5輪
「はい、確かに受理したわ。合唱同好会、頑張ってね」
会長はそう言って優しく微笑みましたが、頑張れるのか、私は不安で仕方がありません。
「ま、まさか初日からこんなことに……」
「どうしたの、橋留さん?」
「ええと、そのーー」
不思議そうにしている会長に、どう説明しようかと考えていると、
「橋留さん」
園内さんに牽制するように声をかけられました。
「いや、何でもないんです、会長……」
私はそれ以上、言葉を発することができませんでした。
「……?」
会長は依然として不思議そうな顔をしています。
すみません、会長……。
「ほら橋留さん、しゃきっとするです」
「うん……」
それは、生徒会室に来る少し前のことでした。
「そういえば同好会の会長のことなんだけど、園内さんがやるってことでいいのか? 部長とか会長って先輩がやるものだって思ってたんだけどさ」
と若菜ちゃんが言うと、
「……私は、学年が上の人がやるべきだと思う」
と一ノ瀬先輩が呟きました。
「……一年生が代表をやるのは流石に聞いたことがない。……それだけの話ではあるけれど」
「でっ、でも! 私がリーダーをやるって、橋留さんと話し合って約束をしたんです!」
園内さんがそう主張すると、
「……だいたい、そんな大切なことを二人だけで話していたとしても、こうしてメンバーが集まった以上は関係ないことじゃないかしら」
一ノ瀬先輩がそう返し、
「ぐぬぬ……」
園内さんは反論できないみたいで、唸り声をあげました。
「……せめて、ここで改めて話し合う必要があると思う」
「みんなのうちの誰かがやってくれればそれで……わ、私はリーダー向きじゃないので……」
「私も遠慮しとくよ、合唱どころか音楽も素人だし……」
私と若菜ちゃんがそう言うと、
「私はさっきも言った通り、リーダーをやるつもりでいるです」
「……代表は、上級生にすべきだと思う」
園内さんと一ノ瀬先輩が再び同じ主張をしました。
どうにもキリがなさそうです……。
と思ったその時でした。
「まあまあみんな、その辺にしましょう。私は、こはるちゃんがリーダーでもいいと思うわあ」
宝条先輩が堂々巡りに終止符を打ったのです。
「……ちょっと、すみれ……!?」
宝条先輩の予想外の発言に、一ノ瀬先輩が戸惑っているみたいです。
「だって、私もさやかも、リーダーなんてガラではないもの」
「……確かに、それは否定できない」
「こうしてメンバーが集まったのもこはるちゃんのおかげだし」
「宝条先輩、話が分かるじゃないですか」
「リーダーは大切な立場だけど、いざという時はみんなで支え合うものだもの」
宝条先輩の言葉に、園内さんの眉がぴくりと動きました。
「あの、それは私を見くびっている発言に聞こえるのですが……私だって最低限、リーダーの資質を持っているです!」
「あら、そんな風に言ったつもりはないわあ。もう、可愛いわねこはるちゃん! ぎゅー……」
「そうやって、すぐに抱きつこうとするのはやめるです!」
「うう……しゅん……」
園内さんの制止を受け、宝条先輩はさっきまでの勢いを失いました。
「……まあ多数決で考えれば、私が意見を引っ込めるべきかしら。……仕方ないわね」
一ノ瀬先輩が不満そうに、そう言いました。
「それじゃあ、同好会の会長はこれで決まりです!」
「ふふっ、随分とお疲れみたいね」
いきなり代表決めでモメるし、私は成り行きで副会長になっちゃうし……なんという先行き不安でしょう……。
「橋留さん、あなただって副会長なんです。頼むですよ」
追い討ちをかけるように、園内さんにプレッシャーをかけられました……。
「副会長は、せめて先輩がやるべきだったんじゃ……」
今更言っても仕方がないと思いつつも、私はそう言わずにはいられませんでした。
「私たちが真っ先に同好会を立ち上げようって決めたじゃないですか。そして、こうやって実際に結成することができたです。だから橋留さんも、もう少し自信を持ってください」
「う、うん……」
私とは対照的に、園内さんは自信に満ち溢れています。
どうしたらそんなに自信が持てるのでしょうか……。
「そうだわ!」
「どうしたですか、外城会長?」
突然声をあげた外城会長に、園内さんが尋ねました。
「同好会のみんなで、お花見をしたらどう?」
「お花見、ですか……」
