6輪
お花見が終わり、ようやく同好会としての活動が始まろうとしています。
この5人で作る音楽がどんなものになるのか、私はとても楽しみです。
第二音楽室に5人が集まると、園内さんの提案で、同好会としての目標を決めることになりました。
「私は…みんなと一緒に一生懸命練習して、最高の合唱が出来ればいいかなぁって」
「…具体的じゃないわね」
「ですね。もうちょっと具体的な目標はないですか」
「えぇ…そうだなぁ…」
一ノ瀬先輩と園内さんに指摘され、もう一度考えてみますが、中々思い浮かびません。
「なあ、こういうのって全国大会で優勝!とか目指すもんじゃないのか?私もバスケやってたときは全国目指してやってたし」
全国大会…!聞いただけで目眩がしそうです…。
「私もやるなら全国大会目指したいです。ですが…」
園内さんの言葉が途切れました。何かあるのでしょうか…。
「5人で大会出ているところなんて、全国大会どころか東北大会でも見たことないわねぇ」
「…というか5人で大会って出られたかしら?」
「全日本は8人以上なのでアウトですね。Nコンは問題ないはずです」
「厳しいんですね…」
「なー」
「全国で優勝…というか金賞を取るには20人は部員がほしいわねぇ…」
「…それに練習も相当やらないといけない」
宝条先輩と一ノ瀬先輩が次々と問題を口にしました。
「うっ…」
「…現実は県大会で金を取るのも難しい」
「でも、大会出るだけってのも寂しいなぁ」
私がそう言ったのを最後に、みんなが口ごもってしまいました。
「まあ…目標は後々決めることにして、とりあえず5人で歌ってみない?」
結論が出ないと悟ったのか、宝条先輩がそう提案しました。
「それもそうですね。中篠さんの実力も把握しておきたいですし」
園内さんが同意して、みんなで歌うことになりました。
「基本的には、これから体操・筋トレ・発声練習をして、その後に曲の練習に入るです。今回は初回なので、皆さんの声域を把握したいですし、全員が知っている曲を歌ってみようと思うのですがどうでしょうか」
園内さんがそう言うと、みんなが賛成して、家から持って来た楽譜を取り出しました。
その中からみんなが知っている曲を選び、次に、歌うパートを決めることになりました。
中学生の時に歌ったパートということで、私と宝条先輩はソプラノ、園内さんと若菜ちゃんと一ノ瀬先輩はアルトになりました。
「それでは、やるですよ」
園内さんの合図で歌い出しました。
少し歌ったところで、微妙な違和感を感じました。
園内さんや先輩方も感じたようで、顔を見合わせて、一度歌うのをやめました。
そして、園内さんがスマートフォンを取り出し、
「中篠さん、一人で歌ってみてください」
と言いました。
「えっ、ああ、わかった」
若菜ちゃんがそう答えて歌い出したところで、もう一度私たちは顔を見合わせました。
そして、
「中篠さん、もう結構です」
と園内さんが言うと、若菜ちゃんは歌うのをやめ、
「何かあったのか?」
と尋ねました。
「ええ。中篠さんだけ音程が外れています」
園内さんがズバリと言うと、
「ま、まさか…」
若菜ちゃんは少し驚きながら、おどけてそう言いました。
すると、園内さんがスマートフォンを操作して、さっきの若菜ちゃんの歌声を再生しました。
「私、こんな声なのか…」
若菜ちゃんの様子はみるみる変わっていき、再生が終わる頃には、真っ赤になって震えていました。
「す、すみません!今日は帰ります!」
「ま、待って!」
若菜ちゃんは私の声を振り切って出て行ってしまいました。
若菜ちゃんが出て行った後、私たちは少しの間、動くことができませんでした。
「ど、どうしよう…」
「言い方が悪かったですかね…」
「…フォローしてあげられればいいんだけど」
「う〜ん…どうにかして戻ってきてもらいたいわね」
空気が重く、どんよりとしてしまいました。
どうにかしないと…。
「若菜ちゃんは同好会を作ることに一生懸命になってくれたし、何より、私たちの最高の仲間だから、一緒に合唱したいです!」
「そうですね。音痴とはいえ、貴重なメンバーですから」
「私、明日声をかけてみます!」
「そうね、お願いするわ。だけど、音痴って治せるのかしら?」
宝条先輩がそう言うと、
「トレーニングをすれば治せます。ですが、中篠さん程の人は見たことがないですね」
園内さんがそう答え、私たちは肩を落としてしまいました。
「でも、やってみる価値はあると思うわ。ゴールデンウィークに合宿をするのはどう?」
「…いいと思う」
「悪くないですね」
「素敵です!」
宝条先輩の提案で、空気が明るく、前向きになりました。
きっと若菜ちゃんも歌えるようになる、よね…。
「勢いで飛び出して来ちゃったけど、どうしようか…」
第二音楽室を出て、ふらふらと歩いていると、いつの間にか教室に着いていた。
「あら、どうしたの?」
顔を上げ、声のした方向を見ると、幼馴染のるいが座っていた。
「るい…。私、逃げちゃったんだ…。自分が音痴だって分かって、恥ずかしくて、自分が惨めに思えて…」
私はるいに事の経緯を話した。
るいは時折相槌を打ちながら、静かに話を聞いてくれた。
そして、話が終わった時、
「ふぅん…。今まで音痴だって自覚なかったわけ?」
意外な言葉が返ってきた。
「恥ずかしいことにな…」
「でも、音痴だからってやめる訳じゃないでしょ?これは、あなたがやりたくて決めたんだから」
るいの言葉は少し厳しいが、口調は優しく、私の為に言ってくれているんだとわかる。
「そうだな…。明日みんなに会って、ちゃんと向き合うよ」
私は礼を言って、教室を後にした。
「そうだよな、私が自分で決めたことなんだ…」
そう呟き、私は帰路についた。
翌朝、学校へ行く途中に見慣れた後ろ姿を見つけました。
あと少しのところまで距離を縮め自転車の速度を落とし、
「若菜ちゃん!」
と声をかけました。
「か、和音?!どうした?」
若菜ちゃんは驚きながら、私が声をかけた理由を尋ねました。
「あのね、昨日のことなんだけど____ 」
私が息継ぎの為に言葉を切ると、
「ああ、勢いで飛び出しちゃって悪かったな…」
若菜ちゃんが、少し声のトーンを落としてそう言いました。
「聞いて、若菜ちゃん。あの後みんなで話したんだけど、音痴はトレーニングで治せるみたいだから、ゴールデンウィークに合宿をしよう って話になったの。
だから、同好会に戻ってきて欲しいの。若菜ちゃんと一緒に歌えるように、みんなでサポートするから!」
私が少し大きい声でそう言うと、
「和音…」
若菜ちゃんはそう呟いた後、嬉しそうに笑い、ありがとう と言いました。