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魔王

 ミーアの案内で魔王の部屋へと急ぐ。

 ロアも行動を起こしているだろうし、陽平達に一刻の猶予もないだろう。

 邪魔をされる前に到着せねばならなかった。


「よーへー、もう少し。頑張って」


「おう!」


 ミーアの励ましに大きな声で返事をするが、すでに陽平の息は上がってしまっていた。

 対するミーアは全く疲れている様子はない。

 いや、寧ろ陽平のスピードに合わせて遅く移動している。

 だから、ミーアは疲れるというより焦れていた。


 本当はさっと陽平を抱きかかえて移動したい。

 だけど、あえてミーアはそうしなかった。

 提案だけはしたのだが、陽平が走れると答えた以上それを尊重したかったから。

 当の陽平の方はミーアの様子を見て、変な意地を張るのではなかったと後悔していたりもするのだが。

 それでも陽平だって走れると言ったのだ、足がこうして動くならば弱音を吐くつもりはなかった。


 結局陽平のわがままにミーアが付き添う形となってしまっていて、もし間に合わなければ陽平は心底後悔しただろう。

 ミーアだって陽平のそんな姿を見れば後悔にしたに違いなかった。

 そんな二人の甘々な判断は、幸いな事に悪い結果を引き起こす事はなかった。


 無事に魔王の自室へと辿り着き、ミーアがノックをして所在を確認する為に発言する。


「魔王様。ミーアでございます。部屋に入っても宜しいでしょうか」


 ミーアの言葉に、凛と鈴のなるような可愛らしい声が返ってくる。


「うむ、気配は感じ取っていたからすでに茶も準備している。入ってくるがいい」


 それに陽平は驚いた。

 話の内容ではない、てっきり恐ろしい声が返ってくると思い込んでいたからだ。

 まさかミーアの様に女性なのだろうか。

 声だけで決めつける事などできないが、新たに出てきた可能性を陽平は考える。

 パッと見で驚くのは良い印象は抱かれない。ならば、少しでも多くの可能性を想定して驚きを隠すべきだ。

 陽平はそう思ったから、頭をフル回転させる。


 そんな陽平に、ミーアは気遣わし気に何か話しかけようとしたが、結局言葉は出さずに手を繋いだ。

 まるで、自分がついているよと口にするかのように。

 手を繋がれた瞬間、陽平はびくっと全身を震わせてしまう。

 が、相手がミーアだと分かるや笑顔をそちらに向けた。


 心配かけちまったな。


 陽平は内心で反省し、気を落ち着かせるため数回深呼吸をした。


「さぁ、許可も出たのだし入ろう」


 陽平がそうミーアに促す。

 正確にはミーアに許可を出されたが、話しぶりから自分の存在もばれているに違いないと判断したのだ。

 となると、実際は二人に返したとも考えられる。

 もし違った場合のリスクも大きいが、あっていれば口にせぬ意図も読み取る努力をする意思があると伝える事も出来るのではないか。

 そう思ったからこその陽平の対応である。


 ミーアはその様子を見て陽平に任せる事にした。

 信用、ではなく陽平がやりたいようにやらせたいと言う身勝手な思いからだ。

 それに、許可が出ようと出まいと陽平を一人にするなんて、安全が確保できない以上ミーアに出来る訳もない。

 結局取れる行動は一つだった訳だ。


 覚悟を決めて入った陽平とミーアに対し、部屋の主はテーブル越しに座ったまま笑みを見せる。

 真黒な長いまっすぐな髪と、真っ黒い瞳。それだけなら見慣れた日本人のようだっただろう。目鼻立ちは日本人らしからぬほどはっきりしているくらいで。

 だが、背中にある漆黒の動く羽が、彼女が人と違う存在だと陽平に暗に告げていた。

 部屋の中には彼女だけ、つまり彼女が魔王。


「ようこそ、異界の少年よ。私は呪われし堕天使。ここでは魔王と呼ばれている者だ」


 にこやかな笑みを浮かべてはいるものの、魔王は冷たい口調で陽平へそう言うのだった。




 感じられるプレッシャー、それに呑まれ陽平は黙ってしまう。

 ミーアは魔王が葉柄に話し掛けているのが分かった為、こちらも返事ができない。

 二人は魔王が話してからしばらくの間黙って立ち尽くしてしまった。


 ゆえに、先に言葉を紡いだのは魔王の方である。


「何か急用でやって来たと思ったのだけど、違ったのかな?」


「あ、いえ。大事な話があって来ました」


 今度の言葉も温もりは感じられない、が、先ほど感じられた妙なプレッシャーはなくなっていた。

 だから、陽平は返事をする事に成功する。


「ほう、大事な話か。では言ってみるとよい」


 笑顔なのにやはり淡々としている。

 魔王の口調をそのように判断しつつ、陽平は改めて口を開く。


「はい。どうかミーアを許してあげてくれませんか?」


「よーへー!?」


 陽平の言葉に、魔王より先にミーアが反応する。

 驚きの表情を浮かべるミーアに、陽平は苦笑いを浮かべて喋り出した。


「ごめんなミーア。俺のせいでお前が罰せられるのは耐えられないんだ。だってお前は俺によくしてくれただけで別に悪い事はしちゃいないだろう」


「違うよよーへー。私はよーへーに真名を話した。魔王様に話す前にだ。だからロアはきっともう私を許さない。ううん、そんな事じゃない。なんで元の世界の家族に連絡したいって言わないんだ?」


