序論 幼
至らない点は多々あるかと存じますが、よければ読んでいってやってください。
物心がついた頃から、世界は不思議でいっぱいだった。
親にくっついて回っては、これはなに、あれはなに、なんでどうしてどうやって、と鬱陶しいくらいに聞きまくっていたそうだ。あんまり覚えてないので、何とも教え甲斐のないことである。
母に手を引かれ、連れていかれた幼稚園は小さな僕のラボだった。滑り台で最も速く滑ることのできるズボンの選定には実に1か月もの歳月を要した。着ていくものは指定の制服なので、何着か持っていたところで素材も縫製同じなのだが、火曜日と木曜日に着ていったあのズボンが最速であったことは間違いない。りこちゃんと僕の共同研究の成果である。彼女の「いーち、にーい」という精密な時間計測なくして得られた成果では到底ない。お礼と称して綺麗な泥団子の作り方を二人でいろいろと考えたのも有意義な研究であったと思う。惜しむらくは、最速ズボンのヘビーローテーション申請が却下されてしまったことだ。エビデンスを残しておくべきだったかもしれないが、おそらく問題の本質はそこではないだろう。
りこちゃんとはねんしょうさんの時に知り合った。絵本を読んだり積み木を積んだり、どちらかというとインドア派の僕に対して、りこちゃんはお外でよく遊び、よく笑う快活な女の子だった。
いつも部屋の中にいる僕を彼女はよくお外へ誘った。僕は図鑑を読んでいたかったが、情緒豊かな彼女の性分には素直に好感を持っていたため、どうしてもというとき以外は誘われればお外で遊ぶようになった。
ある日りこちゃんは言った。
「さーくん、おそとであそぼ!」
さーくんとは僕のニックネームだ。ほかにこう呼ぶ者はいないが、まあ本人がそう呼びたいのなら止めるつもりもなかった。
「うーん。きょうはおへやがいいなあ」
「えー!なんで?」
「ねえしってる?すけーとですべってるとき、こおりはいっしゅんとけてすぐにこおりにもどるんだって。くつのましたのこおりはとけてみずになってるから、まさつりょくっていうのがなくなってよくすべるんだってさ。」
「ほんと!?すごいね!みずになっちゃうんだ!じゃあおそとであそぼ!」
「きょうはまさつのきぶんなんだ。またさそってよ。」
「えー!!やだ!さーくんとあそびたい!」
そういわれると弱いが、しかし今日はまさつりょくの謎を解き明かさねばならぬのだ。それに彼女にはほかの友達もたくさんいる。彼ら彼女らと遊べばいいと思う。
「りこちゃん、ぼくはいまひとがどうやったらもっとはやくすべれるのかをしらべてるんだ。すごくきになるんだよ。またこんどにしよう?」
「はやくすべりたいの?じゃあすべりだいいこ!」
そうじゃないんだよなあ。だが歩み寄りの姿勢を見せられてしまうとそれでもすげなくするのはさすがに気が咎める。本を眺めるだけならまあ一人の時間でもできるだろう。
「…そうだね。じゃあすべりだいいこっか」
「うん!」
なんだかりこちゃんはずるいなあと思いつつも、別に嫌な気分にはならないのでまあいいだろう。
彼女は僕を外に連れ出すのがうまい。それに何を隠そう、これが僕の幼稚園生活をかけた一大研究の第一歩になったのである。
彼女の影響で僕が外で遊ぶようになったことは、特に母にとって喜ばしいことのようだった。沖本家と水元家に交流が生まれるのに、そう時間はかからなかった。
時節に触れ、水元家とともに様々な場所を訪れた。ともすれば文字を追い、思考に沈みがちな僕にとって、確かに彼女の存在は貴重なものだと思う。長い休みに「どこか行くか?」と聞かれても、「んー、いらない」としか言わない僕でも「りこちゃんちがキャンプに行くんだって。一緒に行かない?」といわれると不思議と行く気になった。りこちゃんと訪れたすべての場所は僕にとって大切な思い出になった。りこちゃんにはとても感謝している。
だからというわけではないが、基本的に感情で話す彼女は話し合いというものがどうにも苦手で、僕が代弁を務めることがよくあった。今回の議題はブランコの所有権についてだ。係争中のダイヤくんはどちらかというとりこちゃんと似たタイプで、基本的に感情でものを言う。
