8輪
合宿2日目の朝。
朝起きてリビングルームへと向かうと、そこでは既に朝ご飯の支度が大方できていた。
何かやることはありますかと確認した上で、私はサラダの盛り付けを手伝うことにした。
「あとは、テーブルに配膳するだけね」
やがてそれも終わり、宝条先輩が一段落したことを告げるのを聞きつつ、まだ僅かに眠気を感じさせる目に手をやる。
「若菜ちゃん、眠れなかった?」
「いや、大丈夫」
「そ、そっか。よかった」
そう尋ねる和音が心配そうだったので、私は内心慌てながら否定した。
「和音こそ、朝早いんだな」
「先輩たちはもっと早かったよ」
「スゴいなあ。朝ご飯の準備もあんなにテキパキしてるし……」
「若菜ちゃんもそう思う?」
「これでも料理はよくするからな」
「そ、そうなんだ。私も手伝うけど、やっぱり先輩ほどには……」
和音の言葉通り先輩方は朝の弱さも見せず、特に宝条先輩は慣れた手付きで朝食の支度を先導していた。
おかげであまり私の出る幕もなく、手を動かして目を覚まそうにもなかなかそうはいかなかった。
後で気張らしも兼ねて少し朝の日射しを浴びてこようかな。和音や先輩たちと朝食をテーブルに並べながら、そんなことを考えていた。
ちゃんと目を覚まして、今日も気を引き締めて合唱練習に集中しなきゃ。
それに今日はもう1つ、大事なパーティの計画もある。
それを思い出すうち、ふと気づくと私の目は再び和音のほうを向いていた。
料理を零さないように慎重に器を運んでテーブルの上に並べては、ほっと胸を撫で下ろしている。
その様子を眺めていると、気づいた和音もまた私のほうに視線を送り返してきた。
先程とは違って疑問符を頭に浮かべたその様子に、私は無意識に目を逸らてしまう。
気にしないように、顔に出さないように、と頭の中で繰り返すうち、間もなく朝食の準備が整った。そしてその頃には、私もいくらかお腹が空いてきた。
改めて時計に目を向けると、時刻は7時。すっかり日射しが窓から差し込み、心地のいい朝だ。しかし……
「せっかくだし、揃ってから朝食にしたいところだけど」
菫先輩の一言でリビングの出入口のほうを向く。園内さんは、まだ起きてくる気配がない。
耐え兼ねた様子の先輩がにやりと笑って寝室へと戻ると、廊下を越えてこちらまで2人の声が聞こえてきた。
「もうあと1時間……」
「何言ってるのこはるちゃん、もしかして寝惚けてるのかしら?」
「いや、2時間くらいは……」
「さ、みんなで朝ご飯にしましょ!」
やがて、頬を膨らませて仏頂面の園内さんが、宝条先輩に背中を押されてリビングに入ってきた。
こんな光景、見たこともなかった気がするなあ。
私はちょっぴり呆れながらも何だかおかしくなって、思わず頬を緩めた。
「若菜ちゃん、ぼーっとしてるけど大丈夫?」
ご飯を食べ出してからも、私は何度かぼんやりしてしまっていた。温かいスープを口へ運ぶ手が止まる度、和音はこちらに呼びかける。
「あ、ああ」
「そう……? な、何かあったら言ってね!」
と言われたが、こればかりはそうもいかない。
主役の和音には秘密の、合唱練習と同じくらい大事な計画。
全員がサプライズには慣れていないと零す中、和音のお祝いを今日の夜に控えたみんなの様子はと言うと――
「スプーン、落としちゃったわ……紗耶香、取ってもらえる?」
「……ごめん。菫、どうかしたかしら」
「私のスプーンが、さやかのほうまで落ちていっちゃって」
「……ちょっと待ってて」
先輩方は揃って落ち着かなさを完全には隠し切れていないようだった。
一方、園内さんは表情も普段との違いが見られない。平常心を保てているということなら、頼りがいがあるけれど……
