1-9異世界図書館巡り(3)
読んでくださる方、ありがとうございます。
本日一話目です。
八回めの転移でやってきた第7書庫は、ほかの書庫と少し違った。
「なんか、壁に死ぬほど絵がかかってないか」
「はい、たしか1万1439枚だったかと」
そのフロアの本棚を除く壁には無数の絵が飾ってあったのだった。
「一体、なんでこんなに絵があるんだ」
「館長、ここは7番書庫ですよ」
「つまり、芸術の棚か」
「はい」
そうやって話をしているといきなり真横に人が転移してきた。
「うわあ。なっ、なんだ」
「驚かせてごめん新館長さん。私はサジタリウス。芸術の棚の管理者だよ」
そこに現れたのはジーンズにブラウスだけというラフな格好をした眼鏡美人な女の人だった。服や手にはところどころ絵具がついている。
「芸術の棚の司書か。確かにらしいね」
「そうでしょう。あっ、ヴァルゴもいたんだね。いや、今はライラって呼ばれてるってジェミニちゃんがいってたっけ」
「はい、そうです。ところでそれが最新の絵ですか」
「ああ、そうだよ。最近は抽象画が多かったんだけど、今回は写実画にしてみたんだ」
サジタリウスが持っているキャンバスには異世界図書館の風景が描かれていた。にしてもその服装だと、特にある部分が目に毒だなあ。
「館長、ちゃんと絵を見てますか」
「ラッ、ライラ、もっ、もちろんだよ」
「なんか怪しいですね」
「あれ、館長さん。別の場所に目が行ってたのかな。どうなの」
「黙秘権を行使します」
結局、7番書庫ではものすごく精神的に追い込まれることになってしまった。
「誤解は解けただろう。そっちの勘違いだって」
「ものすごく苦しい言い訳だったけどね」
「うっ……」
「館長、セクハラには気を付けて下さいね」
「そういう概念あるんだ。そっか異世界だけど、ここはそういうところだった……」
そんなこんなでやたらと疲れる7番書庫を後にして、俺たちは8番書庫へ飛んだ。
「で、8番書庫は言語の棚か」
「そうです。私が8番書庫、言語の棚を預からせてもらっています、カプリコーンです」
そこには着物姿の落ち着いた雰囲気の老紳士がたっていた。
「カプリコーンという名に似合わないぐらい日本的ですね」
「そうですか。お褒めいただき恐縮です」
「……あの」
「どうされました」
「いえ、言語の棚の管理者というのだからもう少し話される方なのだと」
「基本的に近隣世界を含めて大方、すべての言語を扱えますよ」
それはけっこううらやましい。前世の高校で外国語でぎりぎり2を維持していた俺とは全然違う。
「でしたら、なぜあまり話されないのですか」
「言葉とは大切なものです。それを無駄に使うのは司書としてあるまじき行為ではないでしょうか」
「はあ」
「館長、こういう方ですから。あまり気にしない方が」
もちろんほかの司書より相当短い時間でおいとました。だって、長時間の無言って結構辛いんだもの。
「ここが第9書庫。つまり司書はライブラさんってことか」
「はい、そうです。どうやら、ちょうど来られたようですね」
「こんにちは館長。第9書庫、文学の棚を管理しているライブラです」
そこに来たのは、異世界図書館の制服を着たセミロングの髪に、眼鏡の高校生ぐらいのかわいい女の子だった。
「ああ、こんにちは。文学って一番蔵書数が多いと思うけど大変じゃないのか」
「いえ、全然です。むしろ本の中に囲まれているのだから幸せだと思うぐらいです」
「そうか……」
どうやらこの子は非常に俺と似通った思考をしているようだ。なんだか前世で自分がどのような目で見られていたかがよく分かった。だが、ライラによると見かけによらず意外とできる子らしい。
「館長、見た目は頼りないですけど。あの子は私の次に実務能力がありますから」
だそうだ。もっとも、ライラの実務能力がどんなものかおれは̪知らないけど。
「ところで、最近のおすすめってなにかある」
