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Armonia  作者: ArmoniaProject
14/28

12輪

「それでは、今日の活動はこれで終わりにするです。お疲れさまです」

 園内さんの声が第二音楽室に響き、思い思いの言葉を交わしながら後片付けをする私たち。合唱同好会で発表会に出ることが決まってから数日、自分が考えていたよりは練習もスムーズに進んでいた。一方で、そのことが逆にとある事情に対する私たちの焦燥感を掻き立ててもいるみたいで――。

「ピアノ伴奏ができる方、空から降ってきたりしないですかね」

「そ、そう簡単にはいかないなあ」

 冗談めかしてはいても、声色には焦れったいという思いが混じっているみたいだ。そんな園内さんに、ありきたりな返答しかできない私。5人というただでさえ少人数の合唱同好会で、メンバーの1人が伴奏をしながら合唱にも参加する――それが発表に大きく支障を来すことは、素人の私でも何となく察しがついていた。きっと、帰り支度をしているメンバー全員が同じことに頭を悩ませているだろう。

 そんな折だった。第二音楽室を出た私の前に、個人的によく見知った彼女が現れたのは。

「なるほど、ここが合唱同好会の活動場所かあ」

「弥生? どうしてこんなところに」

「若菜が教えてくれたんじゃん。ここでいつも活動してるって」

「いや……そうじゃなくて」

 出入口を出てすぐ、噛み合わないやり取りをしていると、私に続いて園内さんがひょっこりと顔を出す。

「外城さん、どうしてこんなところに。何かご用です?」

 私と似たような反応をして、頭に疑問符を浮かべる園内さん。釣られて私まで別のことを疑問に思いかけたけれど、すぐにその答えには気がついた。

「ああ、そういえば2人は同じクラスだったな」

「そうそう」

 不意の私の言葉にも相槌を打ち、一呼吸置いて彼女は続けた。

「園内さん、ゴールデンウィーク明けから同好会の話するときいつも浮かない顔してるから、実は気になってたんだ。それで来てみちゃった。あと、若菜の様子も見てみたくって」

「いや、そうではなくてですね。例えば、もしかして我らが同好会に興味を持ったとか」

「うーん。残念だけどそうじゃないんだ。でも、話を聞かせてもらった感じ、朗報かもよ?」

「本当ですか?」

「弥生、ちょっと待ってくれ。話を聞いてたって――」

「様子を見てたら、2人のやり取りがちょうど聞こえちゃったんだー」

「まあ、気にしなくても大丈夫ではないですか。いい知らせなら、ぜひ聞いてみたいですね」

 横槍を入れる私を気にも止めず、朗報という単語に目を輝かせる園内さんと、笑顔を崩さない弥生。2人の表情に、何だか嫌な予感が私の胸の中で渦を巻き、視界がほんの少しぐらりとした。弥生が屈託のない笑みを見せるときは、良くも悪くも、必ず何かしら周囲を掻き回す計画を立てているということを、私は知っている。

「それで外城さん、朗報とは何ですか?」

「それはね……」

 弥生から耳打ちで説明を受ける園内さんの表情が、一段と輝きを増していく。それに伴って、私の落ち着かなさも強まっていた。そう思った側から、あれよあれよと言う間に宝条先輩たちも第二音楽室の出入口までやってきた。

