風
「ピュアキュン企画」参加作品です。
ふわりと風が舞った。その風で教室のカーテンが膨らむ。
安原隆俊。私の左斜め前の窓際が彼の席。私の好きな人。クラスで目立つ存在ではないけれど、知的な眼差しが素敵で、一部の女子には密かに人気だ。私もその一人だが、誰にも話したことはない。私だけの秘密。
今日は私は掃除当番だ。掃除当番は四人だが、出席番号で決められていて、私は彼と同じ班だ。いつもこの掃除当番は嬉しい。彼に声をかけることが出来ない私にとっては、幸せなひとときだ。もちろん掃除中は話はせずに黙々と掃除をする。話しかけたいけど、切欠がつかめない。他の二人は話していて、三人は仲が良く見える。私もその輪の中に入りたい!でも言えない。どうしても勇気が出ない。そんな時だった。
「吉田さんって大人しいよね」
彼と別の男子が話しかけてきた。
「え……あの……」
私はプチパニックを起こしてしまった。どうしよう!彼も私を見ている。
「大人しい訳じゃないわ」
私の口調はついキツくなってしまった。
「へえ、吉田さんって大人しいかと思ってたよ」
彼の言葉だった。私はまたもやパニックを起こして心にもないことを言ってしまった。
「早く掃除して帰りましょ」
ああ、この掃除の時間を楽しみにしていたはずなのに……。
「そうだな。早く帰りたいもんな」
「う、うん……」
私の素っ気ない言葉にも彼は優しく答えてくれた。私は彼と言葉を交わせたことが嬉しくて、そのあとのことは覚えていない。いつの間にか家にいた。
彼と話せた。彼と話せた!私はそのことばかりが頭をぐるぐるとして眠れなかった。
翌日、私は眠気と戦いながらも学校へ向かった。そして自分の席につく。まもなく彼が登校してきていつも通りに窓際の席に座った。
そして授業が始まる。
「……」
「…田」
「吉田!」
私ははっとした。前を見ると担任の先生が私を睨んでいた。しまった!昨日の寝不足で寝てしまった。クラスの皆がクスクスと笑っている。彼も私を振り返っていた。恥ずかしい!
「そんなに眠いなら保健室へ行くか?」
「だ、大丈夫です」
私はまたもや笑われると授業が再開された。そして移動教室の授業になった。皆が教室を出ていく。私は授業に出る気分になれなくて、そっと教室のカーテンの陰に隠れた。
窓際で風を感じていると、とても気持ちがいい。
「ふう」
その時風が教室へ舞い込み、カーテンが空気を含んだ。
「吉田さん?」
彼の声!どうして?移動教室へ行ったのでは?
「安原くん……?」
「うん」
彼は私に答えると、カーテンごと私をふわりと自分の腕の中に囲った。
「吉田さん、俺……」
その時、彼を呼ぶ声が聞こえた。
「安原~!移動教室だぞ~!」
「あ、ああ、今行く!」
彼が腕を解くと、風がカーテンを広げる。
彼は教室を出ていったようだ。
彼に近くで囁かれて顔が熱い……!何が起こったの?どうして?彼は私を……?
私はいつまでもカーテンの中で風に吹かれていた。