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Armonia  作者: ArmoniaProject
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4輪

放課後、和音と園内さんに新しいポスターの相談をするため、第二音楽室に足を運んだ。

ドアを開けながら用件を告げようとし、


「和音、園内さん、新しいポスターのことなんだけど______ 」


そう言いかけたところで、思いがけない人を目にし、口をつぐんだ。

勧誘初日に宝条先輩と一緒に居た先輩だ。

目が合い、なんとなく挨拶をしなければいけない気がして、口を開いた。


「えっと...中篠 若菜です。先輩は同好会に入られたのですか?」


「......一ノ瀬 紗耶香。ええ、そうよ」


そう言った一ノ瀬先輩は、何かを思いついた顔をし、


「.......五人 ということは...ようやく同好会結成かしら?」


と言った。

私が否定しようと思ったら、宝条先輩が代わりに説明してくれた。


「違うわ、さやか。わかなちゃんは部員じゃないけど、勧誘の手伝いをしてくれてるの」


「......そう」


その一言で会話は終わり、室内は沈黙に包まれた。


しばらくすると、突然和音が立ち上がり、沈黙を破った。


「あ、あのっ...!」


園内さんが少し驚いた顔をして、続きを促した。


「えっと、その、勧誘のことなんですけど、私たちの歌を聴いてもらう なんてどうかなって思ったんですけど...どうでしょう...?」


「いいんじゃないかしら。さやかみたいに感動して入ってくれる人が居るかもしれないし」


宝条先輩はそう言い、にやにやしながら一ノ瀬先輩を見た。


「......私は別に感動なんてしてない...」


「でしたら、ミニコンサートが良いですかね。そろそろ、ちゃんとしたステージが欲しいと思っていたところですし」


二人のやり取りをよそに、園内さんが話を進めた。


「ミニコンサート...。なんか、本当に合唱部みたい...!」


「みたい って...。まあいいです。

そうと決まれば早速練習するです」


「なら、私はその内容も含めたポスターを作るよ」


「若菜ちゃん、ありがとう!ポスター作り頑張ってね」


「ああ、和音も練習頑張れよ」



第二音楽室を出た私は、教室に戻り、新しいポスターを作ることにした。



どんなデザインにしようか、前に作った物とどう変えようか。そんなことを考えながら試行錯誤を繰り返していると、あっという間に時間が経ってしまった。


「もうこんな時間か...」



和音たちはミニコンに向けて一生懸命練習してるのかな...。


あともう一人メンバーを勧誘できれば...。


......。


...そしたら、私は自分の役目をやり遂げたことになる。


集団のことにはもう深入りしないって決めてた私が、"合唱"っていうだけで惹かれて、易々と協力を申し出ちゃったけど、案外どうにかなりそうなもんだな...。



考え事をして、少しぼんやりしていた私は、ドアが開く音で我に帰った。


「あっ、若菜ちゃん!

