10輪
合唱同好会の合宿を終えて迎えた、ゴールデンウィークの最終日。
「つ、着いた……! えーっと……」
私は若菜ちゃんと園内さんを誘って、山形市方面へ遊びに来ました。
3人とも乗車駅が違うので、山形駅現地での集合。1人で電車に乗って遊びに出る経験が隣町のショッピングモールまでしかない私はちょっぴり緊張していました。無事到着したことにひとまず安心しつつ、2人を探していると――。
「おーい、和音ー」
「あっ、若菜ちゃん!」
若菜ちゃんと園内さんは、2人で先に合流しているようでした。
「合宿のときから思ってたんだけど、若菜ちゃん、結構おしゃれさん?」
「え、そうなのかな」
「園内さんも素敵な服着てるけど、若菜ちゃんは細かいところに拘りがあるように見えるっていうか……」
「そんなことないよ、普通普通。というか、それだったら先輩たちがもっとおしゃれだったと思うなあ」
「あー、わ、分かるかも。とにかく、何だかみんな、服装に気を使ってるのかなあって」
ファッション談義に夢中になっていると、思い出したように今日の要件を聞いてくる園内さん。
「私も、そこまで気を配ってることはないです。――ところで、それより今日はどうしてお誘いを?」
いきなり難しいことを訊ねられ、私はちょっと困ってしまいました。
「えっ、うーん……特に理由はないけどなあ」
「そうなんですか、意外と煮え切らないですね」
「お友達と遊びに行くことに、理由なんて考えたことなかったよ。強いて言うなら、2人のこともっと知りたい、とかかなあ」
「まあいいです。それと、今日はどこに行くですか」
「……あっ」
園内さんの質問に、私は更に困り果ててしまいました。
「和音、どうしたんだ?」
「今日の予定、何も決めてなかったよお……!!」
「ええ、橋留さん、いくら何でもそれはちょっと――」
「園内さん、ごめん……」
「大丈夫大丈夫。それなら、今から決めればいいんだから」
「うう……若菜ちゃん、ありがとう……」
大事なことを決め忘れていた私でしたが、2人の提案で、2人がおすすめする場所に向かうことになりました。
聞けば園内さんは1人で遠出することがよくあり、若菜ちゃんも山形市には頻繁に遊びに来ているとのこと。いったいどんなところに連れて行ってくれるんだろう……
と、ちょっぴり申し訳なさも引き摺りながら考えていると、その目的地にはすぐに着いてしまいました。この辺りは駅と繋がっている建物の中なのかな?
「私からの最初のおすすめの場所はここ! 可愛い物が多く揃ってる雑貨屋さんなんだ」
どんな物があるんだろうと期待をしつつ、私は入ってすぐのところにある品物を見てみました。そこにはとても可愛いアクセサリーがたくさんありましたが――。
「9000円のリング……あ、こっちは8500円……ネックレス、10000円に12000円っ……!?」
「ブランド物はそのくらいするよ。結構人気って話だけど、私は似合わないのもあるし流石に普段手は出さないなあ」
ああびっくりした。こんな物ばっかり置いてあったら、流石にお財布が持ちません。
「そういえば、シャープペンを新調しようと思ってたんでした。一応雑貨ですしどこかにありませんか、中篠さん」
「文具ゾーンなら左奥の3列だよ」
「ありがとうございます」
驚く私に構わず、園内さんは文房具を見に行ってしまいました。2人とも慣れてるんだなあ……
それにしても、確かに品物は多いみたいです。ブランド物以外のお手頃なアクセサリーもあれば、小物、ぬいぐるみ、意外なところではパーティグッズのようなものまで。入ってすぐのところから見回せるだけでも、色々なジャンルの物があるようでした。
「なあ和音、何か欲しいものある?」
「うーん……どれもこれも可愛くて……」
「じゃあ、ちょっとついてきてくれるか?」
迷う私に、紹介したいものがあるという若菜ちゃん。連れられて向かった先は、動物をあしらった物が多い場所でした。
「すごーい、可愛い!」