「ええ。そろそろ桜も満開の時期だし、同好会の活動が本格的に始まる前にやっておいて損はないんじゃないかしら」
「いいかもしれないです」
「それに、二人とも入学早々バタバタしてたでしょう? その疲れを取っておくのも大切よ」
「そう、ですね……そうします!」
外城会長の提案で、私たちはお花見をすることになりました。
外城会長も誘いましたが、「私は遠慮しておくわ〜」と言われ、同好会の五人で行くことになりました。
同好会結成の二日後、よく晴れた日曜日。
宝条先輩に案内してもらったのは、学校の近くの公園でした。
「わぁ……綺麗……!」
「凄いです……」
「どういたしまして。ここは私のお気に入りの場所なの。去年、さやかと一緒に葉月先輩に連れて来てもらったの……」
「……でも、今年はもっと素敵……!」
宝条先輩と一ノ瀬先輩は去年のことを思い出しているみたいで、少し遠くを見つめていました。
機会があれば、お二人の話を聞いてみたいなと思いました。
「シートを敷くのはこの辺りでいいかしら。お菓子と飲み物はあるし、座ってゆっくりくつろぎましょう」
宝条先輩に促され、私たちは円を描くように座りました。
「……」
「……」
「……」
「……」
誰一人として口を開かず、気まずい空気になってしまいました。
「あらあらみんな、そんなに硬くならなくても」
「ここは会長の私が何かしなくては……と言っても、何をすれば……」
「改めて自己紹介する、なんてのはどうかしら?」
宝条先輩に促され、自己紹介が始まりました。
「合唱同好会会長の、園内心春です。中学の時には合唱部でNコンの全国大会に出場していて、もともとメンバーさえ集まれば、そのみんなで合唱をやっていきたいと思っていました。今までの経験を活かして、この同好会でも頑張っていこうと思うので、よろしくお願いするです」
「ええっ……!?」
園内さんの言葉に、私は驚きを隠せませんでした。
「何ですか、橋留さん」
「園内さんに、そ、そんな経験があったなんて……!」
「はい」
「よ、よろしくお願いします……」
「もちろんです。さあ、次は橋留さんが自己紹介する番です」
「う、うーんと……」
急に自己紹介と言われても、何を話せばいいのかわからず、私は口ごもってしまいました。
「どうしたですか? まだ話すことがまとまってないですか……?」
「うん……」
「それなら、次はーー」
「私がやるわあ。宝条菫と言います。さやかとは幼馴染で、一緒にピアノを習っていたり、小学生の時に合唱クラブでNコンに出たこともあります。どうかよろしくお願いします」
「宝条先輩と一ノ瀬先輩も、え、Nコンに……」
合唱部を作ろうとするからには、やっぱり経験が必要なのでしょうか……?
次に、一ノ瀬先輩が立ち上がりました。
「……私の番、ね」
実を言うと、一ノ瀬先輩のことは分からないことが多いので、趣味とかが聞ければな と、少し期待しています。
「……」
私の視線に気づいたのか、一瞬、一ノ瀬先輩と目が合った気がしました。
一ノ瀬先輩はすぐに目を逸らし、少し困ったような表情になりました。
「……一ノ瀬紗耶香。……よろしく」
……えっ、それだけ!?
思った以上に短く、またもや驚いてしまいました。
「みんな、凄いんだ……えっと、じゃあ今度は私かな……中篠若菜です。中学の時に合唱を聴いてから、その素敵なところに救われてきました。中学ではバスケ部で、クラブや部活動で合唱をした経験はないけど、今度は自分が同じように歌を聴いてくれる人の心を救えるように頑張るのでよろしくお願いします……!」
「体力も合唱には不可欠ですし、元運動部というのも悪くないですね」
「そ、そうか? ありがとう、園内さん」
「さあ、最後は橋留さんですよ」
園内さんに促され、私の番になりました。
順番が来るまでの間に何を話そうかと考えました。
真っ先に思い浮かんだのは、私が絶対に合唱をやると決めたきっかけ。
ですが、それはとっても長くて照れくさいお話で、今はまだ言えないので、いつか言えたらいいなと思ってます。
なので、今の正直な気持ちを話そうと思います。
大きく深呼吸をして、私は話し始めました。
「わ、私は、橋留和音です。えっと……こうしてメンバーが集まったことが夢みたいで、ドキドキしています。このメンバーで、この合唱同好会で、た……たくさんの人に素敵な音楽を届けていきたいです!よろしくお願いします!!!」