まだ教室に居てくれたんだ...!」


音のした方を向くと、そこには和音が立っていた。



「ああ、ポスター作りが思ったより時間かかってな。

まあ、そうじゃなくても先に帰る訳ないけどな」


そう言って私はクスりと笑った。


「ご、ごめん」


「別にいいよ。そんなことより、練習を切り上げたってことは、これから勧誘するのか?」


そう言いながらもう一度時計を見たが、下校時刻にはまだ一時間ほど時間があった。


「ううん、ここに来るまでに誰にも会わなかったから今日はいいでしょう って園内さんが。

それと、ミニコンで歌う曲がまだ決まってないから、今日は基礎練だけで終わりなの」


「...そっか」


「若菜ちゃん...?ど、どうかしたの?」


「い、いや、ちょっとな」


もしこのまま誰も入部しなかったら...。

ふと思いついたことが頭を離れず、少し暗い気持ちになった。

しかし、何の根拠もない不安を和音にまでさせる訳にはいかないと思い、言葉にはしなかった。


「二人とも、帰り仕度は済んだですか?」


微妙な間が空いてしまうかと思ったその時、園内さんが入ってきてくれ、少しほっとした。


「あ、園内さん、もう荷物まとめたの?は、早いね」


「見たところ、仕度が済んでいないのは橋留さんだけのようですが」


「えっ?!」


和音が素っ頓狂な声を出して、私に振り向いた。


「私は先に、だいたい荷物をまとめておいたからなあ」


「橋留さん...」


「ご、ごめんなさーい!」




その日の帰り道は、三人で話しながら歩いていると、いつもより周りの景色が流れるのが速い気がした。


「____それで、やっぱり難しいんだなあって。こ、高校の勉強」


「...そうそう。そんな話をしてたんだ」


「予習しててもよく分からなくて、せ、先生に後で聞くことになったりとか」


「そ、そうそう」


「園内さんはどうだった?」


「私は別に、今のところそこまでは」


「そっか...。す、すごいね!」


「そんなことより、もう駅ですよ」


「あ、ホントだ...」


「いつもより早いなあって気はしてたけど...」


それが話をしていたからなのか、考え事をしていたからなのかはわからないが。


私と園内さんは電車通学で、そうじゃない和音とは駅で別れるのがいつもの流れだ。


「では橋留さん、私たちはここで」


「また明日な...和音」


「う、うん!ばいばーい!」


どことなくぎこちない和音を見て、やっぱり和音も不安なのだろうかと思った。


「中篠さん。もうすぐ電車も着きますし、ホームに出ましょう」



どうすれば興味を持ってもらえるだろうか、どうすれば同好会に入ってもらえるだろうか、どうすれば......。



「中篠さん、中篠さん?」


「...ん?あ、ああ」


「メンバー勧誘ができるのも、あと一週間くらいですね」


「...そうだな」


「明日からはミニコンサートもありますし」


「...そうだな」


「もっと色々な人と合唱したいですけど、どのくらいの人が入ってくれるですかね」


「...そうだな」


「中篠さん、とても橋留さんのことを気にしてるですね」


「...そうだな」


「ふふっ」


「あ...」


園内さんの笑う声で、自分がそれまで生返事をしていたことと、直前の質問の意味に気がついた。


「やっぱり、そうでしたか」


「ま、まあね」


「そもそも中篠さんはどうして、私たちに協力しようと思ったですか?」


「私も合唱が好きだから...ってとこかな」


「では、それなら同好会に入るつもりがないのはなぜです?」


「......」


「答えたくないのなら、特に詮索する気はないですが」


園内さんの口調は、興味本位や好奇心のそれではなかった。

私は少し考え、口を開いた。


「私さ...中学の時、バスケ部だったんだ。そこで仲間同士、いろいろあってさ」


「...はい」


「みんながみんないいやつらばっかりだったのに、そんなやつらが集まって一緒になると、見えなくていい面まで見えてくるんだ。もちろんそういう部分は誰にでも、私にもあるだろうって思ってもいる。

