目が覚めて
すぅっと意識が浮き上がってくる。
陽平は寝起きがよく、そのまま目を覚ましすくっと上半身を起こした。
とても調子が良い。
そこで気が付く、自分が今まで一度も寝た事がないほど上等なベッドの上で寝ていた事に。
ああ、道理で疲れが取れている訳か。
いくら寝起きがよかろうと、起きてすぐに頭がまともに回る訳もない。
能天気にそんな事を考え、周囲を見渡す。
そして、改めて気が付いた。
「ここ、どこ?」
それだけ呟いたら、呆然としたまま固まってしまう。
無理もないだろう、テレビ越しでしか見た事のないような豪華な部屋だったのだから。
このような部屋で寝ている理由が全く分からない。
何か思い出さないとと一気に眠気が吹っ飛んだ頭を働かせるが、思い出したくもない出来事を思い出す。
が、そうなるとなんでこうなっているのか全く理解出来ない。
「いやいやいやいやいやいやいや」
小さな声でそれだけ延々と陽平は呟き出した。
眠気が吹っ飛んだ代わりに、脳みそのキャパシティーを超える出来事にパンクしてしまったのだ。
どうにか整理しようにも、恐怖もぶり返してしまい色々とそれどころではない。
そこでやっと気が付く。
「ふ、服が変わってる」
自分が着ていたパジャマと明らかに着心地が違うというのに、なぜ気が付かなかったのか。
陽平は新たに気付いた事実に益々混乱してしまう。
「まさか、下半身が生暖かかったったのって……」
そこに思い至り、声なき声を上げる。
本当は心のまま叫びそうだったのが、直前で化け物達の姿がよぎり必死に噛み殺した結果だ。
陽平は爽やかな寝起きから一転、涙目で情けない姿を晒す。
「おんやぁ、起きてたのね」
可愛らしい声が優しく陽平に掛けられた。
にも拘らず、びくぅっと陽平は全身を震わせた。
陽平の中でここは未知の世界かつ、化け物達の巣窟だと言うイメージしかないのだ。
この反応も無理からぬものだったのかもしれない。
「あ、えっと。おはようございます」
過剰反応を見せた陽平に、相手は驚いた表情で固まってしまっていた。
だから、何とか陽平はへらっと作り笑顔を浮かべて口にする。
単純な話相手が美少女だったからだ。
現金なものだなぁと思いつつ、ふと陽平はデジャヴを覚える。
おかしい、見た事があるぞ。
茶色に金色の瞳、間違いなく見覚えがある。
と言うか、思い出してきた。
となれば、下半身は――ああああああ。
下半身が蛇の美少女。
それは、陽平が気を失う前に見たあの少女だった。
折角忘れていた恐怖が戻り、陽平はなにがおはようございますだと自分を責める。
「あー、えっとおはよう。ってか、えっと。ごめん、ちょっと整理させて」
ところが、どうも少女の方が困惑しているようだった。
ころころと忙しく表情を変化させる相手に、陽平は少しだけ平常心を取り戻す。
この子はあの牛と蝙蝠の化け物と違うのかもしれない。
願望も多々含みつつ、陽平はそう願う。
「んーと。とりあえず襲う気はないって事でいいの?」
可愛らしく小首を傾げられ、一瞬見とれてしまう。
待て待て陽平、相手は人間じゃないんだぞ。俺がどうのよりも向こうが相手するわけないじゃないか。
自分にそう言い聞かせ、一呼吸し少しでも落ち着こうとする。
果たしてそれはほんの少しばかりだが効果を発揮してくれたようだ。
陽平は再び笑みを浮かべ、怯えを隠して出来うる限り友好的な態度を意識する。
「えっと、襲う気なんてさらさらないし、出来れば仲良くしたいなー。なんて。あははは」
全然自然に喋れない。
明らかに自分がいろんな意味で緊張しているのを、陽平は自覚した。
まあ、自覚した所でどうしようもないのだが。
だが、そんな陽平の苦し紛れの反応に対し、少女がキュッと眉を寄せ何かしらに悩みだす。
当然陽平は何かやらかしたのかと、笑顔を貼り付けたまま嫌な汗が背中を流れていく。
「本気で言っている?」
疑っている様子に、少なくとも嘘をついていない陽平は改めて言葉を返した。
「勿論。だってこんな可愛い子となんて男なら仲良くしたいっしょ」
言い終えてから、口には出さずに自分は馬鹿かと陽平は心の底から自分を罵る。
どう考えても口を滑らせてとしか言いようがないが、人間ぱにくるとまともな事を喋れる方が不思議というもの。
