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決意

 ミーアは正直魔王と面識が少ない。

 これは揺るぎようもない事実である。

 魔王城にすむ幹部の中で、ミーアが最も新しい幹部だからという部分もあった。

 だが、そもそもラミアが閉鎖的な種族だった事も大きい。


 井の中の蛙で、外の世界を知らない以上ラミアの物差しがミーアの物差しでもあった。

 ラミアの常識がミーアの常識であり、それは根強く残っている。

 実際どんなに強大だろうと、能力的には村の仲間全員を敵にしてなお勝ててしまうほど強かろうと、自分は落ちこぼれだと思っているほどだ。

 なぜなら尾に対する価値観こそが全ての世界だったから。


 力こそ圧倒的な強者だったから生き残ってはこれた。

 だが、母からも延々と恨み節を刷り込まれ、小さくなってミーアは生き続けた。

 それでもミーアは母に今でも心から感謝している。

 だって、小さな弱かった頃は母親はミーアを守ってくれたから。だから今まで生きている。

 その母を立てる為にも、自らの命を守る以外の理由でミーアは力を振るった事はない。

 村の皆を助けた時だって、引いては自分の身を守るためだった。


 だからこそ、今ミーアは力を磨いてこなかった自分を責め立てる。

 ミーアの見立てでは純粋な強さは魔王と多分遜色がない。

 が、力を使ってこなかった分の差が大きすぎる。本来魔王とすらタメを張れるだろうに、実際戦うと他の幹部とどっこいくらいでしかないだろう。

 それが悔しくてたまらなかった。


 今ミーアの中で母親すら超えた大切な人、その彼をよく分からない相手に任せなければならないのだ。

 いや、本質的に良い人なのは知っている。それで傷ついているのも勿論知っている。

 何より、孤独で押しつぶされそうになった自分を救ってくれた存在だ。実のところよーへーの次に信頼できるのは母よりも魔王であった。

 だからこそ、嫌でも自分がいずれ出来るようになるかもしれなくとも、よーへーに提案したのだ。


「よーへー」


 その名を口にする。

 ほんの少し胸が温かくなるが、それ以上に心配が胸を押しつぶそうになる。

 ミーアの言葉を聞いてから、謝りながらも一人にしてくれと彼はお願いしてきた。

 複雑そうな表情で懇願された願いを、ミーアは無下になんて出来る訳がなかった。

 だから、こうして寝室に引きこもったよーへーの心を、扉越しに心配するしかない。


「ごめんね、よーへー」


 よーへーが部屋に籠ってから、もう何度呟いただろう。

 すっかり意気消沈した様子で、ただただ扉を見つめ続ける。

 思い出されるのは、同じように引きこもった自分を助け上げてくれた魔王の姿。

 いくらよーへーが大切になっても、さすがに魔王は裏切れない。

 だから、すでにミーアは魔王に自分の命をどうするか任せる覚悟ができている。

 

 勿論、自分の命を奪う選択をされたとして、よーへーの無事は何が何でも確保させてもらう。

 けどそこまで。

 よーへーが願ったとしても、これだけは譲れない。


「まぁ、そんな心配よりロアに滅ぼされないように気を付ける方が先なんだけどね」


 ふと思い出し、そう零す。

 命の選択を魔王に任せる以上自分の安否に頓着はないが、よーへーの安否を考えるに避けては通れない。

 ロアは自分たちを排除しようとするだろう。

 いや、正確には自分だ。

 そのくらい、あのやり取りで分かる。分からない訳がない。

 そして、無念極まりないがよーへーを自分が巻き込んでしまったのだ。


 一体一ならロア相手でも負けない自信はある。いや、ぶっちゃけ負ける方が難しいだろう。

 相性的に勝つ事は難しいのだが、それは相手も同じ。永遠に引き分け。

 でも、すべては一体一という前提条件があってから。

 相手がもう一体幹部が来たら、ミーアが生き残れる自信すらない。

 よーへーを逃がしてあげる時間稼ぎすら難しいかもしれなかった。だってよーへーには逃げる先がないから。


「よーへー」


 あまりにも先の暗い未来を想像し、つい助けを求めるようにそうミーアは呟いた。

 すると、まるで予期していたかのようにがちゃっと扉が開く。

 あまりに絶妙なタイミング過ぎて驚くミーアに、姿を現した陽平はにっと笑みを見せて口を開いた。


「よっしゃ。やっぱ男は度胸だよな。今から魔王様とやらに話に行きたいから案内してくれ」


 突然の申し出に、ミーアは咄嗟に言葉を返せなかった。

 驚きをあらわにするミーアに、陽平は頬をぽりぽりとかきながらどこか照れくさそうに話しだした。


「そりゃ驚くだろうけど。まぁ覚悟決める時間をもらったんだ。もう大丈夫」


「でも、なんで?」


 ミーアの疑問はもっともだ。

 先ずはミーアなりロアなりを通して話す方が先だろう。

 そのくらい陽平にだって分かる。

 が、同様に陽平だってロアがこちらに対して良い感情を抱かなかった事は痛いほど感じられたのだ。

 そして、ロアがこの魔王城でどのような立ち位置なのかもある程度想像できる。

 具体的に知るミーアには遥かに及ばないものの、陽平だって危機感を抱いているのだ。


「そりゃ、ロアが行動する前に俺らが行動しなきゃまずいだろ? 流石にあんな態度取られちゃ嫌でもわかるって。まあ問題はその魔王様が話が通じる人かどうか分からない所だけど、だからこそ覚悟決めるのに時間かかっちまったよ」