サプライズパーティ、ちゃんと上手くいくだろうか……
色々と気掛かりなことを抱えて朝食を終えたのち、朝9時に園内さんの合図で2日目の練習が始まった。
「練習の内容ですが、午前中は基礎がメインです。まずは体操、筋トレ、柔軟を順番にやっていくです」
「こはるちゃん、私たちが合唱をやっていた頃は、流石に筋トレはやっていなかったんだけど……」
確かに、私も合唱の練習でそんなことをやるとは考えていなかった。
「構いません。詳しいやり方は追い追い説明します」
とは言え、園内さんは特にこれと言って問題にしていないようだ。要領の違いも教えてもらえるのなら大丈夫かと、私もひとまずほっとした。
最初の体操は、屈伸、伸脚、前後の腕回し、アキレス腱、前後屈などなど。運動部経験のある私にとっても、馴染のあるものだ。
「次は筋トレです。発声のときによく使う部分を鍛えるです。最初に、仰向けに寝転がってください」
筋トレは予想以上にしっかりしているんだな……と感じた。というのも、園内さんの指示の時点で、ある程度どんな筋トレなのかが絞れたから。
「膝を伸ばしたまま、20秒間両足を上げ続けます。せーの、で開始です。余裕があれば、お腹に力を入れたまま少しずつ息を吐いてみてください」
それにしても、このトレーニングで声を出すときに使う筋肉も一緒に鍛えられるなんてなあ。
気楽に考えつつ足を上げ続けていると、和音に向かって声が飛ぶ。
「橋留さん、膝が曲がっているです。気をつけてください」
「えっ!? う、うん……」
周囲を見るが、園内さんも先輩方もそれほど苦しそうではない。そんな中で、和音だけはもう目に見えてつらそうな様子だった。
20秒経ち、和音の元に寄ると、「みんな、すごい……」と一言ぽつり。
「次は仰向けのまま膝を曲げて、上半身を少しずつ起こしてください。つらいと感じたところで一旦止めて、ゆっくり息を吐きます。そうしたら上半身を完全に起こすです」
このトレーニングでも、和音は顔を顰めていた。
「和音、大変かもしれないけどお腹を意識してみて――」
上体を起こして止めるのは、やり方によっては腰を痛める可能性もある。
だから、これはあまり何度もやるようなトレーニングではない。一度に適切な負担をかけ続けるのが大切だ。
と言っても、先輩もこのトレーニングには慣れていないのか、先程よりは余裕がなさそうに感じた。
続くサイドクランチや腕立て伏せでも、相変わらず和音は慣れないトレーニングに悪戦苦闘していた。
一方、園内さんはやり方を説明する側だけあり、それほど苦ではなさそうだ。
「中篠さん、トレーニングは大丈夫そうですか?」
「ああ、一応。これでも元運動部だからなあ」
私にはいまひとつ意図の読めない問いかけをしたのち、園内さんは基礎練習を進めることを告げた。
基礎練習は更に柔軟へと続く。これも、運動部経験のある身としてはそれなりに慣れたものだ。
私は特別身体が柔らかいほうではないけれど、人並みの柔軟性はもっていると思う。
私たちは3人1組で、先輩方は2人で代わる代わる背中を押し合った。
和音の背中を私が押すと、
「い、いたた……」
爪先に手は届くものの、あまり容易くはなさそうだ。
次に園内さんの背中を和音が押すと、
「……」
和音と同じくらいの柔らかさ。痛そうにはしていないけれど、それ以上前に倒れることもなかった。
私の番になり、園内さんに背を押されて前屈をすると、
「若菜ちゃん、柔らかい……」
和音が驚きの声を漏らした。内心複雑な気分で先輩のほうを見ると……
「いっ、一ノ瀬先輩!?」
私に釣られて同じく先輩に目を向けた和音が、更に大きな声で驚く。
肘まで床に付くほどの前屈を披露した一ノ瀬先輩。私から見ても、羨ましいほどの柔らかさだ。