少しでも好印象を得ようと意気込んでいただけに、陽平は自分自身に酷く失望していた。
その上、少女の様子がガラッと変わる。
「そういうの私嫌いだな。じゃあ聞くけど可愛いってどこを見て言っているの?」
目が厳しい、体から明らかに殺気が飛んできている。
明らかな失言は、見事に相手の逆鱗を踏んでしまったらしかった。
ここはごまかすか。いや、少なくとも自分にそんな能力はない。陽平は最初に浮かんだ選択肢を頭から排除する。
ならば、話を変えるか。こちらも自分が口が上手ければまだ採用しても良いかもしれないが、状況を悪化させる未来しか見えない。
当然却下。
となれば、自分に出来そうな事。
それに思い至りまじかよと顔を引きつらせる。
「ほら、言えないでしょ? 私嘘って大嫌いなんだ」
黙り込んだ陽平に、少女は落胆も交え言葉を紡いでいく。
ええい、ままよ。
陽平はここを逃せばもう自分の命すら危ないと判断し、どうせどちらに転んでも死しかないのなら言ってやれとやけっぱちで叫び出した。
「言えるよ言うさ。まず見た目が可愛い。それはもう滅茶苦茶可愛い。今まで見てきたモデルとかアイドルとかより何倍も! 声だって聞き心地の良い綺麗な声だ。いつまでも聞いていたいって思うほどにね。それに。うん。下半身だってよく分からないし見当違いかもしれないけど、綺麗だって思ってるよ」
言った。言ってやった。さぁ、煮るなり焼くなりすきにしろ。
言い終えた陽平はそんな事を思い、冷めた目でこちらを見ていた少女へ何故かどや顔をした。
やけくその極みの心情故の行動であり、冷静になって思い出せばさぞ身悶えする事だろう。
無論、冷静になり落ち着けるまで命があればだが。
と、相手の出方を待っていた陽平に対し、少女の方がいつまでも動かない。
それだけ時間は過ぎる訳で、陽平は徐々に不安にもなってくるし、後悔もし始めてきている。
「えっと、ごめんなさい。もう一回だけ聞いても。いや、やっぱりいい。ごめんなさい。その、え? 本当に私の足って綺麗?」
口を開けば少女は困惑しきった様子で陽平に問い詰め迫ってくる。
あまりの勢いに何度も陽平は頷いた。
「えっと、どう言えばいいのかな。紋様? 柄? ああ、語彙力ねえな俺。とにかく、そこも綺麗だって思っているよ」
何度頷こうと本当に? としか繰り返さない相手に、陽平は改めてやけくそ気味に言葉にした。
すると、ぱぁっと花開くように笑顔を見せる少女。
それが陽平にとってとても綺麗で、彼女に見惚れてしまう。
「ああんもう、嬉しい! ありがとう!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
ぎゅっと抱きしめられた。まさにご褒美! だっただろう、相手が人であれば。
感情の高ぶるままその長い尾で締め上げられた陽平は、悲鳴を上げる事しか出来ない。
いや、辛うじて無事だった左腕で放してくれと何度もタップする。
「初めて。初めて褒められた! 誰にも一度も褒められた事なかったのに! ずっとずっとずぅぅぅぅぅっと!」
しかし、興奮している少女は気が付かない。
不幸中の幸いか、骨が折れる様子も首が閉まっている事はない。が、痛いと思える力で持ち上げられぶんぶんと振り回されて大丈夫な訳がなかった。
タップする余裕もなくなり陽平はグロッキー状態でされるがままになってしまう。
「うん、うん。あなたは他の人間と。ううん、他の誰とも違うわって。あああああああ、ごめんなさいぃぃぃぃぃ!」
興奮さめやまぬ中陽平へと視線を送り、完全にぐったりしている事にやっと少女は気が付く。
慌ててベッドの上に横にするが、ピクリとも動かない。
涙目で陽平のすぐ隣へと移動し、胸が上下しているのを確認してホッと安堵の息を吐き出す。
「本当にごめんなさい」
「あう、なんか。いや。謝ってくれたからいいよ。うっぷ。でも、ごめん、ちょっと休ませて」
未だ視界が回っている感覚の抜けない陽平は、必死に吐き気と闘いながらそう少女に伝えた。
少女は益々しょんぼりとするが、流石にその姿を見たり慰める余裕は今の陽平にはなかった。
結果的にヴァンパイア達が意図したとおり、ラミアは甲斐甲斐しくぐったりとした陽平の介抱をするのだった。