「簡単だよ。だって彼女が俺に対してそんな事をしてやる理由がないからさ。呼び出したのだってロアの独断っぽいみたいし。いや、一人だけじゃなかったから賛同者がいるのかもしれないけど。ともかく、魔王様は関係ないだろ? なら、俺の願いだけ一方的に言って話を聞いてなんて、そりゃ無茶な話さ。って俺は思う」


「でも、じゃあなんで私を許してってなるの」


「そりゃ、お前はここの幹部なんだろ? じゃあ異世界から勝手にやって来た俺より、比べ物にならないほど関係あるじゃないか。そして、お前は魔王様を今でも嫌っちゃいないだろう? で、お前の話に聞く限り優しいみたいだし、事情を話せば許してくれないかなって思っただけさ」


「それって、でも、でも」


 陽平の言葉に感情が荒ぶり過ぎているミーアは、言葉を上手く返せない。

 そんな様子のミーアに陽平は心を痛めるが、実はきちんと整理出来て話せていないと本人が感じていてこちらも言葉を返せないでいる。

 ここに来るまでに何度もシュミレーションしていたのにもかかわらずにだ。


「ふーん。私が優しいか」


 と、黙り込んだ二人に魔王が声をかける。

 先ずは誰と話すべきかを陽平は判断し、ミーアの手をギュッと握り直して魔王の方へと向き直った。


「そうです」


「根拠はミーアがそう言うからか?」


 ふと、言葉に棘が混じり始めたように陽平は感じられた。

 確信はない、が、どうも自分は魔王を徐々に不機嫌にさせているようだった。


「それもあります。けど、それだけではありません」


「ならば、何故?」


「簡単な話ですよ。だってこうして話を聞いてくださっているじゃないですか」


 陽平の言葉に、魔王は初めて笑みを崩してキョトンとした表情を浮かべた。

 と、急に体が軽くなる錯覚を陽平は覚える。


「話を聞いているから?」


「そうですよ。先ほども言った通り貴方にとって俺っと。僕なんて取るに足らぬ存在であっても良かったはずだ。なのに、こうして話を聞いてくれている。ああ、それだけでもなくて、お茶まで準備してくださっているではないですか。きちんと三人分。だから、僕もミーアが優しい魔王様だと言った事を信じたんです」


 陽平が話している最中、気を取り直したかのように魔王は無表情で聞いていた。

 聞き終えてもその表情は変わる事がなく、しかし、どこか失望したように陽平へと言葉を返す。


「たったその程度でよく優しいだなんて判断出来るね」


「僕は十分だと思いますけど」


 はっきりと言い返せば、魔王の眉がほんの少し寄せられる。

 それは、明らかに不機嫌さの表れ。

 怒りを見せ始めた魔王が陽平は不思議だったが、それを問うより早く魔王が喋り出した。


「この黒目と黒髪、そして黒い翼を見ておいて本気かい?」


「えっ? それが何の関係があるんです?」


 次の瞬間陽平の意識はここから消え去った。

 いな、正確には魔王によって本音が剥き出しにさせられる。

 その急激な変化に、手を繋ぐ距離で備えていたミーアですら何もできなかった。

 力の強さを感じて、それが自分ならばどうにかできそうな程度。だと言うのに、ミーアはその力を阻害できない。

 いや、それどころかなんでこの程度で押し込められてしまうのかわからない程度の力で、ミーアは身動きどころか喋るのすら封じられてしまった。


 そんな魔王の態度にミーアの胸に絶望が走る。


「本音を言え! 呪われし黒に染められた我が身を見てどう思う!」


 魔王の叫び。それは間違いなく怒りが込められていた。

 もし陽平が素面のまま問いかけられていたら、みっともなく失神してしまっていただろう。

 それにとどまらず、再びだらしなく下半身を汚していたかもしれない。


 だからこそ、魔王に意識を完全に掌握された状態は陽平にとってプラスに働いた。


「滅茶苦茶綺麗だし可愛いし。大体俺だって茶髪に染めているけど本来は黒髪だ。俺の居た場所がそれが普通だったし、黒目黒髪に親近感を感じている。羽だって立派できれいで。初めて見たとき女神様かなって思ったよ」


「……は?」


 力で操られているが故、淡々と無表情で陽平は語る。

 その言葉に魔王もミーアも異口同音に単語を、いや、一音だけ吐き出した。

 どちらも語られた内容が信じられなくて、呆然としたゆえの呟きだ。

 ゆえに魔王は陽平の喋りを止めそこなってしまう。


「見た目だけで言えばミーアより好み。もうドストライク。ミーアだってドストライクだったけど、それを超える人がいるとは思わなかった」


 紡がれた陽平の言葉に、今度は二人揃って真っ赤になる。

 方や恥ずかしさのあまりに、方や怒りのあまりに。

 そんな二人をさておき、止められるのを忘れ去られた陽平はなおも言葉を紡ぎ続けるのだった。

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