「気に入る物があれば嬉しいんだけど」
キーホルダーや布製コースター、小さめのぬいぐるみも、全て犬や猫、熊などの動物がモチーフになっていました。この辺りのアクセサリーも、最初に見た物に比べればずっとお手頃。
「これくらいなら、どれも欲しいなあ……」
「ふふっ。あんまり買いすぎるなよ? まだまだ他のところにも行くんだし」
「う、うん……でもやっぱり迷っちゃうなあ……」
どれを買おうかと決め兼ねていると、シンプルなシャープペンを握った園内さんが戻ってきました。
「お2人とも、ここにいたんですね」
「ああ。和音のやつ、こっちに連れてきたらいろんなのに目移りしちゃって」
「え、えへへ……」
「なるほど」
「ねえ、よかったら2人から何かおすすめしてくれないかなあ」
「え? せっかくだし和音が自分で選んだほうがいいんじゃないか?」
「それはそうだけど、お友達と初めて来た場所で買った物なら何でも思い出になるかなって」
「おすすめしたいのはやまやまですが、私にはそういうセンスがないです。中篠さん、お願いできますか」
「ま、まあいいけど。和音に似合うものか、動物で言うなら……」
そう呟いて若菜ちゃんが目を向けたのは、手に乗るサイズの可愛い熊のぬいぐるみ。
「ありがとう、じゃあ私、これにするね!」
「ほ、ホントにいいのか?」
「うん!」
私はそれを手に取り、みんなでレジへと向かいました。可愛いグッズだったのはもちろんのこと、それくらい可愛い物を似合うと選んでもらえたのが、私は嬉しくて笑顔を抑えきれないのでした。
「私がおすすめする場所の1つはここです」
次は園内さんの番。紹介してくれたのは、駅を出て東に少し歩いたところにあるビルの中の、服や小物が多く揃っているお店でした。
到着するとすぐ、若菜ちゃんが驚きの声を上げました。
「ここって、割とよく見るお店だ! 私も来たことあるんだけど、まさか園内さんのお墨付きだったなんてなあ」
「そんなに有名なお店なんだ……」
「和音は知らなかったのか、チェーンだからそれなりに有名なんだよ」
「中篠さんも来たことがあるんですね。なら、案内は任せても大丈夫ですか? 私は案内もあまり得意ではないですし、小物などにはあまり興味がなくて知らない物も多いので」
「そういうことなら任せてくれ。それと、和音も雑貨屋でのリアクションだと、ここは今日は見るのがメインになるかな」
「うっ、うん……」
私は図星を突かれてしまいました。10代向けの品物を揃えたお店ということもあり、ここでも欲しい物は割と多く見られたのですが……
「あ、それとちょっと私はお手洗に行ってくるです」
園内さんはそう言い残すと、お店を出ていってしまいました。
しかし、お店の中をずっと回っていても園内さんはなかなか戻ってくる様子がありません。ファッションのショップとなると今日はあまり多く買えないと話していたこともあり、品物のことが思ったように頭に入ってこない私たち。
「まさか、迷子……?」
「ははは、ま、まさか」
「そ、そうだよね。私でも小学生のときが最後だし……」
若菜ちゃんも、案内もそこそこに笑ってましたが、ちょっぴり心配になり、私たちは一度そのお店を出てみることにしました。
するとすぐさま、向かいのスペースに何だか見覚えのある人がいたように見えて――。
「ねえ若菜ちゃん、あれってもしかして……」
「で、でもあそこって」
その場所には、『アニマート』という看板が大きく掲げられています。最近ではアニメショップとしてときどき聞く名前ですが、私ももちろん、若菜ちゃんも入ったことがないそうです。
「ど、どうする? 若菜ちゃん」
「とりあえず、行ってみようか……」
覚悟を決めて中へ足を踏み入れてみると……
「あっ、橋留さん、中篠さん」
目を輝かせてそこにいたうちの1人は、本当に園内さんでした。
「ええと、お手洗いに行くと言ってここで現を抜かしてしまってすみません」
それだけ矢継ぎ早に口にすると、しばらく沈黙が続きました。園内さんは、何だかとても罰が悪そうな表情をして――。