「……何かしら」
「さやかの身体が、びっくりするくらい柔らかいってことよ。ふふっ」
「……菫のほうがすごいと思うのだけど」
「私? 私はまだまだだと思うわあ」
と言つつ、先輩方は実のところ同じようなものだった。
脚を開いての前屈になると、宝条先輩はお腹が床にぺたりと付いてしまった。
自分の柔軟もそこそこに、その様子に興味津々な和音。
「す、すごいなあ」
「橋留さん……気持ちは分からなくもないですが集中してください」
それには、園内さんも呆気に取られて軽く注意するほどだった。
「それじゃあ一旦休憩にするです」
柔軟も終わり、全員に少しだけリラックスの表情が窺えた。
そんな中で、和音が部屋を離れた。するとすかさず宝条先輩が残ったメンバーを呼ぶ。
「一応確認ね、4人だけ揃うチャンスが来たから」
「そんなに気合を入れなくても、私はもう分かっていますが」
「こはるちゃんもわかなちゃんも、かずねちゃんをよろしくね」
「は、はい」
特に気負いのなさそうな園内さんに対して、私は腑抜けた返事しかできない。うう、やっぱり不安だ。
「私たちはお買い物をしたり、パーティ用のお料理を作ったりするから……」
「……ねえ菫、結局何を買うかは大丈夫なのかしら。貴方みたいに料理上手じゃないから、私はよく分かってないのだけど」
「大丈夫よ、必要なものは全部昨日のうちにリストアップしてあるわ。なるべく早く買い物を済ませられるように……あら?」
言いかけたところで、先輩の口が固まる。
「……どうしたの?」
「買い物リストのメモ、どこかに落としちゃったみたい……」
「……えっ」
「どどどどど、どうしようかしら!」
先輩が2人とも慌て出した。私も気が気ではない。せっかくのサプライズが、これじゃ大失敗だ……
「もし見られちゃったら、大変なことになっちゃう……!」
揃ってあたふたしていると、更にマズいことに、
「宝条先輩? ど、どうかしたんですかー……?」
先輩の戸惑う声が部屋の外まで聞こえてしまったらしい。和音がこちらへと戻ってくる。
そんな収拾のつかない様子を纏めようとしたのは、園内さんの一言だった。
「宝条先輩、昨日そのメモを書いた場所はどこですか?」
「え? えーと、寝室でみんなが寝ついてからこっそり――」
その言葉で何かに感付いたのは一ノ瀬先輩。勢いよく部屋を飛び出していく。
呆然とする私たちを尻目に、和音が入れ違うように部屋へと戻ってきた。
「あ、あのー……一ノ瀬先輩が、すごい速さで走ってどこかに行っちゃいましたけど……」
その口ぶりも私たちと同じく呆然としていた。
そしてどうお茶を濁すか考える余裕すらないうちに、一ノ瀬先輩は部屋に駆け戻る。
「……これ」
「あら、書いたまま置きっぱなしにしてたのね! 見つかってよかったわあ」
私たちの目の前に掲げたメモを、宝条先輩は安堵した表情で受け取ろうとした。
けれど、一ノ瀬先輩はその手を避ける。
「……私が持ってるから」
「は、はい」
あまりの険しい顔と声にその場はしんと静まり返り、然しもの宝条先輩も小声で返事をする他なかった。
「さて、気を取り直して基礎練習を再開するです。ここからはブレストレーニングですね」
ブレス……トレーニング……
「それって、息を吸ったり吐いたりする練習ってことでいいのかな」
園内さんが頷く。初心者には考えもつかなかった練習だ。
「へええ、本当にそういうことから始めるんだね」
和音もどうやら、聞いたことがあった程度みたいだ。
「宝条先輩、メトロノームはあるですか?」
「ええ、ここに。テンポはどうしましょう?」
「まずは100で」
ううん、100っていうのはどういうことだ……?