...それでも私は、人がたくさん集まってくる場所には居たくないんだ」


「そうですか...」


少し間が空き、園内さんがもう一度話を始めた。


「では中篠さん、もう一度聞くです」


「......」


質問の内容には予想がついていたが、黙って聞こうと思った。


「本当に...同好会に入るつもりはないのですか?」


「...ない、かな」


予想通りの質問に、用意していた答えを返す。

これが今の私にできることだから。


「あ、今の質問はお気になさらず。

中篠さんがメンバーに加わってくれるなら、私は仲間として喜んで迎えるです。違うなら違うで、私は集まったメンバーと一緒に好きな音楽を生み出すだけです」


「...うん」


...やっぱり園内さんは、私の思った通りの人だ。

他人に興味がないと言うべきか、深追いも執着も、きっとこの人はしないのだろう。



車内アナウンスが、私の降りる駅名を告げた。


...もう降りる駅に着いたみたいだ。


「それじゃ、私はここで」


「ええ。また明日です」



電車を降りると、冷たい風が肌を刺した。


日が落ちると、外もまだまだ寒いな。

もう春なのに...。



クシュン



小さなくしゃみを一つして、私は帰路についた。




「あ、若菜ちゃん、ポスター完成したの?!」


第二音楽室に入ると、真っ先に和音が声をかけてきた。


「ポスター自体は完成したんだけど、葉月会長が見当たらなくて...」



「____それで、コンサートをするにあたって、歌う曲、その楽譜、それぞれのパートを決めなければいけないです」


「......思ったよりたくさんあるのね...」


「ちゃっちゃと決めて早く練習したいわね...」


声の方に目を向けると、園内さん、一ノ瀬先輩、宝条先輩が難しい顔で唸っていた。



「それで、こっちに葉月会長が居ないかな って思ったんだけど...」


「こっちには来てないねー」


「そうみたいだな」


ここでの用件が済み、部屋を出ようかと思ったその時、


「わかなちゃん!」


私に気付いた宝条先輩が声をかけてきた。


「どうも、こんにちは」


「いつも勧誘のお手伝いありがとう!

とっても素敵なポスターだわ」


「いえいえ、そんな...」


感謝されることや、ポスターを褒められるのは嬉しいが、同好会に入らないという後ろめたさがあり、素直に喜ぶことはできなかった。


「お礼に、ぎゅーってしてもいい?」


「え!?いや、その...」


「どうかしら?」


「ええっと、うーん____って、あれ?」


予想外のお願いに戸惑っていると、一ノ瀬先輩が宝条先輩の手首を掴み、軽く引き寄せた。


「...こら、後輩を困らせるんじゃないの」


「わ、わかったから...。さやか、手首離して、痛いわ...」


「......全く。...迷惑かけちゃって、悪いわね」



「宝条先輩、中篠さんにはブレーキが効くのに、どうして私には効かないですか」


園内さんが、半ば呆れながら疑問を口にした。


「だって、こはるちゃんの可愛さは特別だもの♪

ぎゅー____ 」


「...す、み、れ」


そう言って、一ノ瀬先輩がもう一度宝条先輩の手首を掴んだ。


「わ、わかってるってば...。痛いのは、流石に...」


「......あら、そんなに痛くしていないと思うけど」


「あははは...」



「それで若菜ちゃん、この後どうするの?」


「うーん...」


「せ、せっかくだし...若菜ちゃんにもここにいて欲しいなあ。それで、一緒に話し合いとか、してもらいたいかなあ」


「そうだな...。でもポスターのことがあるし、もう一回生徒会室に行ってみるよ」


「そ、そっか、わかった」


私は軽く礼をして、第二音楽室を出た。


和音の提案を断ったのは、ポスターを葉月会長に見せなければならないというのがもちろん主な理由だが、これ以上同好会に深く関わることを避けたいというのもまた一つの理由だった。




生徒会室に着いた私は、ノックをしてドアを開けた。


「失礼します」


「あら、若菜ちゃん。こんにちは」


「こんにちは、葉月会長」


「あら、それは...?」


葉月会長が私の手元を見て、不思議そうな顔をした。


「ポスターです。合唱同好会の」


「そうなのね。それじゃあ、手続きするわ。

一旦渡してもらえるかしら」


「はい、お願いします」


葉月会長はポスターを見ると目を細め、口を開いた。


「それにしても、今回も上手ねえ」


「そうですか?ありがとうございます」


「この素敵な絵、もらいたいって思っちゃうくらいだわ。____はい、どうぞ」


「ありがとうございます。

ところで葉月会長、さっきまでどこにいらしたんですか?」


「どうして?」


「実はさっきも生徒会室に来たんですけど...その時はいらっしゃらなかったので」


「ああ、そうだったの。実はちょっと、吹奏楽部の方にね」


「そうだったんですか」


「ええ。生徒会の仕事で忙しくて、しばらく顔を出せてなくって。部員の勧誘も、みんなに任せっぱなしで...」


「吹奏楽部のこと、大事に思ってるんですね」


「ええ。私にとって、とても大切なところなの。今は新学期の仕事で忙しいけれど」


「新学期の、仕事...」


「そうよ。同好会新設の件も、その一つなの。

それじゃあ、第二音楽室に行きましょうか」



葉月会長と二人で廊下を歩いていると、前方から微かに歌声が聞こえ、私の足はそれ以上前に進もうとしなかった。



「......!」


「あら...?」



この、曲は...!



