11輪
ゴールデンウィークが明け、合宿以来の部活です。楽しみですが、なんだかちょっぴり緊張します。
「若菜ちゃん、久しぶりの部活だね!」
第二音楽室へ向かう途中で、若菜ちゃんにそう言うと、
「久しぶりって言っても、まだ二日しか経ってないけどな」
若菜ちゃんは笑ってそう返しました。
「確かに……」
その後も色々なことを話していると、あっという間に第二音楽室へ到着しました。
第二音楽室には既に先輩方と園内さんが来ていました。私と若菜ちゃんが荷物を置くと、
「準備はいいですね。それでは始めるですよ」
園内さんが立ち上がり、そう言いました。少し張り切ってるみたい……?
基礎練習の体操を始めると、ドアをノックする音が聞こえました。
「空いてるですよ」
と園内さんが返事をすると、ドアが開かれ、
「失礼するわ」
そう言って葉月会長が入って来ました。どうかしたのでしょうか。
「今度ね、学校の近くのバラ園のオープニングセレモニーがあるの。それで、そこの野外音楽堂で発表会があるんだけど、あなたたちも参加してみない? 毎年吹奏楽部が出てて、今年も案内が生徒会に届いたからあなたたちに声をかけてみたの」
そして、葉月会長は園内さんに紙を何枚か手渡し、考えておいてね、と言い残して部屋を出て行きました。
葉月会長に渡された紙によると、オープニングセレモニーは六月一日の午後、近隣市町村の学校、一般の音楽団体が対象で、発表時間は一団体十分程度、応募締め切りは今週末とのことです。
「どうするですか、皆さん」
「せっかくの機会だし、ちょっと怖いけど私はやりたい……かな」
「そうだな、私も賛成」
「いいと思うわあ」
「……私もいいと思うわ」
「それでは、参加ということで話を進めるです」
園内さんは葉月会長に渡された紙の中から申し込み用紙を取り出し、記入し始めました。
「基本的な内容は記入したので、次はステージ配置案ですね」
「ステージ配置案って何?」
私がそう聞くと、
「私が説明するわ。ステージ配置案っていうのは、出演者がそれぞれステージのどの位置に立つのか、必要な道具は何か、というのを書くのよ。あとは、スポットライトを誰にどのタイミングで当てるかというのも書くのよ」
と宝条先輩が説明してくださいました。
「えっ、スポットライトなんてあるんですか!」
どうやら、私が思っていたよりも派手なステージのようです……
「うふふ、冗談よ」
「良かった……」
「和音はもう少し他人の言うことを疑った方がいいかもな」
若菜ちゃんは少し呆れた様子です。恥ずかしい……
「茶番はおいといて、こんな感じでどうですか?」
園内さんがささっと紙に図を描きました。ステージに向かって左から、ソプラノ、メゾソプラノ、アルト、ピアノと書かれていて、人は丸で、マイクは三角形で表しているようです。
「まあこれは伴奏者が居る場合の図ですが、どなたか伴奏者にアテはあるですか?」
園内さんの質問に答える人は居ませんでした。
「最悪、宝条先輩か一ノ瀬先輩にお願いするですが、できれば歌に集中して頂きたいので、提出するまでにそれぞれで探しましょう」
これには全員が返事をしましたが、探して見つかるものなのでしょうか……
「次に、歌う曲はどうするですか? まだ発表会まで三週間ほどあるので、せっかくなら私は新しい曲をやりたいですが」
「私もいろんな曲を歌いたいから新しいのがいいな」
私がそう言うと、先輩と若菜ちゃんが頷いたので、新しい曲をやることに決まりました。
「一つ提案があるですが、『風の声を聴きながら』という曲はどうですか?」
園内さんはスマートフォンを取り出し、音楽を再生しました。
ピアノの音が心地良くて、落ち着く感じの曲調だけど、聴いていると元気が出てくる素敵な曲だと思いました。
「素敵……」
曲が終わると、私はそう呟いていました。
「聴き入っちゃうな……」
「凄くいい曲ね!」
「……そうね」
「それでは、この曲は決定ということで」
私たちの反応を見て、園内さんは喜んでいるようですが、なんとなく感情を抑えているみたいで、変な感じがします。
「こはるちゃん、どうかしたの?」
宝条先輩も私と同じことを感じたのか、園内さんにそう聞きました。
「いえ、思ったよりすんなり決まったので、喜びと驚きが混じっているだけです」
園内さんは少し焦っているようにも見えたけど、本人がそう言うならそうなんだろうなと思い、それ以上気にすることはありませんでした。
「それより、もう一曲はどうするですか?」
「そうね、合宿の時に使った楽譜集から選ぶのはどうかしら?」
「……それが妥当ね」
色々な曲の楽譜を見ながらその曲を再生していくと、ある曲の時に全員が感嘆の声をあげました。
『そのひとがうたうとき』という曲で、合唱らしい曲調で、歌詞とメロディーが合わさって、胸の奥が熱くなる感じがしました。
「皆さんの反応を見ると、この曲が一番良さそうですね」
「そうね、じゃあ早速練習しましょう」
話し合いに時間を使ったので、基礎練習を飛ばして音取りをすることになりました。
一人で練習しようとする園内さんに宝条先輩が後ろから近づき、抱きつきました。
「なっ、何するですか!」
「こはるちゃんも一緒に練習しましょう!」
「私は一人で練習できるので結構です!」
「私もせっかくだから園内さんと練習したいなあ」
「橋留さんまで……分かったから早く離れるです!」
「本当!? 嬉しいわぁ」
宝条先輩が園内さんから離れると、園内さんはこほんと咳をして、酷い目にあったです、と呟きました。
「それじゃあ最初はユニゾンだから、途中まで一緒に歌ってそれからパート毎に分かれましょう」
「はいっ!」
「分かったです」
そして、合宿の時と同じ要領で音取りをしていきました。
あまり苦戦する箇所もなく、思ったよりスムーズに進みました。
二番まで音取りが終わり一旦休憩になったので、私は園内さんに気になったことを聞いてみることにしました。
「ねえ園内さん、ソプラノの音取りしてる時にたまに小さい声でハモってくるけど、もしかしてこの曲歌ったことあるの?」
「えっ!? ええまあ、そんなところです」
特になんてことのない質問だと思うのですが、園内さんは驚いていました。無意識だったとか……?
