候補したのだ。
寸劇委員の主導権を簡単に渡すわけにはいかない。
「自信あんのか」ともう一度聞かれ、僕は大声で言った。
「自信なかったら、いまここ歩いとらんやろうもん」
熊谷は一瞬きょとんとした顔つきになった後、にやりと笑った。
「いや、歩くやろ。やっぱ、ジブン、おもろいやん。ようわからんけど」
満足そうに「ほなまた」と言う熊谷に、僕は「ああ」とだけ答えた。
崖の下の岩場に波が打ちつける音を聞きながら、僕は、空を見上げて寝転んでいた。海水浴場が少し遠目に見下ろせるこの小さな原っぱは、小学生のころに父ちゃんに教えてもらった場所だ。
年希は六月ともなれば結構暑い。
この島のビーチに観光客があふれるようになるのはまだもうちょっと先だけれど、たぶん、「碧の洞窟」あたりを訪れる人はぼちぼち増え始めているころだろう。
碧の洞窟の近くでは海がとっても綺麗で、あまりの透明度の高さから、小船が浮いているように見えるぐらいなんだ。
といっても僕ら地元の人間はあまり行くこともない。観光客でごちゃごちゃしているところに行ってもしょうがないから。
日曜日の昼間に僕が、高台にある原っぱで頭を悩ませているのは、もちろん陽月祭のことだ。
五月に二年生のメンバーを決めたはいいものの、実は学校全体の寸劇委員の話し合いはまだ一度も開かれていない。
それぞれの委員はそれぞれのスケジュールで準備を進めていくし、その年の各委員長によってもやり方は全然ちがってくる。
委員長はもちろん三年生が務めるのだけれど、寸劇委員長に誰がなったのかは知らない。
三好貴文と木崎典子(順不同)が務める絵画委員は、委員長に美術部長がなったそうで、すでにやぐらに飾る大きな絵の構図を決め、下書きの作業を開始したらしい。
絵画委員イコールほとんど美術部員なんだけれど、人が足りないということで三好に「長瀬も手伝いにきてくれよ」と何度か言われている。
どこの委員も自分たちだけで全部できないので毎年こういうことは起きる。
僕が去年やった出店委員だって、作りすぎたやきそばが大量に残りそうになったので、最後はみんなの助けを借りて売りさばいたのだ。
今年の寸劇委員だって、実際には俳優役や小道具係など、委員以外にも助けを借りることになるだろう。
困ったときはお互いさま、ってことを考えると、三好たちを今から手伝っておいたほうがあとあと、こちらもお願いしやすいことは分かっているのだけれど。
でも今はともかく面白い台本を書くのが先だ。そう。僕は人前には出たくないけど、話はつくってみたいんだ。
なぜかは分からないが熊谷も清花も、なんとなく台本を書くのは僕だと考えているふしがある。文章を書くのは大好きだから、僕としても望むところではあるんだけどね。
三年生の委員長が誰になるかは分からないからまだなんとも言えないけど、ともかく僕は勝手に責任を感じ、(面白い話を考えなくちゃ)と追い込まれた気分になっていた。
夏休みに入る前にはストーリーの骨格だけでも作っておかなきゃまずいだろう。でも今のところ何も思いついていない。
だいたい寸劇の台本なんて書いたことはないし、そもそも寸劇ってなんなんだよ。
テレビでよく見るコントだったらイメージはできるんだけどなあ。頭がぐるぐるぐるぐるしてきた。
それにしても将来、お笑い芸人になるわけでもないのに、なんでこんなに必死で考えてるんだろう。
大きくなったら医者になって、父ちゃんの診療所を継いで、患者さんのために年希で働く。お笑いなんて医者には必要のない技術だ。
いつの間にか大人になって、医者になった僕は、聴診器を持って舞台の上に立っていた。
舞台は古びた診療所のセットになっている。いや診療所が舞台になっているのか。患者さんの健康を守るため、モンスターと戦って、必死にツッコミを入れている。お客さんは誰も笑っていない。
冷や汗をかいて、ぶるぶる震えた後、僕は、清花と熊谷を舞台に置き去りにしたまま、夕日に向かって走りだした。
すっかり暗くなった原っぱで目を覚ましたとき、僕は本当にガタガタ震えていたけれど、それが夜の冷え込みのせいなのかどうかは分からなかった。年希でも本格的な夏がくるのはもう少し先だ。
夢なのに、どこかで実際に見たことがあるような、妙にリアルで、それでいてやっぱり非現実的な映像だった。