話し合い
意識を奪われ、ただただ本音を語らされる陽平は止まれない。
魔王が止めようとしない限り止まる事が出来ない方が正しいだろうか。
ゆえに言葉を吐き出し続ける。
「本当に見た目だけで言えば一番綺麗だって、可愛いって思う。だから、話が通じるといい。綺麗とか、可愛いとか。そんなの超えて愛おしいミーアの無事が俺は一番大事だ。俺は馬鹿だ。たったほんの少ししか話していない少女を愛おしいだなんて思うなんて。それでも、俺はミーアが愛おしい。俺は怖い。死ぬのが怖い。知らない世界望んでもないのに呼び出されて不快だ。でも、ミーアと出会えたのは、嬉しい。俺はどうなってもいいなんて思わない。俺もミーアも無事がいい。だから、なんで不機嫌か分からないけど。お願いだから話を聞いてくれ」
ぴたりと言葉が止まる。
魔王がようやく陽平を止めた――からではない。
じいっと意識を奪われたはずの陽平が魔王を見つめ、感情の整理の追いつかない魔王は息をのんだ。
「お願いだ。話を聞いてくれ」
抑揚がないはずだ。だって無理矢理本音を吐かせているだけだから。
だが、だからこそその陽平の言葉が、願いがどうしようもない熱を帯びているようで。
魔王は呆然としたまま陽平を見つめ続ける事しか出来なかった。
「あっ」
弱々しい声が零れ落ちる。
じいっと見つめられ、圧倒されたような声。
相手の全てを今握っているのは自分だというのに、魔王は異界の少年に自分が捕らわれている錯覚を覚える。
一方のミーアは声も出せず。
いな、声を出す余裕がないのだ。
陽平の言葉に、紛れもない隠しようもない本音にただただ感情が溢れてくる。
魔王の拘束から逃れる絶好のチャンスだというのに、その感情のまま零れ落ちる涙を止めようとするので精一杯。
違う。それすらできずに声を殺し泣く事しか出来ないでいた。
己の内を吐露した陽平は、だがしかし魔王の力によって虚ろな視線を魔王自身に向けるだけ。
魔王の方も陽平に見つめられ、混乱の極みにいて何もできずにいる。
本来動けるはずのミーアは、己の感情に振り回され続けていた。
どのくらいの時間そうしていただろうか、いつまでも喋らない陽平にはっと魔王は彼を開放していない事に気が付く。
慌てて力から解放すると、その瞳に力が戻ってくる。
表情にも色が戻るが、正直魔王を見つめていて気が遠くなった陽平は急に困惑している魔王に疑問を抱いた。
物凄く睨まれて叫ばれたはずなのに、今目の前の少女の姿は一転弱々しい。
「えっと、ミーア状況を教えてって。えええええ、なんで泣いてんの!?」
訳が分からない。
陽平はそう思ったが、泣いているミーアを放ってなんか置けなくて抱きしめた。
ミーアはそのまま陽平の胸に顔を埋めてしまう。
何がどうなっているのか。
完全に置いていきぼりになってしまった。
睨み付けていた魔王相手ならば、こいつのせいかと怒りを爆発させた事だろう。
なのに、その魔王は力ない姿を見せているのだ。
「えっと、状況が全く分からないのですけど話し合う事って出来ますか?」
訳が分からないながらも、陽平は魔王に何とかそういう事に成功する。
恐る恐る聞いた訳だが、魔王は首を縦に振ってくれた。
「うん、その。私も話したい。ちゃんと意思を持った貴方の言葉が聞きたい」
本当にどうしてしまったのだろうか。
先ほどまでと一転懇願する様子は、まるでこちらに助けを求めているようではないか。
陽平は魔王の様子にそう感じ、こちらが助けてほしいはずなんだけどなぁと心の中で呟いた。
「ありがとうございます、嬉しいです。けど、とりあえずミーアが落ち着くまで待ってくれませんか? その。ねえ、どうしたんだよミーア」
胸の中で声を殺して泣き続ける少女に、陽平は困り切ってしまう。
全然心当たりがなくて、でもこれだけしがみ付かれるって事は何かしでかしてしまったのかもしれない。
本当にどうしたものかと弱りきる陽平を、そしてしがみ付くミーアを何か言いたそうに魔王は見つめ続けていた。
「改めてありがとうございます」
