12.5輪
同好会メンバーそれぞれが喜びの声を上げていた中、ふとるいは深呼吸をして、第二音楽室の窓際のほうへと向かった。みんなはそれに気づくと、どうしたのだろうかと静けさを取り戻した。
るいはおもむろに第二音楽室に置いてあるピアノの前に座り、1つの曲を奏で始めた。それは、私のようにそこまで音楽の素養がない人でも、一度は耳にしたことがあるとされるクラシックの曲。また私と弥生にとっては、るいが初めて演奏してみせてくれた曲でもあった。
小3だったあの日、この曲を弾き終えて私たちのほうを振り返ったるいは、本当に恥ずかしそうにしていた。今だって、緊張の解けた様子で演奏をしている表情も、じっと窺ってみればほんのり赤らんでいるのが分かる。きっと一度伴奏を断った手前、ばつの悪さがまだ残っているんだろう。そんな今と比べても、あの時は何倍も真っ赤な顔をふるふると震わせていた。
『どうだった、かしら』
『るいすごーい! お姉ちゃんよりも上手いって思っちゃったくらいだよ!』
『そ、そうなの?』
『うん!』
『なあ。るい、こんなにすてきなのに、どうしてあのとき聞かせてくれなかったんだ?』
『あのとき……?』
『るいがピアノをひいてたのを、わたしが初めて見たときだよ』
『あれは……ピアノ練習してたら、わかなが急に部屋に入ってきたから』
『照れなくたっていいじゃん、るいー』
『う、うるさい!』
『そうだよ。もっと自信もっていいと思う』
『それとさ、るいとピアノのこともっと聞かせてよー』
『私も聞いてみたい』
『そんなに……?』
『で、よかったらもっと色々弾いてみせて!』
『ああ。この曲も、他の曲も。気が向いたらでもいいよ、るい』
思い出を呼び起こするいの手は、優雅に、それでいて堂々と、鍵盤の上を踊っていく。そこから紡ぎ出されるメロディは、時に強く、時に優しげに、時に切なげに、私たちの耳と心に届き、そして第二音楽室全体を満たした。
しばらくぶりに聞くその音色に、るいの演奏はやっぱり凄いんだという安心感と、そのるいがサポートに入ってくれることへの心強さを覚えた。同時に、るいがその演奏を私たちだけでなく、同好会のみんなにも聞かせてくれたことが誇らしかったし、何より、ピアノに向かうるいがとても楽しそうにしていることが、心の底から嬉しかった。
弥生はと言えば、どこか得意気な顔を見せつつ、一方で安堵の小声を零した。
「にしても、よかった。園内さんが上手く頼み込んだのに、それを断ろうとするんだから驚いたけど」
「ひやひやさせないでくれよ。あんなに急にけしかけるんだから」
「強引なやり方しかできないからさー、誰かさんと違って」
「本当に、調子のいいやつだな」
軽口を叩き合いながらも、私と弥生は笑顔を抑え切れずに、るいを見守った。
同好会のみんなはその演奏に息を呑み、るいの姿に目を見張り、うっとりとしていた。ピアノの上手な先輩方さえ「素敵……」と呟いたくらいだった。
数分間の演奏の後、るいは立ち上がってみんなのほうに向き直り、もう一度深呼吸をした。
「こんな私の演奏を聞いて、何かを感じてくれたなら……!」
そして、最後まで滲んでいた僅かな気まずさを吹き飛ばすように、改まってお辞儀をした。
「こんなにすごい演奏――伴奏を断るなんて、どれだけもったいなかったことか。お手伝いしてもらえて嬉しい限りです」
園内さんの言葉とともに、同好会のみんなは我に返ったように拍手を始めた。弥生はるいに駆け寄り、喜びを我慢できずに背中へと飛び付く。私はそれを見届けて、拍手に加わった。演奏に感激し、るいを暖かく迎え入れるその音は、廊下まで響いたまま、しばらく止む兆しを見せなかった。