「そうですね最近だと……」
そういってライラと二人で何冊か選んでくれたのを自分の異空間収納の中に入れた。後で楽しく読ませてもらうとしよう。
「そういえば、これを預かっていたんだった。はいこれ」
「これは、ああレー君……第4司書からの手紙ですか。ありがとうございます」
正直言って内心笑いがこみ上げていた。あのうれしそうな顔と恥ずかしい言い直しに対して。ライブラちゃんはすぐに手紙の封を開けて読みだした。だんだんと笑みが強くなっていく。
「何が書いてあったの」
「いっ、いえ、館長には関係ないので」
「デートのお誘い?」
「ちっ、違います」
「まあ、いいや。ああ、後これはレオにも言ったんだけど」
「何ですか」
「俺、職場内恋愛はOKだから」
「だから、違いますって」
その声を聴きながら再び転移する。
「あの二人って結局付き合ってるのか」
「まあ、ほかの人にはバレバレですね。二人とも姉弟関係であることを崩そうとしないので、いつがっつりくっつか、男性陣は賭けに使ったりししてますし……」
「なにか、すごく人間味があるなあ」
おれが何気なく言った言葉にちょっと悲しそうな顔をしてライラは言った。
「私たちは作られてからの期間が長いですし、最高級の触媒と知識環境の中で作られていますから。……あの、館長は人工物が人格を持つことに否定的な考えをお持ちですか」
「別にそんなことは思わないよ。むしろ素晴らしいことだと俺は思う」
そこは俺の正直なところだ。人工的なものであってもそれに命や思いが宿るなら、それが人格を持つことはおかしなことではないと思う。
「素晴らしい、ですか?」
「ああ。だって、どんなものでも、命があるのなら、それに意思が宿るのは自然なことだし、ましてや、それがこうして仲良く暮らしているというのはとてもきれいな光景だと思うよ」
「そう、ですか」
「ああ、それに異世界図書館長って女神に準ずる権限を持っているんだろう。だったらあんまり神様に作られた普通の人と変わらないんじゃないか」
俺の返答に、泣きそうだったライラの顔が少し笑顔に戻った。しかし、いくらなんでも人造人間に対して少し率直な言い方をしすぎたか。よし、少しフォローしておくか。
「すみません、取り乱してしまって」
「いや、いいんだ。みんながすごく楽しそうで、ついつい人造人間だってこと忘れちゃうんだよ。それに、俺が前の世界で生きてた時よりよっぽど楽しそうでついついからかいたくなっちゃうんだよ」
「そうでしたか。そうとは知らず失礼な発言を、すみません」
「いいよ、別に気にしてないから。ほら悲しそうな顔をしないで、せっかくのかわいい顔が台無しだよ」
そうやってフォローしてあげると、びくっとライラが体を震わした。
「かっ、かわいい。私がですか」
「うん、そう思うけど。それがどうしたの?」
「い、いえなんでもないです」
「えっ、ごめん。なんか怒らせるようなこと言った?」
「怒ってません」
「いや、絶対怒ってるよね」
「だから、怒ってませんてば」
真っ赤な顔でうつむいたライラを必死で納めているところに声がかかった。
「あら、あなた新館長さん?」
「はっ、はい、そうですけど」
「ヴァルゴちゃん、いや、今はライラちゃんよね。新館長さん泣かせちゃったの? でも珍しいわね、この子が泣くなんて」
「泣いてません」
「はいはい、分かってるから」
どうやら10番書庫の司書のようだ。話しぶりからして、きっと彼女ならライラを慰めてくれるだろう。ふう、助かった。そういえば、ライブラにお姉ちゃんと呼ばれている理由を聞き忘れたな。まあ、今度聞けばいいか。これで11人目の司書だし……… うん、11人目。図書分類番号って0から9までの10しかないよな。じゃあ彼女はいったい、なんの本の司書なんだ?
普段は「異世界でも貴女と研究だけを愛する」という作品を上げてますので、そちらもよろしくお願いします。