「あら、どなたかしら」

「ああ、こちらは私のクラスメイトの――」

「私の幼馴染の弥生――」

「どうしたの? 2人とも、被っちゃってるよ」

園内さんと私が同時に説明しようとしたことにくすくすと笑い、間髪入れずに弥生は自己紹介をした。

「1-Cの外城弥生、バスケ部所属! 若菜とは小学校からの付き合いで、園内さんとはクラスメイト! あと、姉が三ヶ瀬で生徒会長やってます! どうぞよろしくー」

 その姿を横にして、私は釈然としない心持ちでいた。弥生の企みが、プラスに働いてくれることを願いながら。



「……貴方が、会長の妹さん」

「はい、姉がいつもお世話になってます!」

「そんなことないわあ。私たちこそ、いつも葉月先輩にはお世話になってばっかりで――」

 予期しない訪問者に、一ノ瀬先輩も宝条先輩も口数が増していた。

「ふふふ、外城さんのおかげで発表会の準備は一歩前進、というところですかね」

「そうなの?」

 園内さんは、弥生から聞かせてもらった『朗報』にどこか胸を踊らせている。和音もその横で、園内さんがそう言うなら一歩前進なんだろう、と期待を膨らませているみたいだ。

 そして、私たちを先導するように一番前を歩く弥生が、ちょうど話の切れ目に、ぴたりと足を止めた。廊下を抜けて辿り着いたのは1年C組、弥生と園内さんのクラスだ。弥生は勢いよく扉を開く。がらがらと鳴り響く音の向こう、教室の中の机に、1人の生徒が座り、頬杖をついて物憂げに窓の外を眺めていた。

 その姿が誰か解ると同時に、私は弥生の企みの大方を把握し、嫌な予感が頂点に達した。

「るい、お待たせー」

「弥生! あんたいつまで待たせ、れば――」

 弥生が『るい』と呼んだ彼女の声は、返答の途中で途切れた。るいにしてみれば、ふと振り向いてみたらこのよく知りもしない大所帯が揃いも揃って注目の視線を向けているんだから、驚くのも無理はない。

「弥生、若菜……いったいどういうことかしら」

「るい――」

「槇岡さん。私から」

 私より、誰より先に説明の口火を切ったのは、園内さんだった。

「な、何、園内さん」

「単刀直入にお願いするです。合唱同好会に、協力をしてもらえないですか?」

 目の前の彼女が、ピアノを弾ける。その事実に、私を除く同好会全員の目が輝いていた。

「……」

「6月1日に発表会があって、そこでピアノ伴奏をしてほしいんです」

「わ、私、そういうのは」

「槇岡さん」

「ええと……」

 押され気味でたじろぐるい。それに対して、園内さんは柄にもなく本気で困っている素振りをした。

「どうしても、ダメですか?」

「うう、参ったわ」

 るいは観念して溜息を吐くと、やってしまったと言わんばかりの視線を私のほうへ向けた。

 伴奏やってくれるの、ありがとう。同好会のメンバーは後ろから何も知らずにるいへ感謝を伝えている。私はその中で1人、どんな顔をすればいいか分からなくなっていた。園内さんを良いように唆してしまった弥生に。弥生の進言を受けて事を上手く運んだ園内さんに。弥生の企みに物の見事に乗せられたるいに。そして、同好会とるい、その両方の事情を知る身として、一部始終を流されるままに見届けざるを得なかった私自身に顔向けできないまま、私はやり場のない目を、誰もいない教室の外へと送っていた。



 その日の夜、お風呂から上がった私は、何気なくスマートフォンを手に取った。すると、画面には新着メッセージが届いているとの旨が表示されていた。チャットアプリのKreisを開き、メッセージを確認する。送り主はるいだった。

『ごめん、若菜。やっぱり私には伴奏はできない』

 るいの事情を知りながら傍観することしかできなかった私は、どう返せばいいのかわからず、そのままスマートフォンを伏せた。そして、ぼんやりとしたやるせない気持ちを抱え、眠りについた。


 翌日の放課後、同好会のメンバーと弥生にKreisで事情を伝え、私たちはるいのもとへ足を運んだ。教室の扉を開くと、その音に反応してこちらを向き、私たちの姿を認識したるいは明らかに不快な表情を浮かべていた。

「るい……伴奏のことなんだけど――」

「言った通りよ。私には伴奏は無理。それだけ」

 恐る恐る声をかけてみるも、るいは私の言葉を遮り、強くそう言い切った。そして、失礼します、と言い残して教室から出て行ってしまった。

「行っちゃった……」

「一度は引き受けると言ったのに、突然どうしたのでしょうか」

「……何か事情があるんだと思う」

「うーん、困ったわね……」

 るいの反応を見るに、やっぱりまだあの時のことを引き摺っているのだと思う。無理もないとは思うが、るい以外に伴奏を頼める人に心当たりはないため、ここで引き下がる訳にもいかない。せめて、るいから直接本音を聞ければ……。