「何の曲だったかしら、みんなもうミニコンサートの練習を始めて____って、若菜ちゃん...?」


「...あっ、あの!私、用事があるのを忘れてました!すみません、今日はもう帰るんでみんなに伝えてもらえますか?」


「えっ?若菜ちゃん、どうしたの、そんな急に____ 」


「ポ、ポスターはしっかり決められたところに貼っておくので!失礼します...!」


葉月会長の反応を待たずに私は駆け出し、心に迫ってくる何かを振り払うように走り続けた。




電車を降り、一人で歩いていると、振り払ったはずの何かが再び私の心を蝕み始めた。



みんなの歌声、聞いちゃった...。



「う、う...っ」


しゃくり上げるように息をすると、今度は咳が出始めた。



絶対聞かないようにって、思ってたのに...。



涙があふれ、こぼれ落ちた。


挿絵(By みてみん)


また合唱への憧れが出ちゃうじゃないか...!



「う、うぅ...」


咳としゃっくりを交互に繰り返しながら歩き続ける。



いざこざ1つ解決できない、こんな私なのにっ...!



咳は悪化を辿るばかりで、止まることを知らない。



「うぅ···っ!」


やがて鼻水も出始め、心と連動しているかのように、身体が障礙を訴えだした。




翌朝、学校に着き、和音と園内さんに会うと、


「風邪?」


「大丈夫ですか、中篠さん...」


マスクをしている私を見て、和音と園内さんが声をかけてきた。


「あ、ああ」


そう答えたが、直後に咳が出てしまい、説得力を失ってしまった。


「あまり大丈夫そうには見えないですが」


「咳が出て喉も痛いけど、熱はないしそんなに大したことないって」


「お医者さんには行ったの?」


「行ったよ。気候の変化でちょっと喉を悪くしただけだって」


「そうなんですか?」


「ああ。私、小さい頃から鼻とか喉をやりやすかったんだ。よくあることさ」


本当のことではあるが、二人に余計な心配をかけないため、わざと軽い口調で私は答えた。


「そ、そっか...。でも、もし私たちに何かできることがあったら、遠慮しないで言ってね!」


「わかった。ありがとう、和音」



「そろそろ朝のホームルームですね」


「そうだな」


「それじゃあ園内さん、またお昼休みにね」


「ええ」


そう言って、園内さんは自分の教室へ歩いていった。



「ところで、和音」


園内さんと別れてから、ふと気になったことがあり、和音に声をかけた。


「な、なあに?若菜ちゃん」


「今日の一限って、何だっけ」


「ええっと一限は...体育だね」


「げっ...」


予想外の答えに、思わず声を漏らしてしまった。


「あっ...。だ、大丈夫...?具合悪くなったばっかりなのに...」


「うん、まあ無理しない程度に参加するかな...。体育は好きだし」


そして、私はまた一つ咳をして、教室に入った。




「「今日から放課後、ミニコンサートを行います!場所は第二音楽室です!合唱に興味がある方、是非いらしてください!」」



「はあ...。とりあえず、購買に来る人たちの第一波は終わったですかね」


「そうだね。お、お昼休みの人混みは辛いけど...若菜ちゃんが来るまで二人で頑張らないと」


「割と苦しそうな声をしてた筈ですが...。宝条先輩が暴走すると困るから、先輩方には別のことをやってもらってますが...中篠さんは本当に来るですか?」


「うん。保健室で少し休んででも来るって」



購買を目指して歩いていると、和音と園内さんを見つけた。

二人は話をしているようで、近づくにつれ、徐々に声が聞こえてきた。



「いくらなんでも、そんなに無茶しなくてもいい気もするですけど...」


「う、うん。____でも、私は嬉しいなあ」


「...?」


「若菜ちゃんは同好会に入るつもりがない って言ってたけど...そ、それとは関係ないところでも、私は若菜ちゃんと仲良くしたいから」


「同じクラスだから、ですか...?」


「そ、それだけじゃないよ。若菜ちゃんがポスターを作ってくれたり、一緒に勧誘してくれなかったら、先輩たちは入ってくれなかったかもしれないから...」


「それもそうですね。そのことに関しては、私もお礼を言わなきゃです」


「若菜ちゃんが、同好会を作るきっかけをくれたから...。自分が入らない同好会のサポートをしてくれるような人と...こ、これっきりで一緒に居なくなるほうが無理だと思うから...」