「園内さん、テンポが100っていうのは……」
「ああ、その説明をしなくちゃですね。テンポが100と言うと、4分音符が1分間に100拍あるということです。『M.M.=100』という言い方も使われますね。それと人によっては、Beat Per Minute、BPMと言ったりすると分かるかもしれません。こちらは合唱などではあまり使わないですが」
「なるほど」
「先ほど言ったように、テンポは100です。声を出す必要はないですが、お腹にしっかり力を入れながら息を吐いてください」
息を吐くときにも腹筋を意識するというのは、何だか目から鱗だった。
よくよく考えてみれば、お腹に力を入れると大きな声を出せるというのは聞いたこともあるし、自然な話だ。
けれど園内さん曰く、実際に歌ってみて初めて呼吸の練習が上手くいっていなかったと分かることもよくあるらしい。
そして、そのせいかメニューは予想以上に多かった。
最初は基本として、1拍1拍短く息を吐くということを繰り返す練習。
次は声を伸ばすため、8拍息を吐き続け、4拍休むのを繰り返す練習。
更にテンポが60に変わり、息を吐く間隔が段階的に短くなっていく練習。
その間隔が特に短くなる終わり際には、微妙に遅れ気味になったりもした。けれど、慣れるまでそれほど時間はかからなかった。
続けていくうち、カラオケ帰りのときを思い起こすような負荷が次第にかかってくる、そんな気もした。
「では先ほど言った通り、実際に声を出す練習をするです。宝条先輩、ピアノをお願いできますか」
「ええ」
「簡単に言うと、この練習は先輩のピアノに合わせて同じ高さの声を出すという練習です。実際の高さで言うと『ドレミファソファミレド』となるです。ただ、これは少しずつ転調していくので注意してください」
て、転調……聞いたことはある単語だけど……
「園内さん……」
「転調の説明ですか。と言っても、うーん、これは言葉で分かりやすく説明するのが難しいですね」
「そうね。これは実際にやってみたほうが早いかも知れないわ」
「……とりあえず、全ての音が半音ずつ高くなっていく、という言葉を覚えておいて」
「練習としては、しばらく音が高くなったらその後はまた段々低くなっていくです。そこにも気をつけてください」
先輩方も一緒になって説明してくれたけど、これだけではまだあまりしっくりこなかった。
「それじゃ、始めるわね」
宝条先輩はそう言うと、鍵盤に手を置く。ドレミファソファミレド、とピアノから音が奏でられ、私はそれに合わせて声を出した。
次に鳴った音はそれと似ているようで、確かに先ほどより少し高いことが分かる。何となくだけど、要領は掴めそうだ。
反復練習とは言え思った以上に楽しい、そんな感覚が頭を過る。いざちゃんと声を出すとこんなに心地がいいものなんだなあ。
けれど、あまりに入り込んでしまい、ピアノの音への注意がおろそかになっていたらしい。
「中篠さん。段々音が外れてきているです。お腹からしっかり声が出ているのはいいですが」
「あっ、ご、ごめん」
うう、やっぱり音痴はそう簡単に抜けないってことか。
発声練習が終わると、再び園内さんが呼びかける。
「基礎練習の最後は、ハーモニーの練習です」
「それって、まさか……」
「そのまま、ハモりの練習ですね」
音痴であることを痛感させられたすぐ後に、音程が大事な練習が来るなんて。
まだまだ一筋縄ではいかなさそうだ。
1時間の基礎練習が終わってから、昼食の前後に昨日の復習がなされた。昨日ほどではないにしろ、今日も私は少なからず声が不安定であることを指摘された。
そんな私にとって、その次に続く練習メニューは余計に厳しいものだった。それは『翼をください』を、パートを変えて歌ってみるという課題だ。
パーティの準備は上手く進んでいるだろうか。先輩たち――というか、宝条先輩は尋常でないほどの意気込みを見せていた。だから大丈夫……と思いたいところだけど、メモの件もあり私は気が気でない。
「どうしたですか、中篠さん」
「先輩たち、時間通りに戻ってこれるかな」
「どうでしょうね。分からないです」
「まあ、うん」
「心配しても何も変わりません。私たちは練習に集中するです」
私が声の高さを安定させられるよう、この練習では念入りに音取りをする予定が立てられていた。
しかしそんな中、予想外なことに、時間に余裕をもっていたはずの変則的な練習が予定より早く進んでしまうという事態になってしまった。
「それにしても、困ったことになっちゃったなあ」
「練習が上手くいっているということです」
「あ、ああ。そうだよな、ごめん」
「それと、あまりその話を続けていると橋留さんにバレますよ。一応サプライズとしてやっているんですし」
そう言われてはっとした私は、慌てて部屋の出入口を見る。
和音はまだ戻ってきていないみたいだ。ああ、よかった。
和音が戻ってきてからは、練習が進むペースは更に上がっていく。