「ブランコはべつにりこちゃんのもんじゃないだろ!だったらはやいものがちだ!」
「たしかにブランコはりこちゃんのものじゃない。でもそれはみんなのものってことでしょ?ずっとダイヤくんがつかうのはずるいんじゃない?」
「なんでだよ!ぼくがさきについたんだからぼくがつかっていいだろ!」
「べつにつかっちゃだめっていってるんじゃないよ。じゅんばんこにしようってことだよ。」
「だからはやいものがちなの!」
「そんなのだめ!ダイヤくんいっつもはしっていってとっちゃうもん!」
「りこちゃん、きもちはわかるけどここはまかせてよ、ね?」
「う、うん…ごめんね…」
「ぼくはごめんねよりありがとうがいいなあ」
「あ、うん…ありがとう…えへへ…」
「きゅうにのけもんにすんなよ!」
「あ、ごめんね。でもさダイヤくん。ぜんぶはやいものがちにしちゃったら、みんながあそべないでしょ?おそとのゆうぐはぼくたちよりすくないんだから、みんながあそぶためにはゆずりあわなくちゃ」
「…でもぼくはブランコつかいたいもん!」
「うん、わかってるよ。はしってとりにいくくらいだもん。すきなんだよね、ブランコ。でもだからこそ、じゅんばんでつかってみようよ。みんなでつかったほうがきっともっとたのしいよ。」
「なんでさ。」
「だってダイヤくんがひとりじめしちゃったら、きっとまただれかがこうやって『ひとりじめしないで!』っていってくるよ。ダイヤくんもみんなとけんかしたくないでしょ?それに、ひとがブランコのってるのをみるのもけっこうたのしいよ。」
「…そうなの?」
「そうだよ。ためしてみようよ。ぼくもダイヤくんとなかよくしたいな。」
「…うん、わかった。」
ダイヤくんは少し直情的だが根は素直でいい子だ。話せばわかってくれる相手だと僕もうれしい。その後ダイヤくんはみんなと仲良くブランコを使うようになってくれた。僕も前よりダイヤくんとたくさん話すようになった。
この一件のあとあたりから、りこちゃんは僕がどこの小学校に行くのかしきりに聞いてくるようになった。別に受験なんかしないし、りこちゃんの家は僕の家からも近いので、りこちゃんが受験しないなら同じ学校だと思うよと伝えると満足そうにしていた。僕もりこちゃんと同じ学校に通えると楽しいだろうなと思った。
ねんちょうさんに上がる頃、我が沖本家にとって大きなイベントがあった。妹の誕生である。「英子」の名を与えらえ、ベッドですやすやと眠るその女児は、沖本家にもたらされた3056グラムの宝物であった。
英子が生まれたその日、父は僕に言った。
「女の人は命がけで命を生む。これは男にはできないことだ。だから男は、命がけで命を守る。お前は今日お兄ちゃんになった。英子をちゃんと守ってやるんだぞ」
「うん、わかった。でもどうしておとこはこどもをうめないの?」
「人にはそれぞれ役目がある。一人で何でもはできないんだ。女の人にしかできないこともあれば、男にしかできないこともある。男の方が体も大きいし、力も強い。それは男の役目が守ることだからだ」
「でも需梨杏ちゃんの方がぼくよりおおきいよ」
きりん組の、そろそろ120cmに手が(頭が?)届こうかという傑物だ。たぶんだけど力も強い。
「なんにでも例外はある。それに、考えてごらん。もし男が子供を産めるとしたら…」
「? 産めるとしたら?」
「†悔い改めて†」
「??」
何か宗教観に基づく特別な理由でもあるのだろうか。神様がそう決めましたというようなことだろうか。何を悔い、どう改めればいいのか。よくわからないが、英子は僕が守ると、そう決心した。
皆様、どうもはじめまして。わたくしの処女作第一話はいかがでしたでしょうか。
まあ読んでやらんこともないって人は、続きも読んでくれると嬉しいです。
8/5 構成を大幅に見直しました。何にも考えずに思うがまま書いてるのでこんなことになったんだと思います。