何とかミーアの涙が止まり、三人はテーブルを囲んだ。
陽平とミーアが隣り合って座り、向かいに魔王が座っている。
張り詰めた空気はなくなったが、微妙な空気だと陽平は思う。
結局訳が分からないままこうして座っているが、魔王の様子は本当にどうしたと言うのだろう。
ミーアはずっと陽平の手を握っているし。たた、それに陽平は元気づけられているので素直に感謝もしている。
きっと自分が頼りないからだろうなと、陽平は自分を奮い立たせ切り出す。
「えっと、僕がお願いしたいのは僕とミーアの安全です」
「貴方方の安全。ですか」
陽平の言葉を魔王はおうむ返しに呟いた。
どうやら聞いてくれるようだと判断し、陽平は続ける。
「ぶっちゃけここの事は僕は分かりません。というか、ロアという貴方の幹部ですかね。その彼に突然呼び出された――というか、召喚したとか言っていましたね。まぁ、ともかく、僕は来たくて来たわけではないです」
いったん言葉を切り、魔王の様子を陽平はうかがった。
その視線を受け、更に続きを促すように魔王は頷く。
それを確認して、再び陽平は口を開いた。
「ですからそれについて思うところはありますが、言うべき相手はロアですね。で、まぁ色々あって部屋をお借りして休ませて頂いたのですが。こちらのミーアに看病していただきました。そして、えっと、まぁうん。僕が勝手に惚れた訳ですね」
適当な言葉も見つからず、陽平はとりあえずインパクトのある言葉を選んだだけだったりする。
だが、ミーアは敏感に反応しばっと陽平の方を見つめた。
まずったかと陽平は内心で慌てながら恐る恐るミーアの方を向けば、どうやら怒ってはいないようだった。
何か言いたそうにしてはいるが、とりあえず大丈夫だろう。
そう判断して魔王の方へ向き直る。
「そして、ご存知だと思いますが。ミーアは凄く優しくて気配りのできる子じゃないですか。僕を無下に出来ずにこうして便宜を図ろうとしてくれたわけですが。どうにもロアを誤解させてしまったようなんですよ。下手すると危ない。そう思ってこうしてぶしつけながらお願いに来たんです。もしかしてロアから何か聞いていませんか?」
陽平の言葉に再び魔王は頷き、今度は口を開く。
「ああ、確かにロアから報告を受けている。それと実は君達を排除する許可を求めても来たな」
魔王の言葉に陽平は身を固くした。
予想していたとはいえ、直接聞かされて平気でいられるほど図太くはない。
だから、続く言葉にほっと入った力を抜くのだった。
「だから、判断できぬ以上待機させていた。それで安心してほしい。少なくとも排除なんて真似は私が許さない」
「ありがとうございます」
これで陽平の中で話は完結した。
まだまだ色々話さなければならない事は多いが、少なくとも命の危険がさっただけでも儲けものだ。
そうやって気を抜いてしまったからこそ、更に続けられた魔王の言葉にすぐに返事ができなかった。
「だから、良かったらここに滞在しないか。出来れば私は君と話したい」
「……えっと、それは助かります。ぶっちゃけ僕に行くところなんてないですから」
言いながら、自分の都合のよすぎる話の流れに陽平は警戒し始める。
良い話には裏がある。
実際に経験した事だってあったし、だからこそ急に都合がよくなって寧ろ不信感が出てきたのだ。
その様子に魔王は気づいたのやら気づかないのやら。
変わらぬ調子で話し出す。
「私の仲間がすまなかった。代わりに詫びよう」
「いえ、その。本人が言うべきだと思いますしお気になさらずに」
「そうか。ありがとう。君は本当に寛大なんだなぁ」
妙にしみじみと言われ、陽平はますます怪訝な思いで会話を続ける。
「はぁ。ありがとうございます」
気の抜けた返事を返したのも、それ以外にどう返すか思い浮かばなかったから。
だから、陽平の返事に急に真剣な表情に改めた魔王に警戒する。
「私はお礼を言われるべき相手ではないよ。寧ろ君からどれだけ罵られても仕方がない。君の尊厳を私は踏みにじったのだから」
急にそんな事を言われ、陽平は訳が分からなくて黙ってしまう。