「全員で行くより、少人数の方が話しやすいかな……」

「そうかもね。じゃあ、明日は私と若菜で行こっか」

「よろしくお願いするです」

 それから弥生と別れ、同好会の活動をすることになった。第二音楽室にはやや重い空気が流れていた。

「槇岡さん、伴奏してくれるのかな……」

 柔軟をしながら呟いた和音の言葉は、ここに居る全員の気持ちを代弁するものだった。

「できる限りの説得はしてみるけど、どうなるかはわからないな……」

 心の中で謝りながら、その場しのぎで形ばかりの返答をする。今はこれが精一杯だ。

「皆さん、気持ちはわかるですが、来るかどうかわからない人のことを心配していても仕方ないです。今は私たちにできることをやるです」

「……確かに、園内さんの言う通りね」

「そうね……。こはるちゃん、ありがとう! お礼にぎゅーってするね!」

「それはむしろ罰ゲームです! 離れろです!」

 室内の温度が少し上がったような気がした。とにかく行動しなければ、何も変わらないんだ。



 翌日、私は悶々としながら時計の針をじっと見つめ、授業が終わるのを待っていた。

 今日こそはるいときちんと話をするんだ……。

 ようやく放課後になり、はやる気持ちを抑えながら隣の教室へ向かった。まずは、弥生とるいの姿を外から確認し、教室内の人がまばらになったのを見てから足を踏み入れた。

 るいは私に気付くと立ち上がって歩き出そうとしたが、弥生に手首を掴まれ、渋々腰を下ろした。

「るい、ごめん。私、あの時のこと知ってるのに園内さんのこと止められなかった。やっぱりまだ気にしてるよね……」

 るいは中学生の時、ピアノの演奏会で大きな失敗をしてしまった。そして、それを引き摺って校内の合唱コンクールの伴奏の選考まで落ちてしまい、それ以降ピアノが弾けなくなってしまった。

「……」

 るいは何も言わないが、肯定と捉えるのが妥当だろう。

「だけど、私たちは諦める訳にはいかないんだ」

 すると、それまでだんまりを決め込んでいたるいが口を開いた。

「でも、また失敗するかもしれないし、そうしたら若菜たちにだって迷惑かけちゃうし……」

 私とるいと弥生は小さい頃から遊んで、仲良くなって、色々なことを話してきた。喧嘩も言い争いもした。だけど、その度に仲直りもした。だから、今回だって……。

「失敗しない人なんて居ないし、誰にも迷惑かけない人だって居ないだろ? それに、失敗したからもう二度とやらないなんて、るいはそれでいいの?」

「それは……」

「合唱同好会には、るいの力が必要なんだよ」

 るいはしばらく考えこんだ後、ふっと息を吐き、私をしっかりと目で捉えた。

「伴奏、やるわよ」

「本当に?!」

「ただし、今回だけだからね。次からはちゃんと伴奏してくれる人を探しなさいよ」

「十分だよ、ありがとう」

 胸を撫で下ろしていると、

「それじゃあ、るいの気が変わらないうちに報告しに行こうよ」

 と弥生が言い出した。

「えっ、ああ、そうだな」

 流れに乗せられた気はするけれど、特に問題もないだろう。


 第二音楽室に入ると、基礎練習が終わって次の練習に移ろうとしているところだった。

「あっ、若菜ちゃん! それに、外城さんと槇岡さんも!」

「ということは……?」

 園内さんがるいの意思の再確認を求めた。

「改めまして、伴奏をやらせて頂きます、槇岡るいです。昨日は酷い態度をとってすみませんでした」

「いいのよ。それに、私たちだって急に押しかけてごめんね」

 宝条先輩の柔らかい物腰のおかげで緊張がほぐれたようで、るいは穏やかな表情になった。

「それでは槇岡さん、伴奏よろしくお願いするです」

「うん……!」

 力強く頷いたるいの目には光が宿っていた。

「やったね!」

「上出来です」

「ありがとう!」

「……良かった」

 思い思いの言葉で喜びを表現するメンバーに、思わず頬が緩んでいた。

「伴奏者も決まったことですし、今まで以上に練習するですよ」

 また少し、室内の温度が上がったような気がした。

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