いい人02
その日の夜、居酒屋で
「村瀬、なんか、あった?」
「えっ? なにも無いよ。別に。」
「いや、ちょっとシャレてない?」
「そうか、別に、いつもの服だろ」
「いや、ぜったい違うな。いつもそんなジャケット着てたことないだろ。」
「てめえ、白状しろよ!」
その後、なんだかんだ、ネホリハホリ聞かれているうちに、今井のことを話してしまった。
「村瀬さ、自分が優しい人間だと言うことを自覚していないんだよな。」
「でもさ、おばあさんやママさんやただの後輩に、良い人として優しいのと、好きな女の子に優しくするのは、次元が違うと思うんだよね。 わかる?」
「始まりは、確かに、何時もの良い人だったと思うけど、今、良い人になりたくないと言う気持ちは、違うじゃん。それ、恋だぜ。」
「恋? でも、もしこれが恋だったらさ、もう、絶望的じゃないか!」
「どうして?」
「もう、良い人ねって、言われちゃったもんな、俺」
「泣きたくなる。気づいた時には、もう、終わってるなんて。」
「終わってねえよ。今度こそ、自分の気持ち、ちゃんと言っとかないと聡美の二の舞だぞ。」
「良いか、言えよ」
その後は、お互いにしたたかに酔っぱらうまで飲んで、何を話したのかさえ分からないまま帰巣本能だけで、自宅のアパートに帰ってきた。それでも、今井に対する気持ちが恋心だと雅也にはっきりと言われたことだけは良く覚えているから始末が悪かった。
「週明け、いやだなあ」
と、ため息をついて、布団を頭までかぶって、ふて寝した。
それが、運の悪いことに、広報誌へ載せる各部の紹介とかで、俺の部へ今井がやって来た。部長から、
「村瀬君、今、君は一区切りついているから、時間取れるよね。今井さんに対応してください。」
と、まったく俺の気持ちにお構いなく決められた。今井と二人だけでデスクに向き合い、質問を受けている。
「村瀬さんの所属しているマーケティング部とは、どんなお仕事なんでしょう」
「えー、まず、マーケティングとは、企業と顧客の間で価値を生み出してゆくコミュニケーション活動全体のことをさしますが、わが社のマーケティング部では、 」
録音機のスイッチを入れ、手帳に、僕が話す内容を必死に記録している。少し小首を傾けて、たまに、髪の毛を耳にかけなおすしぐさもかわいい。困ったな。ほんと困ったな。週末、雅也に言われたことが頭から離れないまま、ぐるぐると考えていると、彼女が言った。
「何か、言いました?」
「いえ、いえ、何も言ってません。」
「ありがとうございました。何かありましたら、また伺いますので、その時は、よろしくお願いします。」
元気よく、そう言って、ぺこりとお辞儀をして、部屋を出ていった。ふーとため息をついていたら、二つ下の藤田が声をかけてきた。
「村瀬さん、ラッキーだなあ。うらやましいなって思っていたんですよ。なんで、今夜どうですかって、声かけなかったんですか?」
憤慨して言っている、この藤田は、プレイボーイと有名なやつだ。初めは、なんで俺なんだと思ったけど、今井の為には、藤井でなくてよかった。
「えっ?また、良い人してるよ。俺。」
しばらくすると、その藤田と今井が付き合っているとうわさになった。まあ、それも仕方ないな。「藤田は顔だけは良いもんな。」と納得しつつ、今井のことを心配していると、今井から相談に乗ってほしいとLINEが来た。やっぱりいい人かと観念して、昼休み、屋上へいった。
「すみません。藤田さんのこと相談できるの村瀬さんしかいないから。」
「ああ、良いよ。どこまで相談に乗れるか判らないけど、話してみて」
話の内容は、藤田が3又ぐらいかけていて、最近それに気づいて問い詰めたと、言う内容だ。
「ありそう。ありそう。」
「藤田なら、当然、有りそう。」
一生懸命、話を聞いてやって2か月くらいたったころ、結局、今井は、藤田と別れた。
相談事はもうないはずなのだが、何となく定期報告のように続けてきた今井との飲みが、その後もぐずぐずと続いていた。良くないなあと、思いつつ、なかなか縁が切れずにいたが、今日も、こうやっていつもの居酒屋で、二人で飲んでいる。最近は、恋バナと言うよりも、お互いの仕事の話が多い。広報誌は、出版社から自社で引き継ぐことになって、今井は来社しなくなっていたのだ。親友の雅也との飲みと同じようなものだとうそぶいて、彼女のことを切れずにいる自分の気持ちを持て余していると、今井が真剣な顔で、何か言っている。聞き逃したことをあいまいにしたまま、聞いていると、今井がぽつんと言った。
「恋って、しんどい」
「えっ!」
また、次の恋か、おいおい! それはないだろ。また、良い人続けないといけないのかよ(泣)
今、黙々と国道を今井と二人で歩いている。実は、最寄り駅が同じだったんだ。終電を逃してしまって、タクシーも大勢並んでいるのを見ると、歩いたほうが早いかもと、歩き出したのだ。
ズボンのポケットの携帯がブルブルとなった。見ると聡美からの電話だった。
「元気?」
「元気だよ。なんか、有ったのか?」
「うん。いいな、村瀬は。何にも言わなくっても、すぐ、判ってくれるんだよね。」
「誰でも、察しが付くわ。電話、何年ぶりだと思ってるんだ」
「そうか。今時は、LINEかな(笑) 久しぶりに、飲みたいなと思って」
「いいよ。予定決まったら、連絡してこい。」
携帯をポケットにしまうと、今井が聞いてきた。
「誰からの電話なんですか?珍しいですよね。今時」
「そうだな。本人も言ってたよ。今はLINEだねって。」
「昔、惚れてた女から。久しぶりに会おうてさ。」
言わないでもいいことを、言ってしまっておきながら、自分のことでいっぱいいっぱいの俺は、気づいていなかった。
-聡美は、どうせ、旦那の、のろけだろ。そして、今井は、誰かを好きって恋バナを言ってくる。俺は、昔も今も良い人のままだ。-
そんなことを考えていたら、突然、
「なんですか!そんな話。今も、その人のこと好きなんですか?」
そう、言うと今井は黙ってしまった。
何を、怒っているのか分からないなあと戸惑っていると、もう一度携帯がブルブルとなった。聡美からのメールだ。
「今のうちに言っとく。私、離婚した。少しでも、私に関心を持ってもらおうと、適当に恋愛話していたのに、村瀬が、ちっとも気づいてくれなくて、疲れちゃったから、あいつと結婚したんだけど、ばれちゃった。やっぱり、村瀬しかダメなんだよ。」
携帯を見て、目を白黒させている俺の顔を覗き込んでいた今井が、携帯を取り上げて、叫んでいる!
「なによ!これー!」
「絶対だめですよ。村瀬さん!」
最後まで、お読みいただきまして ありがとうございました。
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涼音色 ~言ノ葉 音ノ葉~ 第32回 いい人 と検索してください。
声優 岡部涼音が朗読しています。
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