本当に訳の分からない事だらけだ。
そんな事をされた覚えのない陽平は、困惑しながらも魔王の言葉を待つ。
その様子に、魔王は泣き出しそうな顔になりながら言葉を続けた。
「私は君を無理矢理私の支配下においたんだよ。信用出来ない相手だったとしても、絶対やってはいけない事だと思う。なのに、私は感情に任せてやってしまったんだ。正直謝って許される事ではないよ」
言われてもよく分からない。
が、なんとなく腑に落ちた。
多分何かしら操られたかしたのだろうと、陽平は察しをつける。
「あー、まぁそれは正直気持ちよくないですね。っても分かりますよ。僕の情報なんてない貴方が僕を信用できないなんて当たり前だし、それに備えるって言うのもね。だけど確かに嫌なものは嫌なんで謝罪を受け取ります。でも、別に許さないって事ではないですよ。少なくとも僕にとっちゃ。や、だからって何度も言っていますけどされて嬉しかないですからね。だけど、もうそんな事貴方は僕にしないでしょ?」
陽平の言葉に魔王は目を見開いた。
「ま、待ってくれ。そんなに簡単に許していい事ではないぞ」
「僕が良いって言っているんですからいいんです」
「ダメだ。だって命すら容易に奪える行為だぞ。許してよい訳がない」
その魔王の必死さに、陽平は自分で思うより遥かに深刻だったんだろうなと思った。
もしかすると、本当に事の重要さに気付いたら怒るかもしれないなとも。
だけど、今の陽平は違う考えを抱いた。
だから、それを口にする。
「確かに何かされていたら怒ったかもしれないですけど、でも別にされていないんですから怒りませんよ」
「したさ! 無理矢理本音を吐かせた! 最低限守るべきものすら守らなかったんだ!」
「あー、なるほど。確かにそりゃ嫌ってか恥ずかしいな。何をいったんだろう?」
陽平呑気に口にする。
無理矢理本音を吐かせたと言われても、どの程度か陽平には分らなかったから。
とはいえ、それでこうして話せるなら結果オーライにしようと陽平は決めた。
「とりあえず、今後やらないならもういいですって。やっちまったもんは仕方がないし。人は――って人って種族に限定したらおかしいか。えっと、生き物は間違えるもんですよ。で、それを反省すりゃ僕は十部だって思います。うーん、なんか綺麗事みたいですけど、結果としてこうして僕とミーアの安全を勝ち取れたから無駄でもないんでしょ? だから、今後気を付ける。それでおしまいでいいんです」
「だが」
「だがもへちまもありませんよ。他でもない僕が良いってこれだけ言っているんです。だから、もう自分を許してあげてくださいよ。卑怯でしょうけど、僕に酷い事をしたって思っているのなら今回はそれで納得させてください」
埒があかなそうなのもあり、陽平はそう言い切る。
そんな言葉に、魔王は何も言わずに黙り込む。
と、魔王が涙を零した。
それに対し、陽平は慌てる。
女の涙なんか苦手であるし、見たくもない。嘘泣きだったりすると平気どころか冷めたりするが、この流れでは自分が泣かせたとしか陽平には思えなかった。
「ごめんなさい、分かった。納得します」
「あ、あの。その。ごめんなさい。強く言いすぎました」
涙を拭う事もしなかった魔王にそう言い、弱り切って陽平は頭を下げた。
そして顔を上げ、優しく微笑む魔王の姿が視界に飛び込んでくる。
「ああ、ミーアが入れ込むのも分かるな。だから、ありがとう異界の少年よ」
酷く優しく言われ、陽平は照れてしまう。
同時に、いい加減言われなれない言葉を訂正しようと口を開いた。
「分かっていただけたのは嬉しいです。けど、とりあえず少年ってのは止めてください。僕の年齢が貴方の基準でどのくらいか分かりませんけど、人間で三十八って言ったらおじさんなんですよ」
ピタッと魔王が固まる。
気配を感じて横を見れば、ミーアも同様に驚きの表情を浮かべていた。
「あ、あれ? どうかしました?」
予想外の反応に狼狽える陽平はそう言うが、魔王もミーアもすぐには返事をしてくれないのだった。