「やっぱり! 知ってる曲を他のパートが歌ってると、自分のパートで合わせたくなるよね!」
「そうね。あとは、他のパートでも好きな旋律かあると、覚えて一緒に歌ったりとか。気に入った曲だと全部のパートを覚えたりなんかも」
「お二人もそういうのあるですか」
園内さんは驚きつつも、共感されて嬉しそうに見えます。
「吹奏楽やってた時のことなんだけどね、みんなが同じこと考えて合奏になったりしたことがあったなー」
「あー! 私のところもあったわ!」
「合唱でも同じことがあったです。全体で合わせるより楽しいですよね」
しばらく話が盛り上がり、予定よりも長く休憩してしまいました。
その後、曲の最後まで音取りをして、今日の部活の反省会を全員ですることになりました。
反省会では、それぞれのパートの進み具合を報告し合い、次の練習で何をするかを決めました。
「そうだわ、反省会はこのくらいにして、発表会での挨拶を考えましょう」
反省会が一段落したところで、宝条先輩が手を叩いてそう言いました。
「……そうね。早い内に決めておきましょう」
一ノ瀬先輩がそう言うと、若菜ちゃんが少し唸ってから話し始めました。
「『私たちのハーモニーをたくさんの人に聞いてもらうことを目標に頑張っています』って感じでどうですか?」
「いいわね! わかなちゃん、ありがとう!」
「どういたしまして。歌では足を引っ張ってばかりなので、せめてこんな時くらいはお役に立てれば嬉しいです」
「……足を引っ張ってなんかないわ。中篠さんが努力してるのはよく分かるし、確実に上達してるわ。だから、もっと自信を持って欲しい」
「一ノ瀬先輩……ありがとうございます」
一ノ瀬先輩、若菜ちゃんのことよく見てるんだな……
喜びを噛み締めている若菜ちゃんを見ていると、なんだか胸の奥が熱くなってしまいました。
「では、挨拶はそれで決まりですね。話は変わりますが、少し皆さんにご相談があるのですが」
園内さんが急に背筋を伸ばしてそう言いました。
「何かしら?」
「合唱は比較的お金のかからない活動だとは思うですが、同好会を創設したばかりで新しい楽譜を沢山買いましたし、そろそろ金銭的に辛くなっている時期なんじゃないかと思いまして」
「……私はそうでもない」
「楽譜って言っても全部で3000円くらいだったし、安いもんだよなー」
「あれ、皆さんそんなに困窮してない……? でもほら、これから大会出るなら交通費もかかるですし、キーボードだってずっと先輩方からお借りしているのもまずいでしょうし!」
「……別に部に置きっぱなしでも気にしないけど」
一ノ瀬先輩の反応は鈍く、園内さんが焦り始めました。
すると、宝条先輩が一ノ瀬先輩に何かを耳打ちしました。
「……今後、楽譜を買うためにお金をためておくのは悪くないかもしれないわね」
一ノ瀬先輩の態度が急に変わりました。
一体、どんなことを言ったのでしょうか……
「せっかく皆で活動するんだものね、部の備品として皆で道具を揃えていくのもいいんじゃないかしら?」
「あの、実は私もちょっとお金厳しくて……楽譜だけじゃなくて、若菜ちゃんと園内さんと遊びに行って、お金使いすぎちゃったから」
「その言葉を待っていたです! 今後、部にかかる費用を蓄えておくためにも、バイトしましょう!」
「うん! でも、まずは発表会を成功させるために練習を頑張るよ」
「そうですね。橋留さんは宝条先輩に比べればまだまだなので、頑張るです」
「やった! こはるちゃんに褒められたわ!」
「違うです。相対的な評価であって、褒めた訳ではないです。宝条先輩だって気になる部分はいくつかあるですから、しっかり練習するです」
「ええ、こはるちゃんと一緒に頑張るわ」
「だから、私は一人で充分だと何回言えば――」
まだまだ課題はたくさんあるけれど、一つひとつ、みんなと一緒に乗り越えていけたらいいな。