「さ、次の場所に行きませんか、お2人とも」
「ううん! せっかくだし、案内して! 私、園内さんの趣味のこともっと知りたい!」
「え……」
「私も和音に賛成。園内さん、今日はそういう機会なんだから」
「――分かりました、ぜひ案内するです」
なぜか趣味を隠そうとしたようにも感じられる、そんな園内さんの様子が気になってしかたなくて。今まで知らなかったどころか、聞かせてもらえることすらなかった趣味の話が見えてきたのが嬉しくて。つい、ちょっと大声で叫んでしまいましたが、若菜ちゃんも同じ意見だったおかげで、私たちは園内さんからアニマートの案内を受けることになりました。
「ここはアニマート、アニメ関連の物を扱うショップです。普段は外向きに多数の雑誌が並べられている……はずなんですが、どうやら今はいくつかの作品のグッズをメインにプッシュしているようです。主に扱われている作品は3つで、どれも数年前にアニメ化されて大人気になった物ですね。まず1つはとにかくキャラが可愛いと評判の日常系作品で、私も1クールあるうちの4話と9話はそのほのぼの具合で特に記憶に残っているです。もう1つの作品はストーリーが感動できる2クールのお仕事モノで、特に23話で主人公の1人が――」
「ええっと!?? ちょっと待って園内さん!」
喋るスピードのあまりの速さに、若菜ちゃんが待ったをかけました。私も聞いた内容が半分も入ってこず、頭と耳が疲れていっぱいいっぱいで……
「なんですか? お話したいことは山程あるですし、まだ中に入れてもいませんが」
「できれば、もう少しゆっくり案内してもらいたいんだけど……」
「しかたないですね。でもせっかくですし、伝えたいことは山程あるです。時々じっくり見る時間を入れたらいいですかね」
「じゃ、じゃあ私たちがストップしてほしいと思ったところでストップかけさせてくれ!!」
まさかこんなに園内さんが忙しく喋る様子を目にするなんて。これが今まで私たちの知らなかった姿なんだと、何とも言えない驚きを隠せませんでした。
気を抜くと聞き逃してしまいそうなくらいの勢いでアニメや漫画の話を繰り広げながらアニマートを案内する園内さんを必死になりながら追いかけていくと、3人揃ってお腹が空いてしまいました。
昼食をファミリーレストランで食べたり、ボウリングをしたり、楽譜のある楽器屋さんを見て回ったり。楽しい時間はあっと言う間に過ぎていきます。
そして最後に私からも、1つリクエストをしてみました。
「ねえ若菜ちゃん、園内さん。実は、私も1つ行ってみたいところがあるんだ」
それは、街を歩き回る途中にこっそりと調べていた場所へ向かおうというもの。
「いいと思うです」
「うん。今日はそういう日だったもんな」
二つ返事で応えてくれた2人に甘えて、夕暮れの街を歩いて到着したのは、県民会館です。今は夕方ということもあってしんと静まり返り、落ち着いた空気ではありました。けれどここではジャンルを問わず催し物が定期的に開かれ、そういった日は非常に活気も出るところだそうなのです。
「へえ、ここか。でも和音、どうしてまたここに?」
「あのね、ここって合唱の大会とかでも使われるんだって。外から見ても大きいし素敵な場所だけど、1000人を軽く越える数の人たちが見に来れるホールまであるくらいだし、ここで歌うかもっていうのを知ったら来たくなっちゃった」
「そうなんだ」
「とてもいいセンスですね、橋留さん。私も気合を入れないとです」
「そうだな、私も合宿で合唱初心者としての一歩は踏み出せたし、ここが1つの目標になるんだと思うと気が引き締まるよ!」
「色々大変なこともあるかもしれないけど、みんなで頑張ろうね!」
2人のことをもっと知ることができた意味でも、今まであまりなかった遠出の機会としても大切な思い出になった日。そんな日の最後に、私たちは思い思いの言葉を交わし、改めてこれからの活動に向けての決意を新たにしたのでした。