和音...そんな風に思ってくれていたのか...。



「あ、中篠さん」


「え!!?若菜ちゃん!?」


「!!?!?」


私に気づいた園内さんに声をかけられた。

急なことだったのと、それまでの話の内容もあり、私と和音はお互いを見て、不自然な反応をした。


「若菜ちゃん、ひょっとして今の話____ 」


和音が咳き込み、話はそこで途切れた。


「え!?えーっと...。な、何のことだっ?」


言い終わると同時に私も咳き込み、おかしな会話になってしまった。


「大丈夫ですか、中篠さん。むせる程のことですか、橋留さんも...」


そんな私たちを見て、園内さんが ふっ と笑った。




放課後、時間を見計らい、私は第二音楽室に向かった。


「はああ...。四人で初めてのミニコン、緊張したわあ...。でも、とっても楽しかった...!」


「お、お疲れさまでした...」


「お疲れさまです」


ミニコンを終えた先輩たちに声をかけると、


「あっ、若菜ちゃん」


「中篠さん、来てたんですか」


和音と園内さんが少し驚いた様子で私に振り向いた。


「和音も園内さんも、お疲れ。そろそろ会員募集の話まで終わったかなと思って、合流したくて」


私は続けて二人に声をかけ、来た目的を告げた。



「あ、そういえばごめんなさい、ミスしてしまって...」


「大丈夫よ、かずねちゃん」


「そうですよ橋留さん。私もまだまだ今のベストを出せた気はしてないです。明日また出せればいいですから」


申し訳なさそうに謝る和音に、宝条先輩と園内さんが明るく声をかけた。

そのやり取りに険悪な雰囲気はなく、私は少し安心した。


「宝条先輩、園内さん...」


「...歌が終わった後、来てくれた子たち全員に握手をせがんで回るほうが...前代未聞だわ」


そう言って、一ノ瀬先輩は呆れた様子でため息をついた。


「わ、わかったってば。もうしないからあ...」


「でも、菫先輩の歌声、素敵でした...」


「ほんと?ありがとう。同じソプラノだし、かずねちゃんも一緒に頑張りましょうね」


「あとは、見に来てくれる人をもう少し増やしたいですね」


「...そうね。勧誘と並行して、そっちもしっかりやっていかないと...」


「来てくれた人たちが八人で、ミニコンの新しいビラをじっと見ていた人は二人か三人だったですかね」


「そうか...」


厳しい現実に、少し気分が落ち込んでしまった。


「なので中篠さん、そちらももう少しよろしくお願いするです」


「あ、ああ」


私は勧誘の役に立っているのだろうか と、暗い考えが頭をよぎったが、今自分にできることを全力でやるしかない と自分に言い聞かせた。




翌日の昼休み、三人で勧誘をするため、和音と二人で園内さんを待っていると、


「き、今日こそは...」


和音がボソッとそう呟いた。


「か、和音?」


少し様子がおかしいと思い、声をかけてみた。


「今日こそは...。い、今までみたいに失敗しないように...」


私の声が届いていないようで、再び和音が呟いた。


「和音...大丈夫か...?」


私が再び声をかけると、


「あ...。う、うん」


和音は返事をしたが、その顔と声には明らかに動揺が表れていた。



和音も、焦ってるんだ...。



部外者の私ですら気にしているのだから、当事者の和音が気にするのは当然なのだが、実際に目にしてみると、どうにかしなくては という気持ちが強くなった。


「橋留さん、中篠さん」


「園内さん...」


「お待たせしたです。それでは今日も、勧誘を始めましょうか」


「そ、そうだね。今日も、頑張らないと...」


和音の言葉はそこで途切れたが、その後には、


『ミニコンも、メンバー勧誘も、あと数日だから...』


と続くのではないかと思った。


