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異世界召喚

 三十八歳フリーター男やもめの一人暮らし。

 この言葉から溢れるダメ人間加減。事実、田中陽平たなかようへいは自分自身でもダメ人間だと自覚している。

 それ以下もいるとかいないとか、そんな事は本人には問題ではない。

 問題は、自分が未だに周りに迷惑を掛けまくっている自覚があり、それが事実だと言う事だ。

 三十八で何故フリーターなのか、しょうもない理由ならある。が、どんな理由だったとしてもフリーターはフリーターだ。家族も友人達も陽平に厳しい言葉を投げかけるようになって久しい。

 自分なりに努力して、何度心が折れそうになろうと落とされ続けようと正社員へなる為の就職活動は続けていた。

 今はまだアルバイトだけでなんとかなっているが、少しでも早く就職してしまいたかったからだ。


「ここはどこだ?」


 そんな毎日でクタクタに疲れ果て、久しぶりに体を休めるために一日寝潰そうと決めて寝た所までは覚えている。

 だから、目を開ければいつものアパートの自室の景色が広がっているはずだった。

 決してこのような薄暗い場所ではない。

 一気に目が覚め、驚きからそんな呟きが零れた。


 ハッと驚きから気を取り戻せば、ベッドの上とは思えないほど寝ている場所が固い。その上体も動かないではないか。

 唯一動く首を動かして周囲と自分の体を確認してみれば、洞窟のような場所でパジャマ姿のまま縛り上げられていた。

 何が何だか分からない。

 分かりたくない。

 自分に起こった事態を信じられず、陽平は現実逃避を試みる。


 いや、これは夢だ。

 妙に現実感溢れているが、こんな訳の分からない光景などそうに決まっている。


 そう決めつけようとした陽平に、無慈悲にも聞き捨てならない話し声が聞こえてきた。


「それで、これが魔王様に捧げる貢ぎ物か?」


「ああ。全く魔王様は強情で仕方のない。今までの貢ぎ物では満足なさらなかったゆえ、こうして趣向を変えてみたのだ。異世界の人間など中々に興味が惹かれるとは思わぬか?」


「んー、いや。これ微妙じゃないか? 並の人間と比べても魔力は微弱だし気迫も感じられない。いや、貢ぎ物としては良いのかもしれないが、この手の貢ぎ物にすら見向きもなさらないだろう」


「ダメならそれはそれで良いのですよ。処分するのは止められてしまうでしょうが、他と同じように適当に牢にぶち込んでおけばいい」


 徐々に大きくなってくる足音と、あまりにも物騒な内容の会話。

 この状況では、嫌でも貢ぎ物は自分だと分かってしまう。

 恐ろしい。全身が震えるのを自覚する。

 どうして俺なんだ? 悪い事やってないよ。誰か助けて。

 延々と泣き言が頭に浮かぶが、震える口から言葉が紡がれる事はなかった。


「おい異界の人間。こちらの言葉はわかるはずだ。そう言う術式を組み込んだからな。話す方だって問題ないはず。まぁ失敗していたら処分してやり直せばいいか。大した労力で――」