私もまたそれまでより声が安定するようになっていた。
ただ、今日の練習でこのことが何を意味しているかというと――。
「若菜ちゃん、またよくなったね! すごいよ!」
「あ、ありがとう……」
「先輩が聞いたらびっくりするんじゃないかなあ、待ち切れないなあ」
「そう、だな」
「先輩の練習はどんな調子なのかなあ」
「えっ!? いや、それは」
練習の進みが速まるだけ、先輩たちと早く合わせてみたいという思いが和音の中で強まっているらしい。
その思いはもちろんいいとして、今の和音の関心自体まで先輩に向くことは避けないと……
「ああ思い出した、私まだ気になるところが――」
「そうなの? どこどこ?」
「えーと……」
つい勢いで、改善したい箇所があると口走ってしまった。
どうしようと困っていたところに、助け船を出してくれたのは園内さん。
「そういえば中篠さん、音程が大きく変わる部分はもっとよくなるんじゃないですか? 『叶うならば』とか、『翼が』とか――」
「そうそう、そこをもう少しやりたくてさ!」
「うん、分かった。じゃあそうしようか」
何とか、気を逸らすことには成功した。これで一段落――
かと思いきや、部屋の向こうから足音が聞こえてくる。そしてそれが誰の足音なのか、私にはだいたい察しがついてしまった……
「こはるちゃーん、わかなちゃーん……!」
「ほ、宝条先輩です!」
「せっかくいろんな具材を乗せたのに、ピザ――むぐっ!?」
「先輩、今ここではちょっと――」
「静かに! 一旦落ち着くです!!」
「ごめん和音、ちょっと待っててくれ!」
びっくりした様子の和音を尻目に、慌てる先輩を宥めようと廊下に出た。園内さんは落ち着き払った様子で、声を潜めて状況を聞いた。
「それで、どうしたっていうですか?」
「よ、よっぽどの問題なら、私たちも手伝いますけど」
「中篠さんも落ち着いてください……それで宝条先輩、話してもらえますか」
「パーティで食べるピザ、何枚か焼き加減を間違えちゃって……生焼けになっちゃったのがあったり……」
ああよかった、そのくらいなら。
私は一息つく。けれど、なかなか先輩は平静を取り戻さない。
「生焼け……焼き直しすれば大丈夫なんじゃ?」
「で、でも……それじゃ美味しさが落ちちゃう。それに、焦げちゃったのもあるし……」
「それなら、失敗したのは私が食べますから!」
「わかなちゃん……いいの?」
「大丈夫です! それより、あとどれくらいで準備が終わりますか?」
「あと、10分くらい……」
「分かりました、あと10分待ってますね!」
私がそう告げると、先輩はようやく再び落ち着きを見せた。
「うん……待ってて!」
戻っていく先輩を見送り、和音の元へ戻ると、
「若菜ちゃん、園内さん、何か私に隠し事……?」
今度は和音がどこか涙声になり、上目使いで私たちを見てくる。
「い、いや、そんなことあるわけないだろ! 練習の続きをしよう、な?」
「ほんと……?」
「中篠さん、どうにかしてください」
ど、どうにかって……どうしたらいいのかな……
結局私は和音の心配まで取り除くことになり、パート練習最後の10分は真面に進められなかった。
程なくしてパーティの準備を整えた先輩たちが戻ってきたおかげで、最後の合わせ練習は無事スムーズに行うことができたのが救いだった。
そして練習が終わってリビングに戻り、扉を開くのと同時に――
「お誕生日、おめでとう!!」
「へ?」
揃って声を張り上げ、お祝いの言葉を口にする。みんなで和音を囲むと、その真ん中で素頓狂な声が響いた。
「え、えええ!?」
「ああよかった。一応、成功したのかな」
「サプライズ、企画した甲斐があったわねえ」
「みなさんが固くなりすぎて、私としては少し困りましたが」
「……何はともあれおめでとう、橋留さん」
一気に緊張の糸が切れて喋り出す私たちを他所に、和音は驚きを隠せない様子だ。
「み、みんな、なんで私の誕生日を……!?」
「Kreisのプロフィールだよ。宝条先輩が気づいて、みんなでお祝いしようって」
「あ、合わせ練習の前に先輩が私たちのところに来てたのって、もしかして――」
「お料理で、いろいろあってね。さやかと一緒に頑張ってたんだけど」
「そういえば先輩方、午後のパート練習は……?」
「あら。これでも一応、やってたわよ。準備に余裕ができるように頑張って、早めに切り上げたの」
「……中篠さん。私の失敗に関しては、いろいろとごめんなさい」
「え? い、いえ!」
……あのミス、一ノ瀬先輩のミスだったのか。
とは言え、パーティが充分過ぎるくらい盛り上がってくれたことで、誰が何の失敗をしたかなんて問題は、もう些細なことだった。
それに何より、驚きがようやく陰を潜めた和音の、弾ける笑顔を見ることができた。
「えへへ……皆さん、ありがとうございます……!」
その笑顔で、これからの活動ももっと頑張ろうと思うことができたのだった。