 苦笑いを浮かべる陽平に、ミーアはやっぱり言葉が出てこない。

 押し黙るミーアに、なんだかんだ極度に緊張している陽平は沈黙を嫌って聞かれてもいない事を話し出す。


「ごめんな。なんか勝手に決めて。でも、どうなるか分かんなくてももし魔王様の機嫌が取れればロアだって黙るしかなくなる。はず。どうなるか分かんないけど、説得できれば俺もミーアも危険はなくなるから万々歳ってこった。これはミーアの方が分かっているか。だから、見当違いなら言ってくれ」


 陽平の言葉に、ミーアは泣き出したくなった。

 だって、ちょっと考えれば分かるはずのそんな事が、自分は一切想像出来なかったのだから。

 ううん、考えようともしなかったのだ。

 だから最も可能性が高く、かつ二人の安全が確保される方法を見逃してしまった。

 なのに、陽平はミーアが見つけられなかった一人と一体が揃って助かる手段を提案してくれている。

 純粋に嬉しかった。


「ううん、魔王様に話すのが絶対一番いい。それに、魔王様ならちゃんとよーへーの話を聞いてくれるよ」


「おお、これは良い事を聞けた。正直魔王って言葉に俺は全然いいイメージないんだよね。でも、ミーアがそう言ってくれるなら安心して話せるよ」


 ありがとう、肩の荷が少し降りたよと、本当に安堵しつつミーアに陽平は話した。

 陽平はそんな自分を情けないなと思っていたが、ミーアにとっては全く違う。

 つまりだ。今の発言から話が通じる相手かも分からず、ミーアの為に話そうとしてくれたって事だ。

 当然陽平自身の為もあるだろうが、ミーアの危険もなくなると口にしている。

 なら、絶対にミーアの為も考えてくれているに違いなかった。


 と、何故か陽平と目を合わせてしてミーアは恥ずかしくてたまらなくなる。

 でも、それ以上に目を離す方が嫌だ。

 初めてで名前すら分からぬ感情にミーアは戸惑う。

 返事もせず戸惑うミーアを見て何を思ったのか、笑みを浮かべて陽平は口を開いた。


「これを言うのは流石におっさんだろうと照れるけどさ、信頼している相手の言葉だから信用出来るんだよ」


 どうしてよーへーは私の欲しい言葉を的確にくれるのだろう。

 ミーアは嬉しくて嬉しくて、それで胸がいっぱいでどうしようもなくなる。


「よーへーは卑怯。私は覚えたよ」


 つい憎まれ口のような言葉を言ってしまう。

 が、まぎれもないミーアの本音でもあった。

 ただ、そんな言葉は陽平にとって予想外であり、へにょっと情けない表情に変わる。


「いや、何が卑怯か分かんねーんだが。それに非力な俺の生命線はミーアなんだ。見捨てないでくれよ」


 何故見捨てるだなんて言葉が出るのか。

 それだけで不服でミーアはぷっと頬を膨らませた。

 が、ちゃんと言葉を噛み砕けば陽平はミーアを頼っているという事。

 今のミーアにとって、これほど幸せな事はなかった。


「ふふん、私は強いからよーへーだって守ってあげるんだから」


「おお、マジで心強いな。まぁ男としちゃ情けないけどそんときゃお願いします」


「大丈夫、任せて、絶対に守るから」


 そう、私の命を懸けても。

 その言葉をミーアは飲み込んだ。

 口にする必要がないからだ。そんな事は伝えるまでもない。

 だって、ミーアが決めた誓いだからだ。


 口にされなかった言葉など分かる訳もなく、陽平はその分喋るのは頑張らないとなーと口にする。

 魔王相手ならば少なくとも話も聞いてもらえないという事はない。

 ミーアにはその確信がある。

 ロアがどんなに彼に都合の良い事を吹き込もうと、それだけを信じる存在ではないとミーアは知っているからだ。


 ただ、どんな答えが出るかは未知数。

 そこまではミーアは魔王を知らない。

 だから、もし、万が一魔王が陽平を排除しようとしたら、私は命を懸けてそれを阻止する。

 そう、ミーアは強く心に誓うのだった。

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