「は、はい! 聞こえてます殺さないでください!」


 淡々とかけられた言葉に、処分と言う単語の意味を理解するや陽平は叫んだ。

 そして、改めて相手と向き直る。

 陽平の知識で当てはめると、ミノタウロスと呼ぶ魔物と酷似していると感じた。何せ牛の頭に下半身の三メートルも四メートルもありそうな巨大な生物だったからだ。

 実際この世界でなんと呼ぶのかは分からないが、そんな事は今は問題ではなかった。

 今目の前にある最大の問題は、化け物と対峙しているという事。そして、相手の機嫌一つで自分がどうなるか分からない事だ。


「ふむ、術式は無事成功したようですね。しかし、術式を組んだのは私ですよ? 組む事自体はともかく発動には相応に労力が掛かるので成功した事をまずは喜びましょう」


 陽気な口調でミノタウロスに話しかけたのは、ヴァンパイアだった。

 無論陽平の知識での話であり、長い犬歯と人間ではありえないほど青白い肌、何より背中から生えた蝙蝠のような羽から連想したのだ。

 ただ、彼に関してみれば銀髪赤目にした容姿の美しい男性がコスプレしているだけだとも見れよう。

 が、ミノタウロスはどう説明する? 明らかに人間ではもてそうにない巨大な斧を振り回している時点で、少なくとも陽平にはマジックやトリックだと言い切る余裕などなくなっていた。


「ごもっともだな。まぁ人間なんて野蛮な連中がこっちの話を聞いてくれるかが問題だが。言葉は通じても話が出来るかどうか」


「それは実際に話すしかないでしょう。それにしても、いきなり殺さないでくださいだなんて物騒ですね。それとも、貴方の世界での私達のような種族はそんなに物騒なんでしょうか」


 話の流れから自分に質問が来ているのは陽平は理解していた。

 それでも言葉が出てこない。

 歯の根が合わず、喋れないのだ。

 徐々に巨大化していく恐怖から逃れる事が出来ず、それでも必死に気を失わないように耐えるので精いっぱいである。


 そんな陽平の姿を見て、ミノタウロスとヴァンパイアは顔を見合わせた。


「おいおい、本当に大丈夫か? 俺ぁ今魔力も気も垂れ流さないように抑えているんだぜ?」


「それは私だって同じ事。本当に何をここまで怯える必要があるのでしょうかね。野蛮な人間ならここがチャンスと襲ってくるかとも考えて縛り上げていたのですが。これでは逆効果でしかなかったですね」


「そうだな。未だに魔力も気も何も感じられないが、隠している風にも見れない。子供でももう少しあるもんだが、異界の者ってまさかこんな奴らばっかりなのかねぇ」


「まさか、それでどうやって生きていくのです? とも言い切れないのですか。興味深い。まぁ、とりあえず縄を解いて差し上げましょうか」


 陽平を置き去りに話は進む。

 いや、話せる状態ではない陽平相手ではこうするしかないだろう。

 会話を聞いていても、縄を解かれる時反射で悲鳴が零れてしまうほどだ。

 時間とともに恐怖はとどまる事を知らずに膨れ上がっていく。

 本人すら気付かない内に、陽平は涙を流していた。


「あー、本気でこれは想定外だな」


「ひぃ、すみませんごめんなさい」


 縄を解かれ話しかけられた反射で、陽平はやっと声を出せた。

 が、ひたすら謝ると言うみっともない姿を見せ、ミノタウロスとヴァンパイアを辟易とさせてしまう。


「あの、取って食ったりはしませんからご安心を」


「だだだだだだ、だって、生け贄とか処分するって。し、死にたくない」


 一度声を出せたおかげか、陽平は恐怖に包まれながらもなんとかそれだけ口に出来る。

 下半身が妙に温かいが、かまってもいられない。

 再び顔を見合わせたミノタウロスとヴァンパイアは困り切っていたのだが、お互いにどうすると目で合図しあう。


「まぁ、うん。異世界ってのはよっぽど平和なんだろうな」


「他人事をする真似は止めて下さい。さて、どうしましょうか。ああ、殺したりは絶対にしませんから大丈夫です。とは言ってもあんな脅しにもならない言葉にここまで怯えられる相手では伝わないでしょうか。本当にどうしましょう」