「橋留さん...?」


園内さんが異変に気づいたようだが、それ以上何かを言うことはなかった。



「放課後、ミニコンサートを行います!」



和音...。



「「「場所は第二音楽室です!合唱に興味がある方、ぜひいらしてください!」」」




数日が経ち、ミニコンの最終日、そして、同好会の設立期限日の昼休み。


私たちは最後の勧誘をするため、購買に集まった。


「「「放課後、ミニコンサートを行います!場所は第二音楽室です!合唱に興味がある方、ぜひいらしてください!」」」



最後のミニコンを目前に、見に来てくれる人の数は少しずつ増えてる...。


和音もみんなも、ミニコンに慣れて、ミスがなくなってきた って言ってる...。



「もう、お昼休みが終わっちゃう...」



それでも...。



「みんなに、伝わってないのかな...」



和音...。



「合唱の、いいところ...」



そんなこと、ないよ。



「橋留さん?」


突然尻もちをついた和音に、園内さんが声をかけた。


「な、何だか腰が抜けちゃった...。私、今日の最後のミニコンに行くの、すっごく怖いよ...」


そう言った和音は、今までに見たことがない、怯えた表情をしていた。

そんな和音を見ていると、ふと、あの時の和音の言葉が頭の中で響いてきた。


『____若菜ちゃんが、同好会を作るきっかけをくれたから...』


「......」


胸の内で様々な感情が渦巻き出した。

集団への嫌悪感、合唱への憧れ。

そして、和音や同好会の力になりたいという想い。


「合唱の魅力...私じゃ伝えられないのかな...?」


弱々しく呟いた和音を見て、私は決意をし、口を開いた。


「大丈夫」


「若菜ちゃん...」


「みんなが、和音が教えてくれたんだ。こんな私にも、できることがあるって」


「中篠さん...」


「私に助け舟を出してくれた人が、私を救ってくれた歌や音楽を通じて、何も与えられない訳がないじゃないか」


「で、でも...。私...」


「これからも一緒にやっていきたい。和音に安心して歌ってほしいんだ。そのためなら私は同好会のメンバーにもなる。そうしてでも、みんなに合唱の力を見せてやる」


「...わかった。最後のミニコンは歌うことだけに集中する。私、やってみるよ」



四人が歌う、最後のミニコンサート...。

これからは、私も加わって...。



調子が悪くて嗄れた声だけど、私は自分の決意を言えた。



この場所だけは、絶対に壊さない。

今日は私の、もうひとつの誕生日...!



「お疲れさま、和音。お前の歌はやっぱり、私の心に響いたよ」


最後のミニコンが終わり、私は和音に声をかけた。


「そっか、よかった。ありがとう」


「それで、中篠さん、本当になってくれるですか。同好会のメンバーに」


「ああ。みんなが辛いと思った時、合唱の魅力が再認識できるように...私もやれることをやるよ」


挿絵(By みてみん)


「そう、ですか」


「早く風邪を治して歌えるようになります。これから、よろしくお願いします」


そう言って私は軽く礼をした。


「...よろしく」


「よろしくね。____って、こはるちゃん...?」


「......」


「こはるちゃん?」


宝条先輩に声をかけられた園内さんは、どこか浮かない顔をしていた。


「あ、ええと...。よろしくお願いします」


不自然な間があったが、それが何なのかは私にはわからなかった。


「若菜ちゃん、私に自信をくれてありがとう。これから、一緒に頑張ろうね!」


和音が屈託のない笑顔でそう言ってくれた。


「ああ。こちらこそ、ありがとう」



これから私の新しい日々が始まるんだ。

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