 実際困ったような声色に変わっていたのだが、陽平は気付かない。

 いや、気付いたところでどうしてそれを信用できるだろう。

 陽平は自分で自分を抱きしめ、ただただ震え続けていた。


「ちょっとー。いつまで待たせるの?」


 と、奥の通路から女性の声が聞こえてくる。

 ほどなくその姿が見えれば、長い茶色い髪と金色の瞳をもつ美しい少女だった。


「た、助けて!」


 陽平はその姿を見るや叫んでいた。

 おっと表情を変えるミノタウロスとヴァンパイアに、怪訝な表情を浮かべた美少女。

 と、そのまま近づいてくる美少女をよくよく見つめ、陽平は自分の思い違いに気が付く。


 ラミア。下半身が蛇の魔物。

 その事実に、とうとう陽平は気を失ってしまった。

 一度安堵した所に、再び衝撃的な事実を突きつけられたらもう意識を保っていられなかったのだ。


 残されたミノタウロスとヴァンパイア、そしてラミアは顔を見合わせる。


「ねぇ、あんた達どんだけ脅したの? 人間に助け求められるのも初めてなら、あんなに嬉しそうな表情を向けられたのも初めてなんだけど。ああ、鳥肌だったじゃない」


 責めるようなラミアの言葉に、ミノタウロスもヴァンパイアも困ったような表情を浮かべるだけだ。


「俺達だって困惑しているんだよ。ってか、異界って物を軽く考えすぎたな」


「そうですね。ある程度の推測は出来ますが、情報が少なすぎて断定が出来ません。このままでは魔王様の前に連れ出すなんて難しいでしょう。それ以前の問題すら立ちはだかっているのが頭が痛いですが」


 二体の言葉にラミアはその美しい眉をひそめる。


「訳が分かんないんだけど。人間なんて私らの言葉も聞かず侵略してくる奴らでしょ? 異界の人間だからってそんなに違うもんなのかしら」


「その思い込み故に我々は失敗したのですよ。ミーア。考えを改めなければなりません」


 ヴァンパイアの言葉に、ラミアは納得がいかない表情を浮かべる。

 そこへ、ミノタウロスが言葉を重ねた。


「俺もロアに同意だ。流石にさっきのやり取りが演技とは思えねぇ。だから、無茶を承知で俺の提案を聞いてくれないか?」


 ミノタウロスの提案。それはまだまともに話していないラミアが優しく陽平と接すると言うものだった。

 最初は激しく抵抗したラミアも、二体から頼み込まれて渋々頷いた。


「さて、それでは気にするかは半信半疑ですが、彼を清めるのと着替えをするのは我々が行いましょう」


「はぁ? それも私がやった方がいいんじゃない?」


 ヴァンパイアの言葉にラミアが不思議そうに聞いた。

 その言葉に苦笑いを浮かべて、ヴァンパイアはラミアに、そしてミノタウロスにも聞こえるように説明を始める。


「もしかすると、彼は我々も同種に対する感情をもつかもしれません。あくまで可能性の一つで先ほどは半信半疑だとはいいましたが、殆どないとは思っています。が、彼は異界の人間。私達がないだろうと思った言動をとりました。ならば、ここは細心の注意をを払うべきだと考えたのです」


「てー事は、私を人間の女扱いするとか? うげぇ、吐き気がするんだけど」


「いや、そう言う意味ではなかったのですが。まぁとりあえず任せてください。起きた後は貴方にお願いするのです。このくらい我々がやるのは当然でしょう」


 本気で嫌がるラミアに苦笑を浮かべるヴァンパイア。

 何故そのような態度をとったのかは痛いほど分かる。自分だってもし人間と同じと言われたら全力で否定し、どんな手を使っても撤回させるだろう。

 だが、先ほども口にした通り彼は異界の人間。彼の考え方は今のところ謎に包まれている。

 ならば、決めつけで行動するなど彼らが嫌う人間そのものではないか。

 とくれば、先ずは異界の人間を知るのが先だとヴァンパイアは判断したのだ。


 そのまま不平を言うラミアとミノタウロスを連れ、ヴァンパイアは気絶している陽平を抱き上げ運んだ。

 話題の中心の陽平は、体を清められ服を変えられ、更には上等なベッドに寝かされても起きる事はなかった。

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